「テセウスの船、というものを知っていますか?」
某県某市、某駅前のマクドナルドでのことだ。
遅めの昼食をと、チーズバーガーを食べていると、僕が座るテーブル席の相席の位置に、少女が同意もなく勝手に座りながら、僕に話しかけてきた。
「仮にテセウスと名付けられた船があったとして、その船の古くなったパーツをどんどん新しいものに取り替えていくんです。板一枚、螺子一本までどれもこれも」
少女のトレーには、ポテトとナゲット、バーベキューソースが並んでいる。合間合間にポテトを挟みながら、テセウスの船について丁寧な説明を聞かされる。
「最終的にはテセウスと名付けられた時のパーツが一つも残っていない、綺麗な船が出来上がりますが、それはまだテセウスと呼ぶことはできるのか。或いは、」
或いは、古いパーツを集めてもう一つ船を作った時、テセウスと呼ぶべき船はどちらなのか。
少女は丁寧に説明してくれたけれど、僕はテセウスの船、テセウスのパラドックスについて知らないわけではなかった。別に、知っていることを主張するつもりは全くないが、過去と現在の同一性の問題について知らないわけではないのだと、僕は言外に伝えた。
「ご存じでしたか。ならば話は早いというものです」
少女はバーベキューソースの封を開け、そこにナゲットではなくポテトの先を浸す。それ美味しいよね。ケチャップが無料でもらえるというのは有名な話だけれども、実はバーベキューソースやマスタードソースも四十円で買えるんだ。僕はナゲットを買うよりも、ソースとポテトを買うことのほうが多いくらいだ。冷めてふにゃふにゃになったポテトとソースがよく合うんだよ。
揚げたてサクサクのポテトと、時間が経って柔らかくなったポテトはどちらも同じ商品だけど、それぞれ違う良さがある。過去と現在の同一性も美味しいポテトの前では祇園精舎の鐘の声という話かな。
「全くもって違いますよ。マクドナルドのポテトも盛者必衰の理からは逃れられません」
ならマクドナルドで他に何の話をするというんだ。まさか、チーズバーガーのピクルスが本当に必要かどうかを僕達が話し合ったところで、マクドナルドのチーズバーガーのレシピが変わるわけでもないというのに。
「ピクルスが苦手なんですね、あなた」
なぜわかった。
「ピクルスが好きな方が、チーズバーガーがーにピクルスが必要かどうか、なんて話をするわけがないでしょう」
なんと。語るに落ちるとはこのことか。
「語っていないだけで言っているようなものでしょう。言うだけ無駄、と言う気もしますが、そうではなくてですね」
そうではないのか。ならばどんな用で、君は僕の向かい側に座っているんだ? このテーブル席を僕の領地だと言う気はないけれど、空いている席なんて他に幾らでもあるというのに。
「確かに、席はいくつも空いているのは一目瞭然ですけれどもしかし、あなたの相席となる席はこの世界に一つしかありませんよ。唯一無二、オンリーワンです」
僕の顔にそんな価値があるとは思えないけれどね。
「そう卑下なさることはないと思いますよ。イケメンというよりは可愛い系、童顔ではありますけれど、十分にモテそうな顔をされているように思います」
子供が年上の男にする評価じゃねえよ。可愛い系って……。
「女子の意見は重要ですよ。そして女性の年齢に言及してはいけません。……いけませんね。分かってはいましたが、あなたとの会話は横道に逸れてばかりで本筋に入れません」
分かったようなことを言うね。まるで僕のことを今日会うまでもなく知っていたみたいじゃないか。
「私に分からないことなんてないんですよ。全知全能を自称できる程ではありませんが、私はそれなりに知っている女の子なんです。見た目によらず」
いや、それなりの見た目をしているように見えるけども。只者の格好じゃねーよ。あちこち継ぎ接ぎだらけの薄いベージュ色のロングコートと帽子はどう見ても、数年どころではない年季が入っていて、まるで長年放浪を続けている旅人のようだ。しかし対照的に、何年も掛けて伸ばしたのだろう長い黒髪は、オイルに漬け込んだかのように艶やかで、しかしベタつきは見られず触り心地も良さそうに見える。薄汚さと清潔感が同居したような、十歳ほどの少女。何でもないように楽しくおしゃべりしていたけれど、よく見れば見るほどに只者ではないのが分かる。
「はじめまして、
……とりあえず、店を出ようか。話はそれからだ。