やめて!殺さないでっ!   作:ハラシキア

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運命

リーゼロッテは孤児である。

 

愛されなかった子供だった。赤子の段階で捨てられていた。

母は容姿は優れていた女だった。貴族の妾として容姿が良いと言う理由で街からメイドとして雇われ、そのままお手付きになり、リーゼロッテを身籠った。

 

忌々しいと思われていた。貴族としても戯れで抱いた女だった。

生まれる事は認めた。だが、そこには何の情も無かった。

 

母としても股を開いただけで、男が特権階級の雇い主であるから宿した子だった。

男に身体を許す事に嫌悪感も抱かなかった訳ではない。それよりも権力者の妾になれた特権を振るいたかっただけに過ぎなかった。

 

ある意味で利害が一致した。二人の子として認知されずに、多めの金と共に孤児院の前へと置いて去った。

真冬の深夜だった。子は大人しく眠っていた。如何なる幸運か、凍傷にもならず生きていた。子が持つ才能による物ではあったが、それでも冬場を凌ぐには心許なかった。

 

 

一人の美青年が現れた。この世のものとは思えない美貌。妖しげで人の理を越えた様な存在だった。

顔は酒でも飲んでいたのか赤らんでいた。青年は街灯も無い真冬の夜に子供が居る事に遠目でも気が付いたようだった。

 

「猿かよ。面倒見れんならヤるな。これだから人間(かとうせいぶつ)は……」

 

同族である筈なのに見下した口調だった。

 

何処か、赤子を見ていた視線は焦点がズレていた。少しその時間が続き、一人納得した様子で頷いた。

 

「誰からも愛される事が無い子か。何もしないなら、このまま朝を迎えたとて長くは無いのか」

 

男は赤子を抱き上げた。皮肉にも両親や他の誰からもされなかった、愛のある抱擁だった。

大切なものを扱う手付きだった。そこには愛が確かにあった。

 

「引き取ってやりたいが……邪神が見てるのね。おい、俺も加護は与えとくからな」

 

男は何かをした。気づかれないほど、僅かな可能性に近い因子だった。

 

そのまま男は霞のように消えた。入れ替わるように半透明の不可視の女性が現れた。

 

『好都合です。私の器に相応しい条件を満たしました』

 

神秘的な女性は隣に似た様な半透明の綺麗な女性を引き連れていた。

綺麗な女性が手をかざすと赤子の身体は魔法の様に宙へと浮いた。

 

『器としては好都合でしょう。彼と繋がりが出来ましたし。……驚きましたね。私たちが干渉を決めたとはいえ、もう自らで拡張しています。偶然でしょうか?』

 

『これは、そうですか。未来が手配してます。運命と言えるでしょう。私たちの役目はここに来ることだけだったようです』

 

『不愉快ですね……』

 

『管理者が決めた事でしょう。我々に権限が無い以上はこのまま帰るしかありません。ルシフェルを手に入れるチャンスだった筈なんですが……』

 

二人は赤子を地面に戻すと去っていった。その行動は赤子に刻まれることとなった。

 

 

 

三人の関わりが出来た赤子は順調に成長した。麗しく健やかに、愛される筈の無かった少女は誰からも愛される少女へと変わった。

人間離れしたその美貌は皆を虜にした反面、誰も触れがたき神秘性を纏っていた。

邪な感情持つものが居ない訳では無かったが、彼女を一目見れば誰もが諦めた(浄化された)

 

何時しか、聖女と呼ばれた。聖女として教会に半ば強制的に連れられた。彼女は秘匿された存在へと変わった。そこに彼女は意思は無かった。無理矢理に近かったが、それが最善だと思い従っただけだった。

信仰心が篤かった訳ではない。見様見真似で祈ったら、聖気というものが勝手に溢れただけだった。少女にとってはそこに何の感情も無かった。結果的に祭り上げられただけに過ぎない。

 

彼女は焦がれていた。言い寄って来る者も居たが、どれも外見でしか判断しない俗物だらけ。

何かを求めていた。覚えていない筈なのに、誰かに愛されたことを魂で記憶していた。

もう一度、彼の腕に戻りたい。夢でその光景を何度も見た。存在しない筈の記憶が彼女を聖女としての地位を確立したのは何たる皮肉であろうか。

 

何もない日々だった。聖女として過ごす彼女にとって、何の変化も無い退屈で空虚な繰り返される日々。

彼女は聖女らしく祈っていた。聖女である筈なのに、誰よりも自らの幸福を祈っていた。

 

その祈りが届いたのだろうか。少女は自らの運命と再会した。

 

 

 

美しくも懐かしさを覚えた男だった。驚くことに天使だったようで、神々しさを感じる三対の翼を持つ高位の天使だった。

 

この人が運命の人だと感じた。精一杯話しかけた。暫くして男は正体を現した。

天使だった筈の男は悪魔へと変貌した。絶望した。

 

夢の人では無い。必死になって否定しようと何度も殺した。その度に攻撃を避けもせずに受け止めて死んだ。直ぐに生き返る彼を見て悪夢か何かかと言いたかった。

良く分からないまま男が去った。空に月が出来た。意味が分からなかった。

紫と銀が混じる最も妖しげな月。何故か夢とあの男を連想させた。何処か自らの髪色に似た輝きを幻想の月は放っていた。

 

暫くしてまた男がやってきた。聞けば月は自分が創ったと宣った。信じられなかった。

少女へのプレゼントいうスケールが違い過ぎる発言は、簡単に受け止めきれるものでは無かった。

 

少女の中で疑念が生まれる。何度殺しても生き返るという有り得ざる者。

化物や人外等と幾度なく戦った経験はあった。再生力が異常な個体も存在した。

明らかに生命としての理から外れていた。死からの復活には代償が必要な筈だった。それ以外だとしても何らかのカラクリがあった。

多分、そういうのとは根本的に違うのだろう。何か刺激されたような気がしながら、素っ気ないフリをした。心が乱されていた。

 

 

彼が去ったのを見計らっていたのだろう。あまり時間が空くことなく、別の集団が現れた。

あっという間に護衛を無力化。男たちの目は情欲があった。自らの身体が目的あることは直ぐに分かった。

 

比較しても意味は無いが、先程の彼と違って酷く汚い、悍ましい存在だった。躊躇いは無かった。

全力で抵抗し、殺すつもりだった。

 

「俺が介入したことで若干狂ったか。しょうがない」

 

一人だけ、自分と同じくらいの実力の持ち主が居たのが不幸だった。何処か他の男たちとは違って、理性的ではあった。それでも一団であることに変わりはない。必死になって応戦する事しか出来なかった。

 

助けは直ぐに現れた。何時の間にか、彼女と一団の中心に唐突に存在していた。

心配そうな目線がぶつかった。何故か、不思議と安心することが出来た。また、何か刺激された。夢の中で見た男性がこの人では無いのか。そんな筈は無い。否定の言葉が浮かぶものの、その何かは彼女に訴えていた。

 

圧倒的だった。男の実力は隔絶していた。良く分からない事を言って一人は見逃したが、それが本意ではない事はわかった。きっと仕方の無いことだったのだろう。

 

それよりも、男の名前が夢に出て来た名前と一致した。その名前はあまりにも有名過ぎた。教会にとって唾棄すべき存在だった。

 

それはどうでも良かった。聖女になったことに何の思い入れも無い彼女にとって、ずっと存在すら怪しんでいたのにも関わらず実在し、こうして再び彼女を愛してくれていた。少女は自分の心に素直になった。本当に自分の欲しい物を手に入れようと思った。

 

去るルシフェル。届かない手を伸ばす。彼も未練があったのか、振り返って哀しそうにその手を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故悪魔に心を許すのですか」

 

「私の、勝手」

 

教皇は溜息をついた。その目は身内に向ける暖かい感情が含まれていた。

 

「貴方が幸せになれるのなら、私は止めません。元々、聖女にさせたのも私の我が儘ですし。……ちょっと寂しくはなりますね」

 

懐かしそうに目を細めた。彼女との過去を思い出しているようだった。

 

「感謝してる。でも……」

 

「良いんですよ。……ただ、貴女を異端として扱う事になるのは避けられないでしょう。信仰する権利も奪われますが、良いんですね?」

 

「問題ない。……コレ」

 

少女が隠し持っていたものに目を見開いた。苦笑と共に少女の用意周到さに褒めてあげたくなった。

 

「子供たちは何時の間にか大きくなりますね。私の立場としては止めなくてはいけないのでしょうね……。ですが、アルカディア様もミカエル様までも認めているのです。どれほどの時間が掛かる事かは定かではありませんが、結ばれることが確定しているのであれば安心できますね」

 

「……嬉しい、けど良く分かって、ない」

 

「良いんです。あの者は認めたくはないですが良い方でしょう。貴女を悲しませたら、聖騎士達が血眼で殺しにいくのでご安心ください」

 

少女は複雑な表情を浮かべた。教皇も困った表情をしていたので、どうやら彼もどうしようも出来ない事だと想像するのは容易かった。

 

「私は貴女という存在に出会った時、迅速に行動したのは間違いないと思っています。ある意味で最善だったんでしょう。貴女を教祖として新たなに宗教が出来ても可笑しくなかった。聖女という立場ですら不相応な気がします。……内部からそうなるとは思ってませんでしたが、敵対されるよりかはマシでしょうね」

 

教皇は柔和な笑みを浮かべた。

 

「……いえ、余計なお節介でした。貴女の幸福を祈ってますよ。リーゼロッテ、貴女に感謝を。貴女に幸あれ」

 

少女は無言で頭を下げた。自分の身勝手さに嫌気が刺した。

それでも教会に居れば、その先に待つのは破滅だ。もう二度と彼に会う事は無い。彼の事を慕っていると分かれば、何れは魔女扱いされて火炙りにされることだろう。

そういう未来が待っていたとしても、世話になった過去は消えない。

見出されたことに思う事が無いといえば噓になる。望んではいなかったが、充分過ぎるほどには良くしてくれていた。

こんな辺鄙な場所とはいえ、贅沢はさせては貰っていたし、恩を感じるほどには目を掛けて貰っていた。出来る限り配慮してくれた。

教皇というトップにも関わらず、悪魔と結ばれることを認めて応援までしてくれていたのだ。

きっと、彼は責任を追及されて、その立場を追われることになるのだろう。

思う事は沢山あった。俯いた彼女の唇が歪む。一粒、地面に雫が堕ちた。

 

彼女はこうして教会を去った。どんな苦難も乗り越えられると信じていた。

行き先は分からない。彼女はただ、歩み続けた。

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