箱舟に迷い込んだ犬   作:B=s

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箱舟に迷い込んだ犬-7

 砂漠に展開した乾たちがカイザーの私兵とドンパチしているその頃、アビドスの他の地区では砂漠にあるまじき激しい銃撃戦が繰り広げられていた。

 戦場はカイザーPMCが所有している第51区だ。岩場の近くにあり、砂丘と言うよりは岩石砂漠が広がっていた。この地区は砂漠の地形を活用し、訓練場にされていたのだが今回はそれが災いしたとも言える。

 何せ足場の悪い砂に足を取られるからだ。そしてその状況の中、アビドス高校廃校対策委員会とカイザーPMCが激しく交戦していた。開戦当初、相手の戦力はこちらの10倍近い数があった。

 だがしかし田中の指揮の結果、状況はやや優勢に近いところまで持ち直したのだ。即ち対策委員会のメンバーのうち前線組である3名が大忙しとなった事を意味する。

 

「……キリがない」

「だけどここで退くわけにはいかないでしょ! ホシノ先輩を助けに行くんだから!」

「そうです、シロコちゃんだってホシノ先輩にがつんと言いたいでしょ!」

「それはそう」

 

 シロコと呼ばれた少女が、即座に答えを返す。そしてアタッシュケースのような物体を取り出すと、遮蔽物の影から少しだけ身を乗り出した。

 ドローンだ。

 シロコが取り出したのは、ドローンだった。彼女はリモコンでドローンへ攻撃対象を指示すると、ドローンがカイザーPMCの兵士の元へと向かう。次の瞬間、眩いばかりの閃光が辺り一帯を照らした。

 直後に大きな爆発音が鳴り響く。光が収束した後の砂地には、気絶したカイザーPMC兵。恐らくは搭載していたロケット弾で吹き飛ばしたのだろう。しかしながらこの戦法は効果的ではあったが一つ問題もあった。

 それは身を隠すための遮蔽物が無くなってしまい、その分リスクもあると言う事だ。だがしかし、そのリスクを負ったとしてもこの攻撃は有効だ。

 そしてこの隙に砂狼シロコ、黒見セリカ、そして十六夜ノノミは先へと進む。彼女たちの目的はただ一つ。先輩であり対策委員会の長である小鳥遊ホシノを救い出す事だ。

 アビドス高校廃校対策委員会がカイザーの部隊と交戦している頃、ホシノはカイザーPMCが所有する施設に捕らえられていた。

 彼女は自己犠牲によって借金を返済する条件で取引をしたつもりだったが、そもそも高校生一人に数億円の金を使う組織がどこにあるのか、と言う話だ。だが哀しい事にそれを指摘する存在もなく、アビドス高校廃校対策委員会の面々は窮地に陥っていたのも事実だ。

 それが故、藁にもすがる思いでホシノは取引に臨んだが、実際は見え透いた罠だったと言わざるを得ないだろう。

 そしてこれらは他の面々に黙って──つまりホシノの独断によって行った事の為、対策委員会の心境は一人を除き揺れ動いていた。

 ──見つけたら一度、ひっぱたかないと。

 その一人とはシロコだ。彼女が偶然にも察知し、田中にホシノの動きを知らせたため最悪には至らなかった。だがしかし、シロコの怒りは相当なものだった。何しろ他の面々に何にも相談しないで動いたのだ。

 せめて一声あってもいいだろう。もしかしたら罠だって事ぐらい、分かったのかもしれないし──どうやっておしおきしようか、とシロコが考えを巡らせていると、彼女たちの端末からアラートが鳴った。それは施設に敵が近づいていると言う警告音だった。

 

「いたぞ! 攻撃開始!」

「……うっとうしい!」

 

 先頭を走っていたシロコとセリカが遮蔽物に隠れ、ノノミが手にしているミニガン──<リトルマシンガンV>のトリガーを引き、弾幕で敵兵を薙ぎ払う。敵の悲鳴が響いた後、続いて機銃音が響くと付近の敵兵は一掃された。射撃姿勢を解いたノノミだが、今度は彼女に集中砲火が迫る。

 

「ノノミ、今のうちに!」

「ありがとうございますー!」

 

 今度はシロコが遮蔽物から身を乗り出すと、手にしていた手榴弾を何個か放り投げる。そして爆発音。兵士たちは爆風と破片によって吹き飛ばされた。その内にノノミが前進、大きめの遮蔽物に身を隠す事が出来た。

 別に何発か撃たれても痛いで済むのがキヴォトスの人間だが、だからといって跡が残るような怪我はしたくないのは誰しも同じである。同時に遮蔽物に隠れていたノノミ以外のメンバーが、好機と身を乗り出し銃弾を放つ。

 

「……マジ、ムカついてきたぁ!」

「私も、ムカついてる……」

 

 セリカが八つ当たりするかのように銃を乱射する。そして彼女たちが身を隠している間にも、カイザーPMCの兵士たちは続々と施設に集結しつつあった。

 このままではジリ貧だ。だがしかし……。

 

「シロコ、手榴弾を投げたら現在位置から3つ目の遮蔽物へ。セリカはシロコが手榴弾を投げたら範囲外の敵へ射撃。ノノミは二人の援護!」

「了解」

「りょうかーい!」

「分かったわ、先生!」

 

 田中の指揮によって、対策委員の面々は凌ぎきる事ができていた。

 彼女たちを指揮する田中は、後方に控える長耳の少女、奥空アヤネのそばでタブレット端末から得られる情報を基に指揮をしていた。データ上、何処のカメラからも監視されている位置だが、それでも対策委員会の面々は戦えている。

 それはひとえに、アヤネから得られる情報と彼女の能力によるものだ。彼女は指揮官である田中の端末とリンクしており、リアルタイムで戦場の情報を得ることが出来る。そしてそれを元に、田中は対策委員会の面々に指示を飛ばしていた。

 そして、その風景を快く思わない者達がいた。カイザーPMCである。

 

「兵力を集結させろ、東と北の連中──対デカグラマトン隊も呼べ! 奴らを数で呑み潰してしまえ!」

「了解! ……?!」

「どうした?」

 

 カイザーPMCの理事が部下に問う。部下が怪訝な顔でこう答えたのだ。

 

「北方、対デカグラマトン隊の進路上に敵勢力! 分隊規模の様ですが……」

「む、北方だと? 分隊程度で何が……」

 

 そう言いかけたカイザーPMC理事だが、しばらくして入って来た続報に言葉を失う。

 ──対デカグラマトン隊、壊滅。

 わずかな時間で、大隊規模の兵力が喪失したのだ。

 

 

 迫りくる軍勢に、空崎ヒナはため息をついた。

 降下してから1時間ほどは経ったろうか、移動する最中に後方支援の天雨アコが発見したのだ。そして目の良い銀鏡イオリが迫りくる敵勢を確認し銃を構えんとする中で、他の面々が準備をしていた。

 ヒナは銃を手に、空いている左手を左右に振り合図する。

 それを見た乾と紅一、そして射程圏ギリギリの位置で射撃態勢に入っているイオリが射撃を開始した。まずは先頭にいる敵兵が身体を撃たれ倒れてゆく。そして間髪をいれず、イオリが敵陣に向けて銃を連射する。

 彼女の攻撃で相手の勢いが止まったのをヒナは確認した。だがそれはあくまでも少数を相手取るときの話だ。

 次の瞬間、彼女達の頭上で爆発音が鳴った。カイザーの私兵が上げた爆炎だ。そうだ、敵がまだいたのだ。見上げるとそこには飛行型ドローンが存在していた。何らかの兵器による攻撃を防ごうとしたのだろう、バリアのような物を展開している。

 それを見た紅一が射撃すると同時にドローンが爆発した。

 

「突撃には機関銃って、昔から言われていただろ!」

「歴史の講釈してる場合ですか?!」

 

 軽口を飛ばしながら応戦する紅一と乾。

 爆発を物ともせずに突撃してくる敵に、気絶した敵を重ねて作った即席の遮蔽物に陣取った乾と紅一が応戦する。そこへヒナも加勢しそうこうしている内に敵の数が減った為か、先程のような弾幕を張る必要がなくなりつつあった。

 その隙を突く形でイオリの援護射撃が入る。一方で地上で戦っている3名とは別に、上空ではアコがドローンを操っていた。だがしかし、その数は少ない。そもそも数を持ち込めないのもあるが、操作できる数も多くはない。

 それでも彼女は必死だった。理由はいくつかあるが、何と言ってもヒナを援護する為の方法がこれしかないからだ。

 そこへきゅらきゅらと音を立てて、戦車が現れた。

 

「おいマズいぞ乾、戦車だ!」

「なっ……!」

「二人とも下がって、あれは私がやる」

 

 割って入ったヒナがそう言うと、前方に向けて構える。

 戦車の投入は異常だった。歩兵だけならまだしも、あんな物を持ち出すのは、明らかに過剰戦力だ。しかしヒナにとっては、戦車を相手取る事など日常茶飯事だ。面倒くさそうに彼女は大きく深呼吸すると、トリガーを引いた。

 すると彼女の周囲にいたカイザーPMCの兵士が一斉に倒れた。そして戦車の砲塔と車体から炎と煙が上がっているのを見て、乾と紅一が息を呑んだ。

 

「嘘だろオイ……」

「あれ、7.92mmですよね……?」

 

 ヒナの持つ武器は乾達の持つMG42とそう変わりはない。しかしそんな銃から放たれた弾丸は戦車の装甲に穴を穿った。そう、彼女は戦車の装甲を撃ち抜いたのだ。そしてヒナは間髪容れずに次の射撃に移る。

 今度は別の戦車だ。その戦車の装甲は他の物よりも厚い。しかしヒナにとってはそれは関係がない。彼女は再びトリガーを引き、戦車の装甲をいとも簡単に撃ち抜いて見せた。そして最後の1台もヒナが撃ち抜く。

 だがしかし、まだ終わりではない。上空に待機していたドローンからは、相変わらず弾幕が放たれているからだ。

 だがしかし、その攻撃は無意味だったと言わざるを得ないだろう。何故なら……。

 

「……ま、いつまでも嬢ちゃんばかりにいいとこ持ってかせる訳にゃいかんからな」

 

 紅一の仕業だった。銃撃音と共にドローンは爆発四散、その衝撃で飛行を維持できなくなり墜落する。落下地点にいたカイザーPMCの私兵たちも次々と同様に気絶させられた。そしてカイザーの私兵が全滅すると、残りの兵士達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまったのだ。

 しかし乾と紅一は見逃さなかった──と言うよりは、身体がつい反応してしまった──に近いか。彼らは油断し背中を見せた敵に対して容赦なく銃弾を叩き込んだ。

 文字通り全ての敵が倒されたその後で、ヒナと紅一は同時に首を傾げた。そして同タイミングで紅一が疑問を口にする。

 

「あいつら、本当に兵士だったのか?」

「と言うと?」

「練度が低い。それに装備も何と言うか……歩兵を相手どるようなものじゃないぞ」

「……アコ、そっちで何か掴めた?」

 

 紅一の疑問を聞いたヒナが、アコへ照会をかけた。その通信の数秒後、ヒナの元へアコからの報告が入る。その内容を聞いたヒナは紅一とアコへそれを伝え、考えた。紅一と乾には分からなかったが、アコとヒナには何となく分かった。

 この大隊規模の敵兵力、その仮想敵の存在が。迎えのヘリが飛んできており、ヒナたちはそれに乗り込んで帰る事になった。

 ヘリの機内で乾と紅一は、ガスマスクを外した。迎えに来ていた風紀委員が水を差し出す。イオリやヒナ、チナツはさほど汗をかかなかったが、乾達は別だ。プロテクトギアは本来、砂漠での運用をあまり考えられていない。耐火服を着る関係上、どうしても汗をかく。

 乾は受け取った水で喉を潤しながら、ヒナに尋ねた。それはカイザーPMCの事だ。あの大隊規模の戦力は一体何だったのか?

 そして何故、あれだけの兵力を投入してきたのか? だがしかし、ヒナが答えられる事は少なかった。

 そしてその問いに答えようと、口を開こうとしたその時。

 

「実地研修がこれたあ、きっついねえ」

「先輩?」

「乾、お前ん時もこうだったのか?」

 

 紅一だった。彼はいきなり砂漠で銃撃戦をおっぱじめることになるとは思わなかった。

 ……まあ、乾もそれには同意見なのだが。そもそも今回のような実地研修……もとい実任務は、風紀委員の通常業務ではない。あくまでもシャーレの先生である田中の依頼に応じる形であり、その発端は先日起きた騒動によって生じた事態だった。

 乾は紅一の問いにどう答えたものか、言葉が浮かばなかった。元々口下手ではあるので、答えに窮してしまったと言うのもあるのだが。

 ヒナはそんな二人のやり取りを隣で聞きながら、窓の外を眺めた。砂漠に黒煙がいくつか立ち上っているのが見える。アビドスに襲撃を受けたカイザーPMCの兵士達、その一部だろう。最初はそう思っていたが、ふと違和感がよぎった。

 ──榴弾砲による砲撃だけど、アビドスに牽引式榴弾砲なんてあったかしら……? いや、ない。

 

「あれは……まさか、トリニティ?」

 

 気づけば口にしていた。だがしかし、周囲に聞こえた様子はない。そして、ヒナは自分が言った事について考える。

 ──あの砲撃は、明らかにカイザーを狙ったものだった。だがしかし、何故?

 ヒナの思考に、答えが見つかる事はなかった。ただ彼女は思う。先生が何かしたのではないか? と。

 ヘリは既にアビドスを離れ、ゲヘナの領域へと入っていた。相変わらずどこかで騒動が起こっている様だ。乾と紅一の方を見れば、二人は黙々と準備をしている。イオリを見れば、彼女も準備体操をしていた。チナツもどこか緊張が拭えない様子であった。そうして離陸から1時間ほど経過した後、ヘリはゲヘナ学園本校舎に着陸した。到着すると早速、アコが駆け寄ってきた。

 ヘリを出迎える彼女の表情は明るかった。

 

「おかえりなさい、ヒナ委員長!」

「……アコ、まだ仕事が残ってる」

 

 ヒナはため息をついて事務的に返答した後、後ろに控えている風紀委員達を一瞥する。そう、やるべきことは山ほどあるのだ。

 改めて気合を入れ直して、笑顔で出迎えたアコへこう伝えた。

 ──次の現場に案内して頂戴、と。

 

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