★フェンリル極東支部・神機保管庫
薄暗く、蒸し暑い部屋に二つの影があった。一つはターミナルを操作し、神機のメンテナンスをしている整備士の女性。名前は楠リッカ。もう一つの影は、保管庫の隅っこで膝を抱え、小さくなっている真っ黒なコートを来た神機使いの少年。
「……前から思ってたんだけどさ、もうちょっと前向きに行動できないの?」
リッカがターミナルから目を離さずに口を開いた。
「…リッカさんも知っているでしょ?僕の役目を…普通の神機使いの仕事とは違うってことを」
「でもさ…16の少年がこんな暗くてどうするの?」
「……ならあなたは僕と同じことをして前向きに生きていけますか?」
「………ごめん」
「…いえ、僕も言い過ぎました…すみません…」
僕の仕事は…ただの神機使いとは違う。僕の存在意義は…人々を守るのではなく…アラガミと化した神機使い、堕ちた者(フォールマン)を………殺すこと。
堕ちた者が現れるケースは一つの支部では稀。だが、それは一つの支部の話。彼はこの世界の全ての支部の堕ちた者を殺すのが役目。基本は極東に所属しているが、堕ちた者の知らせを受ければ、どこにでも行く。そして殺す。神機使いたちは、心葉のことを神機使いを救世主と例え、救世主喰らい(メシアイーター)と呼んでいる。
「ね、ごはん食べ行こっ」
「いえ、僕は一人で行きますから…」
「そういわずに。ほら立った、立った」
リッカに強引に手を引っ張られ、ラウンジまで連れていかれた。
★ラウンジ
ラウンジに入ると早速、カウンターの少女が出迎えてくれた。
「心葉さん、リッカさん、いらっしゃいませ!」
エプロンを着た少女、ムツミが快く声をかけてくれた。
「こんにちわー」
「……こんにちわ」
カウンターの真ん中の席に座り、早速リッカが注文した。
「オムハヤシ2つお願いします」
「はーいっ」
心葉は相変わらずうつむいたままだ。
「…………………」
「…むーっ………えいっ」
突然リッカが心葉の頬を引っ張った。
「いふぁい、いふぁいですー!りっふぁさん、やめてください~」
「……やだっ」
頬に込められる力が一層強くなった。このままだと頬が伸びてしまう。
「ぼ、僕が悪かったですから~」
「よし」
リッカは心葉の頬を引っ張るのをやめた。頬がひりひりする。
「まったく、そんなにうつむいてると根暗になるよ」
もうすでに根暗だと思うんだ。僕。
「今どうせ、もう根暗です。なんて思ったでしょ」
図星だった。こうなると何も言えなくなる。
「あれ、心葉君?」
後ろから一人の女性に声をかけられた。銀髪で白い服の自分より少し年上の女性。彼女が来ている白い服には見覚えがあった。独立支援部隊クレイドル。クレイドルはサテライト拠点候補地の探索、建設予定地に防衛を主要任務としている。この部隊のメンバーは皆熟練者。中でも彼女、アリサ・イリーニチア・アミエーラは有名である。
「久しぶり~っ、元気にしてた?」
出会ってそうそう、頭を撫でられた。
「はい。って子ども扱いしないでください!」
「だって可愛いんだもん」
「へ?」
素で変な声が出た。僕が可愛い?アリサさんはいったい何を言っているんだ?
「アリサもそう思う?私も思ってたんだ」
リッカも続いてそういった。心葉は感じた。これは新手のいじめなのだと。恐る恐るどうしてそんなことを言うのか聞いてみた。
「あ、あの、どうして僕が可愛いんですか?」
「なんか守ってあげたい弟みたいだから」
「弟…」
「兄弟とかそういうのわからないけど、心葉君って弟て感じがするの。おどおどしたところとか、大人しいところとか」
「……………」
言葉が出なかった。なんて言ったらいいかわからなかった。
「おまたせしました。オムハヤシ3つです」
席にオムハヤシが3つ置かれた。心葉とリッカとアリサの前に。ムツミが気を利かせて、もう一つ作ってくれたのだろう。
「あっ、ムツミちゃんありがとうございます」
「はいっ」
笑顔で返事し、自分の仕事に戻った。彼女が作るご飯は絶品である。今までレーションなど味気のないものをよく食べていたが、彼女が来てから大きく変わった。
「…おいしそう」
ついそんな言葉が出た。普段は誰かと食事するのは避けている。自分がいては飯がまずくなるのではないか、と思っていた。だからここに来たのも初めてで、今までレーションしか食べていなかった。
「心葉君」
隣に座ったアリサに肩をつつかれ、声をかけられた。
「はい」
アリサのほうを向くと、スプーンが向けられていた。
「はい、あーん」
「えっ、え!?」
「ほら、口を開けてください、落ちちゃいますよ?」
「えっ、あ、あれ?」
「えいっ」
あわてている僕のすきを見て、アリサはスプーンを口入れた。アツアツのオムハヤシが口の中に放り込まれた。
「!?」
熱さで吐き出しそうなのをこらえ、租借した。ムツミが作ったオムハヤシは、卵がふわふわで、ソースがコクがあり、濃厚でさらにまろやかであった。
「!!!」
今まで食べてきた中で一番おいしいと思った瞬間でもあると思った。
「お、おいしい!」
オムハヤシに感動した心葉はものすごい勢いでスプーンを動かし、オムハヤシを口に運んだ。
「おお………」
「わあ………」
アリサとリッカが呆然としている間、オムハヤシの半分は心葉の胃の中に放り込まれていた。
「ご馳走様でした!!」
オムハヤシは作ってから、わずか5分で心葉の胃の中に消えた。食べ終わった心葉の目はとてもキラキラしていて、表情はいつもは暗く、全てに無関心そうな表情をしていたが、笑顔に満ち溢れていた。
「私、こんな心葉初めて見たかも」
「僕、こんなおいしいもの初めて食べました!ムツミちゃん、ありがとうございます!」
「ふふっ、どういたしまして。リッカさん、アリサさん食べないと冷めちゃいますよ?」
「「あっ」」
二人はすぐに自分の料理と向き合い始めた。次の瞬間、
ピリリリ!
と心葉のコートから電子音が鳴り響いた。心葉はコートから電話を取り出し、応対した。
「はい…………………そう…ですか……」
心葉の表情が曇った。
「…はい…わかりました。すぐに行きます」
電話を切り、コートの中にしまい、席を立った。
「ごめんなさい!少し用ができたので、失礼しますっ」
そういって足早にラウンジを去って行った。心葉の表情にさっきの笑顔はなかった。
「…心葉……また…」
「リッカさん、どうしたんですか?」
「ううん、なんでもない。さ、食べよ」
「はい」
神機保管庫から自分の白い神機を持ち出し、外で待機している、フェンリルのエンブレムがついたヘリに乗り込んだ。中には操縦士と副操縦士の二人しかいなかった。
「……………今回はどこですか?」
「極東から少しに離れた地。昔でいうなれば、神奈川県の横浜です」
「…いつも通りでいいんですね」
「ええ」
「…………………………早く…お願いします」
ヘリに揺られること1時間、景色が止まった。
「目標ポイントに到着しました。これよりロープを降ろします」
副操縦士が声を発した。
「心葉君、準備はいい?」
「……はい」
ドアから下がったロープを握った。
「………せめて…一思いに…お願い」
「……わかってます」
そう言葉を残し飛び降りた。
「…………こんな事、あの子に耐えられるわけがない…いつか壊れてしまう……」
操縦士の声は震えていた。
★ラウンジ
「私がいない間に、少し変わったんだね」
「うん。心葉も帰ってきて、皆少しずつ今の環境を改善しようと頑張ってる」
アリサの発言に、リッカが少し微笑みながら答えた。
「私は最近、新しい整備士にいろいろ教えているところ。なかなか言うことを理解してくれなくてね、ちょっと困ったりしてる。でもその分教えがいがあるんだけどね」
「へぇー、リッカさんも大変ですね。そういえば、ちょくちょくこんな噂を耳にするんですが」
「どんな噂?」
「ええ、なんでも神機使いを喰らう神機使いがいるとか」
「っ!」
リッカの表情が崩れた。
「…どうしたんですか?」
「……そっか…アリサは…何も知らないんだよね…」
「えっ」
「………神器使いを喰らう神機使い。正確には堕ちた者を喰らう神機使いと言ったほうがいいね」
「堕ちた者を喰らう神機使い……」
「うん。それは噂じゃなくて事実」
「…よかった、その人に出会ったら私も食べられるのかと思ってましたけど、堕ちた者なら問題ないですね」
「……私もアリサもすでにその人に出会ってるよ」
「えっ…誰…ですか?」
「………言ってもいいの?」
アリサは少し迷い、頷いた。
「……いいんだね。後悔しないでね。この世界には知っておいていいことと、悪いことがあるってことを後悔しないのなら、私は言うよ」
アリサは力強くうなずいた。
「その堕ちた者を喰らう神機使いは………」
「…………」
「……………h」
『緊急事態発生!外部居住区に堕ちた者の反応を確認!各神機使いは、ただちに住民を避難させてください!!救世主喰らいが到着するまで持ちこたえてください』
緊急のアナウンスだ。ほかの神機使いが慌て始めた。
「…アリサ、この答えは自分で見つけて。行けば…出会えるから」
「わかりました」
アリサはラウンジを飛び出て、神機を持ち外部居住区に向かった。
「救世主喰らい…いったい誰なんだろう……」
■次回予告
私もリッカさんも知っている人?誰も思いつかない。本当に誰だろう。
次回「知る真実、消える過去」
閲覧してくださった方、どうもありがとうございます。