箱舟に迷い込んだ犬   作:B=s

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箱舟に迷い込んだ犬-36

 ──温泉開発の時間だ! 

 ゲヘナ自治区の一角は爆炎に包まれた。その炎の中で揺らめく影。工具を片手に、鬨の声を上げる少女たち。彼女たちこそ、温泉開発部。常人には解しがたい欲求に忠実故に、風紀委員に追われる集団だ。

 そして今、彼女らは活動の最中であった。建物を解体し、更地へと変えていく。そこに源泉があると言う匿名のタレコミがあったからだ。その真偽はともかく、彼女たちは僅かな情報を手掛かりにここまでたどり着いたのである。

 そんな彼女を出迎えたのは──。

 

「特機隊だ!!」

「撃て! 応戦するんだ!!」

 

 ゲヘナ特機隊。

 銃火器だけでなく、強化服で武装した少女たちだ。しかし温泉開発部も怯まない。その先頭に立つ少女は、工具を振り回しながら叫ぶ。その声に反応するように、特機隊の隊員たちが銃を構える。

 そして激しい銃撃戦が始まった。戦いはまさに戦争だった。銃弾が飛び交う中、温泉開発部の面々が建物に立て籠る。

 銃弾が飛ぶ。だがしかし、特機隊は止まらない。

 爆発物が飛ぶ。だがしかし、特機隊は止まらない。

 自棄を起こした温泉開発部員の一人が、物陰から飛び出して来た。直後、銃弾の嵐に呑み込まれる。複数もの機関銃による一斉射だ。

 その火力は凄まじく、温泉開発部員が次々と倒れていく。不利を悟った部員の一人が叫ぶ。

 

「こ、後退! 後退だ!!」

 

 彼女たちはすぐに後退を始めた。その手際の良さは見事と言うしかないだろう。

 だがしかし、特機隊とて逃がす訳にはいかない。彼女たちは追撃を開始する。その最中、一人の少女が何かを投棄した。煙幕だ。

 瞬く間に辺り一面が真っ白に染まる。それと同時に声が響く。

 

「みんな、こっちだ!!」

 

 その声に導かれて、彼女たちは移動を開始した。煙幕の張られた中を駆け抜けると、そこには一両の車両があった。

 それは風紀委員会が使用する物ではない。

 

「こいつならどうだ!」

「改造重機だ! 気を付けろ!!」

 

 装甲が施された重機──ブルドーザーだ。

 

「装甲ドーザー、発進!」

 

 その声と共にエンジンが始動し、ゆっくりと動き出す。そしてそのまま、温泉開発部の面々は乗り込む。

 

「よし行くぞ!!」

「ああ! こいつなら特機隊でも手は出まい!」

 

 彼女たちはそのまま走り出し、特機隊に迫る。エンジンも改造されているのか、異様に早い。特機隊の隊員たちが、重機の進路を塞ごうと試みる。だがしかし、改造重機は止まらない。それどころか、加速していく。それを見た特機隊の少女たちは、慌てて退避した。

 そして次の瞬間──重機は廃墟にそのまま突っ込んだ。轟音とともにガレキにまみれ、重機は沈黙した。

 

「あ、危なかったな……」

「また動き出される前に、連中を確保しよう」

 

 乗員が気絶してることを確認した特機隊員たちは、その身柄を拘束した。そして一通り積み込むと、捜索に入った。

 

§

 

「な、なんなんですかあ!」

「ヒフミ、揺らさないで! 照準が合わないからっ!」

 

 爆発と共に、一台の車とスクーターが走る。車には"給食"の文字がペイントされている。

 スクーターを運転しながら、阿慈谷ヒフミは地面が揺れているせいだと、叫んだ。その後ろにはピンクの髪の少女──下江コハルが乗り、後方に銃を構えながら、文句を言う。

 事の始まりは数時間前。ゲヘナ自治区で第2次特別学力試験を行うと知ったヒフミたちは、日時設定の理不尽さに悩みながらも、試験会場を目指していた。

 トリニティの試験をゲヘナ自治区で行うと言う、無茶苦茶な話に、ゲヘナ自治区でたまたま居合わせた美食研究会の面々も困惑の色を隠せず、ヒフミたちはそんな彼女たちの案内で、ゲヘナ自治区を進んでいた。

 その最中、ヒフミたちは奇妙なものを見た。

 

「あれは何?」

「どうしました、コハルちゃん?」

「何か黒ずくめの連中が見えたの。風紀委員の後ろから、大きな車に乗って……」

「……今回の騒動と、関係があるんでしょうか?」

 

 コハルが、銃のスコープを覗きながら呟く。彼女たちの視線の先には風紀委員たちがいて、そのさらに後ろには黒ずくめの連中が見えたのだ。

 

「わからない。でも、嫌な予感がする」

「まさか特機隊まで出ているとは……! これはマズいことになりそうでしてよ」

「特機隊? 何それ?」

 

 車の助手席で優雅に腕を組んでいた少女──黒舘ハルナが表情を一変させた。それにコハルが問い返す。

 美食研究会にとって、いやゲヘナ中の不良生徒にとって特機隊の存在は誰もが知っている存在となっていたが、不思議なことに他の校区──特にトリニティ──には話が入ってこなかった。

 しかし、今はそんな話をしている場合ではない。後ろを向いたハルナの視線の先には、温泉開発部員が乗る改造重機が迫ってきているからだ。ただの改造重機と侮るなかれ、凄まじい速度を出しており、このままでは轢き殺されかねない。

 後ろのコハルから言われたヒフミはスロットルを捻り込み、スクーターの速度を上げた。無線越しに、別行動を取っていた白洲アズサと浦和ハナコの慌てた声が聞こえる。

 

『まずいぞハナコ、アレはただものじゃない! 弾も効かないし、こっちを狙って来てる!』

『温泉開発部や風紀委員だけでなく、何か黒ずくめの人たちが迫ってきます!!』

「特機隊がそっちにも?! 絶対に交戦は避けて、あいつらが相手なら無事では済まないよ!!」

 

 無線を聞いていた赤毛の少女──赤司ジュンコが叫ぶ。しかし、その声をかき消すかのように爆発が轟く。隣にいた獅子堂イズミが手榴弾を投げ込んだのだ。さらに機関銃の音が響く中、バイクのエンジン音が響く。

 それはヒフミたちの乗るスクーターである。路面の突起をジャンプ台替わりにスクーターは空中に飛び出し、着地と同時にハルナたちと並走する形になった。半泣きのヒフミが叫ぶ。

 ──どうしてこんなことになっているんですか?! 

 

§

 

 その一方で、浦和ハナコと白洲アズサは包囲されていることに気が付いた。前面には温泉開発部、後方にはゲヘナ学園風紀委員会。

 そして、さらにその後方からは黒ずくめの連中。しかし、そんな状況でも二人は冷静だ。

 

「……ハナコ、プランBで行こう」

「ええ、もちろんですとも♡」

 

 アズサの言葉にハナコが頷く。すると、二人同時に銃を構えて発砲。弾は前方にいた温泉開発部員の一人に命中し、その体が後方に吹き飛ぶ。

 さらにアズサとハナコがほぼ同時に、銃の引き金を引いた。二発の銃弾が温泉開発部員たちに吸い込まれていくように命中する。二人はそのまま、さらに発砲を続ける。弾は温泉開発部員たちの体を強く叩き、悲鳴と共に温泉開発部員たちがその場に倒れる。

 

「待て! そこのトリニティ生!」

「先を急いでいますので~」

 

 ゲヘナ風紀委員会を率いていた銀髪のツインテール──銀鏡イオリが叫ぶ。そんな彼女の前に、円筒状の物体。

 

「くそっ、閃光弾か!!」

 

 イオリが悪態をつく。閃光弾で目を潰していた。そんな中でも、彼女たちの足が止まることはない。

 

「ええい逃がすか!」

 

 閃光に周りが悶える中、がむしゃらに駆けだすも、相手は既にその場にいなかった。イオリたちは見失うこととなった。だが、まだ温泉開発部員がその場に残っているのには変わりはない。しかし、それもすぐに捕縛されてしまうだろう。なぜなら彼女たちも閃光で目を潰されているからだ。

 

「温泉開発部はとっちめられそうだが、あのトリニティ生は一体……?」

 

 気絶した温泉開発部員を縛りながら、イオリは首を傾げた。そして気が付けば、後詰めの特機隊員たちも忽然と姿を消している。アズサたちの姿が何処にもないのを不審に思いつつも、イオリたちはその場を後にするのだった。

 そして、場面はヒフミたちに戻る。

 風紀委員会が相手ならば、まだ良かっただろう。しかし、今はそのどちらでもなく──。

 

「な、なんなのこいつら?! 弾が弾かれてる!」

「トリニティの子たちは初めてか。そいつらが特機隊、風紀の上位互換みたいなもん!」

 

 コハルの嘆きにジュンコが答える。特機隊員たちに弾が命中してはいるが、何しろプロテクトギアを着けている。その程度では足止めにもならないだろう。

 事実、コハルの銃の弾倉は全て空になっている。特機隊の面々が機関銃を構え、発砲した。弾丸がヒフミたちのスクーターを襲う。

 ヒフミはスクーターの車体を体重移動で左右に寝かせ、巧みに回避する。ヒフミの後ろに座るコハルが抗議の声を上げるも、状況が状況だ、それどころではない。

 しかし、このままではジリ貧だ。

 ヒフミがそう考えた時、特機隊員の一人が吹き飛ばされる。それは、ヒフミの前方を走るハルナが放った銃弾によるものだった。

 彼女は銃口から硝煙を吐く銃を構えながら、ヒフミに向かって叫んだ。

 

「この前の仕返しをしますわ。ヒフミさんたちは先へ!」

「お礼参りをしようじゃないの!」

「し、しかしそれでは……!」

「いいのいいの。ここは私たちに任せて!」

「ハルナ、ジュンコ……。わかった! ヒフミ、行こう!」

「で、でも……!」

「いいから早く!」

 

 コハルに促されて、ヒフミがスクーターを加速させる。その後ろでは、ハルナたち美食研が足止めをするために立ち塞がる。

 そして、そのさらに後方では──。

 

§

 

 ヒフミたちを乗せたスクーターが風紀委員と特機隊の包囲網を突破したその頃、田中ははぐれていた。

 はぐれた事に気が付いたのは、美食研究会と合流してすぐのことだ。これは明らかにまずい。幸いにも、現在地と目的地からはそう遠くない。しばらく歩いていると、前方に黒ずくめの連中が見えた。風紀委員のそれとは明らかに違う。

 その出で立ちは、まるで軍隊のようだ。

 

「あれは一体?」

『──データ照合完了。先生、アレは"ゲヘナ特機隊"と呼ばれる集団のようです!』

「アロナ、彼女たちは一体?」

『はい。あの生徒さんたちは、風紀委員会の関連組織です。ヒナさんがリーダーをやっているようです』

「では、ヒナがいるのかい?」

『いえ、ヒナさんはいないようです。誰か他の人が、指揮を執っているようですが』

「誰だろう……?」

 

 腰に下げていたタブレット端末──"シッテムの箱"の画面が切り替わり、アロナの声が響き渡る。

 その中には生徒のデータが含まれている。その中にはもちろん、ゲヘナ学園の生徒たちの情報も存在し、生徒の顔写真と名前を確認することが可能だ。田中はゲヘナ特機隊の隊員たちを改めて確認する。

 すると大半の生徒に転入歴があり、その多くがSRTやヴァルキューレと言った警察系の学校からの転入である事が分かった。田中は考える。指揮している人間が知り合いならば、場合によっては妨害されずに済むかもしれない。

 ただでさえゲヘナ学園とトリニティ総合学園との衝突事案にもなりかねないのだから、向こうも穏便に対応できるはずだ。

 ただ、疑問があった。それは、この集団が何故ここに現れたのか? その一点だ。田中はアロナに問いかける。すると彼女はすぐに答えた。

 

『恐らく、温泉開発部が活動しているからだと思います』

「温泉開発部? ……なら、カスミが?」

『いえ、カスミさんとは違うグループのようです。外部からの情報提供がきっかけで、独自に行動しているようです』

 

 アロナの言葉を聞きながら、田中は考えた。とにかく、今はここから移動しなければならない。下手にゲヘナ特機隊の前を通るのは危険だった。

 いざとなれば実力行使──”大人のカード”の使用──も辞さない覚悟でいたものの、田中がその考えを実行に移す前に事態は動いた。

 それは突然の出来事だった。背後から轟音が鳴り響いたのだ。振り返るとそこには、エンジン音を響かせてこちらに向かってくる改造重機。

 

「?!」

『危ない!』

 

 アロナが叫ぶのと、田中の身体が何者かに押し倒されたのは同時だった。目の前を改造重機が通りすぎ、塀に追突した所を複数の方向から銃撃され、沈黙する。

 改造重機を運転していたのは、温泉開発部員だった。黒ずくめの人物たちによって破壊された重機の運転席から引きずり出されると、その両手足を結束バンドで縛り上げた。

 唖然とする田中に、手が差し伸べられる。黒い、ごつごつとした手だ。その手の主を見てさらに驚くことになる。

 

「……乾さん?」

「ああ。久しぶりだな、田中さん」

 

 プロテクトギアを纏った乾だった。

  威圧感溢れる黒い装甲、手にしているMG42と弾薬ベルト。そして紅い眼光を鈍く放つ、ガスマスク。田中にはそれらが、さまになっていると強く感じた。田中は彼に引っ張られるように起き上がると、辺りを見回した。そこには拘束されている数名の温泉開発部員たちと、黒づくめの人物たち──ゲヘナ特機隊の面々が立っており、田中を注視していた。その中心に立つ人物こそ、乾だ。

 彼は静かにこちらを見下ろしていた。

 田中は、この状況をどう打開すべきか悩んだ。自分は補習授業部の試験を引率する形で、ここへやって来た。しかし彼らはどのような事由でここを訪れたのか? 彼はそう思い、問いかけようとしたが、それよりも先にゲヘナ特機隊の隊員たちが武器を構えた。複数のMG42の銃口が向けられる。ガスマスクのレンズ越しに、射抜くような眼光が見えた。

 その時だった。乾が手を挙げた。それと同時に構えていた全員が動きを止めると、姿勢を変え、捧げ銃の形をとったのである。

 

「……?」

「用件を聞こうか。あんた一人で、用もなしに来るとは思えない」

「え、ええ……」

 

 その異様さに気圧されつつも、田中は乾に事情を説明し始めた。不思議と、乾には話がしやすいものがあった。

 彼が攻撃の意思を示さないのもあるのか、ひとまずは話を聞いてからなのか。はたまた、子供とは違うと言う一面があったからなのか……。田中は、自分がここに来た理由を話した。

 一通り聞いた乾は、田中の話が終わるとすぐに口を開いた。

 

「そのような話は、こちらは聞いていない」

「しかし……」

「だが温泉開発部が暴れ回っているのは事実だ。その会場周辺の警備はこちらで行おう」

「!」

 

 思いがけない乾の答えに、田中は驚いた。ゲヘナ側が譲歩するとは。特機隊員の中に反発する者がいないことにも驚いたが、田中はその話を受け入れた。そして、さらに聞くべきことがあった。

 田中は乾に向き直る。彼は首を傾げつつも続きを促した。その様子を見て、田中は口を開いた。

 

「乾さん、あなたの仕事は一体……」

「"いぬのおまわりさん"さ。先生」

 

 わんわん、とおどけた様子で続ける乾に、田中は苦笑した。

 田中と乾は、その後も二言三言交わした後、件の建物──第15エリア77番街の廃墟に到着した。廃墟だけあって、とてもではないが試験会場たりえない。

 だが、ここでヒフミたちには踏ん張ってもらわねばならないのだ。田中は廃墟を見上げつつ、ぐっと拳を握りしめる。乾たちが周辺警戒に当たっていた所、特機隊員の一人が報告に現れた。

 

「報告! 不審物を発見しました!」

「何? どのようなものか?」

「砲弾のような形状です。指示願います!」

「工作班に調べさせろ。慎重にな」

「了解!」

 

 特機隊員の報告を聞いて、田中は考える。

 砲弾のような形状の不審物とは、一体なんだろうか? 少なくとも、温泉開発部が作ったものではあるまい。

 田中がそう考えた時、特機隊員の叫び声を聞いた。

 その叫びに田中が振り向くと、そこには両手を上げたヒフミたち、補習授業部全員の姿が。

 特機隊員達の誤解を解くため、田中はヒフミたちに駆け寄った。




♡とか☘とかの記号付きのセリフは考えるのが難しい……
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