補習授業部一同はひとまず帰宅した後、教室に集合した。
学力試験は特機隊の警護もあって無事に終える事が出来たが、結果は散々であった。
最高点はハナコで、最下位はコハルだった。ただ補習授業部の面々の気持ち的には、なあなあ的な部分も残っている。というのも、いきなりの試験範囲拡大、前代未聞の他学区での実施と、理不尽を受けているのが大きい。
取り敢えず、補習授業部一同は次の学力試験に向けての対策会議を開いていた。次が最後のチャンスであること、もしも不合格となれば、全員が留年ではなく退学となることが明らかになったことで、結束が強まった。
しかし、勉強の合間にコハルがふと呟いた言葉に全員が注目する。それは何気なく言った言葉であったのだが……。
「そういえば、あの黒い連中は一体何だったの?」
「特機隊、ですか?」
「そうそう、それよ!」
コハルがヒフミに指差して言う。どうやら、あの黒い集団に対して何か言いたげだ。ヒフミはコハルの勢いに少し押されながらも、なんとか平静を保つ。
確かにあの時現れた集団──特機隊には謎が多い。そしてそれが気になっているのは、どうやら自分だけではないようだ。他の三人の顔を見ても、眉をひそめたり首を傾げたりと、それぞれ反応は違うものの、疑問を抱いているのは同じだった。
補習授業部の中で最初に遭遇したのはアズサで、その動きの違いにいち早く気が付いたのも彼女だ。アズサは特機隊について、何か知っているかもしれない。
ヒフミはそう思った。しかし、アズサは首を横に振った。どうやら彼女は特機隊について知らないようだ。ヒフミは残念に思いつつも、それ以上深く聞くことはしなかった。代わりにアズサから、相手の恐ろしさを聞くことが出来た。
「あの連中は、見た所ほとんどの人間があの黒い甲冑を着けてた。それだけじゃない。ほぼ全員が機関銃を持っていた」
「それだけじゃなかったですよね、アズサちゃん?」
「ああ。ハナコの言う通りだ。甲冑のせいで弾は効かないし、練度も高い。あそこまで的確に行動してきたのは初めてだ」
「私も、咄嗟に榴弾じゃなくて閃光弾を使わなければ捕まっていたかも」
アズサとハナコの証言に、一同は騒然となった。それはそうだろう。黒づくめの甲冑に機関銃を持った集団が向かってきたら誰だって警戒する。しかもその後の話では、爆発物をものともせずに進んできたというのだから。
ヒフミたちは、改めてあの集団の恐ろしさを実感する。幸か不幸か、あの集団をトリニティでは見たことが無いし、余程のことが──それこそモモフレンズのイベントがなければ──ゲヘナ自治区には行かないだろう。
そのため、ヒフミたちはゲヘナの特機隊がトリニティに来ないことを祈るしかなかった。
「特機隊と言えば、あの大人の人。先生よりも大きい人だったな」
「ハスミ先輩よりも大きかった」
「コハルちゃんは、ああいう殿方が好きなタイプですか?」
「何でそうなるのよ?!」
ハナコの言葉にコハルが顔を赤くして否定する。それを見ていたハナコが、更にからかう。そんな光景を尻目に、ヒフミはアズサと話をしていた。
微笑むハナコと赤面するコハルに対し、アズサの表情は真剣だった。
「実際、あの大人が率いてきたら少し面倒なことになるかもしれない」
「あはは……でも、特機隊の人たちはゲヘナ自治区から出てこないと聞きましたし、大丈夫ですよ」
「エデン条約次第じゃないか? 噂では、あっちの風紀委員会と正義実現委員会が手を組むとか……」
「うーん、大丈夫じゃないでしょうか……?」
ヒフミは不安な表情でアズサに向き直る。その姿を見たアズサが柔らかく微笑んだ。普段あまり笑顔を見せない彼女の自然な笑みを見たことで、ヒフミは一瞬見とれてしまった。
しかしすぐに我に返ると、ヒフミは自分のペロロバッグから荷物を取り出した。模試の問題集だ。その問題集を見て、アズサは感心した表情を浮かべる。しかしすぐにヒフミが何を言いたいのか察したようで、小さくため息をついた。
そこへ田中が荷物を抱えてやって来た。それを見たハナコはぽつりとつぶやく。
──愉快な勉強のはじまりだ。
§
「とんでもないことになったわ」
執務室の机でヒナは頬杖をつき、本日何度目かのため息をついた。彼女の机の上には一枚の書類。
それは先日の温泉開発部の中間報告書だった。何者かに情報提供を受けたとあり、加えて当該地域ではシャーレの先生の引率のもとでトリニティが学力試験を行った……とある。
書類に目を通したヒナは、報告書から目をそらすと時計を見た。時間を確認するためだったが、そこに表示されていたのは午前八時四五分。
今日もスケジュールが詰まっている。いつもなら会議の後、執務を始めるのだが……。
「露呈するのは避けたかったんだけど、潮時かしら」
ヒナはそう呟くと、受話器を手に取った。そしてある人物に電話をかける。数コール後、電話がつながった。
『空崎委員長? どうしました?』
電話の相手は桐藤ナギサだった。彼女はいつも通りの口調で話す。
そのことが、ヒナを苛立たせた。ついこの間自分のあずかり知らない所で勝手なことをしてくれたのだ。そのことについて文句を言わなくてはならなかった。
だが、今はそれよりも先に確認しなければならないことがある。ヒナは一つ咳払いをすると、話しかけた。
「今度の打ち合わせの件だけども、私の方からそちらへ赴いても良いかしら?」
『もちろんですとも! ぜひお越しになって下さい!』
「ありがとう。それじゃあ、また」
『はい。お待ちしております!』
通話を終えるとヒナは受話器を置き、ふぅっと息をついた。
「これでよしと。後は……」
そしてヒナは、机の上に置かれた一枚の紙を手に取った。
それは先日の温泉開発部の起こした騒動に関し、特機隊が提出してきた報告書だ。そこにはある生徒からの情報を元に行動した際の顛末と、その結果について記されていた。ヒナは報告書を読み終えると、再びため息をついた。
そして机の受話器を再び持ち上げると、短縮ダイヤルのボタンを押した。
──三人でトリニティ自治区に行かなければいけなくなってしまったわね。
§
補習授業部一同が問題集と格闘する中、田中は先日の出来事を想い起こしていた。
補習授業部の面々が特機隊に連行された後の話だ。田中は彼女らが無事に解放されるよう、乾たちと交渉した。そして予想通りというべきか、補習授業部の面々は無事に解放された。
しかしその最中、乾から指摘を受けたのである。
「あんたが引率で来てるから何とかなったが、彼女たちではどうにもならんぞ」
「それに関しては返す言葉はありません」
田中はそう答えつつも、乾たちに尋ねた。
何故このような事態になっているのかと。それに対し乾はこう答えた。
曰く、温泉開発部が活動する前に狐坂ワカモが現れたこと、その余波を警戒し、戒厳令を発令したと言うこと。田中はワカモが現れたことにたいそう驚いた。しかし同時に納得がいった。温泉開発部が騒動を嗅ぎ付けてきたのだろう。
そして田中がそのことについて乾たちに話そうとした時、突然大きな音が鳴った。それはまるで爆発音のようだった。田中はとっさに周囲を見回すが、特に変わった様子はなかった。
しかし次の瞬間、近くの廃墟を薙ぎ倒す形で改造重機──装甲ドーザーが姿を現した。田中は目の前の光景を見て、呆然とするしかなかった。
それはあまりにも唐突すぎた。何故ここで突然現れたのか? それに、もし何か目的があって現れたとするのならば……。
「敵襲! 敵襲!」
「環境テロリストどもにやらせるな!!」
田中が考える間に、特機隊員達は田中を中心に円陣を組んだ。乾が田中を庇うように前に立つ。装甲ドーザーに動きは無かった。にらみ合いが始まる。
田中は敵の狙いに気づいていた。明らかにこちらを狙っているのだ。
「そこをどけ! 開発の時間だ!!」
「やかましい! 無許可で破壊活動をする輩が何を言うか!!」
重機に乗って気が大きくなったのか、温泉開発部員の声は荒々しい。
乾は舌打ちをすると、MG42を構えた。瞬く間に複数の火線が迸り、重機を四方八方から撃ち抜く。温泉開発部員たちは慌てて重機から避難するが、やがて重機はその場で炎上した。逃げ出したものも、ひとり残らず撃たれた。
逃げる背中を撃ち抜くのはやりすぎではないかと田中は思ったが、不思議と声が出なかった。それほどまでに乾の表情は真剣だったのだ。
温泉開発部員たちが地面に倒れ伏す中、特機隊員達が飛び出してきた。そのまま、倒れた温泉開発部員の手足を結束バンドで固縛する。
最初は金属製の手錠だったのだが、持ち運びに不便であること、またキヴォトスの人間の膂力なら金属製の手錠を簡単に破ることから、改良された結束バンドを用いるようになった。使い捨てなのが玉に瑕だが、安価であることと、負担なく大量に所持が出来るのには勝てない。
温泉開発部員が拘束された所で、田中はようやく口を開いた。
「それで、ワカモが現れたとの話ですが……」
「ああ。奴は銀鏡と交戦した後、どこかへと逃亡した。まだ潜伏しているかもしれん」
今回の件、奴が絡んでいるのかもな──と乾は述べた後、警備に戻ると去っていった。
田中は腕を組み、考えた。温泉開発部はともかく、ここまで来るのに協力してくれた美食研究会には何かしらの報酬を渡したいところだが、そのための材料に心当たりはない。
だがこのままというわけにもいかず、どうしたものかと悩む。そこで田中はあることを考え付いた。美食研究会のメンバーは全員、シャーレの部員としても活動している。
その為今回の行動をシャーレからの要請に基づいて行ったとすれば、彼女たちに対する処罰は免れるかもしれない。
田中は早速行動を起こすことにした。幸いにして田中の手元には、美食研のメンバーたちの連絡先があったからだ。そして、特機隊に捕まっていないことを祈りつつ、田中は端末を操作し始めた。
§
──交渉は大変だったけど、あれはやっておいてよかった。
時は戻り、田中は模試の監督をしていた。ヒフミを筆頭に、補習授業部の面々は問題に取り組んでいる。
その真剣な眼差しに、田中は頼もしさを感じていた。ヒフミは問題用紙を見ては、おかしいと思った箇所を書き直し、コハルはうんうんと唸りながら問題と睨めっこ。アズサは分かる問題を先に答え、分からない問題を後回しに。ハナコだけはにこにこと、みんなの様子を見守るかのように見つめる。
その様子を見て田中は頷きつつ、指示を飛ばした。 模試が終わったところで休憩に入る。ここで一度小休止がてら休憩の取り方や重要ポイントを教えようと思い、田中は三人に声を掛けた。ヒフミとコハルは素直に頷き、アズサは手を挙げた。
──よし、じゃあまずは……。
その時、教室のドアがノックされた。田中とヒフミが確認に向かうと、そこには何人かのシスターの姿が。
「君たち、どうしたんだい?」
「はい。皆さんに差し入れを持ってきました!」
「差し入れ?」
「はい!」
そう言うと、シスターたちは荷物を広げ始めた。
手作りの焼き菓子が出てきたところで田中は感心した表情を浮かべると、再び声を掛けた。
「君たちの気持ちはわかったけど……」
などと言いつつも、その顔はにこやかなものだった。彼女らの目的がどうあれ、補習授業部の役に立てるなら是非もないことだと考えたのだ。そのためヒフミ達に休憩を延長することを伝えると、田中はシスターたちに向き直った。
補習授業部の面々が休憩を取っている間、田中はシスターたちと話をしていた。彼女たちの話によると、どうやらシスターフッドの方で焼き菓子を作っては、他の生徒たちに配っているそうだ。
慈愛と奉仕の精神から行われるこの活動は、シスターフッドの団結力を高め、また定期的に行うことで生徒達の協調性の向上にもつながっているとのことだ。
田中は感心すると同時に、羨ましさを覚えた。自分にはこうして誰かに何かを教えることには慣れてはいるが、こういった活動に関してはまだまだ見習うべき所だな、と。
田中がそんなことを考えていれば、シスターの一人が話しかけてきた。彼女は他のシスター達とは違い、少し大人びている印象を受けた。
しかしその表情にはどこか陰があるように見えた。そのせいもあってか彼女の笑顔もどこかぎこちないもののように感じられた。そんな彼女の表情に疑問を抱くものの特に気にせず、田中は会話を続けることにした。
「わたしたちシスターフッドは、皆さんの合格をお祈りしています」
「ありがとう。私も君たちの願いが叶うことを祈るよ」
田中の言葉に、彼女は微笑むと軽く会釈をして去っていった。ヒフミたちも、焼き菓子による差し入れはとてもありがたかった。勉強で頭脳を使うと、どうしても甘いものが恋しくなるのだ。
そうでなくとも、甘いものを好まない女子はまずいないものだ。とはいえ、量が多いわけではないので半分は勉強の差し入れとして残し、残りの分をみんなで食べてしまおうという話になった。模試が再開するまでの時間内で充分に食べられるだろう。
そして休憩を終えた後は再び試験に──という所で、再び教室のドアがノックされる音がしたのだ。今度は誰だろうか? 田中とヒフミたちは顔を見合わせたあとドアを開いたのだが……そこにいたのは意外な人物だった。
「先生、お迎えに上がりました」
「どうしたんだい?」
「ティーパーティーホスト代行、桐藤ナギサ様より至急の呼び出しです」
その連絡に、ヒフミは顔を青ざめさせた。