気づいたら艦これの世界にいた。   作:りるはばな

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9話:そして日常はできていく。

「~~♪ ~~♪」

 

「……ん」

 

「~~♪! ~~♪!」

 

「んぅ……」

 

 

暗闇が霧のように部屋を纏う、午前4時半。

多数の妹艦を抱え、頼れる姉貴分であるその少女━━━吹雪は当然、部屋に響くアラーム音で目を覚まし。

 

 

 

ガチャンッ!

 

 

 

ベッド脇に置かれた古めかしい目覚まし時計を叩いて止めた。

 

 

彼女はうとうとしながら剝がれてしまった毛布を足で手繰り寄せて、器用に体をくるむ。

邪魔者(目覚まし)の排除を完了し、再びの安眠に身を委ねようとしたとき。

 

「吹雪ちゃん、それは起きたって言わないよ」

「んん……」

「ほら吹雪ちゃん、起きて。もう点灯時間だよ」

「…んーーー」

 

二段ベッドの下で数十分前から起きていた白雪が、顔をひょっこりと上に出して吹雪の二度寝を阻止した。

白雪が言う通り、数秒後には部屋の電気が自動的に点灯して、101号室に寝る少女たちを強制的に覚醒させる。

 

 

気持ちよさそうに欠伸をする吹雪を微笑ましく見守りながら、白雪は窓の外を見やった。

 

「ん~~~~! ……まだ寒いわね」

 

視線に気づいたのか、同じく早めに起きて髪を梳いていた叢雲はそう言って、白雪と同じように外を見た。

 

満開に咲いていた桜が少しずつ新葉へと変わって、世界が青々しく衣替えをし始める、春終盤。

未だ真っ暗闇な外の景色はしかし、じんわりとした肌寒さと共に少しの生暖かさを運んできて、叢雲は形容しがたい心地よさを感じた。

 

 

「ふふっ。綾波ちゃん、また敷波ちゃんと一緒に寝てる」

「……ほんとね。どんだけ仲がいいのかしら」

 

目線を室内に戻した2人。

本来、白雪のベッドの対面に眠るはずの綾波は、いつものように上段の敷波の寝床に移動しており、気持ちよさそうにぎゅっと抱き着いて寝ていた。

敷波も満更でもなさそうに綾波を両手で包んでおり━━━。

この警備府に住まうもう1人の住人が見たら、目を充血させカメラで激写するであろうことは必至の神聖な姉妹空間が展開されていた。

 

「よしっ、……アンタら起きるわよっ! 今日も通常通りマルゴーサンマルから哨戒なんだから! ほらっ、吹雪! いい加減起きなさい!」

「…ふぁ~~い」

「返事!」

 

髪梳きを終えた叢雲は一度自分の頬を叩いて渇を入れると、立ち上がって残りの艦娘を起こしにかかる。

そんな叢雲を、まるでお母さんね━━━と本人に言ったらキレられそうな表現を思いつきながらも、黙って出発の準備を始める白雪であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っしょっ。じゃあ出るわよ」

 

数十分後、制服を着た彼女らは身の回りの準備を終えて、101号室を飛び出す。

ほぁぁと手で欠伸を隠す者、髪のセットが気になって弄り続けている者。

 

三者三様の様子であるが、そんな彼女達が共通して視線を動かす先は、向かいの建物にある執務室。

暗闇の中、その部屋に電気が点いていることを確認して、今までの生活が夢でないことに安堵しながら玄関に向かう。

 

「今日のこの風じゃ、海はおだやかそうだねーー」

「そうね。もう春一番も終わりかしら」

 

「綾波ちゃん。また上で寝てたね。ほんとに敷波ちゃん大好きなのね」

「……!。 ……それは言わなくてよいですっ」

「いいなぁ、白雪ちゃんも私のところに来たらいいのに」

「吹雪ちゃんと一緒に寝たら蹴られそうだから、やめとく」

「なんでっ!?」

「ふふっ」

 

お互いなんてことのない雑談を交わしながら、下駄箱で靴を履いていく。

叢雲が備え付けの大きな懐中電灯を取って、ガラガラと玄関を開けた。

 

「うわっ。寒いなーー」

 

まだまだ真っ暗闇な久慈警備府。

懐中電灯で辺りを照らす叢雲を先頭にして、彼女らが向かうは工廠。

 

 

「おいしょっ。この扉なんとかならないものかしら」

「錆びついてるよなー」

 

グガガガと金属と地面がこすれる鈍い音を立てながら、叢雲と敷波は力を込めて扉を引いていく。

開けた途端、空に舞う少しの埃を手で追い払って、中の電気をつけた。

 

時差式に点いていく電灯は、工廠の中を徐々に照らしていく。

そうして見えたアーチ屋根の工廠は、お世辞にも大規模鎮守府では需要に満たなそうな、されど久慈警備府では充分な設備を備えていた。

 

入って右側には、吹雪達も何が何だか分からない大きな工作機械が沢山鎮座していて、装備の工作や改修ができる要件を満たしている━━━と言っても、扱う者がいないのでこれでもかと埃をかぶっているのだが。

今の彼女たちには無用の長物であるそれらを置いて左側には、天井まで届きそうなほどの棚がずらっと奥まで続いていて、そこに兵装や弾薬が保管されていた。

 

すっかり長女モードになった吹雪は、振り返ってこう言う。

 

「おほん。では、600秒後に工廠前に集合。いつも言ってるけど、棚から取った燃料、弾薬や消耗品はこの表に項目とその数を記入すること。補充要望書はこっちにあるから、備蓄が少なくなってると感じたら記入をお願いしますっ!」

「りょうかーい」

「あと、それぞれの特別兵装の状態をチェックして、忘れず兵装整備票を書いてください! みんなOK?」

「了解。けどアンタ、いつもにも増して丁寧ね」

「そりゃ、吹雪ちゃん、今日"秘書艦"ですからねっ」

「う、うるさいわいっ!」

 

図星を突かれて右往左往する長女。

妹達はジト目を向けていて、彼女らに透かされているという事実に恥ずかしさを覚えた吹雪は、強引に作業を開始させる。

 

「はいっ!600秒後だからね!急いで急いで!時間過ぎちゃうよ!」

 

ほ、ほらっ、みんな急ぐぞぉ━━━

 

そう叫んで工廠の奥に消えていく吹雪を呆れて見ながら。

 

「誤魔化し方が絶望的に下手ね、吹雪」

「あれは不安になっちゃうね」

 

いそいそと準備を始める特駆の少女たちなのであった。

 

ちなみに彼女らが秘書艦になる日も、同じように浮つきを隠せていないのだが━━。

そこについてはノータッチらしい。

 

吹雪不憫なり。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、ちょうど秒針の針が十周した頃。

 

「全員完了だね? じゃあいくよっ!」

 

時間内に準備を完璧に終えた吹雪達は、素早く相互確認を終え、兵装を背負ってえっちらおっちらと波止場に向かう。

 

「重いよー」

「文句言わないの。海に入ったら軽くなるんだから」

 

彼女らが背中に背負うのは、重油を燃料にしてエネルギーを生み出す内燃機関。

生み出されたそのエネルギーは、人類が観測できない『妖精エネルギー』へと変換され、航行や戦闘行為における艦娘のあらゆる行動能力を爆発的に引き上げることができる。

 

何故、燃料が必要なのか━━━事実、艦娘が使用する『妖精エネルギー』の仕事量は遥かに内燃機関が生み出すそれを凌駕しているし、そもそも兵装を使わなくても艦娘は『妖精エネルギー』を少し使うことができる━━━という疑問は未だ全く解明を迎えておらず、彼女らが身につける兵装は、構造まで完全に把握しているのに動力変換プロセスが理解不能という不思議機関なのであるが。

 

何にせよ、稼働していない内はただ重油が入ったクソ重い鉄の(エンジン)ということで。

 

人類の運動能力を軽々しく上回る彼女達が、それでもひいひい言いながら歩くのも理解できる話だった。

 

ちなみに、一定規模程度の鎮守府になると某○ンダムよろしく海に射出される装置があるので、出撃時にこのような苦難を経るのは小規模警備府所属の艦娘だけである。

 

叢雲と敷波は、舞鶴統合鎮守府管轄地域の北限に位置する男鹿警備府からやってきたのだが━━━なぜかそこには射出装置があったようで、現在の2人は他の3人より苦しそうな足取りで港に向かっていた。

 

 

 

「やっとだーー」

 

工廠から歩くこと三分程度。

船揚場のような場所に到着した彼女らは、いよいよ出航の準備を始める。

 

「総員着水っ!」

「着水」「着水します」「着水するよー」

 

吹雪の合図で彼女らは横一列にゆっくりと斜面を降りて、海面に足を延ばす。

膝が濡れるか濡れないかといった深さまで足を進めたところで、吹雪が声を張り上げた。

 

主機(もとき)、起動開始準備」

「「「了解」」」」

 

見れば、先程までの苦しそうな表情は影も形もなくなって、そこには真剣な表情を浮かべた5人の艦娘がいた。

 

「主機起動っ!」

 

そう叫んだ途端、ドドドドドド━━と体の芯に響くような重低音が響き出す。

その音はどんどんと大きくなって彼女らの背中を揺らし、白煙を煙突口から出し始めた。

 

「浮上!」

「浮上します!」「あいよー!」「了解ですっ」「浮上するわ」

 

生み出されたエネルギーは未知の原理で変換され、吹雪達の体を海底から浮かせていく。

そうして徐々に浮き上がった身体は、靴裏が水面に接地した状態で安定して止まった。

 

「じゃあ、各自慣らし開始っ。300秒後に出港するよ!」

 

跳ねるように駆けだした吹雪の合図で、全員が思い思いに波止場の周辺を航行する。

白雪と綾波はお手本通りの確認作業を順序通りに行い。

叢雲は優雅に航行しながら、砲塔を旋回して装備状況を確かめ。

敷波は目を細めて、スケートをするかのように片足を上げながらくるくると動き回る。

 

各々が気持ちよさそうに海原を駆ける様子はまさに、水を得た魚といった様相で、艦娘のホームグラウンドが海であることを世界に見せつけているようだった。

 

「今日は風が弱くていいわね」

「最近すごかったからねーー」

 

 

 

 

 

そんな、戦場に赴く準備をしている最中。

 

 

遠くから一人の人物が波止場に歩いてくるのが、彼女たちの眼に映る。

 

「っ……。ま、まぁ、風が強くても余裕だわっ」

「…分かりやすいなぁ」

 

時刻はまだ5時前。

久慈はあと数分で日の出を迎えて、水平線から昇る太陽が燦燦と地上を照らそうとしている。

こんな時間帯に久慈警備府にいるのは、一人しか考えられない。

 

「おはよう、みんな」

 

そう、恋愛IQクソボケイケメンの環さんである。

 

「おはようございますっ!司令官!」

「おはようございます」

「おはよう。吹雪、白雪」

 

「お、おはよう」

「おはようございますっ」

「敷波と綾波も。いい朝だね」

 

「……」

「おはよう、叢雲」

「━━━っ! うん

 

 

いつもの調子(キラーフェイス)で危うく出港前に叢雲を撃沈しかけた環は、そのことに全く気付かないまま、全員の顔をゆっくりと見渡した。

 

「全員、体調は大丈夫そうだね」

「ばっちりです! 司令官もこれからランニングですか?」

 

「あ、うん。そうだよ」

 

吹雪が前のめりになりながら問いかける。

環は今、ピシっとしたスポーツウェアを着ており、艦娘達にとっては大変目に毒であるのだが━━━その恰好を見るのは一度目ではないので、流石に動揺を表出させることはなかった。内心がどうなっているのかはあえて明言しないでおこう。

 

「僕は海には出られないけど、鍛えておけばいつか何かの役に立つかなって━━━。まぁそんなことはいいや。ともあれ、今日の任務も無事を祈ります」

「━━━っは、はっ!ありがとうございます!」

 

 

 

海には出られないけど━━━。

何かの役に立つ━━━。

 

繋げられた2つの言葉は、陸で待つ彼が何か、艦娘の力になれることを模索しているように聞こえて。

海に出られない彼が、その歴然たる事実に打ちのめされながらも、できることを探しているように聞こえて。

 

 

……勿論本来の動機はそういうことではなくて、いやそういった意図も少し含んではいるのだが。

どちらかというと『中年になったときの肥満防止』といった寂しい動機が裏には横たわっているのだった。

 

まぁ、言葉というのは受け取り手の解釈によるものなので、吹雪達がそう思うならそうなのだ。

 

 

胸を焦がし唖然とする彼女達。

しかし任務の開始時間が迫っていることを思い出して、吹雪は何とか精神を取り戻した。

 

「で、では、司令官っ」

「うん、いってらっしゃい」

 

そう環が敬礼する。

吹雪にとってはこの瞬間が一番好きだった。

 

 

「い、いってきますっ!」

 

行ってきます━━━この表現が何だか新婚夫婦っぽいという理由で。

 

 

 

「久慈第一水雷戦隊っ! 出撃します!!」

 

こうして、旗艦を吹雪とした戦隊はゆっくりと出港していく。

 

彼女らは後ろで手を振る環をチラチラと見ながらも、徐々に加速。

サッと意識を切り替えて、哨戒ポイントに向かっていく。

 

「行ったか」

 

戦場に赴く彼女達の雄姿を見届けた環は、そう零すと。

 

「よし、走ろう」

 

踵を返して山の方に向かっていた。

 

 

 

 

 

佐野環という名の劇薬が艦娘の中に放り込まれてから、ちょうど1週間。

 

今や艦娘5名を要し、極小警備府を脱して小規模警備府と言えるぐらいになった久慈警備府では。

 

確かな日常が形作られつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~◇~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっし、登頂完了ぅ!」

 

どうも、おはこんばんちは。

久慈からこんにちは。

みんなの佐野環です。

 

いやーーー1週間ですよ。1週間。

生まれた時から、いや生まれる前から艦娘を夢見てきた俺にとって、この1週間は常に天上にいるかの如き多幸感あふれる時間だった。

 

何せ、二次元でずっと観てきた娘たちが目の前にいるのである。

 

実際に存在する彼女らが嬉しそうに「司令官っ!」と言ってきて、堕ちない男などこの世にいるのだろうか。

もし居るとしたらそいつはゲイか、情緒の死んだ悲しい化物だ。

後者の場合は俺が直々にラリアットをかけてその腐った性根を叩きなおしてやろう。前者の場合は頼むから近づかないでください。お願いしまス!

 

 

「さてと」

 

彼女達の横に並び立てるような相応しい男になるため━━━いや、実際彼女らはどれだけ怠けた様子でも慕ってくれそうではあるのだが。

これはただ、俺が相応しいと思える俺になるための━━━言ってしまえば自己満足である。

そういう理由で、ここに着任した翌日から運動を始めた。

 

コースは警備府の裏に佇む小山。初めて久慈に来るときに通ったあの山だ。

ちょうど頂上辺りに、行く道でも休んだいい感じのベンチがあったのでそこまで走って休憩、走って下山を複数回。それが朝の日課になってきていた。

 

 

「本日も我々をよろしくお願いします」

 

登るたび、ベンチの裏に発見した謎の祠に合掌することも忘れない━━━雨風で削られたのか、何の為に建てられたものであるのかもよく分からんけど。

 

とりあえず神仏の類には手を合わせとけ、と前世の他界した両親が言っていたので、毎日お祈りをしているのだ。

敬虔な信徒とかに見られたら殺されるんじゃないかってほど適当な合掌をしていると、ふと「とにかく試行回数を増やしてお祈りの期待値を上げるんだよ」━━━とえらく理系よりの発言をしていた前世の父親を思い出す。そうゆうもんなのだろうか……?

 

 

 

閑話休題。

 

海に乱反射する朝日を見ながら、ベンチに座って少し物思いに耽る。

考えるのは勿論、これからのこと。

 

現状の満足度は、はっきり言って100万点だ。

 

その内訳は、吹雪達と共にいることが10割を占めている。当たり前の話である。

加えて明日にも白露型の先発が到着するらしいので、単純計算で満足度200万点ぐらいになりそうなのが怖いところであるが。

 

 

 

問題は、今の状況が平穏に続くだろうかということ。

 

 

 

ここに関してはかなり怪しい。

実際、この世界は俺が思っていた以上にシビアだ。

 

 

深海生命体。

深海棲艦を含めた敵性水生生物の総称だが、彼らと人類がしているのはおままごとでも何でもない、ただの真剣で面白味もない、硝煙と血の匂いがする()()である。

海洋生存圏戦争と呼ばれる20年余り続くそれは、艦娘が登場して一部押し返したとはいえ、人類文明に癒えぬ傷跡を残した。最初に彼らが発見されたのはギニア湾沿岸だが、未だ南大西洋はそのほぼ全域が『死の海域』として人類が奪還を諦めた海域となっている。

 

大型の深海生命体ならば、前世と比べて随分早く開発された極々超音速ミサイルで排除はできるのだが……厄介なのはヒト型、つまり深海棲艦だ。

彼らはそもそもが人サイズで命中が難しいし、通常の深海生命体を遥かに上回る防御能力を備えている。

 

黎明期、それこそ最初の個体がギニア湾で確認されてから1ヶ月とも立たないうちに、ブラジル連邦共和国は彼らの強襲上陸を受けてあっけなく崩壊した。

現地の沿岸諸都市は正に地獄と言っていい惨状で、豪雨のように降り注ぐ艦砲射撃と急降下爆撃、陸上でのた打ち回る大型の深海生命体のなかで、青目の個体が指揮を執っていたと数少ない生き残りの人々が証言していた。

1月に起こったその出来事は『カベッサクィアの晩夏』と呼ばれ、冷水をぶっかけるみたいに、ぬるま湯につかっていた人類に新たな時代の夜明けを知らせたのだ。

 

 

そこから、特に異常な能力を持つ深海生命体は番号が振られ『ナンバーズ個体』としてその情報が共有されることになる。ブラジルに出現した青目の深海棲艦は01個体と命名された。今は13まで確認されているらしい。

 

多分だが、その深海棲艦は恐らく改FlagShip……いや、ゲームの常識を当てはめるのも危険だ。

木造船からイージス艦の艦娘までいるこの世界だ。敵のバリエーションだって増えてるだろうし、これで深海棲艦の能力の上限を決めつけて行動してしまっては大変な失敗を呼ぶ。

 

 

そして、別に深海生命体だけが脅威ってわけじゃない。

海上通商路が壊死したことで大陸国家は不穏な動きを見せている。

内陸国と言って差し支えなかったコンゴは中央アフリカ単一国に国名を変更して周辺領土の回収を始めたし、そんな動きは多かれ少なかれすべての大陸、地域で起こっている。

まぁ正直こんな時に争うなやと思ってしまうが、彼らも彼らで大混乱を経てそうなっているから、何とも言える権利はないのだ。

 

 

世界は断絶した。

断絶したが、人々は安心できる土地を得ようと必死だ。それが戦争を呼んでいるのだろう。

 

 

そして、もっと根本の懸念も1つ。

━━━そもそも問題、深海生命体を放逐できたとして、人類の矛先が艦娘に向いてしまわないとも限らない点。

 

 

うーーーん難しい。

難しいが、考えないといけない問題だ。

 

何故ならば、俺が艦娘とイチャイチャできなくなるからある。

それだけは絶対にダメだ。許してはならない。

それだけは、天地がひっくり返ろうが、隕石が衝突しようが、ラグナロク(終末の日)が来ようが、ガミ○スから爆弾が降りしきろうが。阻止しなければならない。

 

 

この1週間、共に過ごしてみて改めて分かったことがある。

 

吹雪達は、艦娘達は極めて単純に()()()()である、ということだ。

当たり前に人類を助け、当たり前に戦場に行く。そんなことは余程、何て言うか魂が善玉じゃないとできないと思う。

 

その上彼女らは、警備府の運営にも積極的に関わってくれている。

 

料理当番と秘書艦当番の仕組みがいつの間にか出来上がっていたのには驚いた。

きっとめんどくさいなとは思いながらも一人に負担が集中しないようにローテを組んでくれたのである。なんて善良なんだろうか。

 

シビアなこの世界で、そんな彼女らが一番幸せな形に未来の行く先を持っていきたい━━。

 

 

 

 

 

が、分からん!

 

 

「うおおおおおおおーーーーー!あと5周!」

 

今は特に思いつかないので、とりあえずめちゃくちゃ筋トレをするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~◇~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒトサンマルマル。

哨戒任務を随分前に終え、環渾身の朝ご飯を満足に食べた後。

艦娘達は思い思いに時間を過ごしていた。

 

本日の昼飯料理当番としてキッチンに立つ白雪と叢雲。

叢雲は料理の経験が少ないのか、覚束ない手つきで包丁を使っていて、白雪に教えてもらいながらトマトを切っていく。

その包丁さばきを白雪が褒めると叢雲はプイと顔を逸らし分かりやすく照れて、そんな様子を白雪はクスッと笑った。

 

敷波は畳の上にうつ伏せに寝っ転がって、大きなクッションを抱きながら漫画を読んでいる。

ギャグ漫画を読んでいるようで、時折ツボにハマったのか、足をバタバタとさせていた。

 

そんな敷波を机を挟んで見守る綾波は、どうやら手編みで何かを作っている様子。

机の上には『冬だけじゃない!贈り物で喜ばれる薄ニットの編み方』という雑誌を広げて、もくもくと手を動かしていた。

 

そんな彼女たちと少し距離を話して、ソファに寝ている吹雪。

バインダーに挟んだ書類を真剣な表情で食い入るように見つめたかと思えば、時折ニヤついて…を先程から交互に繰り返していた。

彼女は午後から秘書艦業務に入るのだが、それの準備をしているらしい。

 

 

それぞれの方法でリラックス?していた彼女達。ようやく昼食の準備ができそうかというときに、B棟(執務室&軽巡寮棟)へ続く扉がガチャリと鳴った。

 

そこから現れたのは当然、我らが佐野環である。

 

 

「おお、凄く美味しそうな匂いだ」

「今日は瓦そばですっ! 今持っていきますね」

「僕も手伝うよ」

「アンタはいいわよ。座ってなさい」

 

叢雲はそう言って断ろうとするが、そこは環さん。

数ターン問答を続けた後、叢雲が顔を真っ赤にさせて敗北し、結局環がカウンターからトレーを取って小上がりへと向かう。

その後ろ姿をキィッと睨む叢雲さんであるが、今のところ彼女の勝率は0%である。おいおい。

 

「さっ、叢雲ちゃんもいこう?」

「っ! ……分かったわよ」

 

白雪に手を引かれてようやく動き出す叢雲。

小上がりでは、環が来ると同時に広げていた裁縫道具を神速の速さで隠した綾波が、環から皿を受け取って配膳を始めている。

吹雪も広げていた書類をソファにおいて合流を果たす。

 

「敷波ちゃんも起き上がって━━って聞こえてない」

 

集まった彼女らは()()()()()()()()()()()()()()()に沿って座って食べる準備をするが━━━。

敷波だけが、環が来たことも認識せずに漫画の世界に入っている。

 

そんな彼女の今日の席順は、幸運(不幸)にも環の右横。

 

彼女の頭側に座った環は、夢中で漫画を読み進める敷波を微笑ましく見守りながらも、食事を全員で始める為に彼女を起こす━━━━━頭を撫でて。

 

 

「「「なっ!?」」」

 

 

環の突飛な行動に唖然とする吹雪達。

撫でられた敷波は、目線を上げずに口を開けた。

 

 

 

「ちょっとまってよー綾波。今いいところだからさ」

 

どうやら彼女は綾波に撫でられていると思っているようで、頬を緩ませながらも読書を止める様子はない。

そのままなでなでは数秒続き、いよいよ他の艦娘が限界を迎えてわなわなと震えだしたところで。

 

 

「うーーん、なんか綾波、手おっきくなったってわあっ!?」

「そろそろ食べるよ、ほら起きて」

 

ようやく手の主を認識した敷波は、まるでハムスターのソレみたいに数秒固まって、次の瞬間。

 

 

 

「 」

 

 

 

頭に残った撫でられた感触の重みをようやく認識して、およそ1週間ぶり2回目の気絶をした。

 

「あ」

「「「……」」」

 

「し、敷波? だいじょう」

「司令官っ!」

「えっ、どうした綾波」

 

いきなり敷波が意識を失ったことに右往左往していると、ぷりぷりと怒った綾波が机を乗り出して説教を始める。残りの吹雪達も紅く怒ったような表情を浮かべていて、環は「あれみんな怒ってる━━━!?」と少なくない冷や汗をかいた。

 

「どうした、じゃないですっ。男の人が頭をなでっ!、なでっ……るなんてっ!」

「え、えーと…… 嫌だったかな」

「嫌なはずないですっ! ………っ!? じゃなくてっ! いやっ、」

「…どっち?」

「いやっ、えっと、」

 

勢いあまって墓穴を掘ってしまう綾波。

ここで残念ながら白雪選手と交代である。

 

「……はしたないですよ、司令官」

「………そうか、忠言ありがとう。今後やらないようにす」

 

「いえ、やめろと言いたいのではありませんっ!」

「!?」

「あっいや、」

 

 

そうして机を可愛らしく叩く白雪。

私にはしてほしいけど、見境なくいろんな人にやっていいわけじゃない━━━そんな複雑な乙女心を当の本人に説明できるはずもなく、なんとか言葉を紡ごうとして身振り手振りをするが━━━結局諦めた。

 

「…と、とにかくっ、もう食べますよっ! ほらっ、」

「…う、うん。頂きます?」

「「「…いただきます」」」

 

場の収拾がつかなくなった白雪は、半ば強引に話を中断させる。

 

そんな白雪を怪訝な眼で見ながらも、同じような(くだり)が一週間繰り返されてきた久慈警備府の住人である環は、黙って従った方がいいことを既に理解していた。

 

微妙な空気が広がるリビングで、そばを啜る音が響く。

そうして、久慈警備府の時間は今日もゆっくりと流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

妙な暑さで目を覚ました敷波は、いつの間にかベッドに侵入していた綾波を発見する。

彼女は熱源である綾波の抱擁から逃れて、ぬっと半身を起こした。

ヘッドボードに置かれた時計は、既に日付が変わるかといった時刻を指している。

 

 

「……なんか、変な時間に起きちゃったな」

 

そうして呟いた敷波のもとに、数センチだけ開いた窓から涼しげな風が入ってくる。

耳を澄ませてみると、隣に眠る綾波の寝息とは別に、近くを流れる小川の音とジーっと鳴く虫の音がかすかに聞こえる。

敷波は目を閉じて、自然が奏でる静かなオーケストラに身を任せることにした。

 

 

頭を音に合わせて揺らしながら思い出すのは、今日のこと。

 

 

朝の哨戒は敵が出なくてよかったなー、とか。

叢雲が気持ちよさそうに髪を靡かせてたなー、とか。

秘書艦の日の吹雪は見ててやっぱりおもしろいよなー、とか。

夜ごはんのコロッケ、また食べたいなー、とか。

 

本日の出来事がゆっくりと脳裏に流れていくほど。

敢えて避けている記憶が一つ、忘れようとするのに段々と這い上がって来る。

 

思い出さまいと精いっぱい蓋をするたび、胸の中がだんだんと熱くなっていることに敷波は気が付いた。

 

 

 

そうして自身の心拍数と闘っている彼女に向けて、そよ風が一吹き流れる。

その風は敷波の頭を優しく『撫でて』、通り過ぎて行った。

 

「ーーーー!」

 

途端に声を押し殺し、胸を痛いほど押さえつける彼女。

感情を収めようとするほど顔は真っ赤に熟れて、敷波はいてもたってもいられなくなる。

 

「ね、ねれない」

 

そう零した敷波は、起こさないように綾波の手を優しく避けて、部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

常夜灯を頼りに室内を移動し、サンダルで外に出る。

爆発しそうな感情を冷ませる場所を求めて、まばらに点いた街灯の下を駆け抜けていく。

 

 

そうして彼女が向かったのは、岸壁だった。

 

 

艦娘の特性なのか、はたまた海が生命の母であるためか。

海を見たことで少しばかりの落ち着きを取り戻した彼女は、そのまま岸壁に腰を下ろした。

穏やかな波がチャプチャプとコンクリートにあたる音を聞きながら、敷波は呼吸を徐々に整えていく。

それでも体温が平熱に戻るにはまだまだ時間がかかるようで、彼女は自分を何かから守るように体育座りをした。

 

 

お、男の人って、みんなあんな感じなのかな━━━。

 

この世界に生を受けてから、男性と会う機会が全くもって皆無だった敷波は、普通の男性というものが分からない。

そして、今、彼女の抱える感情の名前を知らなかった。

 

なんか、綾波に撫でられるときとは違う、や━━━。

 

 

 

 

 

「敷波?」

「ふぇ? ……えっ! 司令官?」

 

そうして、夜の岸辺に黄昏ていた敷波は、背中に声をかけた人物に飛び上がって驚く。

 

「な、なんでここに」

「いや、敷波が歩いていくのが見えたから」

 

目の前の彼を思って火照った顔を、本人にだけは見られたくなくて。

敷波は、この時ばかりは薄暗くも地上を照らす街灯の存在を恨んだ。

 

「隣、いい?」

「う、うん。 いいけどさ」

「ありがとう」

 

そうして、敷波が状況を把握しきらないままに近づいてきた環は、彼女と同じように海を向けて座った。

彼らの距離は既にとても近くて、敷波は心臓の音が聞こえていないか不安になる。

熱に浮かされたように言葉が纏まらない彼女を置いて、環は独り言を言うように話し始めた。

 

 

「今日のその…ごめん」

 

「ほぇ? なにが?」

「その…頭を撫でたこと」

「あっ…」

「あのあと白雪達から注意されちゃってね……。軽率にやっていいことじゃなかったみたいだから」

 

まさか環の側からその話題を出すとは思っていなかった敷波は。

 

「…い、いや! アタシは別に……!」

「あはは、こんなこと本人に言っても困っちゃうか」

「いや、そうじゃなくてさ…!」

「ん?」

「い、嫌じゃなかったっていうか……むしろ

「…むしろ?」

「え、えっとね!」

 

緊張で胸が張り裂けそうでしどろもどろになる敷波。

いつものように誤魔化そうとしたが、ここで言わなければ、何か大切な機を逸してしまう感じがして━━彼女は思わず口を開いた。

 

「えっと…」

「うん」

「その………もう一回、やってもいい、よ…」

「……」

「い、いや、その…撫でてほしいって意味じゃなくてさ……その」

「分かった」

 

そうして伸ばされた環の右手は、ゆっくりと敷波の頭の上に乗った。

手が触れた途端、敷波の背筋はぞわっと張って、彼女は顔を伏せる。

 

綾波の手より硬くて、されど暖かなその掌が優しく動くたび。

敷波の目は行き場をなくしてゆらゆらと目線を揺らした。

もともと近い距離は更に狭まり、敷波の吐息が環の肩に当たるといったところまで接近していく。

 

 

もはや2人の間には、言葉は要らなくて。

さざ波しか聞こえない星空のもと、彼らは無言の時間を共有する。

 

 

そうして、2人の安寧の時間が無限にも続いたころ。

 

 

ピピピピピ━━━と環のポケットから電子音が響いた。

 

「……」

「あ、仕事の時間だ」

「…まだ、残ってるんだ」

「着任して一週間だからね。全然、山のようにあるよ」

 

そう笑いながら話す環。

そんな彼を、敷波はボーっと熱に浮かされたみたいに見つめて。

 

「それじゃ、自分はそろそろ退散するよ。敷波はまだここにいるの?」

「…うん、しばらく。ちょっと足がしびれて、歩けそうになくてさ……」

 

 

「了解。じゃ気を付けて……ん?」

 

そう言って立ち上ろうとする環の袖を無意識につかんでしまったのは、当たり前のことだった。

 

「……その……どうだったのさ?」

「どうって」

「……アタシのあたま……撫でたじゃん」

「あ、ああ……」

 

より袖を強く引いて、その場に留めようとする敷波。

彼女の顔は伏せられていて、街灯から零れる光の角度も相まってその表情を窺い知ることはできない。

環は元の位置に腰を落ち着けて、敷波に向き直った。

 

「なんというか、心が浄化された気分だ。ありがとう」

「…なにそれ」

「敷波はどうだ? 嫌じゃなかったか?」

 

そう聞かれ、更に袖をぎゅっと皺が付くぐらい握りしめた敷波は、桜色に染まった顔を少しだけ持ち上げて、環の目を流しがちに見つめた。

 

「ビックリした…けど…」

「うん」

 

「……でも……うん、嬉しいね」

「…そっか」

「なんだろ、この気持ち。あはは…」

「僕も嬉しいよ」

「…なんで司令官が嬉しがるのさ」

「なんでだろうね」

「変なの…」

 

「ふふっ」

「あはは」

 

 

夜の岸辺で。

真っ暗闇の中。

舞台の上にいるかのようにそこだけ、街灯によって照らされた環と敷波。

 

そんな2人だけの空間で、彼らは永遠に笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~◇~

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ねむたい」

「ほら、山風、寝るまえに少しだけ食べましょ?」

「…ん」

「山風はとってもお疲れだね」

「かなりのあいだ、列車に揺られてきましたから…」

 

時を同じくして、こつこつと靴音を立てて歩く艦娘が3人。

 

 

場所は少し飛んで旧青森県。大湊。

煌びやかに輝く街明かりを背景に、彼女たちは遅い夕飯に有り付こうと繁華街を彷徨っていた。

 

「それにしても、大きい街ですね」

 

統合鎮守府が設置されたことで北方における軍事的重要性が高まり続ける大湊は、深海生命体が溢れる沿岸地域にも関わらず人口の増加を経験している。

それに伴って拡張増築が繰り替えされてきた街は、既に立派な大都市と言えるほどの発展を見せていた。

 

「海風は大丈夫なの?」

「はい、わたしは大丈夫です。ご心配ありがとうございます、お姉さん」

 

そんな場所に集結したのは、瀬戸内地域にばらけて配属されていた白露型の彼女達。

久慈警備府への異動命令を受け、ここまで列車を乗り継いで遠路はるばるやってきたのである。

 

しかし、大湊に到着した時点で、大半の店は既に閉店時間を迎えており。

慣れない土地を歩く彼女達は、案の定夕食難民になってしまっていた。

 

「もう、酒保で買って持って帰りましょうか」

「そうだね。山風も早く帰りたいだろうし、それがよさそうだ」

 

大湊に来たからには何か美味しいものを食べたい━━━。

意気揚々とホテルを出た彼女たちのやる気は、すでに枯渇を迎えたのだった。

 

 

「ん? 何の音だろう」

 

そうして、とぼとぼと来た道を帰っていると、大通りの先でなにやら揉めている声が響いている。

そこには人だかりができていて、好奇心に駆られた彼女達は隙間を縫って前に躍り出た。

 

 

 

「おい! 」

 

そこで繰り広げられていたのは、夜のネオン街でよくある痴話喧嘩━━━ではなく。

 

「あ、男の人ですよっ」

「……」

 

 

「男にそんな態度でモノ言っていいと思ってんの? あ?」

「申し訳ございません! 大変申し訳ございません!」

「このままネットにでもあげればぁ、お前らの店潰れるかもな」

「…それだけは何卒ご勘弁を」

 

不健康に痩せた男が店の店員に難癖をつけている光景だった。

 

酔っているのか、ふらふらと覚束ない姿勢で喚く男。

反論しない店員にその人物はさらに増長して、聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせ続けている。

 

(たか)っていたは人々はその様子をしばらく眺めるも、話しかけることはせず、その場を立ち去っていく。

誰も彼も、関わり合いになりたくないようだった。

 

 

「行こう」

 

いつの間にか眠りに落ちた山風をおぶる海風は、その光景をしばらく眺めているつもりだったが。

黒髪の少女はそう言って、海風の手を引いて強引に歩きだした。

 

「ちょっ」

「そうだ海風、良いことを教えてあげるよ」

「何ですか?」

 

 

 

 

 

「男なんて、みんなクズばっかだよ」

 

 

 

 

 

「時雨お姉さん…」

「偏見なんかじゃないよ」

 

その少女━━━白露型2番艦時雨は、苦虫を嚙み潰したような表情を張り付けたまま、こう続ける。

 

 

「僕は、それを痛いほど知ってるから」

 

 

 

 

彼女の言葉は、都会の喧騒に紛れて消えていった。




これもう実質セッ



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