Fate/Sinfonia Sagas【芥ヶ原聖杯戦争】~誰かの決意と選択の物語~   作:空雲時雨

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運命の夜(下)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふいに、結理を死の予感が貫いた。

 

 ナイフを突きつけられたというより、映画に出てくる無人のセキュリティ装置の銃口を向けられたかのような、そんなシステマチックな殺意。その照準を定められたことを肌で感じた。

 

 

 

 

 

「ごめんよ」

 

 

 

 

 

 近くで発された声に気が付いて顔を上げると、つい先ほどまで少し離れた所で日本風の剣士と戦っていたはずの、人外じみて美しい存在が目の前に立っていた。

 その表情には、申し訳なさそうな表情が浮かんでいるように見える。しかし、自分の体を震わせている殺意を放っているのは、紛れもなくこの超常の存在だった。

 

 

 

 

 

「マスターの命令でね。キミを殺さなければならないんだ」

 

 

 

 

 

 手刀が構えられる。

 

 逃げなければと思うのに、静かで無味乾燥な殺意に呑まれて脚が固まる。

 

 恐怖で目をつむる結理の心臓を目掛け、ランサーは刃と化した腕を突き出し————

 

 

 

 

 

————直後、下方から迫った刃に攻撃を跳ね上げられた。

 

 

 

 

 

「ランサー、オレとの勝負がまだついていないぞ?」

「困ったな。マスターからはその子を始末するように命令を受けているのだけど」

 

 

 

 

 

 そう言いつつ、ランサーの顔には笑みが浮かんでいた。

 

 ランサーは、自分のことをあくまでひとつの兵器だと定義づけている。その使い方は担い手次第。そのため、基本的にいかなる命令にも従うサーヴァントだ。

 しかし、本人の性格はと言えば、正面から言えば否定するであろうが、正面から性能比べを挑まれれば喜々としてそれを受ける、どこかバトルジャンキー的な一面があるのだ。

 

 そんな好戦的な感情に加え、戦いに周囲の生き物を巻き込むことを嫌う性分が主命と天秤に乗り、ランサーに一瞬迷いが生じる。

 

 その隙に、結理は震える脚を叱咤して、何とか逃げ出した。

 

 

 

 

 

「おっと」

 

 

 

 

 

 その背中へ向け、ランサーは反射的に鎖を放つ。

 

 しかし、今度は何処からともなく飛来した暗剣によって、その鎖が弾かれた。さらに、自分を目掛けて同じ拵えの複数の暗剣が飛んでくる。

 この攻撃にこちらを害する意思は載っていない。とすれば、この暗剣は————

 

 

 

 

 

「誘われているね」

 

 

 

 

 

 その事実が、ランサーをより好戦的な気分にさせた。

 気が付けば、僅かに意識を逸らした間に、セイバーの姿も失せている。

 

 誘いに乗るか、少女を追うか、セイバーを探して決着をつけるか。

 

 さて、どうしたものか。少しだけ逡巡して、ランサーは決断した。

 

 

 

 

 

「まずは邪魔者から先に始末するとしようか」

 

 

 

 

 

 ランサーはそう呟くと、急に明後日の方向へ弾丸のようなスピードで飛び、枝の上に潜んでいた白い仮面の女に刃を振るった。

 急激に巻き起こった風に木々が揺れ、木の葉が擦れ合ってザワザワと声を奏でる。

 

 その中で、トンッ、という軽やかな音は静かに、けれど確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

「アサシン風情が今の一撃を凌ぐ、か。いいね」

 

 

 

 

 

 接触の瞬間、アサシンは無理に競り合わず、剣で受け流しながら空中に身を躍らせることで衝撃を殺し、強力無比な奇襲を捌いて見せたのだ。

 

 ランサーはその技量に感心し、満足げにひとりごちると、自身も大地の上へと降り立ち、油断なく剣を構えるアサシンに向き直る。

 そして、微笑を浮かべたその口で酷薄な言葉を紡ぎ出した。

 

 

 

 

 

「さて、どこから切り落とそうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランサーがアサシンとの交戦状態に入った頃、結理は無我夢中で森の中を駆けていた。

 

 

 

 もう、どれだけの時間走り続けているのかもわからない。ものの十数秒かもしれないし、数十分以上かもしれない。

 あの時向けられた殺意と、それに感じた恐怖は時間感覚なんて吹き飛ばしてしまうくらいに鮮烈だった。

 

 何度も足がもつれて転んだ。

 そのせいで、服どころか、手も顔も身体中どこもかしこもドロドロに汚れている。

 

 走りすぎて、段々と呼吸が苦しくなってきた。喉の奥からはツンとした鉄の匂いがしてきて、限界が近いのがありありとわかる。酸素が足りないのか、頭もクラクラしてきた。

 何度も転んだせいか、それとも、急に全身を動かしすぎたせいか。身体の至る所が痛かった。特に、右手の甲は焼けるように痛い。もとより変な痣があったし、それをさらにぶつけて変にしたのかな。

 

 浮かんでは考える間もなく消えていく思考を置き去りに、結理はひたすらに走り続ける。

 

 

 

 その時、急に隣から声がした。

 

 

 

 

 

「キミ、ちょっといいか!?」

「わっ、!!」

 

 

 

 

 

 横合いからの唐突な人の声に驚いて、つい体勢が崩れた。

 たたらを踏み、何とか踏みとどまろうとするもむなしく、脚が絡んでお尻から転ぶ。

 

 

 

 

「いっ痛ぅ…………」

「大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 転ぶときに反射的につむった目を開けると、日本風の戦装束に身を包んだ、まだ青年と呼べる年ごろであろう男が心配そうに自分のことを覗き込んでいた。

 ちょっと、テレビでも最近見ないくらいの美丈夫だ。そんな場違いな感想がついつい浮かぶのは、青年の格好があまりに時代にそぐわないからか、その身に纏う雰囲気が浮世離れしているからなのか。

 

 ふいに、包帯に包まれた右手の痛みが強く増して顔をしかめた。

 

 

 

 

 

「すまない。オレたちの戦いに巻き込んだみたいだな」

「あなt……ケホッ、ケホッ!」

 

 

 

 

 

 あなたたちは何者なんですか。

 結理は痛みに耐えながらそう問おうとしたが、酷使されてかすれきった喉は吐き出す声に耐えられず、咳き込んでしまう。

 その間にも、青年は話を進めていく。

 

 

 

 

 

「どうもランサーは君のことを狙っているらしい。アイツとの戦いはオレがちゃんとケリをつけるから、そのためにもキミはまずどこかに身を潜めていてくれ」

「そ…は言…eも…、ぃ……いど…i」

 

 

 

 

 

 そうは言っても、いったいどこに。

 伝わるかも怪しい発声だったが、なんとか結理が尋ねた時、大地が揺れた。

 

 直感的にわかる。さっきの緑のヒト、この青年がおそらくランサーと呼んでいる存在の仕業だ。

 

 結理にわかったくらいなのだ。当然青年にも理解できたのだろう。その証拠に、青年は険しい表情で森の奥をにらみつけて言葉を漏らした。

 

 

 

 

 

「ランサーめ。オレとの決着もまだなのにまた目移りか? あまり良い気分じゃないな……」

 

 

 

 

 

 不愉快そうに眉間にしわを寄せ、拳を強く握りしめる。その右手の存在感が、フッと揺らいだ。青年はそのことにはっとした表情を浮かべ、再び結理の方へと向き直る。

 

 

 

 

 

「ともあれ、まずはキミの安全だな。ついてきてくれ」

 

 

 

 

 

 青年は、そう言って結理の手を取ると、かなりの速度で走り始めた。

 半ば引きずられるようになりながら必死に足を動かすこと少し、ようやく立ち止まると、そこには簡素だがそれなりの広さのある物置小屋のような建屋があった。

 

 青年が強引に扉をこじ開けると、結理は疲労が限界に達して倒れ込むようにしてその中へと転がり込んだ。

 

 

 

 

 

「おい!?」

 

 

 

 

 

 青年は心配そうな声を上げるが、一度倒れ込んでしまうともう無理だった。

 

 

 

 

 

「はッ、はぁッ、はぁッ————」

 

 

 

 

 

 返答を返す僅かな余力すらない。

 

 

 

 恐怖と疲労で四肢は強張って無様に丸まっている。

 

 息が切れすぎて、呼吸のたびに喉の奥からツンと鉄の匂いがして頭がクラクラする。

 

 なにより、さっきから右手の甲が焼けるように痛い。

 

 その痛みをかばうように、自然と体が丸まってゆく。

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 再度の呼びかけに、なんとか返事をしなければ、と頭で考えるが、身体はまるで言うことを聞いてくれそうにはなかった。

 

 埒が明かないと思ったのか、青年は彼女に近づく。そして————

 

 

 

 右手に刻まれた印に気が付いた。

 

 

 

 

 

「! 令呪……ということは、キミはマスターなのか?」

 

 

 

 

 

 レイジュ……とは何のことだろうか。

 

 

 息が落ち着いてきて、ようやく少し回るようになった頭で結理は考える。例、礼、霊? 思考を巡らせながら地面に丸まっていた体を起こし、なんとか壁にもたれかかって身体を支えた。

 

 その拍子に、視界の端に右手が映った。巻いていたはずの包帯はどこかで木の枝にでも引っ掛けたのか、いつの間にかなくなっている。

 

 

 

 そうして顕わになった右手の甲には、奇妙な紅い紋章が浮かんでいた。

 

 

 

 同じ形だが上下に互い違いで点対称に配置された二画と、その中央で対称を崩すように刻まれている一画の、三つの塊からなる刻印。

 

 

 

 なるほど、自然と青年の言っていたことが理解できた。これが“レイジュ”なのだろう。

 

 “レイジュ”が何なのかはわからないが、これが今必要なことだけはわかった。

 

 喉がかすれて声が出ないので、少女は代わりに“レイジュ”が刻まれた右腕を青年へ伸ばす。

 

 

 

 

 

「なるほど、サーヴァントがいないのか」

「————?」

 

 

 

 

 

 相変わらず、青年の言っている言葉の意味は結理にはわからなかったが、なにやら青年は得心がいったようだった。

 

 青年がそう言った時、外で大きな衝撃があった。

 

 

 

 

 

「「!!」」

 

 

 

 

 

 次いで、地面を伝わった衝撃の余韻と、吹き飛ばされた土くれがトタン屋根に降る音が二人の体を叩く。

 

 青年は小屋の外の気配を探り、同時に嘆息した。

 

 

 

 

 

「どうやら時間はないか。すまないが即答してくれ」

 

 

 

 

 

 そう言って、青年は彼女の方へと向き直り、告げる。

 

 

 

 

 

「ひとまず、お互い命を繋ぐため、オレと契約してくれないか?」

 

 

 

 

 

 相変わらず、声は出そうにない。

 

 だから、結理は意志を最大限に瞳へ込め、その問いかけに応えた。

 

 

 

 幸い、その思いは正確に届いたようだった。

 

 

 

 

 

「我が名はセイバー。この身に刻まれし技と、剣の教えを受けた二人の師の名に懸け、誓いを受ける————!」

 

 

 

 

 

 何かがつながるような感覚。

 

 身体の端から端まで、細く張り巡らされた何かに熱が走り、痛み、高揚する。

 

 この時、結理は自分の身に確かな実感を得ていた————

 

 

 

 

 

「キミを新たな主として認めよう。これより、我が運命はキミと共にあり、オレの刀はキミの刃だ!」

 

 

 

 

 

 青年——セイバーの宣言と共に、契約は成された。

 

 

 

 

 

 かくして第六の主従は生まれ、物語は加速する————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Chapter 運命の夜 Fin.】

 




 お読みいただき、ありがとうございます。

 序盤の一大イベントがなんとか消化されました。皆様はどの運命の構図がお好きでしょうか。私はCCCコラボのコミカライズのメルトリリスの運命の構図が泣けて仕方ないメルト推しのマスターでございます。
 ……アトランティスのコミカライズをしたら、マイフレンドがやってくれますかね? ちょっと展開がギャグになりますが……

 評価・ご意見・ご感想もぜひ、お願い致します。
 好きな運命の構図もぜひに。
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