冴ゆ ーMissingー   作:贋作偽筰

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 私に母はいない。

 死んだ、そうとだけ父は云う。

 「お前たちはな。ただ、(まぼろ)しを見たのだ」

 私が子だくさんの農家に生まれたのは、何も武蔵の国では不思議ではない。

 父の名を巳之吉(みのきち)という。

 (よわい)は40。初老(しょろう)を迎えるマタギだが、すでにげっそりと精を吸い尽くされた様に隠居の(おきな)のような顔をしている。

 私は()ゆという。10人きょうだいの長女。齢は20。すでに貰い手つかずの姥捨て山行き、そう村の男たちには馬鹿にされる。

 一番上で、普段は機織りをするが、なんせ腕っぷしはおろかめっぽう冬の寒さにも強いから、男たちにまじって山に行く時もあり、村の男たちからは、物の怪だと怖がられている。

 そもそもこの村に雪山に登れるような屈強な男はいない。

 どやつもそやつもタマナシの男ばかりだ。

 基本的には女の炊いた飯を笹の葉に包んで肩で風を切って歩き、夕方の暮れには砂埃(すなぼこり)のたくし上げたきたない召し物で藁の家に上がってくる。

 

 

×××

 「父さん」

 「なんじゃ」

 いろりの灰をあてもなく火鉢でつついて、父は目も合わせずにつぶやいた。

 「今日はいのししでしたよ」

 私は銃を土間に立て掛けて、(かゆ)(はい)そうと(みの)を払って石を上がった。

 「そうか」

 「母に逢いました」

 「…よせ」

 「…いつまで!」

 私は正座で向き合っていた。

 父はひたすらに火鉢で炭をつつく。ぱちっと弾けた音がした。

 思わず床を拳で打ち付けた。冬の凍てつく淋しい風が、かじかんだ右こぶしにじんと滲む。

 「いつまで……。幻しなどと、そううそぶくのですか!」

 「お(ゆき)はいない。とうに消えた。これからも視る事も遭う事もない。母の名残惜しい想いが、そうやって未練の幻しとして浮かぶのだ。いいか、お前たちはたしかに人の力を神妙に超える様な素養がある。それは神通(じんつう)にもならぶような力じゃろう。しかれど、お前たちの母は、儂と居った頃は一度もつこうたことは無かった。あの口から噴出(ふきだ)した息吹(いぶき)も、何もかもよ」

 父はいたずらにそればかりを繰り返す。

 私は、縁側で針子をして、下の弟たちの召し物をつくろうところを何度も視ていた。

 あの透き通った白い肌に、不自然なまで哀し気に笑った顔、いつか必ず私達と別れなければいけないことを承知しつつ、でもどこかで、ともに居続けたいと願う顔。

 「さあ、食え」と、今までの話を打ち切って父は云った。

 「マタギの殺生の(のち)は、飯を喰らって安静に心も落ち着けよ」

 

 

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