毎年4月は花見に連れて行かれる。決まった日、決まった時間、決まった場所。同じ事を繰り返して早10年、身体こそ成長すれど中身は子供のまま。この歳になっても桜の良さはいまいちピンとこない。
今年も日が近くなって身構えていた頃だった。母親からお互い高校生なんだからとお達しを受け、許嫁と二人きりで行くことに。普段なら聞くだけで曇る心が少しだけ晴れた気がする。
当日、待ち合わせの時間10時の30分前に最寄りの駅にいた。相手の家の前で、と言ったら待ち合わせの場所まで指定してくる始末。高校生なんだから、と言うならばもう少し自主性を持たせて欲しい。
「お待たせ、ロク」
腕時計の短針が10の文字に重なる寸前、背後から聞き覚えのある声がした。
「お気になさらず、若葉さん。今日の服装もよくお似合いですよ」
俺が礼儀正しく返事をする相手は許嫁、若葉睦。に加えて、少し大きめのトートバッグを手に持っていた。
「ありがとう。ロクも似合ってる」
「ありがとうございます。よければお荷物お持ちしましょうか?」
「ううん、大丈夫。それと、今日は二人きりだから、普通で大丈夫だよ」
その一言でほんの少し肩の力が抜ける。
「二人きりなら大丈夫、かな」
「私も、普段通りロクと話していたいから」
親の前では気を使わなきゃならないけど、今はそうじゃないらしい。
時間に余裕はあるが万が一にと早めに向かうことにした。普段なら車で行くはずの場所に二人きりで電車に乗って向かう。迷路のように入り乱れた改札口とホームに遠目でしか見たことがない人混み。彼女とはぐれないように電車に乗れたが、慣れないことばかりでストレスは溜まる一方だった。
約1時間、入れ替わる人の波にもまれながら最寄りの駅に着いた。ここからさらにバスに乗って、少し歩いて。いつも関心が無い運転手の重要さを身をもって学んだよ。
「ここからバスに乗り換えて、二つ先の駅まで電車。あとは少し歩き」
「うん」
移動中、車内では席が空いても座ることなく立ちっぱなし。会話もほとんど無い。いつものことなんだが、今日はやけに落ち着かない。
高校生なんだから。母さんの言葉が頭の中に残っているせいだろうか、彼女の一挙一動に視線を持って行かれる。
「ロク?」
「なにかあった?」
「ううん、なんでもない」
僕と彼女は許嫁という古風な決め事の関係。恋愛感情は元からないと割り切っていたはずなのに、頭の霞で常に彼女のことを考えている。
「なわけないのにな」
揺らぐ自分を俺はあざ笑った。
乗り換えたバスを降りて徒歩十数分。舗装された山道を上った小高い丘の上。来た道とは逆方向を向くベンチに二人で座る。
見下ろす先には満開の桜。枝先が垂れ下がった枝垂れ桜。俺の嫌いな景色。
「ついたね」
「だね。流石に休もうか」
座ったまま、少しきしむぐらいに身体の全てをベンチに預ける。立って歩いて休み無し、お互い体力には自信があるわけも無く即ダウン。
やはり会話は少なく、つかみ所の無い空気が彼女との間に流れる。粘度が高く、窒息しそうなぐらいに喉にへばりつく。けど、なぜか悪い気はしない。
「サンドイッチ、食べる?」
「いいの?」
「うん。二人で食べようと思って作ってきた」
トートバッグから取り出したサンドイッチ。ラップで綺麗に包装されたソレを彼女から受け取る。中身はポテトサラダ。心なしか、緑色が多い。
彼女に見られながら口にする。悪くない。ごくごく普通で美味しい味。
「美味しかったよ」
「よかった」
問いに答えにぶっきらぼう。続かず途切れて最初から。目線は揃って舞う花びら。やはり見ても桜の良さはわからない。
「ロク」
「なに、睦」
「桜、綺麗だね」
綺麗か否か、簡単な二択なのに答えに戸惑う。これまでの感情が嘘だったのか、今この瞬間の感情は本物なのか。どっちつかずの俺には分からない。ただ彼女の問いに答えの理由は分かる。
「本当に綺麗だね。睦と見てるからかな」
答えは彼女、理由は俺自身の言葉。プラシーボ効果と言ったかなんと言ったか、彼女の言葉で桜を綺麗だと思い込んでいるだけかも知れない。
おそらく許嫁の関係はなくならない。なくなったとしても、きっと俺は毎年彼女を誘ってここに来る、と思う。だから答えを出すのは先延ばし。落ち着いたとき、隣にいる彼女に伝えようと思う。
江戸彼岸桜の花言葉って心の平穏らしいですね