死亡遊戯で幼馴染を買う。   作:たたたった

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第16話

 歪みを抱える幽鬼の心は、死亡遊戯(デスゲーム)の後遺症でひび割れていた。

 

 露悪的な見世物の晒し者として心身を弄ばれた経験、死亡遊戯(デスゲーム)の役者として揃えられた少女たちと望まずとも殺し合いをさせられて、幽鬼の心を罪悪感で押し潰すには十分過ぎるほどの咎を背負ってしまう。

 

 <<ヒューマン・ネイヴァルゲーム>>――――海戦ゲームを由来にした、人体を『頭部』『胴体』『右腕』『左腕』『右足』『左足』の6つの部位(パーツ)を戦艦に見立てられて、10×10のマス目に区切られた場所にそれぞれ配置する。『頭部』の戦艦を撃沈されれば文字通りに爆破され、プレイヤーである少女たちは相手が息絶えるまで交互に相手の『戦艦』を撃沈させるために、マス目に爆弾を投下していく光景は子供の遊戯をそのまま悪意の死亡遊戯(デスゲーム)へと変貌をさせた代物。

 

 反町友樹――――プレイヤー名<幽鬼(ゆうき)>は未だにその悪夢の記憶に苛まれ囚われ続けている。

 

 死亡遊戯(デスゲーム)の後遺症に悩まされる幽鬼は、稀ではあるが極度に精神の均衡を崩してパニックになる。

 穏やかな日々の生活が光ならば、この生活が幸福で明るく輝きを放つほどに、彼女が犯した死亡遊戯(デスゲーム)での殺人という闇は濃くなっていき、少女として幸福になればなるほどに、<プレイヤー>である幽鬼(ゆうき)の犯した罪過のギャップに苛まれてしまうのだ。

 

 日常のふとした瞬間に悪夢の記憶が想起され、一時的な狂気に陥って自分自身を制御出来ずに暴れた日もあった。

 

 料理の最中に指先を切ってしまい、その傷口から()()綿()が溢れる光景に吐き気が止まらずに一日中嘔吐をした日。白士(はくし)というプレイヤーに遭遇して、過去の罪を暴かれる恐怖から部屋から一歩も出れずに引き籠る日々も、いつだって幽鬼(ゆうき)の心には、死亡遊戯(デスゲーム)という決して照らしていけない闇が存在している。

 その闇は覗けば引き摺り込まれ、視線を向ければ魅入られて、そして幽鬼(ゆうき)が目を逸らそうとも、いつかは絶対に向き合わなければならない死亡遊戯(デスゲーム)の出来事。

 

――――だが、それも十代半ばの幽鬼(ゆうき)が対峙して、折り合いを付けるには早すぎるのも事実であった。

 

 

 あったかい……もう、ずっと、このままで居たいです…………。

 

 穏やかな心音が、幽鬼の心に巣食う闇を振り払っていくのを感じる。

 華奢な少女の身体を抱きしめる腕、ひび割れた幽鬼を壊れぬように丁重に扱い、それは腫れ物に触れるものではない慈しみを与える優しい抱擁。

 

 恋人の腕の中にすっぽりと収まり、その胸に耳を当てるような形で抱き留められていた。

 静かに規則正しく鼓動を鳴らす心臓の音、僅かに上下をする胸と吐き出される吐息、幽鬼(ゆうき)の凍えた心を溶かして温めるような体温が伝い、それが愛しい存在がもたらす事実が言葉に出来ないほどの安堵と喜びを覚えてしまう。

 

 僅かに開いた瞼に覗く碧眼の双眸、銀の艶やかな長い髪の鮮やかな輝き、それは西洋人形(ビスクドール)の如き精巧なる美少女。人工の無機質さを思わせるほどの幽鬼(ゆうき)の美貌であるが、高鳴る心臓によって朱に染まる表情と、安寧の喜びで潤むを帯びて蒼玉(サファイヤ)の煌めき放ち、少年の腕に抱かれる少女もまた人間であると理解させられる。

 全身を巡る血が空気に触れれば白い綿に変わるモノであろうと、縫って取り繕えるぬいぐるみのような継ぎ接ぎの四肢であっても、この瞬間の幽鬼(ゆうき)は紛れもない恋に焦がれる乙女であった。

 

「ユウタ……もっと、もっと、私を強く抱きしめてください…………」

 

 幽鬼(ゆうき)が求めれば、言葉で返す代わりに行動で力強く示してくれる。

 極楽の湯に浸かって吐き出される吐息のような、ぽぅっと熱に浮かされる幽鬼(ゆうき)の安寧を見出した口元。死亡遊戯(デスゲーム)の後遺症に悩み、その心に照らせない闇を抱える少女でも、恋人に抱擁をされるという陽だまりの中では全てを忘れられた。

 

「次は、キスをして欲しいです。んっ、っ………………ッ!」

 

 瞼を閉じたままに、僅かに唇を近付ければ触れ合う感触。毎日のようにキスを交わしても、心臓の高鳴りは初めての日から霞むことのない衝撃であった。

 

 恋人が与える<特別>は、幽鬼(ゆうき)の我が儘を何でも叶えるというもの。

 

 ひび割れた精緻な硝子細工である彼女の心に、割れる兆候が僅かでも表われるならば、その綻びが広がり壊れぬように全力を尽くして守ってくれる。とはいえ、小さな唇を重ねる程度のものであり、もっと、その先を望む幽鬼(ゆうき)にはほんの少しだけ不満であった。

 

 固く結んだ恋人の唇。どれだけ侵入をしようと幽鬼(ゆうき)が目論んでも、そのほとんどは門前払いにされてしまう。

 

「正式に恋人になって1年ですよ?そろそろ、私たちの関係も発展させてよろしいのでは?」

「絶対に駄目だ。俺たちの関係は、同棲を含めてかなり危ういのに自制心を一度でもなくせば洒落にならないぞ」

 

 思いが遂げられず、幽鬼(ゆうき)は恨めしそうな眼差しを自然と送る。

 憑りつくだけの幽霊にならない、中学生の昔に幽鬼(ゆうき)が立てた誓いであるが、恋人の頑固なところをみればつい過去の自分に戻ってしまう。

 額をコツンと合わせて、間近で迫力を見せる本気の恨めしそうな碧眼、高校生である自分たちが一線を超えれば、行き着くところまで行ってしまう自覚はあるが、それでも踏み込んでくれない恋人の自制心には乙女心はちょっとだけ傷が付いていた。

 

 もう、いっそ、このままユウタを押し倒して既成事実を作ってしまいましょうか?

 

 強硬手段。幽鬼(ゆうき)の脳裏に浮かんだ語句(ワード)は、すぐさまに首を振ってかき消してみせた。

 焦らずとも着実に進む関係、それだけの積み重ねが恋人とある状況で、幽鬼(ゆうき)は自らぶち壊す真似は絶対にしたくない。死亡遊戯(デスゲーム)の後遺症で、物事を達成するために手段を選ばない悪い自分が芽生えた自覚があり、目的のためなら冷酷無慈悲で危うい判断を下せる幽鬼(ゆうき)という影の自分に対する嫌悪感を抱いてしまう。

 

 目を瞑って、首を横に大きく何度も往復させたあとに勢いよく頬を叩く。

 

 死亡遊戯(デスゲーム)の過去には引っ張られない。それは恋人と同じ人生を歩むための、幽鬼(ゆうき)が見失ってはならない指針である。

 よしっ!と小さく覇気の籠った声を上げながら、改めて幽鬼(ゆうき)は固い決意を宿した碧眼の双眸を恋人に向けて――――

 

「特別はもう大丈夫です。初心に帰って、過去の自分と少しだけ向き合えました」

「そうか。なら、一緒に御城(みしろ)さんに事情を説明しような」

「…………そういえば、今日は壮行会でしたっけ?」

「うん。連絡はしてあるけど、ユウキが落ち着いたら直接話し合いをしたいって」

「それは、彼女の特別な時間を奪ってしまった私の責任でありますね。今すぐにでも連絡を――――――――――――――えっ?」

 

――――謝罪のためにスマホを拾い直した幽鬼(ゆうき)は思わず声を上げてしまった。それは御城(みしろ)の現在地を知らせるSNSの位置情報サービスの示す光点が、自分たちの自宅であるマンションを指し示しており、更に恐ろしいことにまるで状況の全てを把握したようなタイミングで、彼女から幽鬼(ゆうき)への一通のメッセージが送られてくる。

 

 

 『御城:待ってなさい 既読』

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