「……もう収まったわよ」
その声で我に返る。
自分の状況を把握するには目の前が暗く、何をしていたのかを思い出そうとする。
たしか執務室でメイと話をしていた。そして……
「そうか、地震が起きたのだったな」
「落ち着いたなら、放してくれない? 苦しいのだけれど」
声はすぐそば、頭の上から聞こえてきた。
それになんだか暖かく、柔らかい。
「す、すまない!」
あわてて飛びすさる。
床の上で、メイの胸に頭をうずめるようにして抱きついていた。
「別にかまわないわ。今に始まったことではないでしょう」
冷静な顔が見上げた。
起きあがり、手を差し出したのでその手を取って立ち上がらせる。あんな後では手に触れることすら意識してしまう。
「しかし、それはキミが小さかったころの話だ」
身長も……胸も。
アメリカで暮らしていたころは地震こそ少なかったものの、悪夢を見るたびにメイはそばにいて手をにぎったり抱きしめてくれた。
「今はその、抱きつくなど……」
「それより、さっきヒゲが心配して飛び込んで来たけど、どうやら盛大なカンチガイをして出ていったようだから、後で訂正しておいて頂戴」
「む、その……すまない。キミに不快な思いをさせたようだ」
「別に気にしていないと言ってるでしょう。もう蒸し返さないで!」
段々と声を荒げていく。冷静に見えたのは、むしろ恥ずかしさを隠そうとしていただけのようだ。
謝りの言葉がまた出そうになったが、かえって怒らせそうな気がして口をつぐむ。
何か話題を変えようと思った時、ぐらり、と視界がゆれる。余震だ。
「レイジ!」
「………ッ」
またあんな醜態をさらすわけにはいかない。
幸いにして揺れは大きくはない。大丈夫だ、落ち着け。そう自分に言い聞かせながら、よろよろとソファに向かい、そこにしがみつく。
「なにをやっているの!?」
「い、いや、キミに抱きつくわけにはいかないだろう」
「―――バカね」
メイはソファに座り、私の手を取って抱き寄せる。
「気にしないと言ったでしょう。そんなものに抱きつくくらいなら私にしておきなさい」
再び柔らかな感触にうもれる。
ゆれは長く続いていたが、激しくはないせいかメイがそばにいてくれるおかげか、まだ自分を失わずにいた。
暖かい、と思った。
とくん、とくん、とメイの心音が聞こえ、母に抱かれるのはこんな感じだろうか、と覚えているはずのない懐かしい記憶を呼び覚ます。
あの夢を見なくなり、地震のときに抱きつく温もりもなくなり、すっかり忘れていた感覚だった。
「あなたが世界中を飛び回っているのは、地震をさけるためかしら」
見上げると聖母のごとくやわらかな微笑みを浮かべていた。そう感じるのは、彼女に抱かれているからだろうか。
「ふむ、そうだな。……キミに抱きつけないし、な」
メイの顔が赤く染まる。
「おや、抱かれていても気にしないのではなかったのか」
「そ、そうよ。気にするはずがないじゃない!」
「そうか、それは残念だな」
「それよりもう揺れはおさまったわよ。いい加減どいてもらえないかしら」
そういえば、ゆれていない。それに気付かないほど安心していたのだろう。
「気持ちが落ち着くまで、もう少しこうしてもらえないだろうか」
「とっくに落ち着いているように見えるのだけど」
「そう見えるだけで、心はまだふるえているのだ」
「み、見えすいたウソを……」
じたばたともがくが、私の腕からは逃れられない。
コンコン、
「あ、あのー。御剣検事は大丈夫ッスか?」
ノックの後、おずおずと声がかけられる。
さすがに先ほど抱きついている光景を見た後で、学習したのだろう。
「ほらヒゲが来たわ、離れて。それとさっきの誤解を解いて頂戴」
しかし私は腕をゆるめずに扉の向こうへ返事する。
「私なら大丈夫だ。それと、コチラは取り込み中だ、用があるなら後にしてくれたまえ」
「わ、わかったッス! 失礼しましたッス!!」
足音は慌ただしく廊下を戻っていった。
「レイジ! あれじゃ、もっと誤解させるじゃないのよ!」
「かまわぬ。誤解させておけ」
「なっ……」
「いや違うな。誤解ではなくすればよいのだ」
「な、なにを言って……」
反論する口をふさいで、ソファへ押し倒す。
「ちょっ……やめてちょうだい」
「おや、私に抱かれてもかまわない、と言ったのではなかったか」
「意味が違うわよっ!」
振り上げた腕をつかんで、首筋に舌を這わせる。
就業時間はとっくにすぎていたが、刑事に人払いを頼んでおけばよかったなと思いつつ、再びメイの胸に顔をうずめた。