召喚の儀から一週間が経過した。
『神器』の適性試験も
「40名の内、12名が神器に適応。内、Sクラスが1名、Cクラスが2名、Dクラスが1名という結果になります。」
「・・・・・凄まじい成果だな。」
アイリスから上げられた報告に俺は皮肉げに鼻を鳴らした。
一見すると大した事ないようにも思えるが、それは数値上の錯覚によるものだ。
そもそも神器の等級は9段階にしか分かれておらず、Sが主神級、A〜Bが神級、C〜Dが英雄級、E〜Fが霊獣級と言われるほど、1つのランクの差が激しい。
当然、上のランクになればなるだけ、神器の個数も減るし、適合者に多くの資質が求められる。
それを考えれば、Dランク以上が3人という結果は壮挙と言うべきものだろう。
「その割には不満げですね。」
澄ました顔で揚げ足を取るアイリス。
分かりきった事を。
形だけの賞賛が分からないほど、愚かでは無いだろうに。
頬杖をついていた顔を
どうにも彼女は、俺に言わせたいらしい。
「呼び出した身で図々しいが、勇者というのは所詮、異邦人だからな。」
溜息一つ吐いて、仕方なく話し始める。
「彼等の能力が優秀で助かるのは、彼等が我々の味方であるという前提の下、成り立つものだ。もしも彼等が敵国に寝返ったりすれば、可愛さ余って憎さ100倍となる。そして、彼等には裏切らない理由が無い。」
「ですが、裏切る理由もないと思いますが?」
「裏切る理由なんて金で事足りる。だが、裏切らない理由には執着が必要になる。この国に対する忠誠でも、家族や恋人、友人に対する愛情でも良い。簡単には覆せない強烈な執着が。」
人の気持ちの移ろいやすさは、俺やアイリスも、勇者一行とさして変わらないだろう。
追い風の吹く方向に、旗のように靡く。
それだけだ。
もしも、そうでないとするのなら、旗を固定してしまう程の何かがあるに違いない。
「しかし、その執着も勇者達には望めない。彼等はこの国に来て間もなく、我々の文化に対する愛着も無ければ、親しくしている知人縁者もいない。より待遇の良い条件を提示されれば、すぐにそちらに食いつくだろう。」
だからこそ、彼等を
より良い方を選ぶ行動が非難に値するものでないとしても、その価値を支える根底が砂上の楼閣のように脆弱で儚いものであるのなら、やはり信を置くには値しない。
些か被害妄想じみているとも思うが、事は国を左右する話だ。
疑ってかかるくらいが丁度良い。
「その理屈で申しますと、ユノ・アイカは信頼に値する事になりますね。」
「・・・・・意地の悪い事を言うなぁ、お前。」
痛い所を指摘され、俺は苦笑した。
同時に彼女の奇妙な振る舞いも腑に落ちる。
今、拗ねたようにそっぽを向いているアイリスは、初めからユノに対して、愚痴を言って欲しかったのだ。
そうする事で、彼女は真の主への忠誠心を満たす事が出来る。
尤も、俺にもどうにも出来ない事はあるが。
右手で黄金色の前髪をかきあげ、俺は悩ましげに唸り声をあげる。
「まぁ、あれは色んな意味で例外って事で。」
幾許の思考の末に、観念したように力なく右手を下ろした。
万感の意味で込められた例外の二文字には、奇しくも、唯一のSランクの神器適合者が、ユノ・アイカであったことも含まれていた。
◇
朝の身支度を済ませると、俺は王宮の外へと移動する。
キャメロン王宮は、荘厳で威厳に満ちた建物だ。
凸の文字の下底を消したような左右対称な構造をしていて、重厚な柱が等間隔で並び、白亜の外壁は数多の彫像で飾られる。
更に王宮の奥には、緑豊かな美しい庭園が広がっていて、財を惜しまず作り上げられた地上の極楽のようだった。
尤も、城としてはセキュリティが低いので、王の権威を示す為の豪勢な屋敷に過ぎないと俺などは思ってしまう訳だが。
大理石で舗装された玄関先を少し歩いて、停車している車に乗る。
車内には既にもう一人の乗客が乗車していた。
「やぁ、おはよう。」
ユノだ。
俺の顔を見るなり、薄紅色の唇で弧を描き、朝の清々しい心地に似合いの爽やかな挨拶をする。
俺は挨拶を返しながらシートベルトを装着し、運転手に視線で合図を送った。
ゆっくりと車が動き出す。
「そういえば、こちらの世界にも車があるんだね。皆、驚いていたよ。」
窓の車窓に一瞥を送り、流れ行く景色を確認したユノは、笑みの種類を切り替える。
清涼とした風のような微笑みから、人間らしい無邪気な悪意の篭ったものへと。
それでいて、爽やかさは軽減されないのだから、大したものだ。
「まぁ、他所の世界の真似事だけどな。」
勇者召喚の儀の歴史は長い。
かつての神々の時代より度々、行われてきた。
その月日の分だけ、我々の世界は異なる世界の技術や文化、思想を取り入れてきた。
役立つものから、役に立たないものまで。
この車やキャメロン王宮もその一つだ。
その代わり、オリジナリティのあるものは中々、生まれないが。
「それでもいいじゃないか。著作権の効力も異世界には及ばないだろうし。」
「そういう問題か?」
歓談している合間に車は門を出て、街の中へと。
懐旧を誘う煉瓦造りの建築物、アスファルトで舗装された車道、道行く様々な種族の人々。
王都エレンピオの街並みは、歴史と先端技術が渾然一体とし、不思議な調和を成していた。
「趣のある街だね。今度、案内しておくれよ。」
「残念だが、俺もそれほど詳しくない。寧ろ、こっちが案内して欲しいくらいだ。」
王太子という立場上、行く事の出来る場所や施設というものは限られる。
場所によっては、無用な混乱を招くだけでなく、王の権威そのものを失墜させる恐れがあるからだ。
君主制の国家にとって、君主の権威を如何に維持するのかというのは、至上の命題の1つとなる。
権威とは、政治学において人を従わせる精神的な効力を持つものを意味する。
即ち『王様だから偉い』や『王様の言うことには従わなければならない』と人々に思わせるものの事だ。
もしも君主が権威を失えば、君主は常に権力を振り翳し続けなければならなくなる。
言ってみれば、虎が毎日戦い続けるようなものだ。
『虎が怖い』という意識が
その動物は兎かもしれないが、象かもしれないし、熊かもしれない。
例え、虎がその全てに勝てたとしても、戦い続ければ、怪我も増えるだろうし、疲労も溜まる。
当然ながら、傷も寝るだけでは治ってくれない。
それどころか、怪我が原因で病に掛かる事さえ有る。
虎は徐々に
そうならない為にも、君主は自らの振る舞いに細心の注意を払い、権威を維持し続けなければならない。
子供の考える幻想のように、好きな場所に行って、好きな事が出来るという訳でないのだ。
「それなら一緒にデートしよう。食べ歩きしたり、街を見て回ったりしてさ。そしたら、きっと詳しくなれる。」
そう提案したユノの瞳には優しげな光が瞬いており、こちらの心の内を見透かしているようだった。
どうやら一瞬だけ羨望を込めて、窓の外を見た事がバレたらしい。
「・・・・・時間が出来たらな。」
瞬時に様々な思案を巡らせたものの、甘やかな誘惑に勝ち切ることが出来ず、まぁいいかの精神で承諾をした。
その際の葛藤が如実に現れた科白は、何とも女々しいものであり、羞恥心を煽られた俺はスっと目を逸らす。
「約束だよ。」
そんな俺の胸中をも見抜いているように、車窓に薄らと反射するユノは、にまにまと目尻と唇を弓形にしていた。
それから程なくして目的地へと到達する。