機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~ 作:那珂之川
[ミネルバ]の外に出てディオキア基地へ降り立つと、基地の兵士だけでなくフェンスの外側にも観衆が見受けられるほどに大きな騒ぎとなっていた。プラントで精力的に活躍している『ラクス・クライン』が態々地球に降りてきたというのもそうだが、そんな様子を見ながらナイルはコンテナに寄りかかりながら視線を別の方向に移した。
その視線の先にあるのは、先程ラクス・クラインを乗せているザクウォーリアをディンと共に抱えて降りてきたオレンジ色のパーソナルカラーの機体。見るからに最新鋭のモビルスーツということは直ぐに理解できた。
(ザク系統に似通ってるが、先程の様子から見て単独で大気圏内での飛行も可能にしているようだな。それでいてあの系統のカラーリングとなると……)
ナイルは視線を動かして周囲を見渡すと、赤服を着たザフトの兵士が居ることに気付く。左側の襟の近くにFAITHの徽章が付けられているところをみるに、恐らく彼があの最新鋭機のパイロットなのだろうと推察した。
そんな風に推察しているところで隣にいるメイリンが声を掛けてきた。
「ねえ、ナイル。やっぱりラクス様って大分雰囲気が変わってるね」
「雰囲気で片付けていいのかは疑問だと思うがな」
そもそも、あのラクス・クラインと本当のラクス・クラインが明らかに別人だと分かっているのは、この場にいるであろう『かの人物』とアスラン、そしてナイルぐらいだろう。当のアスランはシンやルナマリアからの受け答えをするだけでも狼狽えている様子を見るに、こんな調子で大丈夫なのかと疑問を浮かべたのであった。
『勇敢なるザフト軍兵士のみなさーん! 平和のためにありがとう! そしてディオキアのみなさーん! 一日も早く戦争が終わるよう、わたくしも、切に願ってやみませぇーん!』
少なくとも、彼女が『ラクス・クライン』を演じているという自覚は今のところあるのだろう。それに、彼女の歌が戦争終結を願っているのも確かだと思えた。その想いを『かの人物』が踏み躙っているに等しい状態を許容しているということも。
◆ ◆ ◆
ラクス・クラインの慰問コンサートが終わり、ディオキア基地の騒ぎは一先ず落ち着いて通常の警戒態勢に戻りつつある中、[ミネルバ]のパイロットが呼び出しを受けることになった。軍用車ではなく、本来来賓のための自走車を態々手配する辺り、恐らく『かの人物』の指示なのだろう。アスランを先頭にシン、ルナマリア、ナイルが軍の保養施設前に降り立つと、出迎えに来たのは新型のパイロットと思しきオレンジの髪を持つFAITHの男性。
彼に対して敬礼をした後、案内で通されたのはテラスであった。男性の『[ミネルバ]のパイロットをお連れしました』という言葉で立ち上がったのは、ナイルが予想していた通りの人物―――プラント最高評議会議長ことギルバート・デュランダルであった。
「やあ、アスラン。活躍は聞いているよ」
テラスには彼や護衛の他にタリアやレイもいた。連戦続きの[ミネルバ]を労いたいという意向も感じられるが、デュランダルは自ら近寄って敬礼をするアスランらに近付き、デュランダルはアスランと握手を交わす。
それに続いてルナマリアとシンが自己紹介をしたところ、デュランダルはシンに対して「君のことはよく覚えているよ」と口にした上で、叙勲の申請について触れつつシンを褒める様な言葉を掛けた。これにはシンもご機嫌でデュランダルの右手を両手で掴みつつ感謝の言葉を述べた。
そして、デュランダルの視線はナイルに向けられた。
「君については君の母上のこともあるが、こうして顔を合わせるのはアーモリーワン以来だね、ナイル。かの[フリーダム]の再来とプラントではかなり話題になっているよ」
「母や[フリーダム]の有名税ありきな部分もある、と自分はそう思っております」
「それは否定できないかも知れないが、それを差し引いても君の戦果は確かだろう。君も叙勲の申請が来ていると聞いているよ」
「……ありがとうございます」
やはり、どこか心地良く聞こえてしまうのに呑み込めないのは……自分がギルバート・デュランダルという人間を信用できない、ということなのかもしれない。それを表情として出すことは決してしないが。
そうしてデュランダルとの会談に臨む形となった訳だが、現状において戦争終結への道は見えず仕舞い。今回の地球来訪も何らかの一手を打つためのものだとしても、効果は大きくない。そんな中でシンが発言しようとしたものの、周りの視線に気付いて引っ込めようとしたところ、デュランダルが発言を促したので、シンは改めて発言した。
「確かに、戦わないようにすることは大事だと思います。でも、敵の脅威があった時には仕方がありません。戦うべき時には戦わないと……自分すら何一つ守れません。平和にただ暮らしている人々は守られるべきです」
家族を連合のオーブ侵攻で喪い、守るための力を求めたシン。身勝手な理由で人の命を奪うのは、最早テロリストや愉快犯に等しい所業。それを許容できないからこそ、彼は戦っている。
その一方、アスランはこう発言する。
「しかし、そうやって『殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで最後は平和になるのか』と以前言われたことがあります。私は、その時答えることが出来ませんでした。そして、今もまだその答えを見つけることが出来ないまま、戦場にいます」
アスランに問いかけたのは、恐らくカガリ・ユラ・アスハだろう。ラクスあたりも言いそうな事ではあるものの、アスランの心に強く響く言葉を投げかけられるのは恐らく彼女だろうと推察した。
彼の語った事象からするに、アスランが先の大戦でキラ・ヤマトと戦った時、お互いに友人を喪った。アスランの側がニコル・アマルフィを喪ったように、キラの側も友人を喪った。そして、互いに本気で殺し合った結果、プラントに傷だらけのキラ・ヤマトが来るという事態に繋がった、ということなのだろう。
人の感情は衝動的なもの。想いを継ぐということに善悪の区別はあろうとも、否応にも継いでしまう。たとえ負の感情から目線を逸らしても決して解決するものではない。何せ、相手もまた感情を持っている人だからこそ。
アスランは先の大戦で親友と戦い、そして戦いの果てに父親を喪う可能性があった。恨みをぶつけることは簡単だが、その対象が人間となれば怨嗟の連鎖は続いてしまう。それを誰よりも痛感しているからこそ、まだ答えを出せなくても無理はないと思う。
「そう……問題はそこだ」
そうして、デュランダルはその答えを待っていたかのように話し始める。
戦争が無くならない理由。シンは『ブルーコスモスのようなとんでもなく理不尽な存在のせい』と答え、デュランダルはそれを肯定しつつも保養施設の敷地内に置かれる新型機―――ZGMF-X2000[グフイグナイテッド]を見つめながら話す。
戦争においてはあらゆるものが破壊される。当然、物資のみならず武器も消耗品扱いとして投入され、モビルスーツも次々と新しいものが投入される。なまじ大型機動兵器ともなれば、一機当たりのコストはとんでもないことになり、そこから生み出される利益は計り知れない。
大枠で言えば軍需産業関連が潤い、そこに関与する人々は多大な利益を得る。それで儲かると分かってしまうと、逆のことを考える。それは、平和になっているという状態を作り出さないことによって、利益を継続的に得られる方法を選択してしまうということ。
本来、モビルスーツのパイロットというか軍人に政治の事など語るべきではない。タリアも窘めようと思いながらデュランダルの話を聞き続けていた。そして、デュランダルは一つの事実を口にした。
「今回の戦争の裏にも、間違いなく彼ら[ロゴス]がいる。彼らこそが[ブルーコスモス]の母体でもあるのだからね」
前大戦の終盤、そして今大戦までの開戦の流れ。本来であれば無理筋を通す様なやり方であったが、そこに[ブルーコスモス]ひいては[ロゴス]が関与しているとなれば筋は通る。彼の言葉に嘘が無いというのは確かなのかもしれない。
だが、今の時点では彼の言葉を全面的に信用するのは極めて難しい。ナイルがそう思った理由は、デュランダルが続けて放った言葉にある。
「出来ることなら、何とかしたいのだがね。私も。だが、それこそが何より本当に難しいのだよ」
[ブルーコスモス]は思想・信条による組織―――いわば一種の宗教団体に近しい。それが発言力や軍事力によって大西洋連邦やユーラシア連邦などといった地球連合軍に影響を与えているという現状を打破するとなれば、大本の[ロゴス]を何とかしたいというのも理解できる。
だが、問題はその[ロゴス]を排除した際に生じる影響の度合いが不透明すぎることにある。
地球圏でも最大勢力を誇る大西洋連邦を制御できるとなれば、地球圏の各国家にも何らかのパイプはあってしかるべきだろう。当然、オーブ連合首長国もその対象に含まれる可能性は極めて高い。世界を平和にするためと言って世界経済を混乱させるような事態になれば、ブレイク・ザ・ワールドはおろかエイプリルフールクライシスレベルの大混乱が巻き起こってしまう可能性がある。これをプラントで制御出来るかと言われれば、極めて難しい。数十億という人口規模の経済基盤をプラントで代替など出来るはずがない。最悪共倒れになるか第三次大戦への引き金に繋がってしまう。
もしかすると、デュランダルが[ロゴス]排除の陰で何かしら実行する腹積もりなのかもしれない。その最大の可能性は『本物のラクス・クラインの排除』だろうとナイルは推察している。あのラクス・クラインを立てている時点で疑わない方が難しい。
次点で『キラ・ヤマトの排除』も考えていることまでナイルは想定している。その為の尖兵としてシンを扱おうとしている……[インパルス]と[ミネルバ]―――[ストライク]と[アークエンジェル]の想起という形で彼を単なる戦士にするという目論見。
当然、これらのことはナイルの予想でしかないため、同期には決して言えない。その予想が本当に当たった時はザフトを裏切ることも覚悟している。その結果としてシンたちに刃を向けることも決して厭わないが、出来る限り救うことも。
そんな決意をするほどに、ナイル・ドーキンスという人間はギルバート・デュランダルという人物を一切信用していないということの証左でもあった。
◆ ◆ ◆
デュランダルからの申し出―――功を労うという体裁で保養施設での宿泊―――では、レイが固辞する形でレイ以外の[ミネルバ]のパイロットが一泊するということになった。そんな話をしている中でアスランの名を呼ぶ特徴的な声と共に駆け寄ってきたのはあの『ラクス・クライン』だった。
「ミー……!?」
(……アスランが彼女の正体を知っているのは確定だな、これは)
しかも、ラクス・クラインはわざとなのかルナマリアにぶつかるような形でアスランに抱き着いたので、これにはルナマリアも不満な表情を見せていた。というか、こんなところでアスランも迂闊という他ないだろうが、ラクス・クラインの行動で一同が呆気にとられているため、彼の発言に対する追及は無かった。
ラクス・クラインが積極的にアスランへ話しかけるが、当の本人はしどろもどろといった感じだ。元々コミュニケーション能力が壊滅的なので致し方ないのかもしれんが……そんな時にデュランダルが助け舟という形でアスランに話しかけると、デュランダルとアスラン、ラクス・クラインはその場を去っていった。
そうして取り残される形となったタリア、シン、ルナマリア、ナイルの四人。その上でナイルはタリアに話しかけた。
「艦長。とりあえず、レイに艦の留守番をお任せすることになってしまいますが、よろしいのでしょうか?」
「議長がああ言っている以上、貴方たちはそれを享受できる権利があるわ。色々驚くことはあるけれどね」
「……まあ、そうですね」
この場で[ロゴス]のことを明言するということは、少なからずデュランダルは[ミネルバ]を対[ロゴス]の急先鋒に仕立て上げる気があるのだろう。連合軍と戦うということは、その背後にいる[ブルーコスモス]と戦う構図にもなるし、その更に奥側とも戦うことになる。
「ルナもあまり不貞腐れるなよ? 恐らく彼女はルナのことをアスランの恋敵だと見ている節があるみたいだからな」
「はあっ!? 何で勝手にそんな風に思われなきゃいけないのよ……まあ、分からなくもないけど」
「「?」」
色恋沙汰というのは得てして難しいものだと思う。当人にその意思がなくとも、勝手にそう仕立て上げられてしまう。思い込みというのは相当厄介な事なのだ。
「というか、すまないなレイ」
「気にするな。俺は気にしていない」
ナイルはシンたちと別れて保養施設の客室に入ると、制服のままベッドに横たわる。
シャワーを浴びたい気分だが、夕食のこともあるのでナイルは天井を静かに見つめる。
デュランダルがわざわざアスランを呼んだとなると、大方『本物のラクス・クライン』の行方について尋ねたのだろう。代役まで立てておいて彼女の行方を気にするということは、十中八九まともな方向性での気に掛け方ではない。
開戦の後に[アークエンジェル]がオーブを出て、どちらかに与する動きを見せていないということは、即ちオーブのための脱出行動という見方が強い。真っ当な交渉方法を用いたとしても、条約によって連合側へ組み入れられたオーブの状況からすれば、その状態の解消が見込まれなければ味方になる算段はつかないだろう。
そしてそれは、ラクス自身もそう思っている節があることに他ならない。
(ラクスを秘密裏に葬り、[ロゴス]を表沙汰に糾弾できる理由……どちらにせよ、矢面に立たされるのは[ミネルバ]ということになるわけだが)
そのための戦力の増強といえば格好はいいだろうが、それにしても単独で何かしら行動させること自体が常軌を逸している。特定の誰かの技量を上げるためなのかは知らないが、こんなパワーレベリング紛いの行動を容認している最高評議会やザフトにも問題がある。
軍隊の規律と今現在における戦力的な価値を[ミネルバ]に当てはめた場合、艦隊旗艦としての運用が本来ならば最も望ましい。下手にフレンドリーファイアを起こさないという配慮の可能性はあるだろうが、それにしたって『露骨すぎる』。
(まるで、シンにキラ・ヤマトのような力を望んでいるようにも見えるな……)
先の大戦で獅子奮迅の活躍をした[アークエンジェル]よりも充実しているとはいえ、2年前とはあらゆる面で大きな変化が生じている。特にモビルスーツ分野では連合軍も[ストライク]レベルの量産機を持ち出してきているのが現状だ。
状況によっては激戦になることも想定される……そう思いながら、ナイルは夕食までの時間までひと眠りすることにしたのだった。