祝ELDEN RING DLC発表記念

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暗月の褪せ人さんがダンジョンに祝福を見出したのは間違いであってほしい

 迷宮都市オラリオには絶対に守らなければならない鉄の掟が二つある。

 一つめは、『冒険者は“冒険”をしてはならない』という、極々あたりまえのもの。誰もが守り、あるいは破り、生死を前にして真実を悟る、実に蘊蓄(うんちく)のあるものだ。

 そして二つめだが、これは少しばかり異質である――

 

 ◇

 

 今日も今日とて数多の冒険者で、あるいは仕事を終えた労働者たちでぎわうちょっとお高い酒場の『豊穣の女主人』。

 そこのカウンター席に白兎(ベル)は座っていた。傍目から見ればまるで何かから隠れるように小さな体をさらに小さくしているのは、遠征帰りのロキ・ファミリアがやってきてからである。

 だが丁度良かったというべきか、ベルの隣には屈強な狼の獣人が腰を据えていたので彼の小さな体はより目立たなくなっていた。

 時間も経てば宴もたけなわ、ロキ・ファミリアの声は大きくなっていく。

 いつしかその声は“とある新米冒険者”への侮蔑を孕んだものになり、当の本人であるベルが泣き出しそうになった時。隣に座っていた狼の獣人がやおら立ち上がった。

 

「いい加減、その口を閉じろ。ベート」

「……アァ?」

「不愉快だ」

 

 ベルはハッとして、その獣人の戦士の後ろ姿を見た。身長は2M(メドル)は越えようかという騎士が、白ぼけた蒼いマントを翻してロキ・ファミリアに――いや、あのベート・ローガに真正面から向き合っている。

 

「こ、“黒狼騎士”……!」

「なんだと、“黒狼騎士”ブライヴが居るってことは、あいつ(・・・)も近くにいるのか!?」

 

『豊穣の女主人』の中が先程までとは違ったざわめきに満たされる。あるものは手にしていた杯を落とし、あるものは怯えたように周囲を見渡す。急な空気の変化に、ベルはついていけなかった。

 

「チッ、ブライヴか……なんだよ、てめぇまで雑魚の味方をするのか?」

「違う。貴様の言葉が不愉快だと言っている。だから、口を開くな」

「はっ、まさかお前が雑魚の側に付くとはな。お前もそんなやつになっちまったのか?えぇ?」

 

 威勢のいいベートの言葉に、ブライヴは酷く冷淡に鼻で笑い飛ばした。

 

「自らを強者と思い込んでいる弱者が、これから成長していく戦士を酒の肴として嘲笑う醜悪さに耐えられんだけだ」

 

 ブライヴはちらりと白兎のような冒険者――ベル・クラネル――のことを見た。そしてベルは、黒狼騎士ブライヴの暗月のような青い瞳を見る。しかし、それはほんの一瞬のことでブライヴすぐにベートの方を向いていた。

 

「馬鹿な冒険者が『冒険者は“冒険”をしてならない』という言葉の意味を考えず、勝手に深く潜った挙句に死ぬのであれば、それはなるほど、愚者だ。だが――」

 

 ブライヴは一度言葉を切ってから、ベートに鋭い視線を向ける。

 

「話を聞く限り、貴様(・・)が弱いからミノタウロスを上層に逃した。その結果、運悪く居合わせた新米冒険者と鉢合わさせてしまったのだろう? 自らの醜態を棚に上げ、さもその冒険者の醜態のように語る姿、己のファミリアにまで泥を塗ることだとわからんのか」

 

 周囲から僅かばかりの失笑が起こるが、ベートが一睨みするだけで誰もがそっぽを向いて無関心を装う。ただ、目の前にいるブライヴだけは、揺らぐことなく真っ直ぐにベートを見据えている。極めつけに、ブライヴはベートが口から垂れ流した全てを丁重にお返しすることにした。

 

「だから、それ以上口を開くな。雑魚(・・)が」

「なんだとぉ……?」

「もうやめろベート。あの男(・・・)まで来たら手に負えなくなるぞ」

「団長の言う通りだよ。それにブライヴの方がレベルも上なんでしょ? やめときなよ」

「うっせぇな! 俺の方がブライヴより先に武器を握ったんだ! 今だって負けやしねぇよ!」

「ベートさんのその自慢、もう三十回は聞いています」

「正確には三十七回や。もっとベートも精進するんやで」

 

 ピクリと、ブライヴの耳が動いたのを見逃さなかったのは果たして何人居ただろうか。フィンやリヴェリア、アイズくらいだろうか。そして、この“黒狼騎士”の異名を持つブライヴの目が、僅かに振れたのに気付いたのはその三人の内、付き合いの長いリヴェリアぐらいであったか。

 一方で神であるロキは暗月(・・)に隠されて見えないブライヴの心ではなく、自慢の家族の心の乱れから、オラリオ最大の危険人物の到来を察知して机の下に隠れた。

 

「来たか」

 

 ブライヴの僅かに喜色をにじませた言葉に誰もが目を見開き、そしてその意味を理解して誰もが入り口に視線を向けた。

 そこに居たのは、兜に白い狼の毛を(もとどり)としてあしらった男である。その男の存在に気付いた誰もが、酒気を体から四散させ、新鮮な恐怖を脊髄に捩じり込まれる。特別巨躯というわけでもなく、特別武器を見せているわけでもない。ただ袋を持って立っているだけの男に、酒場の誰もが恐怖している。

 ベルは訳も分からず、突然現れた男の姿を見、そして同じく恐怖した。その男はただ立っているだけで、濃厚な“死”の気配を漂わせている。そしてその“死”の気配は例え神でも逃れられないということを理解させてくる、まさに根源的な恐怖であった。

 

「えっ、まさか、お、“狼の戦鬼”……!」

「“神殺し(ゴッドスレイヤー)”がこんなところにくるなんて聞いてねぇぞ……」

「こんなところで悪かったね!!!」

 

 周囲を囲む冒険者たちが、一斉に逃げの一手を打とうとしているのがわかる。しかし、店の入り口には当の戦鬼が立っており、店の裏口でも使わなければ逃げることはできない。

 詰んだ、と“狼の戦鬼”の恐ろしさを知る冒険者たちは天をあおいだ。なぜ、自分をこの男と引き合わせてしまったのか思わず神に祈ったくらいに。

 

「ん? 今ウチに祈った?」

「ロキ、とりあえず今はそんな空気じゃない」

 

 にゅっと机の下から顔を出したロキに、リヴェリアが辛辣なツッコミをする。

 

「む? 珍しいな、そんな荷物を持っているのは」

 

 ブライヴが先ほどまでの剣呑さはどこへやら、“狼の戦鬼”にかけるその声は驚くほどに朗らかだ。

 そして誰もが言われてみればと、戦鬼は巨大な袋をいくつも担いでいることに気付く。

 

「拾ったのか? ほう、見せてくれ……ああ、お前が拾ってくるのもよくわかる。どれもこれも、いい武器だな」

 

 ブライヴが袋の中身を品定めをした途端、ロキ・ファミリアのアマゾネスの少女が叫んだ。

 

「あー! それ私が予備に使ってたやつー!」

「まさか君は……あの後すぐに取りに戻っていたのか!」

 

 フィンの言葉に戦鬼が頷くと、フィンのテーブルの前にどさりと戦利品(・・・)を置いた。

 

「……なるほど、いくらで僕たちが買い取るか、ということだね」

 

 静かにこくりと戦鬼が頷くと、酒場にいる誰も彼もが卒倒しそうな額のヴァリスを告げた。

 だがフィンはそれを聞いてなお、涼しい顔をしている。流石“勇者(ブレイバー)”といったところか。

 

「ふっ、君の審美眼は相変わらず大したものだよ。その通り、君の言った額はここにある総額のきっちり半分だ。わかった、支払おう」

「おい! 良いのかよフィン! また(・・)こいつに借りなんか作っちまってよ!」

「これらを一から全て揃えるにしても時間とヴァリスは掛かるんだ。それなら、たった今ヴァリスを支払ってしまった方がなにかも安くつくし時間も節約できる。いや、やっぱり分割払いはできるかい?」

 

 戦鬼は両手で大きく丸、のリングのポーズを取った。

 

「けどよぉ!」

「団長の言う通りだベート。心情的には納得いかなくても、私たちが捨ててきたものを“戦鬼”が回収してきたという事実に変わりはない。それに対する報酬を支払わないようではむしろその方がギルドの沽券に傷関わる」

 

 リヴェリアがベートを窘める。

 用が済んだのか、“狼の戦鬼”が踵を返す。

 

「む、帰るのか? ああ、そうだな。ラニ()が俺たちを待っている。すまない、酒と食事とを持ち帰りたいのだが」

「あいよ。イジーやボックの分も当然いるんだね? こりゃあ忙しくなるよ」

「支払いは……ああ、そうだな。『ロキ・ファミリア』がしてくれる」

「おう、任せときや。お代はさっきの代金からきっちり引いとくからな」

「机の下からでは威厳も何もあったもんじゃないぞ……」

 

 そうして、突然に現れた戦鬼は、たくさんの酒と料理を持った黒狼騎士を引き連れて酒場から去っていった。誰もが安堵の一息をついて、少しずつ酒宴を再開していく。

 

「まったく。何事もなく収まってくれてよかったよ」

「あ、あの……、さっきの人は一体誰なんです?」

「ん? ああ、“狼の戦鬼”のことかい? あいつが暴れた店は一つや二つじゃあない。噂じゃ便利だからって理由で流しの商人を殺しまわったこともあるとかなんとかね」

「そ、それはおかしいんじゃないんですか? 殺しちゃったら、商売も何もないでしょう?」

「そう、だから単なる噂だ。私が知ってる限り、“狼の戦鬼”が何の理由もなくオラリオの住人を殺害したことはない。でも、噂でしかないが、みんな信じている」

 

 その理由はベルにもわかった。ただ姿を見せただけで“死”という恐怖を振りまく存在である。

 敵と見定められたら最後。例え何度殺そうが(よみがえ)って殺しに来るという明確なイメージが浮かぶ“狼の戦鬼”だ、そんな不穏な噂が立つのは当然と言えた。

 

「かつてのオラリオの暗黒時代には、それはもうえげつないものだったそうだよ。闇派閥を文字通り死ぬまで追いかけまわしたとか、なんて噂話はかわいいもんさ。実際に、そうやって“狼の戦鬼”に闇派閥から助けられたやつはわんさかいたからね。噂の出所はともかく、実力は確かだよ」

 

 それにしても一体あいつは幾つなんだい、とぼやく声を聞きながら、ベルは先ほどの“狼の戦鬼”について考えていた。どうすればあの境地に至れるのか、そんなことを考えていたからその言葉に反応に遅れてしまった。

 

「だからあんたも、気を付けなよ」

「――は、はいっ」

「ギルドの連中に言われただろう?」

「え……? えっと、『冒険者は“冒険”をしてはいけない』ってことなら」

「そうさね。それももちろん重要だよ。でも、ここオラリオで生きていこうというのなら、もう一つ知っておかなければならない。“狼の戦鬼”の所属するギルド――」

 

 ◇

 

『――ダークムーン・ファミリアに関わるな』

 

 それが迷宮都市オラリオ。神と人が住む街、鉄の掟である。




続きません。

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