知ったような口を利く。酷く煩い。
気が利かない。図々しい。
空気を読めない。自己顕示欲が強烈。
「もしかして、そよりん、彼氏出来た?」
その癖、無駄に鋭い。
相手にしていて、これ以上嫌悪感を覚える人物はいない。
自分のパーソナルスペースはちゃんと線引きしたい。人付き合い自体、深くはしたくないのに、こういう人種は土足のまま、ずけずけと何食わぬ顔で踏み入れてくる。
わかりやすいように表情に出してみるも、疑問じみた表情から、何とも癪に障るしたり顔になるだけ。
練習も終えた帰り道。星が見たいと、楽奈ちゃんが燈ちゃんを引っ張っていき、立希ちゃんがそれを追いかける。バンド内では、比較的よく見る光景。
いつもなら、そこに愛音ちゃんもわざとらしくついていくのに、今日はいつも通りと行かない。そう思っていたら、これ。何処かへと走っていく三人の後ろ姿も、もうとっくに見えなくなった。
「えー、無視はなくない? そこまで頑なに無視するってことは……もしかして、ビンゴ?」
「違うけど」
「ふーん、なるほど~?」
「その顔、やめてほしいんだけど」
本当、無駄にこういう勘が利く。
前かがみになってこちらの腹をのぞき込もうとしてくる、その魂胆が丸見え。ニヤニヤしたり、眉間にしわを寄せてみたり。ようやく視界から外れたと思えば、隣で聞こえる様に唸り始める。
わざとじゃないんだと思う。天性のうっとうしさ。本当に心の底から辞めて欲しい。
静かな車の風切り音がやや不規則にリズムを刻む。たまに、排気音も添えて。
あ、という一通り考察し終えた音が聞こえると、もう一度彼女はエンジンを掛ける。
「そよりんってさ。なんか雰囲気変わったよね」
「全然」
「いやー、雰囲気って言うか……ほら! 香りとか、今までのそよりんとちょっと違う気がするし。ほらほら、恋する女の子って好きになった男子の好みに自然と合わせていくって聞くじゃん! そよりんってさ、そういうの意外としてそうなタイプだよね~!」
「煩い」
まくし立てる様に、次から次へと。迷惑な顔をしているはずなのに、お構いなしにと耳元で騒ぎ立てる。こういう所、すっごく愛音ちゃんらしい。
自然と足も早まる。目線は真っすぐ、道だけ。所々で視界に無理やり差し込んでくる蛍光色の髪は、気にも留めたくない。
「指先、凄い綺麗になってるもん」
足が止まりかける。思わず、反射的に手元を見そうになるのを堪えて。喉から出かけた言葉を飲み込む。
視界の片隅なはずなのに、憎たらしい口角がどんどん上がっていき、八重歯が姿を見せ始めたのすらわかる。
楽器を弾く都合上、元々指先のケアには気を使う。指で弾くのだから、尚更。それでも、ここ最近は昔の様に爪が割れることが無くなった。
心当たりがない訳はない。けれど、それが全てだとは思っていない。どうせ、あてずっぽう。気にしなければ、それでいい。それで終わる話。
本当、人のことをデリカシーも無く探るだけ探って、楽しそうな娘。
「そよりんにも春が来たんだね」
口角は限界まで上がり切り、ついには白くて美しい歯並びまで顔を出す。
さっきまであんなにも煩かったのに、今度は一転。ただ、横に並んで。胡散臭い笑みを浮かべながら、とても気持ちがよさそうに。
二月の夜は、まだ寒い。少し暖かくなったと思えば、気分次第でこの有様。東京のアスファルトは、まだ冷たいままだ。
別に、一人が嫌いな訳じゃない。好きで孤独を求めるわけではないけど、こういうのに絡まれるくらいなら、喜んでいつも通りの孤独を求めていたい。
「別に。そういうのじゃないから」
一度、心地の良い暖かさを知ってしまったとしても、それがあり続けるわけでもなく、戻ってくるなんてことはない。
晴天が見えれば、空は曇る。雨が降り、また冷えもする。
戻らないものを手繰り寄せても、形を成さないのはわかった。
ただ、新しい拠り所を探したとしても、人間は美化補正のかかった思い出をいつまでも追いかけてしまう。愚かだと思う。それでも、目を背けていたかった。一縷の望みがあるのなら、それを追いかけることが許されるのなら。
出会い、熱を帯び、陰り、凍える。そうすれば、また春が来る。
美しい四季の移り変わりなんて、今は存在しない。ましてや、それに何かを重ねたところで、結局縋る物にすらなり得なかった。
「春なんて、来ない」
来たとしても、それはきっと春では無い。もしくは、似た何かだ。否、私は、それが春であるかどうかもすら、わからないのかもしれない。
元より、自分が中身のある人間だとは思っていない。周りの顔色を窺い、都合良く生きてきた。それが揺らいだことは無い。今でも、これからも。生きていくとは、そう言う事だから。
当然、自分が何をしたいか、何をしているのか、わからなくなることばかり。自然と、この中身に相応しい生き方になる。
空虚に染った、外見の良いだけの自分に焦燥感を覚えても、いつまで経っても中身は満たされない。ただ、明かりに集まる昆虫みたいに、釣られるがままに頭をぶつけるのみで。
そんな薄っぺらい自分の底を曝け出すことが良いなんて、わかりやすい綺麗ごとは受け入れない。なにもわかってない。本音と建前の使えない人間なんて、傲慢じゃない? 押しつけがましいこと、虫唾が走る。
それでも、人生に求めたのは創った日々。
私を私としてくれる人にさえ心配を掛けないなら、それだけで幸福と信じていた。それ以上の喜びを知らなければ。
人の視線に合わせた人生なんて、空っぽに見えるのでしょう。自分の価値観でしか物を図れないなんて、空虚な人。お互い、見下すくらいがきっと丁度いい。そういう生き物なんだから。
冷たい時期にも立春が訪れるのなら、それを春と呼んでも許されるのなら。私は暖かい春を知らなくていい。
知ってしまえば、それが春擬きだとしても、私は追い求めてしまうから。輝きにつられる、空虚でしかないなんて、自分が一番わかっているから。
「…………何」
「いやー? 存在を否定しないんだなーって」
見透かしたような態度。私の底はわかっているとでも言いたげな、その口ぶり。愛音ちゃんに比べたら、薄さには負けるよ。色々と、全体的に。
言い返したところで、何の得にもなり得ない。結局のところ、効いてなんかないよ~と言いたげに両手を上げてくるだけなんだろう。
「そんなにわざとらしくため息つかなくても……良いじゃん? 大丈夫、私、ちゃんと口は堅いから!」
何をどう信頼しろって言うんだろう。愛音ちゃんの内面まで知る必要も無い。デリケートな話をしてはいけない人種と言う事くらい誰でもわかる。
大体、自分で公言している時点でダメ。こういう女は、裏で方々に言いふらす。そうして、自然と相手から大人の壁を作られるのが関の山。
この子の場合は、明るくてそれなりの社交性とコミュニケーション能力があるから、表向きではそう見えないだろうけど。相手をしていて厄介な相手には違いない。
「ねえねえ、スマホ見せてよ! あっ、ロック画面じゃなくて、ホーム画面の方! そよりん、絶対にロック画面を彼氏の写真とかにするタイプじゃないじゃん?」
「……見せると思う?」
「ううん! 全く!」
よくわかっているじゃない。ただ、今は虫の居所が悪い。彼女の思い通りになるというのも気が進まない。
悴むとまではいかない手をポケットに突っ込み、携帯を取り出す。横から聞こえる、歓喜七割驚き三割の鳴き声は無視。冷え切ったスマホの画面には指を重ねることなく、顔だけ向けて、ロック状態を解除。
詳細化された通知の文字列を反射的に確認して、見えないように投げ捨てる。
「あ、今通知消した? 誤魔化したって無駄だからね〜」
「消すに決まってるじゃない。ホーム画面だけ見せれば気が済むんでしょ……ほら」
「……うーん。ふつーに紅茶の画像……もしかして今変えた?」
「そこまでして見せる意味がない」
「そよりん、プライド高そうだしそうかと思ったんだけどな〜」
見せたら見せたで……今更か。こんな反応しか返ってこないなんて、わかり切った事だったし。
ちょっと意地になっちゃったなと、自分でも反省。わかりやすい挑発に乗ったって、良い事なんか一つもない。子供に対して、こっちが子供になる必要なんかない。毅然と振る舞えば、それでよかったのに。
少し納得がいかなさそうな表情を、画面から剥がす。返信したい気持ちと一緒にポケットにしまい込んでしまえば、もうじき、目の前には分かれ道の交差点。赤信号に変わったばかりの信号は、暫くの待ち時間を知らせる。短い小競り合いも終わりの時間が近づいている。
「あーあ、信号かー。捕まっちゃったね」
「長そうだね。変わったばっかりだし」
「ま、私はこっちだから待つ必要ないんだけどね~」
予想に反して、愛音ちゃんは案外あっさり引き下がりそうな雰囲気だった。もっと奥深くまで首を突っ込んでくるかと思ってたのに。
切り替えが早いというか、そういう所の区別はよくわからない。正直、赤色の光が青に変わるまでは、隣で騒がれ粘られというのも少し覚悟していたから、拍子抜け。帰ってくれるならそれでいい。これ以上、余計にプライベートを詮索されるのも嫌。
「それじゃあ……あ、そう言えばそよりん。通知消してた時にちょっとだけ、ほんのちょっとだけ口角上がってたね」
「は?」
「へへ、それだけ! じゃ、また今度ね~!」
最後の一言に反応して声を追った先で、彼女は二秒ほど笑っていた。こちらに大きく手を振りながら、小走りで逃げる様に。その癖、顔だけはちゃんと見える様に振り向いて。そのまま転んじゃえば良いのに……いや、それはそれで面倒。
勝ち誇ったような背中が見えなくなるまで目で追っていると、いつの間にか信号も青に変わっていた。
街路樹に植えられた木の枝の先は、まだ裸で寒さを凌いでいる。芽が咲くころには、今度こそ春が来るんだろう。
一人の時間になれば、ぽつり、ぽつりと頭の中が私に順応してくる。そういえば、ちゃんと文面は読めていなかった。あの笑顔が、脳裏に張り付いたまま、私に笑いかけてくる。
春が来たんだね、だって。バカみたい。