怜とホワイトデーのお話。

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ハーメルンでは初のアイプラの健全小説です。


マカロンとホワイトデー

 

「マネージャー、なんの用ですか?」

 

 怜が合点のいっていないような微妙そうな表情で尋ねてきた。呼び出し理由に見当がつかないだろう。それもそのはずだ。呼び出した理由を彼女に伝えていなかった。

 レッスンの後、時間があれば俺のところに立ち寄ってほしい、今日はずっとデスクワークしているから、と。俺が伝えたのはそれだけ。怜に理由を聞かれても俺は直接会った時に伝えると返していた。

 

「いや、全然大した話じゃないんだ」

 

 呼び出しに応じてくれた怜に対して、俺は言い淀んでしまう。大した話ではないと前置きをする。予防線を張っておかないと俺が話し辛かった。

 流石に俺の様子がおかしいと怜も気付いた。怪訝そうにしながらも、どこか俺を心配そうな視線を向けてきていた。

 

「? なんだか歯切れが悪いですね。……本当にどうしたんですか?」

 

「…………ほら、バレンタインデーにチョコ、くれただろ?」

 

 いくら言いにくくても言わなければ始まらない。慎重に、慎重に話を切り出した。

 

「まあ、渡しましたね。義理ですけど」

 

 2月14日、バレンタインデー。女性から男性にチョコレートをプレゼントして想いを伝える日だが、お世話になっている人に向けて義理チョコを渡す文化がある。星見プロのみんなからも『義理』ということでチョコレートを俺は貰っていた。もちろん怜からも貰った。

 

「だからお返しをしないといけないなと思ってさ。今日は3月14日で、ホワイトデーなわけでさ……」

 

 そうなのだ。今日は3月14日――つまりホワイトデーだ。バレンタインデーでチョコを貰ったのであれば、きちんとお返しをしないといけない。星見プロみんなにお返しをするため、流石に高価なものは渡せないが。

 

 

「そうですね。マネージャーはみんなから貰ってましたから、その分お返しも大変そうだな、とは思いましたけど」

 

 同情的な怜の言葉に俺は苦笑いをしてしまう。流石に一人一人のお返しのプレゼントの内容を考えるのは大変だった。アイドルの誰かを『特別』扱いするわけにはいかなかった。みんな同じような価格帯で、なるべく差をつけないように気をつけたつもりだ。

 

「いや、うん、みんなへのお返しはもう済んだんだ。あとは、怜だけなんだ」

 

「私が最後……あ、そっか、だから呼び出したんですね?」

 

 そこで怜は納得したようだった。自分を呼び出したのはホワイトデーのお返しのプレゼントを渡すためだと。

 

「……ああ、そうなんだが……」

 

 それでも、俺はまだ言い淀んでしまう。俺が言いにくい理由をまだ怜には言っていない。

 

「……? なんでそんなに歯切れが悪いんですか? お返しを渡すだけですよね? なにか変なモノでも選んだんですか?」

 

「いやいやいやっ、至って普通だって……変なモノじゃない」

 

 そう、決して変なモノじゃない。普通のモノだ。プレゼントとして渡すこともよくあるだろう。一般的な、ありふれたモノだ。

 ただまあ。俺が用意したモノは渡す人との関係性次第ではプレゼントとして適切ではないモノだと、そう感じる人もいるだろう。アイドルとマネージャーという関係だから特に。気にしすぎと言われれば、それまでだが。

 今更、という話ではある。もうお返しのプレゼントを変えることはできない。怜が目の前にいる時点でもう遅い。

 ……気付くのが遅すぎたんだ。怜に連絡した後に気付くなんて……。

 

「一体なんなんですか? 明らかに挙動不審ですよ?」

 

「……だよなぁ」

 

 怜の指摘に俺はまた苦笑した。ますます怜は不思議がっていた。

 ……ちゃんと言わないと、な。場合によっては罵倒されるのを俺は覚悟した。

 

「あー……ところで怜はさ、ホワイトデーのお返しのプレゼントには意味があるって知ってたか?」

 

 覚悟できたとはいえ、どうしたって躊躇してしまった。そんな俺に対して、怜は眉を顰めて怪訝そうにしていた。

 

「まあ、なんとなくは……。ホワイトデーのお返しのお菓子には意味が込められているっていうのですよね? マシュマロは『あなたが嫌い』とか、そういう。それがどうかしたんですか?」

 

 話の切り出しに戸惑いながらも自分が知っていると怜は話してくれた。知っているのか。そうか、知っているのかぁ……。

 

「……先に言っておくぞ。俺はそんなの知らなかったんだ。買ったあとに気付いたんだ」

 

 改めて、そう前置きをした。言い訳とも言う。

 

「? はあ……なんですか、その前置きは」

 

「必要なんだよ。それを踏まえての……これが俺から怜へのホワイトデーのプレゼントだよ」

 

 用意をしておいたお返しをデスクから取って、怜に渡す。小さめのポーチぐらいの大きさの箱だ。包装紙でラッピングされていて、中身がわからない状態になっていた。当然この状態では俺の態度の訳も怜にはわからないだろう。

 

「ありがとうございます。ここで開けても大丈夫ですか?」

 

「……ああ、開けてくれ。そして弁明させてくれ」

 

「? それじゃあ、開けますよ…………ぇ」

 

 包装紙を剥がしていき、箱が露わになる。そしてその箱をゆっくりと開けると……そこには個包装されたマカロンが敷き詰められていた。怜へのお返しのプレゼントはマカロンだ。

 

「……マカロン?」

 

 それを認識してから数秒間、怜の思考が止まる。彼女はさっき、お返しのプレゼントの意味合いを知っていると言っていた。マカロンを渡す意味も知っているのだろう。きっと今怜は改めてそれを思い出している。

 ――マカロンには『あなたは特別な人』という意味が込められているらしい。作るのに手間や時間がかかるかららしいが……怜へのお返しとしてマカロンを選んだ時、俺はそんなことまったく知らなかった。知らなかったんだ……。

 

「~~~~っっっ」

 

 一瞬にして、林檎みたいに怜は顔を真っ赤にさせた。

 

「いや違うからな! そういう意味じゃないからな! 偶々、偶々だから! 怜の好きなモノをお返しに、って考えた時にマカロンが思い浮かんでそれで……!」

 

 赤面した怜のその表情が俺を必死にさせた。いやきっと怜だってわかっているとは思うが。

 怜のことはもちろん大事なアイドルだと思ってはいるが、それは彼女だけじゃない。みんな、同じだ。怜だけに『特別な人』とするのはマネージャーとしてよくない。星見プロのマネージャーとしてみんなを平等に扱わないといけないんだ。

 

「わ、わかっていますっ。わかっていますからっ!」

 

「だ、だよなっ、わかってるよなっ」

 

 俺も怜も声を大きくなっていったが、それはきっと相手に伝えるためではなく、自分に言い聞かせるためだった。少なくとも俺はそうだった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そして二人ともなにも喋らなくなった。ぎくしゃくした空気になっていて、この空気を変える上手い言葉を探していた。

 そういう空気にする意図はないのだ。何事もなかったかのようにすればまた元通りになるはず――

 

「…………本当に」

 

「え?」

 

 怜が小さく呟く。その頬は赤いまま。瞳が揺らめいていた。

 なにを言うつもりなんだ。わからない。だが怜から目が離せない。強い意志が宿った視線が俺の身体を動けないようにしていた。

 

「……『特別な人』じゃ、ないんですか?」

 

「ぇ、いや、それは……」

 

 試すような問いが心臓を鷲掴みにしてきた。深く深く突き刺さる。普段の彼女からあまり感じられない甘えるような声が耳の内側で響き続けていた。怜が聞きたいこと、俺に答えてほしいこと、なんとなくわかった。

 俺は怜のことを『特別』だと思っている。だけどそれを大人として、マネージャーとして本人に伝えるのはどうなんだ。一人だけを特別扱いなんてできないのだから。色恋なんてもっての外。

 少し、悩んで……伝える言葉を捻り出す。

 

「怜はちゃんと俺にとって『特別な』アイドルだよ」

 

「……みんなに言ってますよね、それ」

 

 怜の言葉の意図をわかった上での俺の言葉はやはり不満だったようだ。欲しいのはそういう言葉じゃないと暗に言われていた。ジトっとした視線が痛い。

 

「いやまあ、それは、うん、そうだけど」

 

「…………はぁ、そういうところですよほんと」

 

 深い溜息をついて、俺の言葉にあからさまに呆れていた。それになんとなく怒っているような。俺の返しがズルかったので当たり前だ。申し訳ない気持ちになるが、しょうがないじゃないか。

 

「……マカロン、ありがとうございました。大事に頂きますね」

 

「あ、ああ」

 

 呆れているのは変わらずだが、その箱を大事そうに抱え直してから怜は頭を下げてきた。そしてゆっくりと顔を上げた怜の様子に少しの違和感を覚えた。微かに笑っている? なんで?

 

「――あと、いつか私だけを『特別』だって言わせてみせますから。私を勝手に期待させた分覚悟しててください!」

 

 挑発的な視線が『わからせてやる』と物語っていた。顔がほんのりと赤いのは恥ずかしさが残っているからか。

 鼓膜を揺さぶって怜の声は俺の身体の内側まで響いた。その言葉は重たくて、受け止める体勢が出来ていなかったから頭の中は混乱状態に陥った。顔が熱くなっていくのを止められない。

 言いたいことを言い切ったことで満足げにしていた怜だったが、顔の赤さを更に濃くさせていく。湯気が立ち昇りそうなぐらいの濃さ。

 そりゃそうなるよ。あんなこと言う方だって恥ずかしくなって身悶えしてしまうだろう。

 

「お疲れ様でしたっ」

 

 耳まで赤くした怜はやはり耐え切れなくなったのか勢いよく部屋を出ていった。扉を開閉する音が大きく激しく響いた。

 ぽつりと俺は一人、静かな部屋の中に残される。身体から力が抜けていく。顔の熱さはまだ残っていて、簡単に引いてはくれなかった。

 

「勘弁してくれよ……」

 

 一体、いつまで俺は怜のことを『特別』扱いしないでいられるのだろうか。正直、まったく自信がなかった。

 




お目汚し失礼いたしました。
ありがとうございました。

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