紅一は書類を整理していた。
風紀委員の処理能力もあり、ほとんどミスのない、整った書類を黙々と分けていく。終わった書類をまとめ、棚に収めようとした際、ふと先ほど処理した風紀委員の書類の中に気になるものを見つけた。
それはアコが承認し、イオリが精査し、ヒナが却下した書類だった。
「ん? 何だあ、こいつは?」
「どうか致しましたか?」
ちょうど部屋に入ってきたチナツが声をかけた。紅一は先ほど見つけた書類を見せると、内容にチナツも首を傾げた。
「これは……」
「ああ、それは……その」
紅一の声にやって来たイオリが、手にしている書類を見て口ごもる。どうやらこの書類の事は、あまり知られたくなかったようだ。
「乾のやつ、また無茶しやがったか」
「はい。榴弾の爆発に巻き込まれ、火傷を」
「それでお目付役にチナツを付けたんだが……駄目だったみたいだな」
「私としても、きちんと治療してほしかったんですが」
「あー……。それについてはあいつの悪癖みたいなもんでな。『怪我は唾付けときゃ治る』とか言っていたんだろ」
あいつの気持ちもわからんでもないが、と紅一は続ける。
あの人には気を付けた方がいい……というか、あの人に関わろうとすること自体が悪癖なのかも、とチナツは思った。何しろ銃弾飛び交う中を防護装備があるとはいえ突っ切るのだ。
チナツも度々見てはいたが、とてもではないが真似できそうにない。もしも彼の立場に自分がいたら、足がすくんでしまうだろう。無謀にも見えて、その実違うとも取れる。
……まあ、それはともかくとして、だ。イオリは紅一に頭を下げた。もとはといえば、自分の発言がきっかけで負傷したようなものだからだ。しかし紅一はそれを制すると、気にするなと返した。
「で、乾は?」
「乾なら、アコちゃんと特機の第一小隊長の三人でシャーレへ」
「田中のところか。あいつも良くまあ働くよ……」
紅一は呆れたようにぼやいた。
第一小隊長──彼女は仕事に真面目で、特機の再編が決定された際、一番最初に名前が挙がった人物であった。おそらく怪我をしている乾をフォローするつもりで行動に移したのだろう。
「そういえばアコちゃん、なんかファイル持っていったな」
「ふむ。とすれば何か、打ち合わせなのかもしれないな」
「そのあたりのことは聞いていないのか?」
「さあな。田中も絡むなら、悪いことじゃないだろ」
イオリの疑問にあっけらかんと返す紅一。その答えにイオリは、まあそれもそうかと納得した。
シャーレのオフィスで、アコと第一小隊長、田中の三人が書類を囲んでいた。
それは今度計画中の「空崎委員長の夏休み」に向けての、アコの企画だった。
アコは以前よりヒナの多忙ぶりを憂い、まとまった休息を摂れないかを考えていた。しかしながら、自由時間が3時間と非常に短い日々は中々変わりようがなかった。
断念すべきか悩んだそこへ乾たちが現れ、特機隊の再編を経てヒナのスケジュールに空きが生じてくることが増えた。
これは好機であると踏んだアコは、早速その計画を実行に移すことにしたのだ。無論、急に変更になったとなれば不測の事態が発生する可能性も捨てきれない。
そのため事前調整としてアコと第一小隊長はシャーレを訪れ、そして事情を説明した上で相談したのだった。結果は上々で、先生は乗り気だ。
一通りのやり取りを終えた後、先生は生徒たちの付き添いで来ていた乾をシャーレの射撃訓練場へと招いた。
「最近、私も銃を手に入れたので……」
「随分と大口径のリボルバーだな……それで、どうしたい?」
「撃ち方を練習したくて。生徒でもいいのですが、乾さんなら、と」
「…………」
アコたちを脇目に、射撃訓練場で練習に励む田中。
耳栓を付けて、慣れていない様子で拳銃を撃つ。その横で、乾は田中の射撃姿勢を見ていた。
アクション映画の影響だろうか、田中は片手で照準をしている。撃発と共に轟音が鳴り響く。それを何回か繰り返した後、田中は装填分を撃ち切ったのを確認してから銃を台座に置いた。
手前に的を取り寄せると、当然の話だが着弾点はばらばらだった。真ん中だったり、端っこだったり──その中でも特にひどいものは、的に書かれた円の縁の外。
的の結果を見ながら、乾は口を開いた。
「ダメダメだな」
「……そうかも」
でも、と乾は続けた。
「そこから始めるしかない。初心者はまず基本を叩き込むべきだ」
諭すように話すと、今度は逆になぜ銃を使いたがるのかを田中に問うてみた。質問に対しての答えは、実に単純なものだった。
キヴォトスでは銃が一般的だ。何なら幼稚園児でも持っている。なぜかと言えば、キヴォトスの生物はやたら頑丈であり、その事を子供の頃から教える必要が在るからにほかならない。
ならば武器を持ったのなら、それを正しく扱う技を幼いうちから教えるのは当然だろう。この理念を元に訓練が推奨されるのだが、極一部の例外を除いてほとんど知られていない。
田中は一通りを見て、キヴォトスにおいて銃はアクセサリーであるが、同時に武道の概念を持ち込めるのではないかと思ったのだ。
つまるところ、武道を通して己を律することで余裕となり、生まれた余裕は喧騒や衝突を避ける。それができないかとして、銃を持つことを望んだのである。
その経緯に乾は感心したようだった。
「先生は今日初めて銃を手にしたのですか?」
「恐らくそうかと。先生は銃があまり一般的ではない所から来られたようですし……」
「確か乾さんも同郷と聞きましたが……かなり違いません?」
アコが訝しんで聞く。乾と田中の差は銃というよりは、その背景にある。田中は銃を持たずとも生きられる環境だったのに対し、乾は銃が仕事道具の環境で育ってきた。
銃を握る二人の差、といったような複雑なニュアンスを感じてアコは少しそれが気になっているようだ。
「そういえばこの間の授業、乾さんが見学していたんだけど、授業の後はなんか顔が青ざめて見えたな」
「この間の授業って、確か第二次世界大戦の……」
「そのことを訊ねたんだけど、何でもない、ってはぐらかされたよ」
そう言って首を傾げる小隊長に、アコは考えた。一体、何が乾に衝撃を与えたのだろうか?
確かに見学した授業風景について、第二次世界大戦の話題を振った時、乾はどこか思い詰めたような様子だった。だが、その事と授業の内容が結びつかないのだ。
──記憶が正しければ、その時の授業範囲は日本という国がどう負けたのか、だったはずだ。
さりげなく確認してみるべきか……。思案していると、乾は田中に銃の扱い方を教えることにしたようだ。
構え方や、銃口の管理の仕方、照準のつけ方など手取り足取りだ。アコは指導を受けている田中を見て、何故か羨ましさがこみ上げた。
アコが羨ましさを覚えた理由はよくわからない。ただどういうわけか、おやつをお預けされたような物足りなさを感じたのだ。
その視線を感じ取ったのだろう、乾は銃を片付けるとアコと第一小隊長に訓練を見たいか問いかけてきた。
もちろん、即答である。
これはアコにとって、非常に良いことだ。というのも、アコは拳銃を使う。ここ最近は練習する機会に恵まれなかったが、それでもかつての感覚を蘇らせるためには訓練が欠かせなかった。
伊達に拳銃一つでヒナの右腕を務めていないのだ。
「久しぶりに撃ってみますか。先生、見ていてくださいね?」
「アコが銃を撃つ姿か、そういえば始めて見るね」
「拳銃は銃が苦手な人でも扱えるけど、奥が深いんだ」
「……確かに、精度は人次第だな」
乾はアコが拳銃を取り出すと、腕を組みながら唸った。重量が軽く扱いやすい印象があるが、命中させるには一定の訓練を要する。アコの構え方を観察しつつ、その技量に感心した様子であった。
一方で田中も興味深そうにその様子を観察していた。アコは久しぶりにもかかわらず、ブランクを感じさせない動きで弾を装填すると構えては射撃を行った。
──鈍い銃声とほぼ同時に的に着弾。続けて撃った銃弾も、大半が真ん中の円から少し逸れる程度の弾道を描いて的に直撃する。
──構えから狙い、発射までの動作が非常に速い。撃ち終えた拳銃をすぐさま別の的に照準し直す動きもしっかりとしている。
拳銃の扱いについては訓練を結構積んだのかもしれない、と乾は思った。
装填分を撃ち切ったアコは、銃口を上に上げてにこりと微笑んだ。
「ふふ、どんなもんですか」
「凄いねアコ、全弾命中だ」
「行政官、噂には聞いていたが……まさかここまでとは」
「凄い精度だな。50メートル以上離れた的に、あの範囲で当てられると言うのも相当だ」
四人に称賛され、アコの顔が紅潮した。第一小隊長は事実を口にしただけに過ぎないが、それでも彼女にとっては励みとなる言葉だった。
それにしても、と乾が続けた。
時として戦闘でも役に立つということは知ってはいたが、ここまでとは知らなかった、と言う。その言葉に反応したのは田中だった。
「乾さん、銃を撃ってみて下さい」
「……そうだな。レンジの設定を頼む」
「了解」
小隊長が的の距離を設定する隣で、乾がヒップホルスターからモーゼルを抜き放ち、右手で照準する。
半身の姿勢で構えるそれは、アコとは異なる、どちらかといえば被弾することを抑えた姿勢だ。アコのように足は肩幅に開き、腕は脇を締めて肘を曲げるのではなく少し曲げた状態で構える。
そして乾が引き金を引いた瞬間、乾いた破裂音が轟く。数発程撃ったところで射撃が止み、一同は怪訝に思う。だが次の瞬間、アコたちの顔色が変わった。
「?!」
乾の拳銃からは立て続けに第二射、第三射が撃たれる。撃ち切ったと思った瞬間、銃身下部の弾倉がするりと下に落ちた。
「連射……」
「しかし、連射だと精度は出ない筈……?!」
リモコンで的を取り寄せ、その詳細を見た一同は再度驚いた。アコと変わらない範囲の円に、穴が開いている。アコは驚きつつも、感嘆の声を上げていた。
──これは凄い……!
C96で連射ができるのは知っていたが、その挙動を見るのは初めてだった。着脱式弾倉ではなく、固定式弾倉だと思っていたそれは、思い込みでしかなかったのだ。
それだけではない。掃射の最中の乾の手にぶれは無かったのだ。あの重そうなプロテクトギアを纏っているからなのだろうか。いずれにしても凄まじい膂力の持ち主である事には違いなかった。
一方乾は、無表情だ。弾切れになったモーゼルに弾倉を再度セットすると、チェンバーに弾が入っていないことを確認するなり、手を下げ腰のホルスターにしまい込んだ。
「まあ、こんなものでしょう。田中さん、銃を借りても?」
「え、ええ……」
続いて乾は田中の銃を借りると、今度は両手で保持した。
フルオート連射を片手で制御できるのに、わざわざ両手で撃つとは……やはり先生の銃は、他とは違うんだなとアコたちは思った。
先程とは打って変わって緊張した様子で、慎重に狙いをつけると引き金を引いた。
.454カスールの発砲音が轟き、新しい的に穴を開ける。数発撃ったところで乾は弾を新しいものに入れ替えると再び射撃、今度は片手で撃つ。トリガーを弾く度、乾が肘を曲げる。反動を逃がしているようにも見えた。
そうして弾倉2個分の弾を撃ち切ると、銃を田中に返した。
「リボルバーは確かに簡単な造りだが、その分反動をうまく逃がさないといけないんだ」
「私の撃った的と、全然違う……」
射撃を終えて、手元に戻ってきた的を見た田中は驚きを隠せなかった。
普段使っている銃より大口径で反動が強力なマグナム弾を使用すると言うのに、乾は制御できていた。弾痕も田中と比べて数が多く、狙いもしっかりとしている。
まさしく達人の動きだ。
アコたちが感心した様子で頷いていると、乾はまだまだだ、と返した。
「練習に励めば、この位は簡単に出来るさ。だけど田中さん、あんたの使い方は違うだろ?」
「ええ」
「なら、使い方を間違えないように……」
乾は田中の使い方を見抜いた上で、その指導をしたのだ。
田中は改めて拳銃の構え方や、照準のつけ方を教わってから、的に向かって射撃を始めた。そもそも銃が扱いやすいと感じていた彼は、乾の指導にすぐに順応した。
指導を受けた後の的は、どれもこれも狭い範囲の円に収まっていた。射撃を終えた田中は、どこか少しばかり自慢げな顔をしている。アコから見ても彼の上達が窺えた。
凄い成長速度だと思い、その才を引き出した乾の腕にも脱帽ものだった。
──本当に初めて手にするのか?
その一方で、乾は田中の才覚に驚いていた。射撃もさることながら、理解が早い。構え方、照準の付け方……。
とてもではないが、初めてとは思えなかった。時代が違えば、特機にいたかもしれない。このような才覚の持ち主を放っておくほど乾のいた日本は暇ではなく、穏やかでもなかった。だが、今は違う。
──彼の日本は平和だ。
ただ、それだけが救いだった。乾の胸の内に、そんな思いが去来するのだった。
ケルベロス劇中で使用されたモーゼルC96ですが、どうもM712を基に改装した様です。他の『ケルベロス・サーガ』作品においてもM712を使っている描写があるので、迷いました。