ほのぼの?
ずいぶんと昔に寄稿したモノの再録
隣を歩いていたはずの彼の姿が、ふと気づくと消えていた。
振り返ると彼は一本の枯れた木の前で立ち止まっていた。
なにをしているんだろうと首を傾げながら彼の傍へと歩み寄ると、彼は木の幹を見つめながら、
「どうしたんだ、ボウズ?」
そう、声をかけた。
「――誰に話しかけてるの?」
おそるおそる問いかけると、彼は木の幹を指差して、
「誰って、この子に――あ、消えた」
「き、消えた?」
「見えてなかった? んじゃ、幽霊だったのかな」
ゆ、幽霊!?
「ちょっと、やめてよ! 私そーゆーの苦手なんだから!」
青くなって抗議すると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「別に恐くはないだろ。今は幽霊でも元々は人間だったわけだし。普段似たようなのと一緒にいるのに、なんで怖いわけ?」
「洞仙様! それはどういう意味ですか!?」
姿を消してついてきていた窟子仙が現れて、彼に詰め寄った。
「ボクらのことをそんなふうに見ていたんですか!? 第一ボクらには実体があるし、幽霊とは全然違います!」
「それじゃ、部屋神様は? 現れたり消えたりするだろ?」
「神様と幽霊を一緒にしないでよ」
呆れて口をはさんでみたけれど、彼は聞いているのかいないのか、窟子仙に話しかける。
「なあネズミ、これから行く予定の場所には、急がなきゃならないのか?」
私はさらに呆れて内心、溜め息をついた。
仙獣に自分で名前をつけておいて、その名前を呼んだ試しがないんだから。
窟子仙もさすがに呆れ果てたのか、溜め息をついて答えた。
「予定の龍脈は、今すぐにどーこーなるってものではないです」
「そうか」
彼はつぶやくように言って、枯れた老木を見上げた。
「この木がどうかしたの?」
「さっきの子供、哀しい顔でこの木を見上げていたんだ。だから――」
「この木を復活させれば、その子供がどうにかなる、と?」
「それはわからない。ただ、ここの龍脈も弱りかけているみたいだし、ついでだと思って。……幽霊が出た場所なんてイヤ?」
「手伝うわよ。――ここで待っていろなんて言わないでよね。そっちの方が怖いわ」
それを聞くと、彼はニヤニヤと笑った。――完全に、私をイジメて面白がっている。
ちょっと頭にきたけれど、これから仕事だからと気を引き締めた。
「飛天功!」
彼と私と窟子仙の三人(二人と一匹、かな)は、地中に飛び込んでいった。
* * *
ようやく仕事を終えて地上に戻った私達を出迎えたのは、大地に広がる緑だった。
さっきまでは赤茶けた土の色ばかりが目立っていたのに、今は緑一面に塗りつぶされていた。
この光景を目にすると、いつも胸に熱いものがこみ上げてくる。こんなに素晴らしい「奇跡」を行うことができる洞仙を、何故みんなは嫌うのだろう。
私は周囲を見渡し、そしてあの木に目を止めた。
「あ……」
私の声に、彼もその木の方を見る。
あの枯れた老木は、周囲が緑に包まれている今も、やはり変わらぬ朽ち果てた姿でそこにあった。
「どうして……?」
「寿命、だったんだろうな」
何でもないような口調だったけど、内心は悔しく感じていることが私にはわかった。
かける言葉も思いつかないまま、私は彼の傍らに歩み寄った。
彼は無表情で木を見つめていた。
ふいに、彼の視線が何かをとらえるのがわかった。
「………」
無言で何かを見つめている。また何か、見えざるものを見ているのではと、私はこわごわと彼が見ている方を見る。
――花びら?
ひらりと、ピンク色の花びらが一枚、二枚――違う、もっとたくさん。無数の花びらが、風に舞っていた。
見上げると、枯れていたはずの木に、満開の花が咲いていた。
「綺麗……」
怖いくらいに、美しかった。この世のものとは思えないくらいに。
たくさんの花びらを散らす満開の木の下に、四、五歳くらいの小さな男の子が立っているのが見えた。
にっこりと笑いながら、とても嬉しそうな顔で木を見上げている。その傍らには優しそうな女の人が同じように見上げている。
花びらは尽きることなく後から後から降ってくる。
ピンク色にかすむその向こうで、女の人は男の子の手を取り、私達に背を向けて歩き出した。
男の子は手を引かれ――そして、私達の方をちらりと見て笑った。そんな、気がした。
吹雪のように吹きつけてくる花びらのせいで、もう目を開けていることすらできなかった。私は目を閉じた。
ゆっくりと目を開ける。
何もなかった。満開の桜も、花びらも、すべて。目の前にはあの枯れた木が、先ほどと変わらぬ姿で沈黙している。
みんな夢だったかのように。
「……あれ、あの子のお母さんだったのかな。あの子、ずっとここで待っていたのかな」
「さあね」
私のつぶやきに、彼はいつもと全く変わらぬ口調で返してくる。それが、なんとなく安心する。
「良かったね」
笑いながら言うと、彼は意地の悪い笑みを浮かべた。
「怖いんじゃなかったっけ」
「もう! ホント意地悪なんだから!」
怒って手を振り上げたけど、すぐに笑いがこみ上げてきた。
私は笑いながら大地を見渡した。
幸せに輝いている大地を。