Fate/Sinfonia Sagas【芥ヶ原聖杯戦争】~誰かの決意と選択の物語~ 作:空雲時雨
【2017年 1月16日 月曜日】
【芥ヶ原市 緑川町 森ノ里展望台】
【PM 4:38】
「ギリギリ夕陽に間に合ったか。どう? アサシン。いい景色だろ?」
「なるほど、一日かけて街を巡り、最後に高所からそれを整理する。とても合理的ですね」
情緒もへったくれもない。
そんなアサシンの返答に和未は苦笑するが、そういった意図があったのもまた事実だ。
和未は展望台の柵に背中を預けると、自販機で買った缶コーヒーのプルタブを開けて煽る。熱が喉を滑り落ち、身体を駆け抜けて風で冷え切った身体を温めた。
そうして、ひとつ息を吐き出し……、おもむろに切り出した。
「さて、一日過ごして多少は打ち解けたところで、そろそろ腹を割って話そうか」
―――お互い、聖杯に何を望むのかについて
そう、続けられた言葉と、己を射貫く視線の強さにアサシンは姿勢を正す。そして、自身も同様に和未に対して向き直って目を合わせた。
息が張り詰め、緊張感が高まる。
まるで、決闘が始まる直前のような。
余人が到底入り込むことのできない沈黙が人影のない展望台を支配した。
口火を切ったのは、アサシンだった。
「私は……」
「ああ、待った待った!」
それを、和未が慌てて掌を前に突き出して押しとどめる。
アサシンは出鼻をくじかれたような感覚がして、目の前の男をねめつけた。
「っ、マスター……!」
「いやいや。今の雰囲気で始めちゃダメでしょ。人と人の願いなんて往々にしてぶつかるんだからさ」
そう言うと、和未は仕切りなおすようにベンチに腰掛けた。
そして、コーヒーの缶を手で弄びながら続ける。
「さっきのはここからは真面目な話ですよ、って区切りをつけたかっただけ。あんなケンカするみたいな雰囲気で話したらどれだけ穏当な内容でもぶつかり合いそうだし。……空気を切り替えるタイミングを見失ったのは、その……申し訳ない」
顔の前で合掌のポーズを取って謝る和未の姿に、アサシンはフッと空気を緩め、隣へ並んだ。
「いえ、私も申し訳ありませんでした。確かに、先ほどのアレは空気が良くなかった」
「そんじゃ、改めてお互いが何を目指すのか話し合おうか。言い出しっぺから話させてもらっても?」
アサシンは視線で先を促す。
その内容如何によっては、今、ここで————
内心、そんな風に考えながらも、アサシンはたぶんそんなことにはならないだろうな、と思う。今日一日過ごしてみて、自分を召喚した黒川和未という魔術師は、少なくともそう悪い人間ではないように感じられていたからだ。
とはいえ、そんな感覚だけで相手を信じられる訳もない。さて、どんな願望がその口から出てくるものか。そして、その内容が嘘か真か。表情を注意深く観察しながら次の言葉を待つ。
和未はそんな視線を受けているのを感じつつ、自分の願いを告白する。
とはいえ――――
「実のところ、聖杯に託す望みなんてないんだけどね」
その言葉はアサシンにとって慮外のことだった。らしくもなく、明らかに隣で驚いた気配を漏らす。
そもそも聖杯戦争は己の願いをかけて戦うもの。願いなくして戦うなどというのはリスクとリターンのつり合い以前の話である。また、参加資格たる令呪も、本来は何らかの願いのあるものに宿る印だ。つまり、原理的に願いのないマスターは存在しないはずなのだ。
そのように考えて、アサシンは問いかける。
「魔術師とは、根源とやらを求めるものなのでは?」
それは、魔術師なら誰にでも己の深いところにある欲望だった。
西暦が始まって以後の魔術師が根幹的に望むもの。己の一生を費やしてなお、気が遠くなるほどに遠く、一族子孫の一生までをも浪費して目指しているもの。それが根源なのだ。
そして、聖杯はその根源に、ともすれば一代で手を届かせる可能性を秘めたものである。
それを知っているが故、アサシンは容赦なく指摘した。魔術師である以上、望みがないなどということは嘘に他ならないということを。
その静かな詰問を、和未はあっさりと斬って捨てる。
「それはいずれ自分で成すべきことであって、奇跡にすがるものじゃない。たとえ、それができる可能性がどれだけ低くても、それを自分で追い求めるからこそ魔術師なんだ」
淡々とした声が展望台に響いた。
それは、視点によっては歪みだったかもしれないし、理想的な魔術師の思想だったかもしれない。他人がどう捉えるかは別にして、少なくとも、黒川和未という魔術師にとって、根源とはそういうものであり、魔術師とは斯くあるものであった。
「知ってるか? 俺ら魔術師が最初に何を教えられるのか」
アサシンはその問いに答える言葉を持たない。
事実、そんなことは知りはしないし、問いかけの主もまた答えを求めているようには感じられなかったからだ。
「答えは、『オマエがこれから学ぶことは、全てが無駄なのだ』だ。その辺、俺は弁えてるつもりだよ」
カラリと言い切ったその言葉は、まぎれもなく真実の響きを伴っていた。
だからこそ、アサシンは自身の哲学に沿って問わねばならなかった。
「では、何のために貴方は聖杯戦争に挑む」
「身の周りの人間に危害が及ばないようにするため。」
即答。間髪を入れずに和未は答えた。
「……嘘、ではなさそうですね」
「もちろん。念のため言っておくと、別に誰もかれも助けたい、なんて思ってるわけじゃないよ? 俺は、自分の周りにある俺の世界を守りたいだけ。そして、それを構成するのは俺の友人やら、なじみの店の店員やら、身の周りにいる人たちだ。だから、彼らを守りたい」
「その人々が聖杯戦争に巻き込まれる可能性があると?」
「ああ。聖杯戦争では何が起こるかわからない。記録を探ったら、一般人が大量に巻き込まれた例だってザラにあったよ。それを知って、さらに自分ができることがあるなら、それをやりたいんだ」
アサシンはなおも問う。
「聖杯戦争の間、守りたい者たちを貴方が保護するのでは駄目なのですか」
「ダメだね。それじゃあ保証されるのは命だけ。誰かを守るということは、その身体と心の両方を守ること。そして、心は個人個人の関係性が影響し合って初めて成立するものだ。これを守ろうとすれば、ひとりを守るためにその周りの十人、さらにその十人を守るために百人を守らないといけない。そうなったら、俺個人の手には余るね。なんて、だいぶ臭いことを言うけれども」
静寂。一時、二人の会話は途絶えた。
時間にすれば、ものの数秒であっただろう。その短い時間の中で、アサシンは今までの会話を振り返り、結論を下した。
「なるほど。よく理解できました」
そう言って和未の正面に回り込むと、アサシンは片膝をついて控えた。
「なれば、改めて誓いましょう。私は貴方のサーヴァント。“死刃”の二つ名を賜りし者。山の翁の名に懸け、私は貴方の刃となり、如何なる手段を以ってしてでも、その望みをかなえましょう」
そう、最大限の敬意を以って自らに臨むサーヴァントに対し、和未は主(マスター)として応える。
「ありがとう。そう言ってくれたからには、その力、存分に使わせてもらうよ」
「――はっ」
だからこそ。今度はこちらから問わねばならない。
自分に尽くすと誓ってくれた。これから死地を共にする、もっとも身近になる者に対して、その望みは何なのか。自分は応えることができるのかを。
「良ければ、アサシンの望みも聞かせてくれ。そこまで言ってくれたからには、こちらもできるだけ応えられるようにしたいからさ」
しかし、奇しくもその問いかけへの答えは聞き覚えのあるものだった。
「もったいなきお言葉。しかし、私もまた聖杯に縋る望みはない。歴代19人のハサンの頂点に立つという我らハサン全員に共通する大望はありますが、先のマスターの話と同じく、これは自らの手で成すべき事柄です。強いて言うなれば、聖杯戦争に参加し己が技を振るう機会を得ることこそ、我が本懐」
なんとも、似たもの同士だと思う。
複数の英霊と所縁のある聖遺物は、その中から最も己の精神性に近い英霊が選ばれるらしいが、アサシンという言霊にもその効果があったのだろうか。
和未はそんな埒外なことを考えながら、アサシンの方へ握手の手を伸ばした。
「了解した。それじゃあ、アサシン。改めてこれからよろしく」
「こちらこそ」
握手が成立する。
この瞬間、二人は聖杯戦争を共に戦い抜く完全な主従となった。
この先に待つ結末は、その手によって斬り拓かれる。
【Chapter 汝は我が主たり得るか Fin.】
お読みいただき、ありがとうございます。
会話って書くの難しい……。うっかりすると、全部の会話が事務連絡になってしまいます。特に、この話は会話メインなので辛かった……。
さて、なんとか(執筆の)困難を乗り越えアサシン陣営がまとまりました。原作シリーズでもこの主従の抱える願いを打ち明けるシーンは大好きです。個人的には、特に獅子劫さんとモーさんのコンビが好み。皆さんはいかがでしょうか。
評価・ご意見・ご感想をぜひ、お願い致します。
特に、会話まわりのお話うかがいたいです。(土下座)
【プロフィール】
クラス:アサシン
真名:死刃のハサン
性別:女性
身長:157㎝
体重:44kg
出典:史実、山の翁
地域:中東
属性:秩序・悪・人
好きなもの:鍛錬、瞑想
嫌いなもの:狂気
主人公のサーヴァント。
作者の個人的なあだ名は、アルトリア顔のハサン。