Fate/Sinfonia Sagas【芥ヶ原聖杯戦争】~誰かの決意と選択の物語~ 作:空雲時雨
【2017年 1月21日 土曜日】
【芥ヶ原市 中央区 教会】
【PM 11:35】
そこは、静謐な空間だった。
夜の闇を窓から差し込む月光が中和し、柔らかな暗がりが広がっている。
その中に浮かび上がる純白に仕立てられた壁がその場に神聖さを、飾り気のない古い木目がむき出しの柱と、似たような風味の色合いで作られた長椅子の群れが清貧さを示している。
人の気配はなく、気配は伽藍の堂。
明かりも月の光だけ。
神秘的で清浄なその教会で、ひとりの少女が祈りをささげていた。
両の膝を硬い床につき、胸の前で手を組み合わせ、目を閉じてうつむきがちに、されど姿勢は正しく。
数日前に彼女一人を除いて神父も修道女も退去してしまった無人の聖堂では誰も知る由がないが、少女は既に2時間以上、ひとりでそうしていた。
「…………ッ?!」
その集中を途切れさせたのは、急に手の甲に生じた鋭い痛みだった。
瞼を閉ざした暗闇に紅い燐光が映るのを感じて、少女はようやく目を開ける。
果たして、右手に刻まれていたのは三画の紅い刻印。
「令呪…………そうですか、わたしが七人目……」
予想はしていなかったが、可能性はあった。限りなく低い確率ではあったが。
聖杯は、魔術回路を持ち、かつ願いのあるものに令呪を授ける。
少女には魔術回路はあるが、聖杯に掛ける願いはない。それなのに令呪が浮かんだということは、おそらく、儀式の開始が望まれているのだ。
ほかならぬ、聖杯それ自体によって。
ともあれ、これでマスターは七人揃った。
残る役者は、ライダーのサーヴァントのみ。
少女は水瓶を手に取り、片手で作った皿にこぼした水で陣を描く。
必要なことはすべて記憶している。その工程を一つひとつ丁寧になぞってゆく。
美術の授業がいまだ苦手な少女は何度か失敗して苦労しながらも陣を書き上げると、その前で片膝をつき祈りの姿勢を取り、言葉を紡ぐ。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「閉じよ(みたせ)。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
「————告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ———」
少女は本来、魔術を持たない。
しかし、この召喚には確かに応えた者がいた。
陣から光が失せ、月光に影が照らし出される。
召喚された英霊は、静かにそこに佇んでいた。地面に映された影は、艶やかなストレートの髪と完成されたバランスの肉体、そして、右手に携えた特徴的な形の杖を顕わにしている。
しかし、そんな外見的な特徴よりもはるかに印象的なのは、その身から発せられる澄み渡った空気だ。その清廉さは静かに、されど大きく少女の信仰心に響き、その正体を悟らせる。
(ああ、この方はきっと————)
感激に打ち震える少女に、ライダーは目線の高さを合わせるようにして自分も膝を折ると、肩に手を添え、語りかけた。
「サーヴァント、ライダー。あなたの祈りに応え、参りました。わたしは————」
2017年1月20日。
深夜11時57分。
この時刻を以って、英霊7騎・マスター7人は揃い、舞台は整った。
芥ヶ原の聖杯戦争————
————開幕。
【Chapter 開戦は祈りと共に Fin.】
お読みいただき、ありがとうございます。
導入部のエピローグ的な話だったので、かな~り文章が短めになってしまいました。
さて、ここまでで、現状のストックをすべて吐き出してしまいました。そのため、今後は更新が不定期になります。また、個人的な事情で、この先二月ほど小説を書く時間がなかなかとることができない環境になると予想されます。大変申し訳ありません。
今回、小説の投稿に踏み切ったのもその辺の事情が絡んでいて、話をストックしたまま書けない期間に突入すると、恐らく書き続ける気力を失ってすべてお蔵入りさせることが予想されました。そして、それを避けるため、自分へのプレッシャーをかけるというエゴで、非常に勝手ながら、書いてあるところまで投稿に踏み切りました。
なので、絶対に戻ってきます。どうかお待ちくださいませ。
評価・ご意見・ご感想もぜひ、お願い致します。