Iron RAVEN   作:SAI10

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プロローグ

 満月の美しい夜だった。

 

 黒い迷彩色(ウッドランド・カモ)の戦闘服に身を包んだ男は、単独で小高い丘の上に身をひそめていた。

 固い地質の地面に腹ばいになり、三脚に固定した狙撃銃を構えたままピクリとも動かない。最低限の瞬きだけを許し、それ以外は照準器を睨みけるのみだ。

 スナイパーにとって、一瞬の隙と微細な照準のズレは命取りになる。意識を集中させ、持続させる―この極限とも言える精神状態のまま、彼は長い事この山岳地帯に潜伏していた。

 

 トルコ南東部の国境沿い、隣国イラクとの境目に位置するこの一帯で―今夜、彼は人を射殺す。

 

 

 「ナイフヘッド、聞こえるか?」

 

 耳に挿したマイクロフォンから同僚が呼びかけた。

 

 「“ウサギ”はA地点を通過した。じきに目標地点に到達する」

 

 「諒解(コピー・サー)」、と、“ナイフヘッド”と呼ばれた男は短く答える。

 

 「サー、“ウサギ”の移動手段は?」

 

 「想定通りだ。ランドクルーザー、装甲は防弾性を高めたカスタム仕様」

 

 「把握しました」

 

 

 通信を終え、彼は再び照準に集中した。

 今回使用する銃はM40A5、スタンダートな狙撃銃だ。同シリーズでは最も減音性が高く、夜間時の暗視装置も容易に取り付けられる。使用する弾は7.62mmNATO弾。単三電池程の大きさのライフル弾だ。

 M40A5は命中精度・貫通力共に高く、携帯性にもすぐれているため全米全軍を中心に信頼のおける各国機関に採用されている、臨機応変の効く優秀な狙撃銃といえる。

 無論、いくら性能が良くても結果は使用する狙撃主次第。―だからこうして、彼は愛銃と共に息を殺し、必殺の機会を密かにうかがっているのだ。

 

 通信から2分が経過した時、トルコ側の遠方から徐々にエンジン音が近づいてきた。

 この場所は反政府武装組織クルド労働者党―通称PKKが頻繁にトルコ軍とゲリラ衝突を繰り返している土地であり、民間人が立ち寄ることはまずない―そして、トルコ軍の巡視やゲリラの目撃情報も今のところ報告は無かった。

 

 

 (―来たな)

 

 男は確信し、唇を舐めた。獲物が、ついに姿を現したのだ。

 

 彼は一瞬だけスコープから目を離し、周囲に意識を走らせる。狙撃の状況確認は本来観測手(スポッター)と呼ばれる技能者の役割だが、“ある事情”から単独での狙撃を任されているため、彼は一人二役でそれを行っていた。

 

 目視で地面を這う砂煙を確認し、改めてスコープを覗く。

 

 

 (―“奴”だ、間違いない)

 

 黒のランドクルーザー。

 砂埃は付着しているが車体は真新しくボディは滑らか。新車のようだった。

 

 (・・・情報通り、防弾車で来るとは、)

 

 ランドクルーザーは一見すると厚ぼったいだけの車体に思えるが、その実体は“非常に強固な鉄の砦”である。

 高強度・高弾性率・耐熱性を特性とするアラミド系繊維を筆頭に樹脂形成されたボディは手榴弾や対人地雷などの爆風や破片を防ぎ、駆動部には狙撃時のパンクにも対処するラン・ガードシステムが搭載されている。特にトップレベルの技術力で開発された防弾ガラスは防護性が高く、大抵の自動小銃ならば10m単位での近距離の発砲も停弾されてしまう。

 

 (―確かに、あの防弾ガラスは厄介だ)

 

 スコープを通して映る、フロントガラスを覗きこむ。

 

 (情報だと“奴”の車体は防弾性が強化されている・・・ということは、当然ガラスも最上グレートだろう)

 

 ガラスの防弾性にはいくつか階級があり、NIJ-Ⅳと呼ばれるクラスになると軍用ライフルの徹甲弾ですら停弾する。

 

 (・・・俺の狙撃も阻止されるだろうな)

 

 彼の愛銃はまさしく軍用ライフルの定番と言えた。最高クラスの狙撃銃ではあるが、人間の頭をスイカの様に破壊する威力を持ってしても、それよりすぐれた防弾ガラスを貫通しきるのは難しい。

 

 (こと狙撃ともなれば・・・常識的には不可能だろう)

 

 300メートル離れた丘から今まさに正面を横切ろうとする車体を見下ろして彼は苦笑した。

 この距離から撃ったところで―当たっても、精々ヒビが入るかどうか。内部の人間を殺害せしめるだけの威力には至らないし、車体を狙った所でそれは同じ事だろう。

 ―だが、彼は焦らなかった。それどころか、スコープを除く口元は余裕の弧を描いたままだ。

 

 (―そう、)

 

 彼は再度唇を舐めた。乾いた風の味と、土に染み込んだ硝煙が微かに鼻をかすめていく。

 

 (常識的には不可能だ―“常識的には”)

 

 

 ******

 

 

 

 激しく揺れる車内で、武器商人のマーカス・ジョンソンはきつく唇をかみしめていた。

 

 

 「クソッ! なんでこんな事になっちまったんだ・・・ッ!?」

 

 ハンドルを握る手は汗ばみ、頭の中では何度も警笛が鳴っている。

 

 「死にたくねぇ」

 

 夜の帳の降りた荒れ地だが、彼は構わずアクセルを踏み続けた。

 

 「―俺はまだ、こんな所でくたばる訳にゃあいかねぇんだよ・・・!」

 

 

 事の発端は、彼が普段通りの商談を終えた直後に起こった。

 

 マーカスは母国アメリカの軍需会社での職歴があり、職場で培ったコネとノウハウを生かして独立後も安定した収入を得ていたが、今一つ自身の稼ぎに満足していなかった。

 アフリカの小規模ゲリラやメキシコの麻薬カルテルが主な商売客だったが、もっと上物の顧客を相手にしたい、という欲求から2ヶ月前、初めて国際的ゲリラ組織であるPKKの一分派に声をかけた。金髪碧眼の武器商人は清潔感とセールストークに富み、実績も大いにあったため、彼らとの商談はトントン拍子に進んでいった。

 

 そして先週、ようやく納品が完了した。ゼロの桁が増えた自身の口座を確認し、わざわざトルコくんだりまで来た甲斐があったと頬を緩めていると、組織の用心棒だったモヒカン刈りのイギリス人に声をかけられた。

 

 

 『ヘイ、クソッタレ米国野郎(ヤンキー)。アンタ宛に電話が来てるぜ』

 

 『私に? ・・・携帯に着信は無かったと思うが』

 

 『“こっち”の電話に、だ』

 

 愛想の悪い用心棒はコードレスの固定電話を彼に差し出した。

 組織の電話を使ってまでかけてくる相手など覚えがない。

 不審な着信に戸惑っていると、焦れた男が『さっさと出ろ よ、クソッタレ』と、サングラス越しに殺気だった視線を向けてきたので、マーカスは慌ててその子機を受け取った。

 

 

 『も、もしもし・・・?』

 

 『―マーカス・ジョンソンさん?』

 

 

 電話口の相手は女性だった。艶のある英国英語(クィーンズ・イングリッシュ)だが聞き覚えのない声だ。

 

 

 『あの、どちら様でしょうか?』

 

 『わたくし、占い師のローズ・マリーと申します』

 

 『・・・う、占い師、ですか?』

 

 

 思いがけない人物の登場に言葉が詰まる。

 マーカスの戸惑いを受話口越しに察したのか、ローズ・マリーと名乗る女は『こちらの組織(ファミリー)の専属をしておりますの』と、自らの立場を簡潔に説明した。

 

 

 『この辺りの方々は、わたくしのような職と技能を持つ存在を必要としますでしょ?』

 

 『はぁ・・・』

 

 確かに、生と死が介在する武装組織の中には装備や資金、権力などの目に見える資財だけでなく“神の加護”や“幸運”を必要とする連中もいる。ことPKKはゲリラ戦の根底に民族紛争と宗教が密接に絡んでいるから、余計にそういった“オカルト”を信奉する傾向にあるのかもしれない。

 

 『ですが、生憎と私は理系出身なもので・・・』

 

 『神より数字を信じる方ね? そうでしょう?』

 

 『まぁ、そういうことです』

 

 『正直なおかた』 

 

 ローズ・マリーはころころとした上品な笑い声を上げた。

 だが、彼女は不意に無言になった。先程までの滑らかな口上から一変して、言葉を彷徨わせるように吐息を漏らす。電話相手の豹変にマーカスは何事かと方眉を上げた。

 しばらくして、

 

 『・・・それで、わたくしの用件なのだけれど、』

 

 と、彼女が口を開き、少しだけ言いにくそうに言葉を濁しながら話を続けた。

 

 

 『わたくし・・・仕事柄、よく予知夢を見るのですけれど』

 

 『予知夢?』

 

 『ええ。それで、今朝も夢から覚めて、もしやと思ってこちらにお電話を差し上げたの。―そうしたらマーカスさん、あなたが―武器商人の方がいらっしゃると教えて頂いたので』

 

 ローズマリーは再び言葉を切った。だが、今度はすぐに話を再開する。

 

 『わたくしの観た夢の中で、マーカスさん…あなたは“そこ”を大急ぎで出て、そのまま車に乗って遠くへ走っていかれるの。大きな黒い車。あなたは身の危険を感じて、わき目も振らずに遠くへ逃げていく』

 

 『・・・・・』

 

 『でも辺りが暗くなって、いよいよもってあなたは自分の状況を理解する。大きな鷹が、あなたを喰い殺そうとしている。あなたの罪はとても重く、このままでは鷹に喰い殺されてしまう。だけど今は逃げる事しか出来ないから、あなたはただただアクセルを踏み続ける。そうして国の境目が見えて来て、あなたはようやくホッとする。その時に―』

 

 『・・・その時に?』

 

 『―その時に、あなたは鷹に攫われるの』

 

 『……攫われる?』

 

 鷹に射止められた獲物の末路は決まっている。

 

 『それは、―俺が死ぬということか?』

 

 占い師は無言だった。だが、その沈黙は肯定を意味していた。

 マーカスは「馬鹿馬鹿しい」、と言うべきだと思った。いや、彼女を罵ってもよかった。

 商談が成立し上機嫌の所へ、突如見ず知らずの占い師から死の宣告を受けたのだ。しかも電話で。怒りが湧かない筈がない。

 大体会ったこともない女の夢に自分が出て死ぬだの何だの…支離滅裂にも程がある。真面目に取り合うほうがどうかしている。

 

 

 ―が、しかし。

 

 

 『………死ぬのか、俺は?』

 

 当の本人は顔面蒼白で受信口のお告げを聞いていた。

 

 身に覚えが、あったからだ。

 “鷹に食い殺される“、己の“罪業”に―。

 

 

 

*****

 

 

 

 崖の上で男は意識を高める。

 

 ―標的が見えた。

 目視でも確認出来る距離を走る一台の車。黒のランドクルーザー。…情報通り。

 

 (アレが…国を裏切り、国外の犯罪組織に武器を売りさばいたチンピラか)

 

 

 マーカス・ジョンソン。

 大型軍需企業の末端、一介のセールスマンだった男だ。よく回る口と派手な容姿のお陰で軍需製品の営業から“武器商人”として独立してからもそれなりに稼いでいたようだが、いかんせん強欲が過ぎた。トルコ国内における武装ゲリラPKKへの武器供給は混乱と闘争の種だ。民衆の反米思想を煽りかねない。ただでさえアメリカとシビアな関係が続くトルコで、テロ組織相手に立ち回るとは…。

 

 (この男は、超えてはならぬ一線を超えてしまった)

 

 仕留めるならば、今しかない。

 それも一発で、だ。隠密に、他者へ決して悟られぬよう任務を遂行しなければならない。

 彼が単独で潜入しているのもそのためだ。トルコ軍やゲリラに見つからないように、確実に対象を始末する。万一致命傷を逃し、下手に生きながらえられては追々の問題となる。最悪、トルコ側に見つかっては国際問題になりかねない。

 暗黙で、かつ迅速に裏切り者を消さなければ―…。

 

 

 (集中―・・・)

 

 男はスコープの先の景色を見据え、精神を高める。

 

 (集中、集中・・・そして―“注視”)

 

 ひゅうっ、と肺が酸素を吸い込み、次いで深く呼気を吐く。

 吐いて、吐いて、吐いて―そうして、静止。

 

 男の視界が一点に集中する。全ての五感が、ソコのみに集約する。

 

 すると、おかしな現象が起こった。

 黒いランドクルーザーのボディが、弾丸をも弾き返す超合金の車体が―うっすらと透けていく。

 色が抜けた訳ではない。

 錯覚―でもない。

 

 車体が、徐々に透けるのだ。文字通りに。

 まるで透明なフィルムを重ねているかのように、・・・一枚、また一枚と、鋼金属の装甲が水彩画のように薄くなっていく。  

 

 

 

 ***

 

 

 国境は目前だった。

 だが、バックミラー越しの異変にマーカスは我が目を疑う。

 

 「―…え?」

 

 車体の後部、バックスペースから背景が見える。

 

 ガラス越し―ではない。後部座席そのものが、無い。消えている。ごっそりと、まるでスライスされたハムのように。

 だが、それでも走行に仔細はないのだ。

 常通りに、ガタゴトと車体を揺らしながらも―キチンと、後輪の気配もある。“後ろ半分を失って、それでも普通に走っていられる”―。

 

 

 「なんで―…、」

 

 彼は振り返り、現実を確かめようとした。

 しかしそれは叶わなかった。

 振り返る前に彼の頭部は大きな衝撃を受け、そのまま何もわからなくなってしまったからだ。

 

 急速に意識が混濁していく中で、マーカスは、最後に懐かしい音を聞いた。

 それは彼が武器商人として扱ってきた商品のラインナップのうち、最も自信を持って勧めていた製品の発射音だった。

 

 

 ―M40A5。

 

 民間には出回らないアメリカ軍の狙撃銃。

 高度な技術者のみがその真価を発揮できる、気高き鷹をシンボルとする―…彼の“祖国”の狙撃音だった―。

 

 

 

*****

 

 

 

 武器商人マーカス・ジョンソンが脳髄を頭蓋ごと破壊されたのと同時刻。

 

 トルコとは時差をまたいで反対側のアメリカ合衆国、ヴァージニア州マクレーンの青空を一人の女が見上げていた。

 延々と続く地平線。ゆらめく蜃気楼の立つアスファルトの上で、照りつける日差しを眩しそうに仰ぎ、腰まで伸びた黒髪をかき上げる。鴉のような墨染の艶。色素に濃紺でも混ざっているかのような、黒よりも黒いブルー・ブラックの髪。

 

 

 「―いーい天気だこと」

 

 猛禽類のような鋭い目で、彼女は太陽を仰ぎ見る。

 その眼差しは、強く、孤高で美しい。

 

 赤いルージュ。真っ赤なヒール。

 女性らしいたおやかな丸みと、一切の妥協を削ぎ落としたような筋肉の覆う肢体。

 肉感的かつ強靭な体躯は色気あるタイトなスーツに押し込められて今にも弾けそうなほどだ。

 

 「しっかしなぁ、ヴァージニアのお天道様がこんなに容赦ねェたぁ知らなんだわ」

 

 派手な化粧を歪め、女はガリガリと頭をかく。

 その度に豊満な乳房がゆさゆさと遊び、谷間にエロティックな影を浮かばせていた。

 

 「日焼け止めくれぇ塗ってくりゃあ良かったぜ・・・ったく、アメ公の店にゃあサンオイルしかねーしよォ。これじゃあ夕暮れまでにローストになっちまう」

 

 しかしその言葉とは裏腹に女は実に明朗な表情だ。

 たおやかさとは皆無の鋭利な美貌がにんまりと口角を釣り上げる。

 

 「―ま、とりあえず行くべぇか」

 

 女は悠然と、近くに停めたままの愛車に乗り込んだ。赤地に黒のストライプの、スタイリッシュなスポーツ・カー。そこへおおぶりの果実のような肢体を押し込み、高い かかと でアクセルを踏み込む。

 派手なエンジン音と共に猛スピードで車はその場を立ち去った。

 

 ―獰猛な一匹の鴉が、羽音を立てて飛び立つかのごとく。

 

 





はじめまして、こんにちわ。
書いている人の SAI10 と申します。

今回は初回、冒頭部分を投稿いたしました。
狙撃手の男、“ナイフヘッド”は一人で狙撃を行っています。文中のとおり、スポッターはいませんが…これもアクション映画にありがちな描写だと笑って許して頂きたく。。。

なお、これ以降は狙撃手ナイフヘッドと鴉色の髪の女の二人がメインで展開が進みます。
その都度 視点がころころと変わりますが…ええと、一応理由があるので、今は生暖かく見守って頂ければなァ、と… (;´д`)


でわ、次のお話で会いましょう。
あでゅーっ ( ´ ▽ ` )ノ
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