アメリカのスラムに倒れた凶獣・左門清正が、己の人生を振り返るSSです

1 / 1
▽オリキャラの出る二次創作を書きました


凶獣、獣、人、ひと、猫

 

 

 

 夜。街灯に照らされたアスファルトの上、少女の死体。

 隣家の塀に向かって車五台分の白線、道路に面した通路を挟み、公園との間に立てられた、フェンスに並べて更に五台分。都合十に区画された月極駐車場の一角。公園側の一番奥の枠線内に、テントが立てられている。

 その出入り口であるスリットから上半身だけを出して、赤髪の少女の頬は舗装に押し付けられたまま微動だにしない。

 見ている男性が一人。

 年齢は30を過ぎた頃だろうか。坊主頭に丸眼鏡で、潰れた耳と角質化した手の皮、分厚い上着の上からでもわかる屈強な体躯は只者ではない雰囲気を漂わせていた。

 少し離れ、鋭い目つきで検分するその男と少女は共に動かず、時間が静止しているかのような、この瞬間から世界が始まったかのような錯覚すら引き起こすものであった。

 静寂を破ったのは少女である。

 確かに止まっていた拍動を取り戻し、浅い呼吸を2、3繰り返してから、這うように移動を始める。

 酷く重そうに小さな身体を引っ張り、辛うじて四つん這いの姿勢を取りながら。隣接した公園の方へと向かっていく。

 まるで、野生動物が本能で薬草を求めるように。

 停められた車の後方を潜り、フェンスの切れ目にたどり着く前に身体を痙攣させ、血の混じった胃液を数度に分けて吐き出すと、再び動かなくなった。

 眉根一つも歪めず始終を観察していた男が、少女に歩み寄り。青白い光の下で蒼白が際立つ首筋に手を当てたかと思いきや、ひょい、と容易く持ち上げて。公園の端の手洗い場に運んでいった。

 

 蛇口の前で膝立ちになり、少女をそこに座らせ、頬を叩いて気付けとし、水を飲ませる。

 たっぷりと飲ませたら、今度は人形のように容易く裏返し、腹部を圧迫して吐き出させた。

 ズボンが汚れるのも厭わず吐瀉物の中から何かの破片を探し出し、合点がいったようで手を洗い流すと、再び飲ませ、吐かせを手際よく繰り返す。

 ものの十分ほどだろうか。少女が吐き出す水に固形物が混じらなくなったのを確認し、ベンチに運ぶと自らのコートで包むようにして寝かせる。

 相も変わらぬ顔色は良くないが、呼吸が安定したのを見届けると。やはり一仕事を終えた満足感など無縁かのような鉄面皮のまま隣のベンチに座り込み、呟くようにひとりごつ。

 

 さて、どうしてオレはここにいるのだろうか。と。

 

 

 

 

 

 

 

 1

 一晩明け、朝日に包まれる東屋で、二人は食卓を囲んでいた。

 風雨に晒され砂を被り、品性のない落書きに塗れた木の机にはコンビニ弁当が並んでいる。

 少女がクーラーボックスから出してきたものであり、温まってはいないものの、賞味期限は切れていなかった。

 昨晩見せていた不調など嘘のように、味の濃いネギ塩豚カルビを口いっぱいに頬張る少女は、二個目はどれにしようかと目を光らせながらも。

 

 「お兄さん、食べないの。命を救ってもらったのだから、せめてお礼をしたいのよ」

 

 気遣う事は忘れていなかったが。

 

 「いいや、オレはいい。どうも腹が減らなくてな」

 

 大男は断った。遠慮ではなく本音であり、少女の食べっぷりを見ているだけで満足してしまう、というのもあるのだが、それよりも。

 

 「というか、オレは大したことはしていない」

 

 付け合せまでぺろりと平らげ、口の周りに米粒をつけた様子を見れば、そう思うのもやむなしである。

 これだけ元気であれば、ちょっとした食あたりだったのだろう。胃洗浄など余計に苦しめてしまったのではないかと、気を揉むくらいだ。

 しかし、少女は首を横に振り。

 

 「そんなことないの。死んでいたのよ、昨晩ね」

 

 ちょっと美味しそうに見えたのに。毒キノコだったなんてうっかりだと、いくらお茶目に言おうと、重大な事故である事に変わりはない。

 実際、吐き戻した破片を見て確認し、目を覚ましたところに告げたのはこの男である。しかしだ。

 

 「だが、実際、普通はその程度じゃ済まないからな。薄暗かったんだ。見間違いだったのかもしれん」

 

 「普通じゃない。特別だから、元気なの」

 

 何故か自慢げに、薄い笑みを浮かべながら歌うような口調で言ってのければ、二個目はアジフライ弁当に決めたようで。

 指先で摘み、ビニールを破いた。

 

 

 

 

 

 

2

 「じゃあお兄さん、どうしてここにいるのかも、まるでわかっていないのね」

 

 食後に己がどうしてここにいるのか、どうやって来たのかすらまるで理解していない。という男の話を聞き、少女は目を丸くした。

 そうした彼女の話では、なんでも、ここは絶海の孤島であり、実験的な学園都市が運営されており。

 超能力者が集められている秘密結社のお膝元だというのだから────

 

 「信じられないな……つまり、お前もここの生徒で、超能力者って事か?」

 

 あまりにも眉唾である、と疑惑の目を向けるのもやむなしだが、少女は軽く受け流し。

 

 「生徒ではないけどね。少しは使えるのよ」

 

 指先の皮を小さく噛み千切って血液を糸のように流し、空中で操作する手品を見せられては納得するしかなかった。

 その傷口がビデオの逆再生が如く塞がっていくのもまた、無事であった理由──特別である事──の、証左になっている。

 

 「他には、何か出来るのか」

 

 「あとはまあ、今ので色々作ったり……あとは、お話出来る相手が多かったりはするかしら」

 

 その言葉で、具体的に何が出来るかわかったかと言えば嘘になる。しかし、丸っきり全て嘘であるという線は無さそうだと納得することにしたようだ。

 

 「それで、お兄さん。自分が誰かはわかっているのかしら」

 

 「ああ、それは……わかる。左門……左門清正だ」

 

 一瞬不安そうに坊主頭を撫でたが、自分の名前が出てきた事で一度安心して。

 

 「格闘家だ。裏社会のリングで強さを求めていた。日本での戦いで敗北し……そうだ、船だった……それから……どうしたんだったか」

 

 そこから先が思い出せない、と再度頭に手を乗せる。

 

 「ああ、そうか、ここは日本か。日本語で話せているからな」

 

 「じゃあ、こういうことじゃないかしら」

 

 思考に沈んでいこうとする男に声をかけ。

 

 「その、船での戦いに負けたお兄さん……左門さんは、海に落ちて、この島に来たのよ。必死で助かろうとしていたから、記憶がないんだわ」

 

 そうに決まっていると自信満々に言われてみたら、そんな気がしてきてしまう。

 

 「しかしな、服も濡れていなければ、怪我も────」

 

 「まあ、考えていても仕方ないものね」

 

 論の不備が出てくる前にぱっぱと話を打ち切る。

 

 「案内させて。ご飯も食べない貴方でも。自分のことは知りたいのでしょう」

 

 「案内って、どこに」

 

 何処に連れて行く気なのか。まさか宛所ない首判断の旅でもさせるつもりかと不安になったが。

 「役所」と端的に答えられれば、納得をせざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

3

  背の高い街路樹の雰囲気は南国を思わせたが、看板や建築様式はたしかに日本のそれである。

 自分などには目もくれず、近くを通り過ぎる通行人の言葉は標準語であるから、地方の島という訳でもないのだろう。北海道は江戸からの移民が多いから方言が無い、と、どこかで聞きかじった知識を、左門は思い出していた。

 移動手段は徒歩である。身一つでここにいる左門はともかくとして、少女も車など気の利いた乗り物は持ち合わせていないらしい。

 駐車場で寝泊まりしているのにな、と考えた所で、今更な疑問を抱いた。

 

 「そうだ、なんであんな所で暮らしてるんだお前。家出か」

 

 「そうとも言える、そうじゃないとも」

 

 はぐらかす言葉で終われば、左門もこれ以上の詮索はしないつもりであったが、どうやらそれは本当に説明を迷った結果であったようで。

 

 「力を貰って、色々あって。ずっとひとりだったけど、周りの人に可愛がられて」

 

 何々さんにはアレを貰った、誰々さんには、と嬉しそうに報告する。聞けば弁当も、テントも、駐車場の一台分にしても、他人から与えられたものらしい。

 

 「だからそう。心配なんてしないでいいの。幸せよ、わたし」

 

 なんとも半端で、場当たりな対処に聞こえたが。この島がそもそも特異なのである、当人が納得しているのならいいだろうと思い、そうか、と短く返すだけに留めた。

 

 「左門さんもどうかしら、もし行く宛が無かったら、隣にテントを立ててもいいのよ。それくらい、貰った事に比べれば、お安い御用なのだから」

 

 「いいや、屋根に困らないくらいの甲斐性はある……はずだ」

 

 提案は短く切り捨てたが、事実今は一文無しの風来坊である事を思い出し、不安の一言が付け加えられた。

 

 「あらそう」とまったく残念では無さそうに返す少女に左門は「むしろだ、これも何かの縁だろ。部屋でも借りるか、国に戻ったらうちに来るか」と提案したが。

 

 それは貰い過ぎになるし、皆が悲しむもの。と独特の断り方をされた。

 人に優しくするのも難しいものだ、と息を吐いて、ふと考える。自分はこんなに人へ施そうとする人間であったかと。

 

 「何か、そう。何かがあって。憑き物が落ちたような、爽やかさすら感じられる敗北が……」

 

 「あそこね。聞いてくるから待っていて」

 

 考え込んでいる内に着いていたようで、そう言い残せば、少女は踊るような足取りで建物へ吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

4

 「こんにちは、少し聞きたいのだけど」

 

 「……番号札を取ってお待ち下さい」

 

 「何処から来たのかわからない、という人がいてね」

 

 「というかきみ、学生さん?」

 

 「いいえ、わたしのことはいいの。調べてほしくて」

 

 「じゃあここじゃないよ。あっち行って、忙しいんだから」

 

 「少し急いでいるの。お願いしてもいいかしら」

 

 「え、というかどういうこと。教員の家族、それともまさか不法──」

 

 「じゃあ、『潮干狩り』に聞くからいいわ」

 

 「………………は? ちょっと待って」

 

 「よく言っていたものね。熊手の形にハゲてる上司が潮干狩り、って。パソコンの誤変換を引き起こすように辞書登録してやったって。パソコンに疎いからわからないらしいけど、教えてあげればお礼に話を聞いてくれるかしら」

 

 「なんで、それを」

 

 「いえ、貴女はもういいの。ああ、あとそう言えば、車の鍵穴に……」

 

 「何を聞きたいのかな。凄く調べたくなってきた。何でも聞いて。何時間でも大丈夫。それが仕事なのだから、遠慮しないで。お茶でも飲んでいくといいよ」

 

 「ありがとう。左門清正、という人についてなのだけど」

 

 「左門さんね……左門清正? その名前、確か……」

 

 

 

 

 

 

5

 少女は入っていったときとは対照的に、落ち着いた足取りで出てきた。

 成果がない、といった風でもないが。新聞紙を片手にどう報告するか迷っている様子である。

 

 「待ったかしらね。だとしたら、悪かったかも────」

 

 「気を遣わなくていい」

 

 言葉を遮り、続ける。

 

 「カタギじゃないんだ。記憶がない所で新聞に乗るような犯罪をやっててもおかしくねえんだよ、元々」

 

 なら遠慮なく。と。

 

 「死んでいるわよ。左門さん」

 

 少女が広げた新聞を見る。そこには写真付きで、こめかみと胸に銃弾を打ち込まれた左門の記事が載っていた。

 一瞬は驚いたが、なんというか、心の何処かではわかっていたのだろう。記事を目で追う内にすべてを思い出した。

 完全に壊す気で少年に挑み、傷つけないような配慮をされ、しかも敗北したこと。

 対戦相手への感謝を教わったこと、凶獣ではなく人として生きようと、かつて傷つけた相手に謝罪したこと。

 取り返せない過ちを知ったこと。

 

 「別にわたしは、左門さんに足があってもなくてもいいのよ。こうしてお話できているのだから、でも、本当は、死ぬのは嫌でしょう。生き物として」

 

 

 少しだけ気まずそうに視線を外す少女であったが、左門は以外にも軽い調子で。

 

 「そりゃ、嫌だけどな……歩こうぜ」

 

 こんな所でする話でもない、落ち着いて話せる所で。と、今朝の駐車場の方角を指さした。

 

 

 

 

 

 

 

6

 平日の夕方である。相も変わらず人気のない東屋で、左門は語る。身の上と、結論を。

 

 「因果だよ。獣だなんだと呼ばれてイキがってたやつが、人間として生きようとしたんだから。獣に食い殺されるのは」

 

 「そう納得できているのなら、いいのだけどね」

 

 左門が着ている服がいつの間にか分厚い上着から、安いジャケットに変わっていた。

 

 「でもな、全部やり直せるとまでは思っていなかったけど、やっぱ駄目か」

 

 そう苦笑する左門を、少女は不思議そうに見つめ。

 

 「そうかしら。獣は獣に抗うものよ。左門さんが獣に殺されたのは、人として、人を信じて歩けたからよ」

 

 わずかだったかもしれないけどね、と冗談めかす少女に、そうかもな、と軽く返してから。

 

 「じゃ、なら、上等だったな」

 

 左門は納得したように膝を叩いてから「お前、名前は」と尋ねた。

 

 「まだ無いわ。好きに呼んでいいのよ」

 

 「……そうか。じゃあ……ネコだ」

 

 少し考え込んでから、野良猫みたいだからな、と名付けた。

 正解、と笑う少女の気持ちまでは読み取れなかったが。

 

 「ネコ、礼をさせてくれと言っていたな」

 

 「ええ、なんでもするわ。新聞を持って来たくらいじゃ、まだ貰いすぎだもの」

 

 「オレを殺せ」

 

 少女が固まる。

 

 「いや、死んでるやつを殺せ、ってのもおかしいか。オレはネコ以外に見えちゃいないんだろ」

 

 よく考えたら、すれ違った人間に視線一つ向けられないのもおかしい話である。風体が目立つ事は自覚しているのに。

 

 「しかも、触れるのもお前と、お前のもんくらいとなれば──」

 

 歩いている最中、電柱や木に触ろうとしてみたらすり抜けたことは検証済みである。

 

 「お前に頼むしか無いからな。……気負わなくていい。言い換えれば、成仏させる。ってやつだよ」

 

 「……どうして」

 

 短く呟く。嫌がっている事は目に見えていたが、譲るわけには行かなかった。

 

 「どうしてかって。さっきの話だよ。オレは、人間として死ねたんだろ」

 

 「だったら」

 

 「だから、だよ。未練もない。戦うこともできない……末期を汚したくないんだ」

 

 少女は悲壮な表情を湛えて、一度長く俯いて、俯いて。

 顔を上げた時には、見慣れた薄笑いを浮かべていた。

 強い子だ。と左門は思った。もし戦えたら、能力込みでいい勝負が出来るかもしれない、とも。

 しかし、子供を殴るのはもうたくさんだ。満足したんだ、と、それはおくびにも出さず仕舞い込んだ。

 

 「わかった。でも一つだけ、条件があるの」

 

 「一つと言わず、いくらでも言えよ。それくらいの頼み事……お前の言葉で言えば、貰いすぎ、だ」

 

 「いえ、一つ。最期までわたしを、嫌わないでいてくれるかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

7

 血液で作った糸を漂わせてから、人の殺し方など知らない、と言う少女に、左門は拳銃がいいと言った。

 不本意ではあった死因を、ネコの言葉でいつの間にか受け入れていた事に、口にしてから驚いていた。

 糸を束ね、骨格を作り、外装をでっち上げる。不格好でこそあったが、機能は十全に果たすであろうことは武器であることは、感覚で理解できていた。

 

 「落ち着け。大きく呼吸しろ」

 

 はぁ、はぁ、と荒げる息は異能の代償によるものばかりではあるまい。こうして冷静なままに鉄火場へ引き上げた事を、左門は申し訳なく思っていたが。

 しかしまあ、平和なばかりで過ごせる生き様でもないのだから、一つの経験として悪くないだろうと、という考えもある。

 自分が師から技を得て、凶獣と化したように。

 あるいは、父から正しい薫陶を得て、育った優しく強い少年のように。

 どう転ぶかまで責任を負えはしないが、しかし。如何なる思想を持とうと、通す力が無ければ無力なのだから。

 素直に深呼吸を数度重ね、真赤な道具の、銃口に相当する部位が定まってから、少女は口を開く。

 

 「やれるわ。言い残すことは」

 

 「無い。今は、何も言えず死ねたことを憎からず思っている……お前のお陰だ」

 

 「なら、そう……じゃあ」

 

 カラカラの口で、存在しない唾液を飲み込むように喉が動き、張り付く舌を剥がしながらゆっくりと。

 

 「嘘で元々、その場の気分。すぐに忘れて構わない。だから、最期に言葉に出して」

 

 指を引き絞る。左門は今になって、少女の瞳が綺麗な赤だと気がついた。

 

 「好きだと言ってくれるかしら」

 

 お安い御用だ、と。口に出したその言葉は血液の銃弾に飲み込まれる。

 夕日に交じる武器と、血と、少女の髪と瞳。記憶に残る煉瓦と石畳が一つとなって、左門の視界は真っ赤に染まり、いずれ意識は無に還った。

 

 少女は暗くなるまで立ち尽くしてから、テントに戻り、何も食べずに眠った。

 

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。