「ノイーギリヒ」が割と出てきます。
・実験目的
前回の実験により、魔族は理性的に動こうと思えば殺人衝動を抑えられる(?)ことがわかった。であるならば、もし「常に理性的であること」「人を殺してはいけないこと」を無意識レベルまでに刷り込むことができたなら完全な共存の第一歩となるのではないか。
実験内容:幼体の魔族に人間同様の情操教育を受けさせ、一定の基準を満たしたのち人間社会への潜入を試みる。
記録者:ノイーギリヒ
【準備実験記録】
・事前準備について
まず思想的にフラットな状態の生誕間もない魔族を探す為、〈
また、その過程で35人の幼児*1を発見。全て捨て子であったと思われたのでこちらで回収した。折角なので実験に使うことにする。その為に、まず一人一つずつ
・回収時記録
木陰をはいはいで移動する幼体魔族を発見。回収に際し会話を試みたが喃語の習得もまだの様だ。即座に家に持ち帰り二本角の切除、「メンシュ」の命名を行った。以降、彼は人間として教育する。
まず「親」の概念を理解させる為、メンシュをアインとドライ*2に預けた。実験について伝えていないので、当初の二人は戸惑っていたが、「また捨子を見つけたがそろそろ流石に一人では育てきれないので最年長の二人には育児を覚えてもらう」と説明。納得を得られた。
観察したところ、もう普通に起立はできているが、言葉はまだ学習中のようで人単語も話せない。また、二人に懐いている様子も見られず、夜泣きされたり構えとせがんだりといったことも無い。
・1日目
二人の提言により、呼び名を「パパ」と「ママ」に変更。*3
なお、メンシュには変化なし。
以降、毎日メンシュについての
〈以下、主要事項のみ抜粋〉
・2年目
言語野の発達が規定を満たしたと判断し、物語を通した人間社会理念の教育を開始。ヒアリングができないのでどの程度影響を与えられているかは不明だが、メンシュは多少の興味を示している。
・2年3ヶ月12日目
ドライの提案で定期的な外出の時間の実施を決定。自然に触れさせることでメンシュの経験を深めることと、狭い世界に閉じ込めることによる思考の先鋭化を防ぐ狙い。拠点周りの森や川への散歩を行う。
監督は私とアインかドライのどちらか、または両方が行う。
・4年目
ドライの出産日が近づきメンシュの世話ができなくなったことで、アインの負担が増加していた件について、二人からの提案でメンシュの言語機能、身体機能に十分問題がないことを確認した後、私が監督してる時のみ保護者以外の人間にも関係を開放した。
これをきっかけに同年代と混ざって関係を築くことで社会性を身につけることを期待する。
・4年1ヶ月2日目
メンシュの力が強すぎて他の人間に対し怪我をさせる事態が多発。そのことを受け体力検査を秘密裏に実施したが、結果は一般的人間児童と変わらなかった。
メモ:人間に触れる時無意識に力をこめてしまっている。これは魔物の本能なのか?
・4年1ヶ月3日目
他の人間に触れる、交流する際に力を抑える訓練を開始したが、メンシュはその意義を理解できていない様子だった。
メモ:前日の考察を訂正する。魔族は子供を育てない為に、「子供には優しくする」という本能が欠けているのだ。そのことを刷り込む為にも、この教育は続けねばならない。
・4年2ヶ月20日目
メンシュがドライの出産に立ち会う。
感想について聞くと「子供なだけあって、アインとドライに似ている」とだけこぼした。感情的なことについて聞きたいと再度尋ねると、「子供が生まれたってだけじゃないの?」と返された。
・6年目
途中経過としてメンシュに道徳テストを実施。結果は35/100であり、他者との交流における配慮などは高得点であったが、それ以外、特に共感性や敵意と悪意の区別は全問不正解で、その苦手が顕著であった。
この結果を受け、これ以上自然な学習による倫理観の養成は不可能であると判断。宗教戒律や一般常識に基づく本格的な道徳教育を実施することを決定した。
・10年目
メンシュ、道徳課程を修了。
なお、本人の希望で、政治、法、倫理学の学習は継続することとなった。
・12年5ヶ月30日目
メンシュが自身の魔法の存在に気がついた。本人曰く、魔法名は〈
・15年目
再度道徳テストを実施。結果は80/100と以前より大幅な成長を見せたが、依然悪意と敵意の区別が完全ではない。本人のカウンセリングも行ったが、やはり悪意、悪辣という概念を理解できない様だ。
メンシュに追加で道徳教育を実施することを決定。仕上げに入る。
メモ:もしや、魔族には根本的に「罪悪感」と言うものが欠けているのか? 悪意がないからこそ、彼らは非道を行えるのだろうか。だとするならば──────やはり、この実験は成功を見るだろう。
・18年目
メンシュ、道徳テスト合格。
以降、私の監視を外した状態での他者との交流を許可した。
・19年目
1年間の観察の結果メンシュに大きな問題は見られず、彼は既に十分人間との交流を築けるだけの倫理を学習したものと私は確信する。
すでに他のものにはメンシュは賢いから外に出てさまざまなことを学んで欲しい」と説得を行った。これより1年間は外の共同体についての教育を行い、修了次第遂に本実験へと移行する。
【本実験前手記】
知性とは「したいこと」と「すべきこと」を分ける能力だと私は思っている。そして、それさえあれば、共同体は形成できるとも。
社会、ひいては国家とは弱き人間が他の多くの恐怖に対抗する為に作り出した仮初の「種族」であるが、その恐怖の何よりの代表は同じ人間だ。人間も魔族同様、誰かを殺し、犯し、盗みたいという欲望を誰もが持っている。だが、人はそれを恐れるがため、そしてそれを防がねばならないと思ったために、それを制御するための平等かつ公平な「力」を「共同体」という外部装置に頼っているのである。魔族が共存不可能なのは、彼らが弱肉強食の掟を尊び、この人間の「恐れ」を抱かないからに他ならない。自らの平穏のために外的な欲望制御を受け入れようと思わないのだ。
だが、メンシュは違う。彼は受け入れるのが当然であると教わって育ったために、受け入れなければならない理由など考えることもない。故に、それに反目することもない。魔族は倫理を理解できないために共存は不可能とされてきたが、あの子は倫理を理解できなくともそれに従えるのだ。
全ては順調に進んでいる。実験は成功するだろう。
・20年目
メンシュ、人里へ。
・22年3ヶ月18日目
メンシュの人里での生活が破綻。実験は失敗した。
【実験後インタビュー記録】
ノ……ノイーギリヒ
メ……メンシュ
〈記録開始〉
(メンシュが椅子に座っている。ノイーギリヒが入室する)
ノ:こんにちは、メンシュ。久しぶり。
(ノイーギリヒが椅子に座る)
メ:こんにちは、ノイーギリヒおじさん。久しぶりだけど、そっちは変わらないね。やっぱり、エルフだから?
ノ:ああ、まあね。それより、今日は何故ここに呼ばれたか、分かるかい?
(2秒の沈黙)
メ:分かるけど、分からない。僕はもう、あそこでは生きていけない。だから呼び戻されたんだよね? だけど、何でそんなことになってしまったのか分からない。
ノ:そうか。
(4秒の沈黙)
ノ:メンシュは、フロイデ達*4を覚えてる?
メ:うん、覚えてる。
ノ:何故、あんなことを?
メ:あんなことって、何のこと?
ノ:彼らに対して暴力を振るっただろう。
メ:ダメだったの?
ノ:そうじゃない。何故か聞いてるんだ。
メ:……それは、サンフトおばさん*5が困ってたから、恩を返そうと思ってやったんだ。それに、あの子たちは普段から悪いことばかりしていて、一度罰を受けるべきだった。だから、僕が。
ノ:……メンシュがここで学んだことを活かして、人里で警備隊をやっていたのは知っている。法を絶対遵守する厳しくも頼れる人物として慕われていたことも。でも、だからと言ってあれはやりすぎだとは思わなかったのか? フロイデに至っては、あれではもう立つこともできないだろう。
メ:やりすぎじゃないさ。だって、法的に見ればフロイデはそれだけのことをしているんだ。強盗、恐喝、器物損壊、数えればキリがない。本来なら鞭打ち千回か一生奴隷だ。僕の刑が特別厳しいなんてことはないはずだよ。
ノ:だとしても、彼らは子供だ。それに、生活苦の上でのやむを得ない犯罪だった。そう思っていたからこそ、ほかの警備隊は彼らを大目に見ていたんだろう?
メ:子供だからって、法が曲がるわけにはいかない。それに、やむを得なかろうと犯罪は犯罪だ。悪者に慈悲を差し伸べるのは聖職者の仕事であって、国家の仕事じゃない。
ノ:それでみんなから嫌われるのだとしても構わない、と?
(メンシュは目を見開いた様子を見せる)
(10秒の沈黙)
メ:………やっぱり、そうなんだ。なんで? だって、僕は正しいことをしたはずだよね?
ノ:落ち着いて、メンシュ。メンシュは確かに正しいことをしたけど、だからと言って好かれるとは限らないんだよ。
メ:意味不明だ。好きになれとは言わないけど、嫌われるのはおかしいよ。僕は確かに厳しいかもしれないけど、だからって非行に走る子供達を放置することが正しいはずがない。本当に彼らを救いたいなら、家に迎えるなり安くご飯を売るなり小作人にするなりやりようはあったはずだ。少なくとも、僕が警備隊じゃなかったらそうしていた。この話だって、僕が彼らに罰を与えたことが更生の機会となって、やっと真っ当に生きていくための下準備が整ったんじゃないか。なんで、僕が………
(4秒の沈黙)
ノ:……決め手となったのは、人前で魔法を見せたことと、日頃の小さな感性のズレだろうね。人間は得てして大きな価値観の違いではなく、小さな常識の差に嫌悪を覚えるものだから。メンシュはきっと、あの人里には合わなかったんだよ。
メ:……感性、感性? 結局、そこなのか……感性、光、──────(判別不明)
(ノイーギリヒが立ち上がり、メンシュの肩を叩く)
ノ:なに、あまり気にすることじゃない。メンシュはずっとこの集落にいたんだから、ほかの集落で価値観がズレることは当然と言えば当然さ。また今度、別の村を探しに行こうじゃないか。
メ:……そう、だよね。どこか、いい村があるといいんだけど。
(項垂れるメンシュを後ろにして、ノイーギリヒが歩き出す)
ノ:あ、そうだ。
(ノイーギリヒが後ろに振り向く)
ノ:メンシュがフロイデを裏路地で見つけた時、あの子は盗んだご飯片手に泣いてたと思うんだけど、あれ、何でだと思う?
(8秒の沈黙)
メ:僕はあの子じゃないから分からないけど、きっと怖かったんだと思う。僕はあの時、ひどい殺気を撒いていたから。
ノ:ああ……まあ、だろうな。
メ:え、っと? 何か言った?
ノ:いや、なんでも。今日はありがとう、久しぶりに話せて楽しかったよ。
〈記録終了〉
以降、別の人里で同じ実験を三度行ったが、その全てが原因は違えど、メンシュの暴力事件によって失敗に終わった。
【実験後手記】
ああ、根本から間違っていた。社会生活に必要なのは道徳の本質を知ることなのだ。倫理を上辺だけなぞることではない。人の感情を理解できない魔族では不可能なことだ。
いや、そもそもそれ以前に、何度繰り返しても暴力事件を起こすのは、やはり魔族の本能なのではないのか? こんなことならば、前回の仮説検証をもっとじっくりやっておけばよかった。
あの子に視野を狭めない様外の世界を、と言ったのはいつだったか。何とも馬鹿らしい話だ。誰よりも内に閉じこもっていた間抜けは、私自身だったというのに。
・34年7ヶ月6日
メンシュが自身が魔族であると気づいた様子を見せた為、殺処分を決定。即時に執行した。
元より本実験開始以降はほかの子たちには会っていなかったので、彼らには特にそのことについての説明は行わなかった。
次の実験はうまくいくといいね!
あとさりげなく拾った赤子たちのコミュニティが「集落」といえるまでに巨大化してます。気づいた? 結構使えるので