1話
★ラウンジ
side:榛名
自分が神機使いになってからそれなりに長い時間がたった。心葉のことが終わった後に、また別口で問題事が起きてしまった。螺旋の木というものが異常を起こし、大問題に。終末捕食を起こしてしまったが、それをブラッドの皆がなんとか防いでくれた。そして驚いたことに死亡していたはず…正しくは螺旋の木で終末捕食をとどめていたジュリウス。そして仲間を守るために戦死したロミオ。この二人が帰ってきたのだ。理屈はよくわからないとのこと。聞いても理解できそうに無いぐらい難しい話なのはわかった。全員が全員帰ってくるわけではない。ブラッドのメンバーだけが帰ってきたようだ。心葉は…当然いなかった。
「榛名、隊長を見なかったか?」
任務後のジュリウスに声をかけられた。先程までジュリウス、ロミオ、リヴィと自分の4人で周囲のアラガミの調査に行っていた。調査と言ってもただの見回りに等しい。
「あー…多分お墓参りかと……」
「墓参り?」
「はい。あっ…ジュリウスさんたちはちょうどいなかったときのことでしたね…螺旋の木の出来事が起きる前に極東でとある事がありまして…その被害者の神機使いの方のお墓参りです。名前は日暮 心葉って子です」
その墓は巨大なモニュメントとして聖域と呼ばれるアラガミが立ち入ることができないところに建てられた。
「私も行ってきますね。向こうで詩音さんに伝えておきますので」
「……私達も同行していいだろうか?」
「………大丈夫だと思いますよ。あのお墓、心葉君だけじゃなくて色んな人のお墓でもありますから…」
それから移動して聖域に到着した。そこには詩音だけでなくブラッドの他の面々、オペレーターまでいた。黙祷する者もいれば涙を流している者もいた。
「……オペレーターまでいるって……そんなに悲惨だったのか…」
ロミオが呟いた。
「……………とっても…それも…どんなに足掻いても救われないほど……」
「……いったい何があったんだ?その日暮 心葉って子は」
「…………私だけじゃ…きっと全部話しきれないと思います。あまりにもあの子の苦しみは長くて…辛くて…悲しくて……」
詩音に話したらサカキを主体にまとめて話そうということになった。サカキのところに一連の書類もある。
★サカキの研究室
集まったのはブラッドのメンバーの全員、榛名、そしてコウタだ。
「どうしてコウタがいるの?」
「元々心葉は第一部隊にいたし、そもそもあいつを見つけたのが元隊長の零なんだ……いたって言っても幽霊隊員みたいな感じだったけどさ」
ほとんど堕ちた者を喰らう為に個人で動いていたのだ。
「コウタ君、とりあえず一から話してみてくれるかい?」
サカキが言う。心葉のことはいくつか聞いていたが、すべての始まりは聞いたことはなかった。
「……初めて心葉を見つけたのは零…元第一部隊隊長の菊池 零なんだ。帰投中に物陰に倒れてるのを見つけたんだ。あの時零がいなかったらそのままになっていた可能性はあったと思う。服にフェンリルのマークがあったからフェンリルの関係者と思ってサカキ博士のところに搬送したんだ」
「その後メディカルチェックを受けたが一つを除いてすべて平常値。その一つというのが神機使いでもないのに体に微量の偏食因子を持っているのを確認したんだ」
本来ならば普通の人には入るわけがない。元神機使いだとしてもあの腕輪は外すことができない。その場合できなくするというより封印するといったほうが正しい。
「それで目を覚ました本人に聞いたんだ。だが基本的なこと以外は何も覚えていなかった。自分がフェンリルの関係者ということすら覚えていなかったようだ」
「博士はその後零と俺に報告してくれたけど、結局偏食因子の出処はわからなかったんだよな…わからないまま保護することになったんだっけ」
「そうだね。ブラッドのみんなからすれば詩音君が神機使いになる1ヶ月ぐらい前かな」
その後心葉には適合する神機がすぐに見つかったようだ。
「適合する神機が見つかった途端、彼の座学が始まったが彼の取り組み具合がとてもすごくてね」
「すごい…とは?」
シエルが首をかしげる。
「とにかく真面目だったんだ。わからないところは何でも聞いてきたんだ。防衛班のみんなが基本教えていたんだが、とにかく質問攻めで教えがいがあるけど大変な子だったと言っていたよ」
「明るい頃の心葉君みたい」
「ロミオも少しは見習ったらどうだ」
「うるさいやい!」
ナナ、ギルバート、ロミオが言う。
「驚いたのはもう一つあってね、彼のノートなんだけどとにかく字が綺麗だしとても見やすかったね」
「俺も見させてもらったけど、まるで教科書みたいだったよ」
「あまりに良かったから、後々の神機使いへの座学の資料としてコピーはさせてもらったよ。これが実際のノート」
サカキが本棚から一冊の古びたノートを取り出し、開いた。そこにはまるで端末から印刷された同然ぐらいの綺麗な文字で書かれた神機使いから現状にいたるまでの記録、歴史、アラガミのことが書いてあった。そしてなによりも見やすかった。
「うわぁ……すごい」
詩音が呟いた。それにみんな頷いた。参考になるの一言しかでない。
「で、彼の取り組み方なんだがこのノートを書いた時に毎度毎度零君に見せていたんだよ。私もたまたま初めて見せた時にいたんだけど、ノートを見た彼が大笑いしだしてね」
「零はいつも無表情でめったに笑わないんだけどさ。そんなあいつが大笑いしだしたからほんとどうしたんだって思ったよ」
「その零さんってジュリウスみたいな感じ?」
「ナナ」
「外見はジュリウスさんよりもっと冷たいよ。とっても仲間思いだったけどな」
ノートをめくりめくり見ていると自分よりはるかに真面目に取り組んでいたのがわかった。時折デフォルメされたようなアラガミが書かれていてちょっとかわいらしいとか思った。彼は本当は無邪気で純粋な子だったのだろうか。
「……まあそういうこともあって彼は神機使いになったんだ。けど」
「………心葉にとっての初陣が悲劇の始まりだったのかもしれないな」
「それって……零さんの事故…ですか」
ターミナルで自分で見れる限りの情報は見た。そこに彼は死亡してることは書いてあった。
「ああ。心葉の初陣の時に…な。俺たちも予測してなかった堕ちた者が現れたんだ。心葉は最初怪我人だと思ったんだ。それで近寄ろうとしたんだが、真っ先に心葉を狙ってきてな……それを零が庇った。胸元を神機で突き刺されて致命傷だったよ」
「私達も出会うとは思っていなくて堕ちた者については一切教えなかったんだ。それをまさか初日で出くわすなんてなおさらだ」
「…そうだったんですね…」
「………彼の死がきっと心葉君にとってのトリガーになってしまったんだろうな」
「トリガー?」
「……救世主喰らいのトリガーだ」
彼の死と救世主喰らいに関連性は一切見えない。強いて言えば零が堕ちた者に殺されたということと、救世主喰らいは堕ちた者を殺すということだ。
「その後何が起きたかっていうと、心葉君は自分のせいで零が死んだことをだいぶ悔やんでいたんだ。食事もろくに取れないぐらいショックを受けていたよ」
「部屋からほとんど出てくれなくてな。俺たちはただ部屋の前に簡単に食べられそうなものを置くことしかできなかったんだ」
「どうしようかと迷ってるうちに彼の方から私の研究室に来たんだ。体の様子が変だと」
「それってただご飯食べてないだけじゃないの?」
ナナが口を開いた。けれどサカキは否定した。
「本人もそういう次元ではないと言っていた。実際にメディカルチェックを受けたらそんなものではなかったよ」
「…それが彼の偏食因子の突然変異…でしょうか」
「シエル君の言うとおりだ。彼の中にあった微量の偏食因子が突然変異を起こしたんだ」
それがあの神機使いに特攻する性質をもった偏食因子のようだ。
「……調べてみてにわかには信じられなかったんだ。困惑した私は本部に聞いてしまったんだ。今となってはそれをとても後悔しているよ」
「……けど…もしそのままにしていたら……」
「ああ…最悪のケースが見えただろう……時間はあったはずだ。なのにだ……」
サカキはうつむいていた。自分も同じ立場だったらきっとそうしていたはずだ。そのままにした場合、万が一誤射した時なんて想像したくもない。ましてや銃身がスナイパーだ。そういった後々のリスクを考えれば正しかったのかもしれない。
「本部はすぐに彼をよこすように言った。私も従わざるを得なかった」
「…それで帰ってきたときはどうなってたんですか」
「…彼が帰ってきたときはブラッドの皆が赤い雨と終末捕食を食い止めてくれたときのことだ。それまでは本部を中心に各支部を異動していたようだ……彼を見たときは見違えたと思った。とても悪い意味でね」
「…………あの真っ黒でとても悲しそうな表情をしてる心葉君はその頃に…」
コウタが言うには普段はとても無邪気な笑顔を振りまき、とても真面目に取り組んでいて、コミュニケーションも積極的だったらしい。ただ帰ってきたときにはどれも無かったそうだ。
「……心葉君が本部に行ってから一度だけ連絡が来たんだ。もうすぐで帰るって連絡がね。その時の連絡は今でも忘れない程怖かったよ」
「…どんな報告だったんですか」
榛名が恐る恐る聞いた。
「……今日まで約100人近くの堕ちた者を殺してきました。ってね。その時私は電話を一度落としてしまった。手が震えて数分間動けなかったよ。電話を手にとったときには切れててね……」
「100人って……あのモニュメントの3分の1じゃないですか……」
聖域にあるモニュメントには約300人程の名前が刻まれてる。モニュメントは堕ちた者化した神機使いだけじゃなく、堕ちた者に殺された神機使いや一般市民の名前もある。モニュメントの半数近くの堕ちた者を殺していることになる。
「私はどういうことだと本部に聞いたんだ。そして返ってきた返答は、彼を生かしたかったら堕ちた者討伐を主体とした神機使いになってもらったと。もしそれを拒否するのであれば神機使いにとって危険だ。どうなるかはわかっているな。とね」
「そんな……」
「……あんな事故があったのに彼に危険だから死んでくれなんて到底言えるわけがない……だから私は止めることができなかった」
それからは皆知っての通りだ。救世主喰らいの名前が付き、堕ちた者の報告があり次第すぐに殺しに行く。暗い心葉が作られた経緯はこの通りだった。
「なあ、どうしてその心葉って子の二つ名はメシア…イーター…だっけ?になってたんだ?」
ロミオが口を開いた。その名前の由来は単純だった。
「私達神機使いのことを人類の救世主、メシアと例え、それを殺すまたは喰らう。そのことから神喰いとは違い、救世主喰らいと名付けられたそうです」
「…そっか……」
この名前が付けられたのは偶然心葉と堕ちた者との戦闘を目撃した人からの情報だったそうだ。
「…少し話がそれるけど、そもそも堕ちた者。今までは発生することは稀だったんだ。どうしてだかわかるかい?」
「赤い雨か?」
「いえ、赤い雨は黒蛛病を引き起こすだけのはず。堕ちた者とは一切関係がないはずです」
ギルバートの問にシエルが正す。堕ちた者になる理由は偏食因子の過剰摂取または活動時間外を超えても摂取をしなかった場合に発生するケースが多い。
「これはブラッドの皆がよくわかってるはずなんだけどね」
「ブラッドの皆……んーわかんないよー」
ナナが頭を抱える。
「俺たちブラッドが関係している……まさか感応種…!?」
ジュリウスが口を開いた。
「そのとおりだ。最近になって分かったことだけど、ブラッドが動き出してからの堕ちた者になるケースの約9割が遭難者だということがわかったんだ」
「…通常の神機使いでは太刀打ちができない。全員でまとめて逃げればそのまま感応種が追いかけてくる…そのために誰か一人が囮になり撤退。そしてその囮になった神機使いが……」
「シエル君の言う通りだ。だから極東で堕ちた者が現れること自体がかなり珍しかったんだ。極東はブラッドの皆が対応してくれたからね」
サカキが心葉の活動記録を見せてくれたが、確かに極東での行動はアラガミの討伐以外は片手で数えられるぐらいだ。大半が極東以外の支部で堕ちた者の討伐になっていた。
「……それから月日が立って皆の知っての通りだ。本人の暴走だ。暴走した理由は彼の過去にある。彼は強化神機使いの一人として作られていた。ただそこで事件が発生した。彼がブラッドのような感応現象に目覚めてしまった。その結果から強化神機使いではなく、世界を破滅に導くための存在として作られたんだ」
強化神機使い。幼少の頃から投薬、洗脳、特殊訓練を繰り返して育ち、通常の神機使いとは違う形で適合した神機使いのことだ。戦闘能力はブラッドまでとは行かないが、通常の神機使いは超える。本部からの調査で非人道的とのことである程度作られたあとにこのプロジェクトは止めさせられた。
「どうしてそんなことを…」
「当時の研究者達は心葉君の中にある微力な偏食因子に神機使いに抵抗することを知っていたようでね。何もかも絶望した時に彼に壊してもらうつもりだったようだ」
その企画は世界喰らい(ワールドイーター)計画として実行されかけた。
「……彼の暴走による被害はあまりにも大きかった。あの頃の本人の心はかなりボロボロでね、それで自分の本来の使命を見つけてしまったんだ。そうしたらそれが間違いだとしても信じるしかなかったようでね…」
「神機はまるでバターのように切り裂かれたりしたさ。怪我人も多くて、神機の修理も含めれば丸一ヶ月は戦えなかったよ」
コウタがつぶやいた。彼も当然心葉に攻撃されている。
「…その時の被害は極東の神機使いが全員負傷。援護に来ていた別の支部の神機使いは全員死亡。それと…極東にある神機使いがいたんだ。心葉君と同じく強化神機使いのね。その神機使いも死亡したよ」
これだけの数を負傷から殺害まで追い込んだ。以下に戦闘能力が高かったのかがわかる。
「……そのもうひとりの強化神機使い…咲良君。彼女が詩音君が殺されるところを庇ったんだ。それが終わりの引き金でもあったね」
「…心葉君が私を神機で突き刺そうとしたらそれを咲良ちゃんが庇ってくれて……そしたら…心葉君がまた苦しんで…」
詩音がスカートをギュッと握りしめていた。
「……ロミオが死んでから絶対に誰も死なせないって思って、ジュリウスも終末捕食を止めるためにいなくなって……二度と犠牲を出してたまるかって思った。あのときの私は彼を……心葉君を…救えるだけの力はあった……!けど……けどぉ……!!」
彼女の手に大粒の涙がこぼれ落ちる。多数の被害を出した心葉は最終的には自らの首を断った。
「……私は…心葉君のことを救えなかった…!手を伸ばしても…届かなかった…ひぐっ…なんにも…彼のためにできなかった…っ…」
「…詩音さん……」
「……ごめんね……ちょっと一人にさせて……」
詩音が目元を袖でぬぐい、部屋をあとにした。
「…シエル、隊長のことをちょっと頼む」
「はい」
ギルバートがシエルに言い、シエルも部屋をあとにした。
「…俺もな…隊長の気持ちはわかる………」
帽子を深めにかぶりながら言った。
「…ロミオのときの葬式も…泣いてだけどな。それ以上に泣いてたよ。大声あげながら子供のようにわんわん泣いてた。それだけあいつにとって辛かったんだよ。守れる力も救うための力もあった。けど……救えなかった。それは俺たちも同じだった」
「……救世主喰らいの話はこれで終わりだ。3人がいない間これだけのことがあったんだ」
「「「………」」」
ジュリウス、ロミオ、リヴィの3人は口を開こうにも開けなかったようだ。
「今日はこのぐらいにしよう…他にも知りたい情報があったら私に声をかけてくれればいつでも話すよ」
その一言を最後に全員何もしゃべること無く研究室を出た。