【企画】逆転検事1-4用
「裁判長よ」
冥は眉を寄せて言う。
控室に戻ろうとしていたふたりは、廊下の突き当たりにある窓からトイレに駆け込む裁判長の姿を見た。
「まったく、トイレに行きたいから審理を早く切り上げようとするなんて、信じられないわ」
「だが、それでも真実にたどり着いたようだったな」
御剣は苦笑する。
彼女に用があって途中から傍聴していた裁判のことを思い浮かべながら、その感想を述べる。
「メイ、気持ちはわからないでもないが、もう少し老人をいたわるべきではないか」
「あら、適度な刺激と緊張感があったほうが長生きできるそうよ」
(適度ではないと思うのだが)
どうやらムチを控える気はないらしい。
御剣は心から裁判長に同情した。
御剣がふと足を止め、冥もつられて立ち止まる。
自動販売機の前だったのでなにか買うのかと思ったが、そうではないらしい。御剣は黙って突き当たりを見つめていた。
「窓のむこうが見えるのか?」
「それがどうかして?」
御剣は目をつむり、かすかに微笑む。
「以前、ずいぶんと窓のむこうを見たがっていたな、と」
「私が? どうしてそんなモノをわざわざ見たがるのよ」
思い当たるフシがない冥は頭をひねる。そんな彼女をよそに、今度は自動販売機に視線を移した。
「そうだメイ、なにか食べないか。私がオゴるぞ」
「めずらしいわね」
御剣はどら焼きを購入すると、そのひとつを差し出す。
冥が不思議がりながら受け取ると、ニヤリと笑って言った。
「あの時は買ってやれなかったからな」
「あの時?」
「せっかくメイがねだったと言うのに」
くつくつと笑い出す御剣を冥はわけが分からずに見つめる。
からかわれているような気がしてきて、楽しそうな御剣とは対照的にだんだんと冥の目がつり上がっていく。
「いつねだったって言うのよ!」
「キミがまだ、窓の向こう側が見えなかった頃だ。そう、このくらいの……」
手を胸の辺りで水平にする。
「あの頃はまだ素直だったな……ぬお!」
ニヤニヤと笑っていた御剣をムチが襲った。
「そんな昔のことを持ち出さないで頂戴!」
彼女が窓のむこうが見えないほどの背の高さだった時のこと、この自動販売機を前にして持ち合わせがなかった時のこと、を言っているのだと気づき、冥は真っ赤になって怒り出す。
ムチで打たれたというのに御剣は笑いがこらえられないでいた。
「もしかして高いヒールを履きだしたのは、アレを見たかったからではないのか……くくっ」
「もう!」
まだ肩を揺らしている御剣を置いて、冥は身体をひるがえす。
「あっ、ミツルギさん!狩魔さん!」
二人のもとへまっすぐ駆けてきたのは美雲だった。紺のマフラーをゆらして微笑む。
「コッチにいるって聞いたから、来ちゃいました」
「ミクモちゃん、廊下は走っちゃダメッス!」
うしろから糸鋸がどたどたと追ってきては説得力がない。
「あ、オヤツですか。いいなー」
美雲はふたりの手元を見て、物欲しそうに言った。
「あげないわよ」
「ちぇっ。いいですよー、自分で買うから」
美雲はウェストバッグを探り、唐草模様のガマグチを取り出す。
「あっ500円しか入ってなかった!」
「だったらミクモちゃん、自分が出すッス。……って、100円しかなかったッスぅ!」
「じゃあさノコちゃん、一緒に買おうよ。ホラ、どら焼きが買えるよ」
二人はお金をはたいてどら焼きを購入する。
そんな二人を見て、御剣はぷっと吹き出した。
「それではあの時と逆ではないか」
自動販売機の前のふたりが不思議そうに振り返る。
「あの時……ッスか?」
「ああ、ホラ! ノコちゃんと初めて会った時だよ! ふたりでどら焼き食べたよね」
「そういえば、そんなこともあったッスね。……でも御剣検事、よくそんなこと覚えてたッスね」
「ちょっと昔を思い出していてな……くくっ」
再び笑い出す御剣を背に、冥は怒り肩で歩き出す。
「あっ狩魔さん! 皆で食べましょうよー!」
美雲がそれを追い、控室へと二人は入っていく。
「なんなんスか?」
「さあな」
笑いながら御剣もそれに続く。
糸鋸は首をかしげて御剣を追いながらも、気持ちはどら焼きに移っていた。