Fate/Sinfonia Sagas【芥ヶ原聖杯戦争】~誰かの決意と選択の物語~   作:空雲時雨

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−5日目/汝は我が主たり得るか(上)

【2017年 1月16日 月曜日】

【芥ヶ原市 緑川町 黒川邸】

【AM 6:21】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スマートフォンのアラームに従ってベッドから身体を起こす。

 

 昨日の夜は、サーヴァントの召喚という大きな出来事があって疲労も相応だった。そんな事情があっても、なんだかんだといつもの時間にしっかり目が覚めるあたり、和未は自分らしいな、と思う。

 むしろ、いつも通りすぎて昨日のことに現実感がない。自分は本当にサーヴァントを召喚できたのだろうか、と疑問すら浮かんでしまう。そんな風に考えた時、ふと視界に朱が映った。

 

 それを追って右手の甲に視線を落とすと、紅い、三画の紋様が確かにそこに刻まれていた。

 

 中央と左右それぞれ。滑らかな二種類の太さの異なる曲線が描く線対称のそれは、どこか彼岸花のデザインを思わせ、なんとも自分に似合いの意匠だと苦笑いが浮かぶ。

 

 

 

 

 

「ちゃんと現実、か……」

 

 

 

 

 

 そう独りごちると、和未はベッドから下りて着替え、キッチンへと向かった。

 

 

 

 

 

 「さて、まずは土鍋を出して、っと」

 

 

 

 

 

 何ともなしに独り言をつぶやきつつ、コメを研ぎ、水に浸す。

 土鍋で米炊きなんて普段は絶対にしない。まして、朝やることはまずあり得ないが、今日は特別だ。

 

 浸水させている間に、おかずを用意してゆく。

 メニューは焼き鮭と味噌汁、卵焼き、ほうれん草のおひたし、沢庵。絵にかいたような日本の朝食。

 

 手際よく工程を済ませ、最後は米炊きと焼き鮭。

 土鍋とフライパンをコンロに並べて順番に火にかけて仕上げてゆく。

 

 最後に熱いお茶を淹れて、二人分の朝食をテーブルに並べると、和未は虚空に呼び掛けた。

 

 

 

 

 

「おはよう、アサシン。とりあえず朝食でもどうかな」

 

 

 

 

 

 すると、霊退化して控えていたアサシンがどこか困惑したような様子で現れる。

 

 

 

 

 

「マスター。私はサーヴァントですので、食事は特に必要ありませんが……」

「そう言わずに。もう二人分作っちゃったからさ。親睦を深めるためと思って、どう?」

「……そう仰るなら頂きましょう」

 

 

 

 

 

 アサシンが席に着いたのを見て、自分も椅子に腰掛ける。

 

 

 

 

 

 「しかし、なぜ親睦を深めるのに食事を?」

 「大抵の話題は人を選ぶけど、美味い食事を嫌う人間はいないからなぁ」

 「それは、その通りですね」

 

 

 

 

 

 若干、なおも訝し気なアサシンの問いに答えると、彼女も一応は納得してくれたようだ。

 

 それを見て、和未は手で皿を指して食事を勧めると、自分も軽く手を合わせて箸を手に取る。そこではたと気が付いた。日本語で会話ができているから忘れていたが、アサシンは海外の英霊だ。箸は扱いが難しいかもしてない。ナイフとフォークを持ってくるべきだろうか。そう思って顔を上げると……

 

 

 

 

 

「これは……なんとも美味ですね」

 

 

 

 

 

 アサシンは流暢に箸を操ってごはんを食べていた。

 よほど口に合ったのか、あっという間に食事が進んで米が減り、おかずを食べきらないうちに茶碗が空になった。

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 

 

 空になった茶碗を見て名残惜しそうな嘆息が漏れるアサシンに、思わず笑みがこぼれる。

 

 

 

 

 

「おかわり、持ってこようか?」

「っ……! お願い、します……」

「気に入ってくれたようでよかったよ。手前味噌だけど、今日のコメは上手く炊けた自信作なんだ」

 

 

 

 

 

 おかわりをアサシンに渡し、改めて自分も食事に手を付ける。

 とりあえず、サーヴァントとの関係構築の掴みは上手くいっただろうか。打算の部分でそう考えるが、小気味よくなくなっていく料理を見るのは普通にうれしい。

 

 そんな朝食を終え、食後のお茶を楽しんでいるところで、和未は切り出した。

 

 

 

 

 

「アサシン、今日はこの後、街に出かけよう」

「戦場の把握、という訳ですか」

「ああ。地図で見せてもいいけど、こういうのは実地で見ておいた方が何かと便利だしね」

「承知しました。しかし、よろしいのですか?」

「何がだ?」

 

 

 

 

 

 はて、何のことだろうか。どれだけ頭を働かせても思い当たることがないので困った。

 

 

 

 

 

「今日は学校とやらがあるのでは?」

「……聖杯から与えられる知識にはそんなものも含まれんの?」

「ええ」

 

 

 

 

 

 サーヴァントは現界に当たって、現世のことや言語の知識を聖杯から与えられる。

 一見地味だが、これがなければ言語の違いによってコミュニケーションに難をきたし、文化の違いですれ違いが生じる。ささやかなようで重大な加護である。

 とはいえ、まさか日本の学生生活についての知識まで与えられるとは思っていなかったので、少々驚いた。ただ、どうやら微かに不備もあるらしい。

 

 

 

 

 

「アサシン、日本の高校はな、八時半には登校していなければならないんだ」

 

 

 

 

 

 そう言って、部屋の時計を指さす。

 

 時刻は、9時12分。

 

 

 

 

 

「もとより、今日は街の案内に費やすつもりだったんだ。問題はないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2017年 1月16日 月曜日】

【芥ヶ原市 緑川町 黒川邸】

【AM 9:30】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Closure. procedure, Triple」

 

 

 

 

 

 家の門に魔術的な鍵をかける。これで外出準備は完了だ。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行こうか。アサシン」

『はい』

 

 

 

 

 

 和未は軽く後ろを振り向いてそう告げてから歩き出した。

 

 この光景は、もし目撃者がいれば不可解に思えたかもしれない。なぜなら、今アサシンは人の目には見えない状態になっているからだ。

 サーヴァントはごく簡単に言ってしまえば、実体を持った幽霊といったところだ。身体は魔力でできており、それを分解することで自由に霊体化——即ち実体のない見えない存在と化すことができる。

 

 アサシンは、その霊体化を行って付き従っている。

 ちなみに、霊体化中のサーヴァントは完全に物理的な干渉力を失っているので、声を発することができない。今の返答は、魔力を用いた念話である。

 

 

 

 

 

『これ以降の会話は念のため念話で行うよ』

『承知しました』

 

 

 

 

 

 そう前置いて、和未はまず街の概要について話してゆく。

 

 

 

 芥ヶ原市は、ざっくり言うと北側に山間部を抱え、南に海を望んでおり、その中間に住宅街が広がっている。

 

 街並みの分布としては、扇を想像して欲しい。要の側を上に置いたときに、要の周辺から親骨の外側のエリアが人の住んでいない山のエリア。

 そして、中骨の領域に当たるのが高級住宅街の緑川町。北に行くほど一軒当たりの家が大きく古くなり、南に行くほど新しめでやや小さめだが造りの良い家が並ぶというグラデーションになっていて、先ほど出てきた和未の家はその北端部の東側に位置している。

 

 

 

 そこまで説明したところで、和未たちはバスに乗り込んだ。

 車に揺られながら、街の南北をつなぐ主幹道路を南下してゆく。

 

 

 

 街の中央のやや北から下。

 扇面に当たる部分には一般的な住宅街や商店街、森林公園をはじめとする公共施設などが点在している。最近は再開発も進み、マンションなども増えてきた。しかし、このエリアで特に重要な施設と言えば、やはり教会だろう。

 聖杯戦争には、毎回、聖堂教会から監督役が派遣される。監督役とは、儀式の進行を補助する立場であり、戦闘で引き起こされた事件の隠蔽、サーヴァントを失ったマスターの保護などを行う。その性質上、中立の立場でいずれかの陣営に与することはない。また、監督役に攻撃を行うことは脱落後の自身の処遇に関わるため、基本的に行われないし、仮に損害を与えた場合はペナルティを課せられるため、実質的な非戦協定地帯である。

 

 

 

 本来ならば、挨拶に立ち寄るべきなのだが、当の監督役が留守であることが予想されるため、和未は車窓から紹介するにとどめ、ひとまずアサシンの案内を優先した。

 

 

 

 沿岸部まで出ると、海に沿って大きな道路が走っている。他に特筆するスポットと言えば、海沿いの中央に位置する臨海ショッピングモールだろうか。ほかには海の眺めを売りにしたホテルなんかもある。

 

 

 

 

 

『アサシン、服とかいる? 家族のプレゼントに、とか言えば調達できるけど』

『いいえ、結構です。霊体化を解いて歩き回るつもりはないので』

『そ。』

『それよりも、街の東側はどうなっているのですか? やけに殺風景ですが』

 

 

 

 

 

 アサシンが指摘したのは、芥ヶ原の再開発地区だ。

 余談だが、黒川家の所有する土地であり、これから金の卵を産むことが予想される。

 今はまだ基礎工事の段階なので、ほとんど何も建物がない。ただ、あの一帯はそれよりもはるかに重要な意味を持った土地だった。

 

 

 

 

 

『アサシン、よく覚えておいてくれ。あの一帯は芥ヶ原でも特に大きな霊地になっている、聖杯顕現の儀式を行うことができる場所のひとつだ』

『それは……! ですが、夜間は工事の人間がいるのでは?』

『オーナー権限で聖杯戦争中は工事を中断させることにしてる。そうでなくとも、あの規模の霊地ならできることは多い。何かが起こる公算は大きいね』

『肝に銘じておきます』

 

 

 

 

 

 その後は、途中で昼食をはさみつつ、北上しながら街の隅々を見て回った。そうしているうちに日は沈んできて、時刻はすっかり夕方である。二人は西日が差す中を、最後の目的地に向けて街の北西部の登山道を歩いていた。

 

 途中、会話をしながら進むことしばらく、渓谷にかけられた橋の手前で和未はふいに足を止めた。

 

 

 

 

 

『マスター?』

「ああ、ゴメン。知り合いだ」

 

 

 

 

 

 アサシンが和未の視線を辿ると、橋の欄干に腰掛けたひとりの少女がいた。

 

 年の頃合いは和未と同じくらいに見える。

 艶やかな黒い髪を渓谷を吹き抜ける風に靡かせ、投げ出した脚をプラプラと遊ばせていて、見ていてかなり危なっかしい。時たま髪の隙間から覗く口元は何かを口ずさんでいるようにも見えて、何かの物語の一節にでも登場しそうな——アサシンをしてどこか異質に感じる雰囲気を纏った少女だ。

 

 

 

 

 

「顔を合わすのも気まずいし、迂回しようか」

 

 

 

 

 

 和未はそう言って横道へと逸れ、アサシンも黙ってそれに従った。

 

 

 その様子を、少女だけが横目で窺っていた。

 




 お読みいただき、ありがとうございます。

 内容的には、アニメUBWの0話な感じでした。小説的には舞台説明、芥ヶ原の街の紹介みたいな感じになってるはず……です。

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