箱舟に迷い込んだ犬   作:B=s

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箱舟に迷い込んだ犬-26

「出動だ! まわせ──っ!」

 

 ブザーの音が、けたたましくもこだまする。

 ディーゼルエンジンが始動し、黒煙を吐く。防具を身に着けた少女たちが、縦横無尽に駆け回り、車に乗り込んでいく。訓練が終わったばかりということもあり、皆、額に汗が滴る。

 移動する車の中で、防具を身に着けた人影がマイクを手にする。

 

「諸君、緊急出動の理由はほかならん。先ほど美食研が飲食店を爆破した。一般人にも負傷者も出ている」

「またですか。しかし、美食研はなぜ飲食店を?」

「わからん。だが、我々は奴らを放置するわけにはいかない。治安に関わる」

「隊長、どこまでやっていいんですか?」

 

 ひとりの隊員が、手を挙げて質問する。いつもサングラスをかけている隊長──都々目紅一は険しい顔でそれに答えた。

 

「殺すな。だが虫の息にしろ」

「髪の毛は?」

「やむを得ない時だけだ。温泉開発部の時は丸刈りにしたが、総長から苦情が来てしまった」

 

 ──こう、バリカンでぶいーん、とな……。

 手でバリカンを使って刈る仕草をしながら紅一が答えると、隊員たちから笑い声が漏れた。

 まったく、とため息をつきつつ車が止まる。どうやら現場に着いたようだ。車から降りるとそこには既に隊員が三十名ほど集まっている。この一件のためだけに臨時編成された部隊だ。

 紅一は息を大きく吸い込み声を張り上げる。瞬間、空気が引き締まる。一糸乱れぬ動きで、隊員たちが整列する。そして、隊員たちに向かって紅一が命令を下す。

 それは今ここに世界の半分を怒らせかねない、正義ある戦いの始まりを告げる言葉だった。

 

 

「……まずい事になりましたわ」

「会長、何が?」

 

 ハルナの言葉に疑問を返すジュンコ。

 ハルナはゆっくりと視線を壁の向こう側にやった。その視線の先には、道路を封鎖する黒ずくめの集団。それはそうだろう。あんな事が起こったのだ。

 ハルナのそばにいたアカリが、集団を見て眉を顰める。

 

「会長、もしかしてヤバい奴ら来ちゃった?」

「アカリさん、正解ですわ。最近話題の連中ですの」

「もしかして、温泉開発部の部長を丸刈りにしたっていう?」

「ええ。あいつらは普通の風紀とは違うと、先日温泉開発部の人から厳重注意が出ましたわ」

「げぇ。あいつら温泉開発部にも喧嘩売ったの?」

 

 ジュンコが集団を見ながらドン引きした顔をする。

 そんなヤバい奴らを相手取り戦う羽目になっているのだ。しかも相手は道路を封鎖して、すぐそこまで来ている。しかしハルナは余裕の表情を崩さない。

 いまいち事態を飲み込めていないイズミが、ちゅー、とストローでソフトドリンクを飲みながら、ハルナに尋ねる。

 

「で、どうするの? やっつける?」

 

 ……どうしてこうも緊張感というものが無いのだろうか。余裕の表情でソフトドリンクを飲み干すイズミを見て、アカリはため息をつきつつ答えた。

 道路と言う道路に黒ずくめの集団が立っている。そいつらはかなりヤバい。スコープで偵察していたハルナが声を上げた。

 

「皆さん。ここは……」

「……強行突破だね?」

「逃げますわよ!!」

「ええっ?!」

 

 突然のことに驚くイズミ。けれどハルナは彼女を置いてきぼりにして一目散に駆け出し始めた。ジュンコもそれに続き、アカリもそれに続く。足がそんなに速くないイズミは逃げ遅れ、やがて見つかってしまった。

 黒ずくめの連中がイズミに向けて銃を構えようとする。

 

「仕方ない。おやつを食べるためにも、早く終わらせる!」

 

 しかしそれよりも先に、イズミが銃を構え発砲する。その銃弾は正確に相手を捉えたが、装甲の前に弾かれてしまう。そうこうしている内に弾が切れてしまった。相手がロボットのように一斉に構える。

 

「あ、やばっ……!」

 

 数十の銃口が、イズミに向けられる。その次の瞬間。布を切り裂くかの様な銃声が鳴り響き、イズミの体が思いっきり吹き飛んだ。

 本来彼女は後衛で火力支援をする立場だ。前衛で耐えるようには出来ていない。イズミはふらつきながら起き上がろうとする。しかし次の瞬間には弾幕に呑まれる。

 複数のMG42から放たれる弾幕は、人間一人相手には過剰とも言えよう。数百発の弾丸が、イズミの体に突き刺さる。

 銃弾の嵐が過ぎ去った後、そこに残っていたのはヘイローが消え、動かなくなった彼女の体だけだった。

 

「一人目確保」

 

 黒ずくめの集団はそれを見て銃を収めると、気絶したイズミの両手に手錠をかけ、護送車両の後部に放り投げた。

 そして護送車両の扉が閉まると同時に、エンジンが始動した。

 

 

 その一方で、爆破現場では救急医学部と合同で負傷者の捜索活動が行われていた。

 大体が危険を察して避難していたものの、中には逃げ遅れてしまったものもいる。風紀委員たちはそれらを助け出し、担架に乗せるとトラックへと運ぶ。

 そんな慌ただしい空気の中、イオリは呆然と爆破現場を見つめていた。

 

「乾……」

「大丈夫ですって。軽いやけどだけですから」

「しかしだな、チナツ。私が余計な事言わなきゃ」

「美食研が相手です。仕方ないですよ」

「しかしだな……」

 

 どこか渋るイオリ。

 実は先の擲弾の爆発で、乾は軽いやけどを負ってしまったのだ。にもかかわらず、救助活動に参加しようとしたのでイオリが無理やりに休ませたのである。しかし、美食研が相手とあってはイオリの心配ももっともだろう。

 そんな時、ひとりの風紀委員がイオリに声をかけた。その風紀委員は、イオリが風紀委員になる前からの知り合いだ。イオリよりも一つ年上で、彼女にアドバイスをくれた先輩でもある。

 イオリも彼女には頭が上がらないようだ。

 

「イオリさん、特機も出動しているそうです」

「そうか。それなら連中の確保も時間の問題だな」

「都々目隊長がバリカンを握っていましたが……」

「ちょっと待て、アレは委員長がダメだと言っていた筈」

「ええ。その通りです。少し落ち込んでいる様子にも見えました」

 

 イオリは呆れたように頭を抱え、それから呟いた。

 

「まったく、あいつらときたら誰に似たんだか……」

 

 実は特機隊員にはある共通点がある。

 それは全員、正義感が強く手段を択ばない節があったのだ。猪突猛進するきらいがあるイオリですら懸念する程、特機の隊員はやりすぎる。

 更に最近、転入先に迷った元SRT生が志願し加入している。別にSRTだけならば、大いに歓迎する所だが……。

 

「あいつら、ゲヘナ生だからって過剰攻撃するんだよなあ」

 

 最近の特機出動案件の報告書を読む限り、徹底的にやっている。

 気絶程度ならまだしも、酷い時は骨折一歩手前まで追い込んだ事がある。まあ、病院送りになっても一、二週間もすれば退院できるので、ゲヘナ学園基準で言う所の全治一週間なのだが。

 校則違反者を全治二週間の病院送りにすることをおやつ感覚でやってくるので、おいそれと呼びたくないのが実情だ。

 他の学校からの転入組以外の元々の風紀委員の中からも、風紀委員の問題児も特機には必要、と都々目が引き抜いたのもあり、風紀委員内の悪評は強い。

 けれど正義感があるのは間違いはない。だからこそ、風紀委員には彼女たちの様な人材が必要なのだ。言動でどれだけの悪評が流れても、正義感が人一倍強いから、と擁護する声もある。

 おかげで犯罪や校則違反の件数が減少傾向にあるのも事実だ。

 ただし、それは正義感だけの行動とは限らない。ある意味において、行動原理がサイコな連中に慣れているイオリでも引くくらいだ。

 ──特機に負けては、風紀の名折れか。

 イオリはため息と共に心機を改めると、<クラックショット>を肩に担いで駆けだした。

 

 ──いたぞ!

 

「なんて野蛮な……」

 

 特機隊員たちの声にハルナは顔を引きつらせる。

 今の所何とか逃げ切っているものの、いつかは捕まってしまうだろう。ちなみに先ほどの銃撃でジュンコが被弾して傷を負ったものの、大したことは無い。

 今ハルナたちは使われていない古い資材倉庫に逃げ込んでいた。倉庫の扉をしっかりと閉め、万が一に備えて身構える。一体何がどうして、連中を呼び寄せることになったのか。

 ハルナたちは自分の愛銃を再装填しながら、反芻した。

 

「ジュンコさん、あの時いた風紀委員は何人でしたでしょうか?」

「爆破した時のこと? 確か四、五人だったかな」

 

 ハルナの質問に対し、ジュンコは答える。どうやら四、五人らしい。あの時はあんな大人数に見えなかったが。

 倉庫の扉越しには特機隊員たちの足音が聞こえる。そのまま通り過ぎる事も無く、扉の前で止まったようだ。あまり時間はなさそうに思える。

 

「でも会長、一人男の人がいましたよね? かなり、大柄の……」

「大柄……風紀と一緒……まさか」

 

 アカリの言葉に、ハルナはハッとなって顔を上げた。アカリの言葉から、ハルナはある可能性に思い至る。

 直後、美食研を閃光と衝撃が襲う。扉が吹き飛ばされたのだ。粉塵が舞い上がる中、特機隊員たちが突撃してくる。

 特機隊員たちはMG42を手にしている。ここで撃ち合いになったら不利だ。ハルナたちはすぐに遮蔽物に身を隠した。三秒程の射撃の後、拡声器越しの音声が流れた。

 

《武器を捨てて投降しろ! 諸君らは既に包囲されている! 繰り返す。武器を捨てて、投降しろ!》

「くっ、いいタイミングで……!」

 

 ハルナの悪態を無視して拡声器から音声が流れる。投降すれば命は助かるだろう。けれど捕まればどうなるかたまったものではないし、バリカンで丸刈りはごめんだ。先生に会う顔が無くなってしまう。

 ちらとアカリのほうを見ると、彼女もハルナに視線で返す。ハルナは心の中で頷くと遮蔽物から飛び出して銃弾を放った。それと同時に、アカリが擲弾を発射する。

 銃火と共に着弾した擲弾は、中に仕掛けられたマグネシウムの粉に引火し大爆発を起こした。煙と粉塵が舞う中、ハルナは爆炎を避け遮蔽物に飛び込む。そのすぐ傍を弾丸が掠める。

 粉塵越しに揺らめく紅い光が、特機隊員たちがいる事を物語っている。ハルナは撃ち返したい所だが、煙のせいで照準が出来ない。

 遮蔽物の隙間から窺うと煙の切れ端から人影が見えた。そこへ銃弾が飛ぶ。悲鳴が響き渡り、煙が晴れる。ハルナは愕然とした。煙が晴れた向こうに見える人影は十人以上だったからだ。

 ──一人や二人はやれた筈なのに。

 あまりにも多勢に無勢だ。この上は逃げるしかない。けれど逃げ切れるだろうか? そう考えている矢先──。

 

擲弾手(グレネーダー)から撃て! 他は大した事ない!」

「──アカリさん?!」

 

 ハルナは驚いて顔を上げた。そこには<ボトムレス>を構えて特機隊員たちに向けて発砲しているアカリの姿があった。

 

「会長、逃げますよ!」

「アカリさん! 無茶ですわよ!」

 

 だがアカリはハルナの言葉を無視して、擲弾を撃ち続ける。何発か爆発すると共に、相手のものと思わしき悲鳴が上がる。ハルナは足を怪我したジュンコの腕を摑んで走り出す。

 そう、逃げなければ。とりあえず今は逃げるしかない。アカリの行動に皆呆気に取られていたが、ハルナの行動に反応し発砲を始めた。轟音と共に特機隊員たちがばらける。

 アカリが五発目の榴弾を装填しようとした矢先、一発の弾丸が彼女の頬をかすめる。アカリは怯まず、硝煙の向こうにいるであろう敵へ銃口を向け発砲。何発か当たったようだが……。

 

「ウソ……!」

 

 アカリが弾倉の半分を撃ち尽くすよりも先に、相手の弾幕に呑み込まれた。全身を弾丸に撃たれ、アカリはその場で倒れ伏した。

 ハルナはそこで手榴弾の安全ピンを抜き、特機隊員に投げつけた。手榴弾が炸裂し、再び大爆発。これで少しでも追手の戦力を削ることが出来ればいいのだが……。

 幸いな事に特機隊員の射撃が止まる。ハルナはひたすら走る。今の所特機隊員には見つかっていない。だが油断はできない。とにかくここから抜け出さねば……。

 そしてそれは最悪のタイミングで訪れた。

 ハルナの目の前に、立ちはだかる少女。

 

「ハルナ。もう鬼ごっこは終わりだ」

「イオリさん、それはどういう」

 

 ハルナは冷や汗を流す。後ろからも気配が迫る。ジュンコが銃を構えようとするが、イオリがそれより先にジュンコの手から弾き飛ばした。

 イオリの手には硝煙漂う小銃。ハルナの額に汗が流れ落ちた。

 ──ここまで強かったか?

 そんな彼女の心情などお構いなしに、イオリは容赦なくその引き金を引いた。ハルナは咄嗟に身をかがませ、飛びだすように銃弾を避けた。

 ──相手はボルトアクション、こっちはセミオート。速射ならこっちに分がある!

 速射で反撃するハルナだったが、イオリは身を翻してそれを躱した。続いての銃撃も簡単に避け、すぐさま反撃に転じるイオリ。

 

「甘いな!」

「ぐぅっ……!」

 

 元々イオリは切りこみ隊長役をやるだけあってか、身体能力──特に突進力は強い方だ。

 対してハルナは獲物の関係上、どうしても近づかれると弱い。その関係上、必然的にハルナはイオリに接近を許さない様に立ち回りをする必要があるのだが……。

 イオリの優れた突進力の前では、そんな些細な事をしてもあまり意味がない。特に彼女のバトルスタイルは銃撃よりも肉弾戦にこそ本領を発揮するものだ。故に、イオリの相手はハルナひとりでは手に余る。

 イオリの回し蹴りがハルナの顔面に炸裂する。ハルナは二、三歩よろめくもすぐに体勢を立て直す。だがそれがイオリにとっては丁度良い隙となったようだ。

 ハルナの顔に鉄拳が突き刺さる。とどめにと跳び蹴りを放つが──。

 

「ちょっと! 忘れないでね!!」

「なっ?!」

「ジュンコさん!」

 

 そこへ割り込む様にジュンコが両手の銃を乱射する。イオリは舌打ちしながら後ろへ飛び退く。そのまま勢いに任せて一気に追い詰める。

 

「形勢逆転ね?」

「くっ……」

 

 袋小路に追い込まれたイオリは、ジュンコとハルナの前で歯噛みする。

 イオリはハルナとジュンコに銃口を向ける。……向けてはいるが、その指は震えている。ジュンコが持つ突撃銃は油断なく構えられているし、仮に突破できたとしてもハルナの狙撃銃の餌食だ。

 かと言ってハルナから倒そうとすれば、ジュンコに弾幕を張られ、退路を断たれる。結局、絶体絶命のピンチだ。

 

「さて、イオリさんには人質になってもらいましょうか」

「人質交換、ってこと!」

「ふざけるな、誰が人質に……!」

 

 その時、イオリの耳がかすかな音を捉えた。

 それに反応する前に、ジュンコの右脇の壁──石膏の波板でできた、粗雑なものだ──から銃弾が飛び出し、ジュンコを直撃した。ジュンコは大きくよろめいたかと思うと、そのまま倒れた。

 ハルナがその銃声の方向に目を移すと、自分よりも大きな、黒い影が壁をぶち破って突っ込んで来た。

 

「?!」

 

 驚きの声をハルナが上げ、咄嗟に後ろへ飛び退く。しかしその黒い影は銃を撃つことも無く、その巨体をいかして突進し、ハルナを捕まえた。

 無論、イオリはこの隙を見逃さなかった。〈クラックショット〉の銃身を掴むと、トゲ付きの銃床でジュンコの身柄を押さえつけるように叩き込んだのだ。

 

「黒い、番犬……!」

 

 ハルナが息も絶え絶えに呟く。相手はハルナが抵抗できないように投げ飛ばし、手錠をかけた。イオリもまた、ジュンコの両手に手錠をかけ、身柄を確保。

 こうして美食研究会の逃走劇は、あっけなく幕を下ろしたのだった。




 みんな大好きバリカン刑。なるのかどうかはさておいて……
 紅一を演じた千葉繁は、あるアニメのキャラを演じた時に奇しくもバリカンを刑罰に使うセリフを言ったことがあったり。
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