Fate/Sinfonia Sagas【芥ヶ原聖杯戦争】~誰かの決意と選択の物語~ 作:空雲時雨
時は少し遡る。
ゲナウのサーヴァント召喚の徴候を霊脈の流れの変化から察知した和未は、速やかにアサシンを現地へと向かわせた。
そして、アサシンが現地に到着したまさにその時だった。
「セイバーと、そのマスターとお見受けします————」
ランサーの主従もまた、その場に姿を現したのだ。
それを見てセイバーのマスターだけでなく、アサシンの目を介してその状況を見ていた和未も驚く。まさか、この場面で第三のサーヴァントが現れるなど予想していなかった。
彼らはどのようにしてこの場を突き止めたというのか。
自分たちと同様に霊脈の流れを読んだ、ということはあるまい。この地に来て数日でそのようなことが成せるとは考えづらいし、そうした魔術の類が地脈に施されたことも感知していない。
では、空木邸への人の出入りを確認していたのか。こちらは十分あり得る考えではあるが、ゲナウらを監視していた使い魔は自分たちのもの以外にいなかったはず。
すると、あと考えられるのはランサーが何らかの感知能力を持っているのか————
『マスター、どうしますか?』
アサシンからの問いかけを受けて、和未は思考の海から自分の意識を引っ張り上げる。
こうなっては、最悪の可能性を踏まえて動くべきだろう。
この場において最悪の可能性とは、ランサーに何らかの感知能力があることだ。遠方からサーヴァントの召喚を感じ取る程に鋭敏な感覚をあの英霊が有しているならば、近場ならアサシンのクラススキルである気配遮断すら無効化する可能性がある。
心配のしすぎかもしれないが、もしこの仮説が正しければ、こちらはランサーと正面戦闘を強いられることになる。
端的に言って、それはマズい。
『アサシン、ランサーが離れるまでその場を絶対に動くな。探知されるかもしれない』
『それは——』
『アサシンの能力を軽んじているわけじゃない。 ただ、状況から見てランサーに何かしらの感知系の能力があるかもしれないんだ』
侮られたと思ったのだろう。声を荒げかけたアサシンの言葉にかぶせるようにして反論を封じる。
『……一瞬、熱くなりました。すみません』
『いや、こっちも言い方が悪かった。申し訳ない』
お互いに非を認め、話を再開する。
そうしている間に、セイバーとランサーのマスターがそれぞれのサーヴァントから距離を取り始めていた。これからあの二騎の戦いが始まるのだろう。
また、アサシンが気取られた気配もない。こちらからすれば風向きの良い状況になってきた。
『狙える的が二つに増えました。どうしますか』
アサシンの問いかけに、和未は思考を整理してゆく。
当初の目的は、ゲナウ・バルザンクの殺害だ。
そして、新たに攻撃の選択肢に入ったのはマゼル・Y・バルジャー。
魔術師としての力量はマゼルの方が上か。
しかし、戦場への慣れや立ち回りの観点で見ればゲナウに軍配が上がる。さらに、人物としての危険度もゲナウの方が上。
彼ら二人を天秤にかけた時、優先すべき対象はゲナウだ。
では、サーヴァントの比較ではどうか。
ステータス的にはランサーの方が格上。そのうえ、アサシンの気配遮断の優位性を潰す感知能力を持っている可能性がある。まだ実際の戦闘の様子を見ていないので一概に言い切れはしないが、優先して排除したいのは間違いなくランサーの方だ。
今、二つの選択肢は釣り合っている。
いっそ二人とも狙うか。いや、それは現実味が薄いだろう。
では、どちらを————
『ゲナウの方を狙ってくれ』
出した結論は、当初の目的の通りだった。
理由としては、ゲナウに時間を与えればこの街の人々に危害を加える可能性が高いことと、取り逃した場合、戦い慣れしている分警戒の度合いが強く、次の暗殺の機会を得るのがマゼルよりも難しくなると思われたからだ。
『承知しました』
『決行はランサーが十分に離れてから。タイミングは基本こちらで指示するけど、ゲナウが令呪を使おうとしたり、アサシンが必要だと思ったときはそれを待たずにやってくれ』
『了解』
そう、アサシンの主従が方針を定めた時だった。
時を同じくして、セイバーとランサーの戦端が開かれる。
それは凄まじい戦いだった。
正直、サーヴァント同士の戦闘というものを甘く見ていたかもしてない。僅か数秒のやり取りでありながら、和未にそう思わせるだけの熱量の密度があった。
目に見えない程の速度で振るわれるセイバーの剣戟をランサーがその身一つで迎え撃つ。続いてセイバーが突きを繰り出すのを辛うじて目で捉えたが、次に瞬間には、セイバーの方が吹き飛ばされていた。
そこへランサーが光弾を放って追撃を仕掛け、さらにセイバーを追って森の奥へと飛び去る。
その間、近くにいたセイバーとランサーの主はおろか、アサシンを通して見ていただけの和未すら息をすることも忘れていた。
場の緊張が去り、三者の吐き出したセリフは奇しくも同じだった。
「これがサーヴァントの戦いか……」
実際に見て痛感した。
魔術師の視点から見てなお、はるか常識を越えた戦いがいくつも展開される。それが聖杯戦争なのだ。
今までに立ててきた見通しや公算は万全と思いつつ、実際にはまるで足りていなかった。そのことを思い知らされた気分だった。三者三様にその事実を受け止める。
「彼らも遠くへ行ったことですし、僕たちも始めましょうか」
戦いの音が遠ざかり、ひと時の静寂を取り戻したその空間に一方の魔術師の声が響く。
ゲナウは自分に向けられたと思しきその言葉の主へ胡乱気な目を向け、問いかけた。
「始めるって、何をだ?」
「もちろん、魔術師同士の果し合いですよ」
大真面目に言い切った青年の言葉を聞いて、フリーランスの魔術師は思わず冷笑した。
——即ち、このお坊ちゃんは何を言ってるんだ、と。
「お前さん、まさか聖杯戦争を魔術師の格の付け合いだとでも思ってるのか?」
「その通りでしょう」
「なるほど、バカなのか。これは戦争なんだよ。どんだけ汚い手段だろうと相手を殺せば勝ち。真っ向勝負なんて付き合う価値はない」
その言葉に、マゼルは深い失望を感じた。
目の前にいる男は魔術師としての誇りの、その最低限すら持ち合わせていない手合いなのか。まさか、聖杯戦争にその程度の輩が参加しているとは。
魔術師としての自負を過剰なほどに持つ青年には、そのことは度し難く映った。
「——どうやら、戦いを申し込む相手を間違えたようだ。アナタのような魔術師の面汚しには誅殺がふさわしい」
マゼルはそう言うと、おもむろに懐から数粒の宝石を取り出した。
もはや、栄光と誇りのある戦いなど望みはしない。
ならばせめて、己の磨き上げた魔術によって、一撃のもとに幕を引こう。
そんな意志のもと、魔術回路に魔力を通し詠唱によって己の磨き上げた魔術を構築してゆく。
この世で最も高い硬度をもつその宝石たちに魔力が浸透し、その形をグニャリと歪める。表面張力によっていびつな球形を持つ液状に、ついでそれが天頂方向へと引き延ばされて糸状に。さらに、それが針金細工のように延ばされ、折り曲げられ、空中に浮かんで剣の形をとる。
「
その放出の瞬間、グニャリ、と視界が曲がった。
魔術は行き先を失い、宝石の粒から形を変えた金剛の剣が力を失って足元へと突き刺さる。
初歩的な幻術だ。
しかし、それを行使するタイミングが絶妙だった。若い新進気鋭の魔術師と、戦場慣れしたベテランの魔術師の差が如実に出たといっていい。
マゼルは幻術にかけられたことを理解し、すぐに幻術を解除したが、そのころには目の前にいたはずの魔術師の姿は忽然と消えている。
「くそっ————!」
夜の森に、若き青年の悔恨が溶けていった。
◆◆◆
「うまいこと撒けたか」
一方のゲナウは無事にランサーのマスターから距離を取れたことに安堵していた。
そもそも、今行われている戦闘はリスクが高すぎるのだ。
不意を突かれた奇襲というだけでもマズい状況だというのに、こちらは使い魔の能力の把握すらできていない。そのうえ、撤退するにしてもサーヴァント同士、マスター同士の交戦が避けられない構図だった。
この三重の不利を自覚した時点で、ゲナウはこの戦いを撤退戦と定めていた。
そして、撤退を成功させるためにはサーヴァントか己か、どちらかが相手を振り切る必要がある。幸い、自分の相手の方が与しやすい温室育ちの坊ちゃんだったので、その行動目標は速やかに果たせた。
サーヴァントの撤退は、少々惜しいが令呪を使えばどうにでもなる。とはいえ、ランサーの情報も探っておきたいところ。セイバーとの戦いぶりを少しの間見物してから、そう思って遠見の魔術を行使したゲナウは思わず目を疑った。
(セイバーが一方的に押されている————?)
ランサーの投げつける数多の武具をセイバーが一ヵ所に留まって凌ぐその姿は、少なくともゲナウの目にはそう映った。
当人たちからすれば、少々不服な評価であっただろう。
そもそも、ランサーの無数に生み出す刃の連続投射を凌ぐことができる英霊はそう多く存在しない。まして、己の身、己の刀だけでそれを成す者など。
つまり、この攻撃に飲み込まれず拮抗が生まれていることがむしろ稀なのだ。少なくとも、一方的な展開と言えるものではない。
しかし、ゲナウはそれを理解できる魔術師ではなかった。
彼にとって、戦闘とは事前に入念な準備を行ってから、勝つべくして勝つもの。戦場慣れはしていても、戦闘というものの本質に触れたことはなかった。
そのため、今ゲナウの心を侵食している感情は焦りと困惑だった。
(なぜランサーに打ち勝てない? あの触媒で呼び出される英霊は極東の地において最強ではなかったのか? まさか、違う英霊が召喚された? 今すぐ引かせるべきか? いや、ランサーの正体か弱点を突き止めないことには今後勝ち目がないかもしれん———)
混乱の只中、セイバーの動きが止まり、轟煙に包まれた。
一瞬、ゲナウは心臓が止まったような感覚に陥る。直後、まだ契約のパスが繋がっていることを確認して安心するが、その感覚が彼にひとつの決断を迫らせた。
(まだ英霊が揃ってすらないのに、サーヴァントを失う訳にはいかんな)
令呪の刻まれた腕を胸の前に置き、使い魔へ命じる言葉を紡ぐ。
————それが致命的なものとは知らずに。
「令呪をもって命ずる————」
令呪の一画が輝き、効果を発現せんとしたその時、首筋にトスッと軽い衝撃が走った。
次いで視界が回転し、転げ落ちる。
死の間際に見えた光景は、白い仮面をつけ、剣を携えた女が自分を見下ろす姿だった。
「く…そ……、アサ……シン…………かっ…」
最後に自分を仕留めた相手の名を口から絞り出し、ゲナウの意識は暗転した。
『お疲れ様、アサシン』
『いえ、この程度は容易いことです。ランサー陣営に追撃を受ける前に撤退します』
アサシンの主従は一仕事を終え、穏やかな会話で持って状況を終了させようとする。
『ああ、そうして————』
和未の声が急激に緊張を孕んだのは、まさにその直後だった。
抜け目なく、セイバーとランサーの戦場へと飛ばしていた使い魔が戦いの目撃者の姿を捉えたのだ。
『アサシン! 今すぐセイバーとランサーの所へ向かってくれ!!』
『何を————』
『知り合いが巻き込まれた!!』
【Chapter 最初の一手 Fin.】
お読みいただき、ありがとうございます。
これでようやくプロローグの時系列に戻れます。ひとまず、ここまでお付き合いいただいてありがとうございます。
次チャプターは明日の13時にまとめて投稿いたします。
評価・ご意見・ご感想もぜひ、お願い致します。