「さて、カスミには会ったし……」
「先生?」
「ヒナ、この後時間ある? 案内をお願いしたいんだ」
「……!」
先生からの誘い。
それは私には願ってもない、貴重とも言えるものだった。私は今まで、異性とのコミュニケーションに飢えていたのが分からなかった。いつからだろうか、先生との距離を縮めることを常に考えていた。
彼にはどこか、魅力があった。それは大人特有の色気もあるのかもしれないが、そうではなさそうだ。少なくとも今目の前にいる先生はそれを持ち合わせているわけではない。しかし惹かれる何かがあった。
遠い昔、幼い頃に父親がいなくなった。その寂しさを埋めるように私は日々勉強を重ねた。大げさな言い方になるが、今の生活があるのもすべて家にいない父親のおかげだった。
母に訊くと、私を産んでから遠いところへ出稼ぎに行ったと聞いた。真相は定かではないが、便りの一つも送ってこない辺り死んでしまったのか、本当にキヴォトスの中ではない、遠いところへ行ってしまったのだろう。
接する時間はわずかであったけど、先生と会うたび分かった事がある。
私は欲しているのだ、父の影を。
代理というわけじゃない。だけど、私は彼に姿も見た事のない父親の背中を、何故か感じ取ってしまっていた。そして認めてほしいのだ、自分が頑張って来た事を。だけどそれを否定する自分がいる事もわかっている。
寂しいのだ。一人で生きている事に、それを認めるのが怖かった。そんな時に先生は現れた。何故か彼に父の影を重ね、思いを胸に秘めつつも、虚勢を張って自分はもう大丈夫だという風に振舞ってきた。
でもきっと、それは間違っている。しかし、赤の他人にそれを打ち明けるのはあまりにも……幼過ぎはしないか? そんな声と、認めてほしいと思う声は私を悶々とさせるには十分だった。
「……ヒナ? 具合が悪いのかい?」
「いえ。私は大丈夫。それより……」
「ん?」
「どこへ行くのかしら?」
私の問いに、先生は右手で頭をかく。何が恥ずかしいのだろうか、首をかしげた私に彼は答える。
「ちょっと銃をね。生徒の視点に立ってみたくって」
「そう。私についてきて」
「でも……」
「いいの。先生の案内役も仕事の内よ?」
「……わかった」
私の頭もやられてしまったのだろうか? 少し強引なくらいの言い方をする私に対して、先生は困ったような笑みを浮かべつつ、私の言葉に頷いた。もっとも、そんなに困っていると言うようには見えていない。むしろどこか、嬉しそうにも思えた。
幸か不幸か、ちょうど私の銃もガンスミスによる点検整備の時期が来ていた。簡単なメンテナンスは自分で出来る。だけど本格的なメンテナンスを行うには時間も、知識も必要になる。もしかしたら、そのどっちもを兼ね備えているのは先生なのかもしれない。
この胸のうちにある、名付けようのない何かを受け入れるにはこれが絶好の機会ではないのか? 私はそう思うと、余計な事は考えるのを止めた。今はただ、先生の言葉に甘えよう。そう思う事にしたのだ。
「ヒナ、私は銃を持ったことがないんだ」
「意外ね。てっきり、護身用の一丁は持ってると思ったのだけど」
「はは。以前試し撃ちさせてもらった事があったけど、からきしでね」
ゲヘナ学園を後にして、私と先生は街へと繰り出した。行先は銃砲店だ。私が使っている<終幕>は頑丈でいい銃だけど、それでも定期的なメンテナンスは必要だ。
スペアのバレルなんかは特機隊の連中を訪ねれば貰えるが、私の場合は少々特殊な事もあって、本格的な整備は銃砲店へ直接行く必要があった。
先生を伴って入った店内には、所狭しと銃火器が陳列されている。ライフル、ハンドガン、ショットガン……様々な口径と、様々な形状の銃火器が所狭しと並べられている。私はカウンターに腰かけると、店主のガンスミスに話しかけた。
先生はというと、棚に並ぶ銃を物珍しそうに見ている。私はそんな先生を横目に見ながら、店主に話しかけた。店主は私や先生よりも年上の男性だ。黒い毛並みが艶めく、犬型の獣人。
私は、連れが銃を撃ったことがない事を告げる。その為の選択と、愛銃のメンテナンスを依頼しに来たと店主に伝えると彼は快活に笑って答えた。
このキヴォトスにおいて、銃は誰もが持っているものだ。子供でも無条件で持つことが出来る。なんなら、全裸でいるような変質者より銃を持たない人間の方が少ないと揶揄される。
しかし先生はそんな無慈悲な言葉を理解しつつも、好奇心に抗えないようであった。店内に並ぶ銃を一つ一つ物珍しそうに見ては私に問いかけてくるのだ。まるで新しいおもちゃをもらった子供のようだった。
しばらくして店主と私の商談がまとまった。彼はいくつかの書類を書き上げると、それらを封筒にしまった。私は<終幕>を預ける。代金は前金で支払った。その後、カウンターで先生と話をしていたら、先生は銃を指差し尋ねてきた。
「ヒナ、この拳銃は何が違うんだい?」
「これは部品が樹脂で出来ているの。だから、軽くて扱いやすいっていう子もいる」
「こっちは?」
「こっちは違う弾を使うの。さっきの銃より口径が大きいから、威力が高いけど重い」
「へえ……。ヒナの銃は何口径?」
「7.92x57mmモーゼル。乾たちの銃と同じ」
「なるほど……」
「先生、興味があるの?」
「……うん。ヒナの銃は、とっても特徴的だから」
先生の言葉に思わず、ドキリとした。
自分の銃は、先生の言葉を借りれば特注品だ。特殊な機構を使い、弾切れとは無縁となっている。しかし、それは同時に扱いづらさにもつながる。色々な意味で私専用に調整された銃だ。
何故こんな銃を使っているのかと聞かれても上手く答えられないのが正直なところだった。だから先生の言葉は、私に対して興味を持っていると言ってるかのように聞こえてきてドキリとした。
先生はそんな私の内心などいざ知らず、壁にかかっている銃を見ては、ふむと頷いたりしていた。店主はそんな先生を見て、何か思うところがあったらしい。銃に触りたいと申し出る先生に、初めは目を丸くさせた店主も快く銃を貸し出してくれた。
店主に案内されてやって来た、カウンター裏に並んだずらりと並ぶ銃の数々。店主は気を利かせたのか、何丁かの銃を指差してはこれが売れている、これが生徒たちには人気だなどと、説明していた。
先生はといえば、並んでいる銃を興味深そうに見ている。そして、ふと目に留まった銃があった。
それは、リボルバー式のハンドガンだ。先生は店主にその銃について尋ねた。店主は頷くと、その銃をラックから外し、手に取って見せた。
それは変わった形のリボルバーだった。銃身の長さがやけに短く、弾倉が前後に長い。まるで子供向けのオモチャの様なフォルムだ。だがその銃はオモチャと比べれば、重量がある。当たり前だ、大人用に作られているのだから。
先生がその銃の事を尋ねると、店主は苦笑しつつも手に取り、こうも言う。
「ご指摘の通りさ。こいつは子供たちが使うような……飾るような銃じゃない」
「と、いうと?」
「こいつは護身用でな。先生のような人間が、強盗に襲われた時に身を護るために使う銃だ」
こいつが面白いのは、撃てる弾の種類でな──。店主はそう言いながら、その銃をカウンターに置いた。
先生が興味深そうに銃を見ている。店主はそんな先生に、その銃の説明をし始めた。曰く、この銃は通常の拳銃弾だけでなく散弾も撃てると言う。なるほど、確かにそれは面白い。そばで話を聞いていた私は思わず納得する。
店主はそんな私の反応を見て、小さく笑って言った。
「こいつはすごいぞ。散弾や一般的なリボルバー用の弾の他に.454カスールと言うマグナム弾も撃てる。大体の奴は一発K.O.さ」
「相当ね……」
「俺としては、こいつの見た目で油断してくれたらありがたいんだがね」
「ふうむ……」
先生は、マグナム弾が撃てるこの銃に、たいそう興味を持ったようだった。店主がオモチャと表現するのも頷けるが、正しくはこの銃の特徴的なフォルム故にそう言わざるを得ないのだろう。
先生自身も、そういう印象を受けたのか、興味深そうにその銃を見ていた。そして店主は、そんな先生を見て、ふとあることを思いだした。
「一番は名前さ。こいつはジャッジっていうんだ。身を護る銃に、こいつ以上の奴はそうはいねぇ」
「ジャッジ……」
「あくまでも最終手段としてだな。先生さんや、アンタは普段から撃つ人間じゃないだろう?」
そう言って店主は先生を見て苦笑する。銃というものの怖さを十分に理解し、あくまで護身用であると、そう言い放った。店主の言葉に先生は頷き、店主に尋ねる。
どうやら先生はその銃が気に入ったようだった。私は呆れつつも、悪くないと思った。しかしそんな店主の提案に私も驚きを隠せなかった。
先生は店主から銃の構え方や扱い方のレクチャーを一通り受け、そして──整備を終えた〈終幕〉を受け取りガンショップを出た私と先生は、そのまま街をぶらつくことにした。
私の隣を歩く先生の表情はどこか満足げだ。私はそんな彼を見ながらも、今日一日の出来事を振り返ると……私は随分大胆な行動をとってしまったことに頭を抱えたくなるのだった。
──ゲヘナ学園前駅まで歩いたところで、スマートフォンから電子音が鳴った。
私はスマートフォンに表示されている着信相手の名前を確認して通話ボタンを押した。
「アコ、今度はどうしたの?」
『ヒナ委員長! いまどちらですか?!』
「今? 駅前を歩いているところだけど……。何かあったの?」
アコの声はどこか焦っているように聞こえた。
何か一大事でも起きたのだろうか。少なくとも、温泉開発部絡みではないのは確かだ。私はそう思いながらアコに問い質すと、アコは意外な事を告げた。
「今、そちらに先生はいますか?」
「先生? ええ、いるけれど……」
『ちょっと代わっていただけますか?』
そう言えば、アコはまだ先生とモモトークを交換していないのだったと気が付いた。
最近、チナツがシャーレの募集に受かった、と言う話は聞いていたが、それに関する事だろうか。私はアコに先生が代わることを伝えると、彼女は先生と何かを話しているようだ。
何やら相槌をうっているのが聞こえる。それが数分間続いた後、アコの声がスマートフォンの向こうから聞こえてきた。
『……では、後程……』
「わかったよ。ヒナに代わるね?」
そう言って先生は私にスマートフォンを手渡す。私はそれを受け取ると、スマートフォンを耳元に近づけた。
「もしもし?」
『ヒナ委員長。お疲れ様です』
「ええ。それで、何かあったのかしら? 先生の事でしょう?」
『はい』
アコはそう短く返事をした。そしてその後、今度モモトークの交換を行いたい、と言った。私はそれに対して、あまり遅くならないように、と釘をさしつつそれを承諾した。
私が通話を終えると、先生が私に声をかけてきた。どうも用事が出来てしまったらしい。私の方でも、飛び込みの要件が入ってしまった。
拾ったタクシーに乗る先生を見送りつつ、私は自室へと戻った。書類仕事の傍ら、先生と過ごした時間を振り返る。
僅かなものだったけど、私にとっては充実した時間だった。気がつけば、自然と微笑みが浮かぶ自分に苦笑しながら私は机に向かった。
──また、こんな時間があるといいな。
そして日付けが変わりそうな時間まで仕事を続けたのだった。
ヒナの先生に対する感情は、父親に対するものに近いのではないかと思ったり。