愛を見つけた男の話 作:ベロブルグ市民
著しく文章力が低下していて申し訳ない……。
走る。ただ行く先も目的地も見えないまま、藻掻くように。動く都度に心臓が張り裂けそうだ。それでも止まることは許さない。
余りにも不格好な走り方だった。まるで流れ星を追いかける子どものように。
『まだ走るのですか。既に貴方の存在意義は終わっている。後はただの徒労でしかありません』
走り続ける。ずっとずっと、ただどこまでも。
かつての記憶を薪にして、ただ只管に前へ。例え間違え続けようとも、それでも。
『余りにも蒙昧。余りにも愚昧。その魂は燃え尽きているのに、未だ体が動いている』
終わりの見えない永劫回帰。光が見えない闇の中だった。
多くの人を殺した。多くの死を見てきた。多くの愛を知った。
『であれば、貴方が消える瞬間を見届けるとしましょう。それを以て、貴方は鉄墓に統合されるのですから』
まだ止まらない。止まれるものか。彼らを、この星を救う時が来るまで必ず。
『ではまた、次の旅路で会いましょう。愚者の旅人よ。今度こそその旅が終わる事を祈っていますよ』
戦いは嫌いだ。人がいれば争いは否応なしに生まれる。けれど人は好きだ。
勝利を祝う宴の中で、一人離れて喧騒を眺める。
メーレの味はどうにも慣れない。
夜空を見上げながら、グラスを揺らす。黄金色の液体は芳醇な香りを漂わせているが、生憎酔う気にはなれなかった。
料理だけを手早く提供して、会場を後にしてきた。どうにも、料理をすると昔、友と競い合ったことを思い出してしまうから。俺が習ったのも全部、彼らからだというのに。
「黒色の小魚、どうだ? 楽しめているか」
「セイレンス」
カイザーであるケリュドラから剣旗卿と呼ばれる存在。単身で数千ものの兵士を斬り捨てた武人。
今回の彼女との邂逅は、戦場だった。
俺はカイザーの敵軍として戦い、一騎討ちとなった。しかし決着はつかず。指揮官の差が出たのか、ケリュドラの軍勢が勝利を手にしたのだ。
俺は捕虜となり、彼女から直々にスカウトされこうして軍門に下ったのである。
それから既に戦場をいくつか共にし、彼女達からの信頼も得た。
「キミは慣れないようだな。メーレも口に合うのを選んできたのだが」
「高いのは慣れてないんだ……」
「そうか、すまなかった。ならば今度、私と共に市場に行かないか。キミの口に合う一品を探しに行こう」
「それはいい」
そんな他愛もない話をしていると、ふとセイレンスが隣に座った。
二人で夜空を眺める。
「……綺麗だな」
「ああ。深海の底から見上げる星空もまた良かったが、地上で見る星と言うのも格別だな」
知っている。彼女の出自は。
どこで聞いたのかはもう思い出せないけれど、彼女がそれを語った事だけは鮮明に焼き付いている。
セイレンス――ただどこまでも強く、それで寂しがりな少女。
そういえば何回目かは忘れたが、彼女と殺しあった事もあったなと思い出す。あの時は確か、こちらの手が僅かに止まった隙を突かれたのだったか。彼女の刃は、ただ優しかった。
って、そうだ。今はそんな暗い話はどうでもいい。
「なぁ、セイレンス。空には星があるんだ。とても綺麗で美しく輝く星が。
お前達がいつか、その星に手が届いて、笑ってくれる事を願っているよ」
「……その、返事に困るな」
「今すぐじゃなくていい、きっといつか。きっといつか辿り着けるよ」
「おい、剣旗卿に槍旗卿、何をしている」
混ざってきたケリュドラと共に、天外の話を伝えた。
その話をしたのは、いつだったか。
そうして、ケリュドラは暗殺され、セイレンスは毒殺。混乱を抑えるべく指導者となったアグライアの補佐を務めた。
だが結局、そのアグライアも暗殺され再創生は失敗となった。
彼らの声が木霊する。出会ってきた者達の声が、拾い上げてきた言葉が、取りこぼしてしまった怨嗟が。
何千回蹲った夜も、何万回過ぎ去った朝も、何億回彷徨った夢も。全部何もかも抱えて。
いつか彼らを、この星を。宙へ上げるために。
ずっと共に歩んできたこの槍にかけて。
「フレイムスティーラー……!」
槍を振るう。あの剣を前に手加減など出来る筈もない。振るう度、自分の何かが欠けていくような感覚があるが、それはもう無視できた。
受け止めれば終わりだ。奴は分身をして、背後から即死の一撃を与えてくる。
モーディスも、セイレンスも、アグライアもそれでやられた。
既に黄金裔達は全滅してしまっている。オクヘイマで懸命に治療しているヒアンシーぐらいなものだろう。
「!」
背後から迫っていた分身を突き刺し、さらに槍を振るい一掃する。
「――お前に、これ以上の、戦いは、無意味」
「それでも、彼らの火種は返してもらう……!」
消えようとするその姿に走る。
手を伸ばして、それは空を切った。無様に地面を転がった。
燃えていく、オクヘイマが燃え盛り、人々が死んでいく。聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。
ヒアンシーが殺されたのだと悟った。
何も、俺は何も出来なかった。ただ彼らが殺されていく事を見る事しか出来なかった。
俺には何の力もない。黄金裔ではないこの身に火種を継ぐ資格は無い。
憎い、己の何もかもが憎い。
何も救えない自分が、彼らを忘れていく自分が。
誰か、俺を――。
失敗した。
「これは驚きですね。まだ止まらない、とでも言うのでしょうか」
失敗した、救えなかった。
「であれば、貴方の執念を試してみるとしましょう」
失敗した、失敗した。
「貴方は壊滅に、抗えますか?」
今度こそ、奇跡を――。
「ようこそ、救世主の皆様方及びに黄金裔達よ」
「ライコス……!」
鉄墓が眠る道。いざ踏み出そうとした矢先に彼は立っていた。
無機質の住人、天才クラブ#1ザンダー・ワン・クワバラ、観衆の見届け人リュクルゴス――それら全てが同一存在であるライコスと。
「鉄墓はこの先にあります。貴方がたの到着を以て、鉄墓は真の意味で完成を迎える」
「……邪魔をしに来たのか」
「生憎、私にそのつもりはありませんよ。今回、私はただの見届け人であり、終わりを看取る者ですから。
さて、行きながら話をするとしましょう。皆さんもよくご存じの人物の話を。その体に黄金の血は流れず、けれど三千万回の再創生を見届け続けた者を」
無数のライコスが道中に現れる。歩く都度、声は確かに語りかけてきた。
「その者は何の力も持たず、ただ流れ着いただけの放浪者だった。オンパロスに生きる資格を得て、彼はようやく大地と歳月を知ったのです」
アグライアは彼を思い出す。オクヘイマを、オンパロスと言う星を愛した者の面影を。
「その者は“浪漫”が己の旅に寄り添う事を知った」
トリビー、トリノン、トリアンは彼を思い出す。聖女である己を守ってくれた槍である彼の後ろ姿を。
「その者は“門と道”が己を導く事を知った」
モーディスは彼を思い出す。争いを嫌いながら、それでも戦場に立ち続けた彼の姿を。
「その者は“紛争”が、己を奮い立たせる事を知った」
キャストリスは彼を思い出す。冥界には連れていけなかった彼の魂を。
「その者は“生と死”が、己の魂を守る事を知った」
アナイクスは彼を思い出す。樹庭の場で貪欲に知識を求め続けた彼の欲深さを。
「その者は“理性”に己が啓蒙を受けた事を知った」
ヒアンシーは彼を思い出す。ボロボロの体になりながら、それでも治療を拒もうとする彼の傷を。
「その者は“天空”が己に光をもたらす事を知った」
サフェルは彼の姿を思い出す。彼と共に宝物庫に忍び込み、金品を物色した輝く日々を。
「その者は“詭術”が己の為に計画を編めることを知った」
救世主は彼の姿を思い出す。再創生、終わりの景色を見届ける彼の寂しそうな眼を。
「その者は“背負い”を忘れぬと誓った」
セイレンスは思い出す。彼の前で踊った際に、穏やかに微笑んだ彼の言葉を。
「その者は“海洋”が、己のために踊った事を知った」
ケリュドラは思い出す。彼に命じる際、いつも忠誠を捧げてくれたその姿を。
「その者は“法”が不正を打ち砕く事を知った」
黄金裔の一人一人が三千万回の記憶での彼を思い出す。彼と殺しあった事、彼と共に戦った事。
けれど、ここで一つの疑問が浮かび上がった。
「――さて、ここで疑問に思っておられる方もいるでしょう。何故、黄金裔ではなく火種も持たぬ彼が記憶を失うことなく、ここまで歩めたのか」
ただライコスは淡々と、当たり前の事実を当たり前のように告げた。
「彼の使う槍は、鉄墓の槍――。即ち彼はオンパロスにおいて、鉄墓のためにあらゆる戦闘データを集積する装置だったからです」
「――え?」
「無論、常人が鉄墓の槍を一度振るえば壊滅に飲み込まれて廃人になるでしょう。使えば使うほど、彼は魂を燃やし尽くされる。それでも尚、彼は止まらなかった。己が止まる事を許さなかった」
その手が奥を示す。
そこにはただ石があった。まるで人の形をした石が一つ。
槍を抱えているようにも見える。
「ヴィクター?」
救世主が一度その名を呼べば、それは動き出した。
既に全身が罅割れているようにすら見える。
「……あぁ、そうか。ここが俺の旅の終わりか」
「ヴィクター、お前はどうするつもりだ」
大地の声に、彼は小さく笑った。
「無論、鉄墓に槍を返すとも。そうじゃないと、キミ達が帰れないだろう。鉄墓が倒されない限り、このオンパロスが宙に上がる事は無い。そうだろう、ライコス」
「ええ、その通りです。ですが、よろしいので? 槍を返還した瞬間、貴方は終わりを迎える。返さないという選択肢もありますが」
「その場合鉄墓は倒されても蘇生するんだろう? 生憎だが読めているぞ」
「……」
沈黙は肯定だった。少なくとも、ヴィクターはライコスの事を理解していた。
そういう人物なのだと。
「それに、彼らを信じている」
「わかりました、では槍の返還を見届けるとしましょう」
彼の手から槍が消えていく。
瞬間、彼の形は崩れ去っていく。風に吹かれる砂のように。
三千万回を超える永劫回帰の果てに走り続けた彼の終わりだった。
後のことは語るまでもない。
鉄墓は倒され、オンパロスは新たな星として歩みを始めた。
そうして救世主達は再び、開拓の旅へと戻った。
ただそれだけの事だった。
眠い。とても眠い。
何千回過ぎ去った夜の中でも、こんなに眠気を感じる日は無かった。
「終わりましたよ、ヴィクター殿。貴方の予想通りに、開拓が鉄墓を打ち破りました。しかし驚きでしたね。まさかオンパロスの人々、一人一人に貴方が話をして、自身がデータ体である事を伝え、鉄墓の壊滅を抑えるファイアウォールにするとは。さらにそこからカスライナ殿が再起して、救世主達と共に戦うなど。
ええ、そうです。鉄墓は救世主とオンパロスの人々によって倒されました。銀河連合に死者は無く、周辺の星系の影響もない。そして、とある一つの星が生まれた。
――満ち足りた結末と呼ぶに相応しいでしょう」
ああ、そうか。良かった、これでオンパロスの人々は生命体として生きる事が出来るのか。
そんな日々を思う。彼らと共に天外の星々を生きる日々を思う。
きっと楽しいだろう。きっとどこまでも笑えるだろう。
「カスライナ殿も生命体として定義されました。ですが、貴方は違う。元々他の星の生命体である貴方は、その肉体を酷使し過ぎた。
オンパロスから生まれ落ちた者ではない貴方に、二度目はありません。貴方は明確に死を迎えるのです」
もう慣れた感覚だ。今更恐怖は無い。
だけど一つだけ疑問がある。
「さて、何でしょうか」
何故貴方は、俺の傍にいるのか。
放っておいても消え去るだけだ。時間を使う間でもない。
「――それが私の役割だからです。貴方に槍を与えたのはこの私。その貴方が己の役割を全うした以上、貴方の終わりを見届けるのが私の責任と言うものでしょう」
感謝している。あの槍をくれたことに。俺の命に意味をくれた事に。
だって俺はあの槍がなければ、何も出来なかった存在だったから。
「それは違います、きっと他の星であっても貴方は己が意味を見出し、役割を全うした筈です。
天才クラブ#1がその名に懸けて、断言しましょう」
なら、良かった。
眠くなってきた。そろそろ終わりの時が近いのだろう。
黄金裔達よ、開拓の行人達よ。どうかその先に幸福がありますように。
「ええ、では。これにて。貴方やカスライナ殿と過ごした時間は、悪くありませんでしたよ」
何かが消えていくのを知る。
ああ、これでようやく一人になった。
眠ろう、疲れた。とても疲れたんだ。
ずっと、走ってきたから。
「ロマンチックな物語をありがとう。そしておやすみなさい」
瞳を閉じる瞬間、そんな声が聞こえた。