付き合っている
「きゃあああ!」
悲鳴を聞いて私は目を覚ました。
「メイ!? どうした!?」
そこにメイの姿はなかった。
たしかに今、すぐ横で声がしたはずなのだが、ベッドの上には脱ぎ捨てられた下着があるだけだった。
「メイ……?」
寝室のむこうにも、人の気配はない。
夢だったのか?ともう一度メイの痕跡に目をやると、モゾっと動いた気がしてキャミソールを持ち上げる。
「……っ!」
なにかが転げ落ちる。
「人形……?」
それはメイによく似た人形だった。ナゼこんなところにこんなモノが?
なにも着ていないそのカラダまでメイにそっくり……
ムニュッ
「きゃああ!」
ガリッ
「ぬおおおおおお!?」
「…………目が覚めると、カラダが縮んでいたのだな。しかもその理由はわからない、と」
私はメイに噛まれた手をさすりながら情報を整理する。
「そんなモノ、わかるわけないでしょう!」
ハンカチを服代わりに巻きつけて、メイは怒号を上げる。
ちょうど、小さな女の子が着せ替え遊びをする人形ぐらいのサイズだが、たしかにソレはメイだった。
信じられない光景だが、目の前に突きつけられていては受け入れるしかないだろう。
なにより、まだ痛む指が夢でないことを証明していた。
「こうしていても仕方がない、まずは病院に……」
「ダメよ!」
「不安なのは分かるが、しかし」
「公判中なのよ!」
「…………は?」
「裁判所に行かなければ負けちゃうじゃない!」
「メイ……そんな状態で行けるわけがないだろう」
「だって、カンペキに勝つはずだったのに」
メイは今日の裁判のためにアメリカから来ていた。
以前手掛けた事件に関連したもので、メイがどうしても自分の手でケリをつけたいというので、半ば私から取り上げるカタチで担当検事になったのだ。
それをメイがあきらめるなんてできないだろう。
「仕方がない。私もちょうど裁判が終わったばかりで手が空いているし、キミさえよければ代わりに……」
「いいわけないでしょう! 私がずっと追ってきた事件なんだから!」
「わかっている。だからこそこんなことでフイにするわけにはいかないだろう。なにも取り上げるというわけではない、キミもついてくればいいのだ。ポケットにでも入って、私に指示してくれればいい」
その提案をメイはしぶしぶ受け入れた。
そうと決まれば開廷までの時間は短い。
カラダが小さくなったことはひとまず置いておいて、事件の資料を広げてひとつひとつ説明を受ける。
以前の裁判は把握していたし、本来なら私が担当するはずだったからそう難しいことではなかった。
「この証言なのだが」
「ええ、ここにあるように……」
資料を指ししめすために、小さなカラダで机上を走り回る。
その様子についつい見入っていると、メイは眉を寄せて見上げる。
「……なに?」
「いや、そのカラダでちょこまかと動いていると可愛らし……」
ぷすっ
「ぬおっ!」
左手に激痛が走る。
「なによ! ヒトが大変な思いをしているってのに!」
「な、なんなのだソレは!!」
メイの手にはツマヨウジがにぎられていた。
「ムチの代わりになるものはないかと思って探したんだけど、とりあえずコレでガマンすることにしたわ」
……サイズが変われどもメイはメイだ、と文字通り痛感した。
「ええっ、大丈夫なんスか!?」
地方裁判所の控室。メイが体調をくずして休むことを伝えると、糸鋸刑事は心配する。
「大したことはないが、大事を取って休ませた。裁判は私が狩魔検事から引き継いだから安心したまえ」
「でも狩魔検事のことだから、這ってでも来るって言ったんじゃないスか?」
私はアイマイに笑って答える。さすがに刑事もメイのことはよくわかっているようだ。
実際、こんな状態で私のズボンのポケットに納まっているのだからな。
「でも、御剣検事が来てくれてココロ強いッス」
ガリッ
「ぬお!」
「……どうかしたッスか?」
「い、いやなんでもない」
刑事は話をつづける。
「いやもう、久しぶりに狩魔検事と組んだせいでナマキズが絶えなくて、大変だったッスよ……」
ガリッ
「ぬおおッ」
「……御剣検事?」
「い、いや、なんでもないのだ!」
「なんかさっきからヘンッスよ。左手をどうかしたッスか?」
「いや、コレはその……」
刑事はズボンのポケットに入れたままの左手を見つめる。やはり不自然だったか。
「……あまり、見せたくはなかったのだが」
しぶしぶ左手を出す。
刑事は驚いた顔で見つめた。…………小さな歯形だらけの私の手を。
「ネコとでも戦ったッスか?」
「いや、じゃじゃ馬と……」
「へ?」
「―――いや、なんでもない」
ツマヨウジは取り上げたものの、結果は同じこと、だった。
法廷はメイのシナリオ通りに進んだ。
「異議あり!」
指を突きつけると、ポケットに入れた方の指が引っ張られる。
(ああ、わかっている)
「その証拠は先ほどの証言と食い違っているのではないか?」
ムジュンを指摘してやると、弁護側はアキラカに狼狽する。
「被告の共犯者がすでに裁かれているのを忘れたわけではあるまい。アメリカの事件で使用された凶器は……」
ピクッとまた指を引かれる。
おっと、深追いしすぎたか。コレは切りフダに取っておくんだったな。
「異議あり!!」
メイの反応はなかったが、条件反射で異議を唱えてしまった。右手をただ下ろすわけにもいかず、ムジュンを突きつける。
説明していると、メイが私の指に爪を食い込ませてきた。
(コレは今朝メイが教えてくれたことだ。私がたまたま先に気づいただけだ)
手綱を引くようにメイは私の指をつかみ、言葉を交わさなくとも私はメイの、メイは私の考えることがわかった。
私たちは今、確かにひとつだった。
「さすが御剣検事ッス! アザヤカな勝利だったッス!!」
「いや、すべては狩魔検事が調べ上げた証拠のおかげだ。私は代わりに検事席に立っていただけにすぎない。……そうだ、彼女に報告するから少し一人にしてくれないか」
「了解ッス!」
控室から刑事が出て行くのを見届けると、携帯電話の代わりにメイ自身を取り出してテーブルへと乗せる。
「……メイ、なにを怒っているのだ?」
彼女は腕を組んで不機嫌をあらわにしていた。
「結局、レイジにいいところを取られてしまったわ。……またしても」
以前メイが負傷したせいで、急遽裁判を受け継いだ時のことを言っているのだろう。その時の内容は彼女にとって不本意だったはずだ。
しかし今回は違う。
「今日はふたりで有罪を勝ち取ったのだ。裁判中、私たちはひとつになっていた。……そう感じたのは私だけだったのだろうか」
「………………………………」
わかっている、メイは少しすねているだけなのだ。
「それより病院に行かなくてはなるまい」
「その前に服よ。人形の服でも買ってきて頂戴」
「む、この私に人形の服を買えと言うのか?」
「なによ、あのチョンマゲのオモチャやら何やらを買っているくせに、人形の服を買うのが恥ずかしいとでも言うの?」
「全然違うではないか!」
「ドコが違うのよ!?」
ひとしきりトノサマングッズが部屋にそぐわないだのジャマだのと言い合いをしていたが、ふと我に返る。
「……いや、そんなことを議論している場合ではない。早く病院に行かなくては。取り返しがつかなくなる前に」
「そう、ね」
メイを両手でそっと持ち上げる。
そのカラダはあまりにも小さく、軽い。
改めて、どうしてこんなことになってしまったのだろうかと思う。
「……もし、このまま戻らなかったらどうする?」
そうメイに問いかける。
「もし戻らなければ、また今日のようにふたりで裁判をするのはどうだろうか。私とキミが組めば怖いものなど何もない。ポケットに入ったまま、世界中をふたりで……」
今日の裁判が終われば、メイはアメリカに帰るはずだった。
私も日本にとどまることは少なく、ふたりで会う時間もなかなか取れない現状にある。
できることなら、このままふたりでずっと……
「冗談じゃないわ!」
メイは声を上げる。
「レイジと組まなくったって私は無敵よ! ふたりでひとつの裁判をするだなんて、裁く量が半分になるじゃない。そんな効率の悪いことをしてられるわけないでしょう。カラダが小さくたって裁判には立てるわ。罪を見抜く目と異議を唱える口さえあればモンダイはないわ!」
メイは手の上で胸を張る。こんな状態でも彼女はまっすぐ前を見ていた。
……二人の時間を久しぶりに過ごしたことで、私は少し感傷的になっていたらしい。
だが、メイは少しだけ眉を寄せる。
「このままじゃ、ムチが持てないのだけは不便だけど」
「……くっくっく」
「な、なによ!」
「それでこそ、メイだ」
小さくなっても、私の手の中に納まりなどしない。
私の愛するメイ、だ。
小さな唇にそっとキスする。
「!?」
「きゃあ!?」
メイのカラダはどんどん大きくなる。
見る間に手のひらからはみ出し、服代わりのハンカチは隠せるだけの場所がなくなり、目の前には本来の大きさのメイが立っていた。
「……やった、戻ったのね!」
抱きつくメイをほっとして受け止めながら、ザンネンな感情は奥へと仕舞いこむ。
「あのー御剣検事、係官が呼んで……」
「!?」
ふいにドアが開いて刑事が入ってきた。
「えっ、狩魔検………お、おジャマしたッス!!」
バタン、とドアが閉められる。
顔を見合わせ、視線を下に移した。
ここに居ないはずのメイが私と抱き合っている。しかも、ハダカで。
「……きゃああああ!」
バチーン、とほほに痛みが走る。
ああ、懐かしい痛みだ。しみじみと私は噛みしめた。
「ああもう信じられない。こんな姿を見られるなんて!」
メイは私の上着をはおり、ヒステリックに叫んだ。
「抱き合っていたから、それほど見えてはいないはずだ」
「そういうコトを言っているのではないわ。恥ずかしくて顔を合わせられないじゃない。ああもう、なんて言い訳するつもり!? ココからどうやって帰るのよ!!」
「む、ソレはこれから考える」
くしゅん、と小さくクシャミする。
「まずは服を用意して頂戴。それとムチも」
「いやムチはさすがに……」
「じゃあ早く帰して頂戴!」
「だから、ソレをいま考えて……」
「さっさと考えて!!」
「わ、わかった!」
どんなロジックを組み立てれば、この窮地を切り抜けるられるのだろうか。
私は大きくため息をつきながら、どんな裁判よりもホネの折れる仕事にとりかかることにした。