Fate/Sinfonia Sagas【芥ヶ原聖杯戦争】~誰かの決意と選択の物語~ 作:空雲時雨
【2017年 1月21日 土曜日】
【芥ヶ原市 東部 外れの森 戦場から少し離れたところ】
【PM 11:46】
『マスター、少しいいかい?』
『どうかしましたか、ランサー』
ランサーは、アサシンの刺突を受けて吹き飛ばされた折、マスターであるマゼルに念話で連絡を入れていた。
サーヴァント二体を相手取るという状況になり、先に受けた目撃者の少女の殺害という命令の遂行に難を生じたからである。
戦闘の合間ゆえ、手短に。されど的確に経緯を伝えられたマゼルは速やかに決断を下す。
『わかりました。では僕が少女を追います。貴方は戦闘に集中を』
『了解だよ。マスター』
連絡を終え、マゼルはやりきれないといった表情で息を吐いた。その表情には悔いが浮かんでいる。
その感情は、和未のような一般人を巻き込みたくない、という意思からくるものではない。むしろ、人間的なその思いとは逆に近い、魔術師的な発想によるもの。マゼルが魔術師として持つ誇りゆえの感情だった。
マゼルは、セイバー陣営との対決に当たって、他の勢力からの干渉を防ぐことと神秘の秘匿を目的として人払いの結界を展開していた。しかし、いざ蓋を開けてみれば、一般人と思しき少女の侵入を許したうえにそれを感知もできず、ランサーの報告によればアサシンまで出現している。
完璧主義な魔術師である彼にとって、この結果はセイバーのマスターに逃げられたこと以上の悔しさを感じる事柄だった。
やがて、魔術師はかぶりを振って意識を切り替えると、すぐに探査用の魔術を用いて少女を捜索する。幸い、今度は速やかに捕捉することができた。
場所としては、ランサーたちから少し離れたあたり。それほど距離は離れていないし、動く様子もない。
そちらへ向けて歩くこと少し、物置小屋の壁に身を預けて離れた場所で戦うサーヴァントたちを見つめる少女の後姿を捉えた。
このまま、後ろから魔術を放てば殺害は容易い。
しかし、そのような手法は誇りに反する。
その思考から少女に声をかけようとして、マゼルはその手の甲に刻まれた令呪に気が付いた。
(あの少女もマスターなのか!? まさかアサシンの……いや、アサシンを召喚する手合いが戦場に来るとは思えない。そういえば、ランサーの報告で様子のおかしかったセイバーが復調していると……)
戦いの最中、突如として調子を崩したセイバー。
アサシン。
令呪を持つ少女。
セイバーの復活。
断片的な情報をもとに、急速にマゼルの脳内で仮説が組みあがる。
あの少女は、殺されたセイバーのマスターの後釜になったのではないか。
ならば、あの少女は聖杯戦争の参加者だ。
猶更、後ろから不意打ちで殺すことなど己の誇りが許さない。
「失礼」
「!」
日本語で呼びかけた声に、少女が勢いよく振り返る。
「セイバーのマスターとお見受けします」
「セイバー……あの武士っぽい男の人のこと……?」
こちらを警戒するように後ずさる少女に、マゼルは構うことなく問いかける。
「ええ。貴方は彼のマスター間違いないですか?」
「マスター……あー、確かにあの時そんなことを言っていたような……」
確証は得た。ならば。
「なるほど。それでは、決闘です。お命、頂戴します」
◆◆◆
(—————は?)
結理は混乱の只中にあった。
何やら超常の事態に巻き込まれたことはわかる。
明らかに人間ではないモノたちの戦い。自分の命を狙った美しい緑のヒトに、なにやら契約っぽいものをした武士のような恰好をした男、そして謎の紫色の髪の女。三者が織りなす戦いに見とれていたら、いきなり後ろから声をかけられて驚いた。
振り向いてみれば、そこにいたのはひとりの青年。
向こうの超人集団とは違い、たぶん人間だ。ただ、舞台役者のような、格式ばった白い衣装を着こなしていて、一般人には見えない。
しかも、いきなり決闘だとか言い出した。
「えっと、どちらさま?」
「僕はマゼル・Y・バルジャー。錬金術師です」
錬金術師。
合掌して地面の形でも変えるのか。それとも指パッチンで炎を出す?
一瞬、そんな現実逃避の方向に思考が向いたが、それどころではないと持ち直す。
「あの、わたし何が何だか状況がわからないんですけど」
「あなたはセイバーのマスターなのでしょう?」
「そー、みたいですけど……」
「ならば、マスター同士争うことは必定です」
「そーゆうもんなんですか?」
あ、ダメだこの人。
話が通じない、というより成立しない。自分が決めたらすべてがそうってタイプだ。苦手。
そんなことを思っている間に、マゼルと名乗った自称錬金術師がなにやらゴニョゴニョと呟くと、その背後に二本のかがやく剣が浮かんだ。そして、その切っ先が結理の方を向く。
(あー、これは死ぬ。せめて痛くないといいけど)
冷めた感想の裏側で熱が燻る。
ようやくだったのに。もっとこの熱を感じていたいのに。惜しいなあ。そんな感情。
(もっと生きていたい。誰か助けて、なんて)
物語のヒロインみたい。しかも、割と嫌いな部類の。
そう、自嘲したその時だった。
「——set」
聞き覚えのある声がした。
次の瞬間、自分と錬金術師の間を黒い何かが通り過ぎ、轟音と共に物置小屋の壁に大穴が開いたかと思うと、周囲が土煙に包まれる。
「ケホッ、ケホッ——!」
土煙が晴れると、目の前には自分を守るようにしてひとりの男が半身の姿勢で立っていた。
リボルバー式の拳銃を構える姿は堂に入っていて、日本では非現実的。しかし、うかがえる横顔は見知った顔だった。
「——黒川、くん?」
「ああ、水原さんもとりあえず…無事そうでよかった」
和未は、ちらりと視線だけ動かして結理の様子を確認する。
かなり汚れているが、大きなけがをしている様子はない。それを確認して安堵するが、手の甲の刻印を見て、目を眇めた。
令呪、マスターの証。状況的にセイバーのマスターの後釜か。
(——巻き込んだ、か)
推察の通りなら、自分がアサシンに下した指示も原因の一端である。
しかし、そんな後悔も、それに対する対処も、どちらにせよ今の状況を切り抜けてからの話。
今は目の前の敵に集中する。
鉄火場を何度も乗り越えてきた魔術師の思考が感情を塗り潰し、口を動かした。
「マゼル・Y・バルジャーだな」
「そう言う貴方は黒川和未ですね」
煙が晴れた向こう側には、咄嗟に展開した檻状の金剛石の防御を固めた姿のマゼルがいた。
たがいに視線を合わせ、その一挙一投足に気を配る。
和未がカチリとリボルバーの弾倉を回し、マゼルが檻を変性させて浮遊する小剣を生み出す。
二人の間に広がる緊張と沈黙。
先にそれを切ったのはマゼルだった。
「今日の所は撤退しましょう」
「いいのか?」
「ええ。この土地の管理者たる貴方と戦うには、その始め方一つに至るまで格式と礼儀が必要でしょう」
「ああ、そう」
好都合だが、あまり話は合いそうにないな。
心の中でそう評価しつつ、相手が構えを解くのに合わせて和未も銃口を下す。
「そちらの少女のことはお任せしても?」
「わかっている。こちらで対応しよう」
「では、————最後に一つだけ」
そう言うと、マゼルは模範的な所作でボウ&スクレープの礼を取った。
「私はマゼル・Y・バルジャー。時計塔で典位の位を取る錬金術師です。此度の聖杯戦争、この地の管理者たる貴方をも正面から討ち倒し、勝者となりましょう」
そう宣言する声は夜の森に大きく響いた。
「——宣戦布告のつもりか?」
「ええ。魔術師たるもの、誇りを忘れず、何事にも格式を以って望むべし、ですから」
そう言った傍らには、既にランサーが控えていた。
同時に、セイバーとアサシンもこの場に姿を現す。
「では、黒川和未、そしてセイバーのマスター、いずれまた会いましょう。行きますよ、ランサー」
ランサー陣営がその場を去る姿を、セイバーとアサシンの主従は静かに見つめていた。
こうして、芥ヶ原の聖杯戦争、その最初の戦いは幕を閉じた。
そして、同時刻。
最後のサーヴァント、ライダーも姿を現す。
聖杯戦争、その初日が、終わった。
【Chapter 最強の敵 Fin.】
お読みいただき、ありがとうございます。
緒戦終結。
同時投稿した次のチャプターで1日目は終了となります。とりあえず、一日目まで書き上げられてホッとしておりますが、プロット的には全然先が長いです。心が折れそう。
補足ですが、主人公のガンドは凛やルヴィア並みの威力、つまりフィンの一撃レベルのものです。設定的に、呪詛は黒川家の数代前までの魔術系統なので練度も高いです。なお、今は別の魔術系統に移行しています。伏線はいくつか撒いてあるので予想してみてください。
評価・ご意見・ご感想もぜひ、お願い致します。