楽羅來ららという超能力者の話。(仮題)   作:那由多 ユラ

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恐ろしい話だ。

 

 僕は一人暮らしだ。

 築半年、駅から徒歩三十秒、1LDK。社会人として暮らすならこの上無いほど好立地なのに家賃三万という破格のアパートに一人で住んでいる。勿論、何事もなく家賃三万なはずもなく、相応の理由があるのだが、それとは関係なく、僕の家に他人がいるという状況は住み始めてから半年が経つものの初めてのことだった。

 リビングのソファに腰を下ろした楽羅來は、隣に座った僕の方に顔を向けて、長い前置きを語った。そしてこれからの話をしようという。

 ちょっと待った。未だ僕はこの状況に納得していないのだけれど、とりあえずお茶くらいは出させて欲しい。長い話になりそうだから、まずは喉を潤したい。

 

「ええ、ここはあなたの家ですからね。どうぞお構いなく」

 

 さて、とは言ったものの何か出せるものがあっただろうか。男の一人暮らしに来客の備えなんてあるはずもなく、茶葉や急須なんてものもない。かろうじてガラスのコップが幾つかと、冷蔵庫には……お、コーラがあるじゃないか。コンビニで歯磨き粉一つだけ買うのがなんとなく気恥ずかしい気がして買ったはいいものの、飲むタイミングを見失ったものだ。

 楽羅來、コーラでいいな?

 

「お構いなく、と言った筈ですよ。私に言ってくだされば、お茶にお茶菓子に今日の夕飯まで何もかもご用意しましたのに」

 

 生憎と、異能力を便利アイテムのように使うような現代社会の風潮には馴染めていないんだ。

 

「お年寄りのようなことをおっしゃいますね」

 

 非異能力者だからね。単に異能力と関わる機会が無いんだよ。

 

「そんな暮らしも今日までですよ」

 

 恐ろしい話だ。

 

「ええ。これから、その恐ろしい話をするんです」

 

 出来れば、勘弁願いたいのだけどね。僕は人生に刺激を求めるような趣味はしていないんだ。出来る事なら、平和に生きていきたい。

 

「平和ほど恐ろしい時代もありませんよ。真に平和な社会が実現したなら、私やあなたのような市民はまず排除されるでしょうね」

 

 極論も極論だろう。真の平和なんてフィクションですら実現不可だ。

 

「しかしそれを実現しようとしているのが、チームなんです」

 

 最悪だな。慈善組織なんて言っていたが、慈善ほど最悪なものもない。

 

「ごもっとも。なのでなんとかしようというのが、これからのお話です」

 

 そうか、頑張れよ。

 

「あなたも一緒に来るんですよ。私一人では何も出来ませんので」

 

 いやだよ。

 なんでも創れる超能力者が、僕に何をさせようと言うんだ。

 

「聞かれたからには答えますが、ズバリ、潜入任務のようなことをしていただこうと思っています」

 

 本当に何をさせようとしてるんだ。

 チームが現状どんな組織なのか知らないが、僕には戦闘能力も演技力も無いというのに。

 

「問題ありませんよ。今この星にいる全人類の中で、あなたが最も適切だと私は確信しています。どうやら、高天原(たかまがはら)初の退学処分者となって以降、あなたは自身のあらゆる能力にコンプレックスを抱いているようですけれど、心配ありません。チームはあなたにとって、この上ないほど適材適所となる環境です。潜入任務なんて格好つけた言い方をしましたけれど、正確にはシンプルに加入と言うべきです」

 

 一体、なんの話をしているのか、僕には分からない。

 世界を平和だと思ったことは無いけれど、だからと言って平和にしたいと、より良き社会にしたいと思ったことも無いんだ。今のまま、等速直線運動のように生きていければそれでいいと考えながら生きてきた。チームに加入? そんなどんでん返し、僕の人生には無縁であって欲しいくらいなのに。

 楽羅來は、僕の言葉を、僕の思考を受け止めた上で、それならばと言う。言ってみせた。

 

「能力不足があったら私が補います。分からないことがあったら私が教えます。不安があったら私が引っ張ります。不満があったら私が受け止めます。挫けそうになったら私が支えます。傷付いたら私が癒します。折れてしまったら私が直します。誰かに嫌われたら私が愛します。寂しくなったら私がいます。お金がなくなったら、私が養います。さぁ、ナンバーワンの異能力者にここまで言わせたんですよ。断る理由がありますか?」

 

 ありありだよ。年下の女の子になんてこと言わせてるんだと、僕は今、自分をぶん殴りたくて仕方がない。いっそ君がぶん殴ってくれていい。女の子をまるで自分の所有物のように利用する人生なんて、死んでも御免だ。

 それが世の為、人の為であろうとも。

 だから、断る。

 

「理解力が良いようで助かります。腐っても高天原出身ですね」

 

 僕は断っている。楽羅來の要求を、要望を拒絶している。だと言っているのに、楽羅來はまるで、僕が頷いたかのように話を進める。

 

「社会における私の立ち位置というのはその辺に転がっている石ころだというのは、先に話した通り。私の所有権を主張する人は何人もいますけれど、実際に所有権を持っている人はいませんし、誰に所有されたいとも思っていません──八橋あられさん、あなたを除いて。あなたには私の飼い主として、チームの一員に加わって欲しいんです」

 

 僕が、一度でも頷いたように見えたのか?

 嫌だよ。君の持ち主だか、飼い主だかになるのも。チームなんていう野蛮な組織の一員になるのも。重ね重ねに死んでも御免だ。

 

 楽羅來は、それでも笑っている。駄々を捏ねる子供を見るような目で、笑う。

 なんなんだ。なんで僕なんだ。僕が高天原(たかまがはら)学園出身だからか? 僕が唯一、高天原(たかまがはら)大学を退学になった人間だからか? 僕はそんな大した人間じゃないんだ。人類最賢と呼ばれていた校長のように人間離れしてもいなければ、死の魔法使いと呼ばれた大学生医師のように神の手を持っているわけでもない、なんでもないただの一般人なんだぞ。

 

「まるで一般人であることを免罪符のように言いますね。ヒーローじゃないから、人を見捨てても許してくれと言っているようで、見苦しいですよ。それでも男ですか、あなた」

 

 そう言っているんだよ、だから。

 僕はヒーローにはなれないし、なりたいとも思わない。

 僕はもう、子供じゃないんだ。

 

「ええ、知っていますよ。私は言ったはずです。私に分からないことはないのだと」

 

 だからなんだよ。

 

「別に何か、やりたいことがあるわけでも無いのでしょう? ちょうど良いタイミングではありませんか。今日があなたの人生の転換期です。一緒に世界を守りましょうよ。さすればもれなく、唯一無二の超能力者、楽羅來ららが付いてきます」

 

 ……そのとおりだよ。僕にはやりたいことが、ない。将来の夢みたいな遠い先のことだけじゃなくて、今後の予定みたいな近い未来のことも、全てが未定のまま生きてきた。正直、嫌なんだよ。未来に希望なんて持ちたくないし、過去に未練なんて持ちたくない。あの時にもっと頑張っておけばよかったとか、これからはもっと頑張ろうとか、そんなこと考えたくない。日々を惰性で転がるように生きていきたい。マクドナルドのバーガーで満足できるままに死んでいきたい。世界が滅びようが、社会が壊れようが、知ったこっちゃないんだよ。

 

「でもこれからは、知ったこっちゃないでは済ませませんよ、この私が。分からない事があるなら私が教えます。その結果、傷付いたなら私が癒します。未来で誰もに嫌われたなら、その分私が愛します。どんな理不尽な不満であろうとも、私が受け止めます。私に人権が無いように、あなたに拒否権はありません」

 

 僕に心なんてあるのか知らないが、胸を打たれたような気分だ。気分が悪いが、そんな彼女の意思を悪くないと思えてしまっている。

 ……もういい。

 ……分かったよ。

 認めよう。

 楽羅來。君の意志は僕の意地を凌駕した。

 どうせやりたい事も無かったんだ。

 世界を守るだか、救うだかくらい、してやってもいいと僕は思っている。君の熱意に熱されて、僕の気持ちまで熱くなるくらいに思わされた。

 だけど教えてほしい。

 なんで僕なんだ?

 僕の自己評価が低いというのは認めよう。僕が思っている以上に、僕という人間はそれなりのスペックを持っているとして、だ。それでも僕より有能な人間なんて幾らでもいるだろう? それこそ高天原学園には、天才だの秀才だのハイスペックだのフラグシップだの、そういう便利な人材が有り余るほどにいるじゃないか。

 

 楽羅來は、コップに注がれたコーラを一気に飲み干してから答える。

 

「私は通知表であなたを選んだわけではありません。……少々、話しすぎて疲れたので端的に言うなら、タイプだったというだけの話です。恋愛的な意味だけでなく、兄として、父として、飼い主として、人として、誰よりも好ましく思った。人は全知に近づくほどに、好ましく思える人間が限定的になる。いくら中退したといえど、高天原の生徒だったなら、知っているでしょう?」

 

 知っている。

 人類史上最も賢いとされた人間、人呼んで人類最賢こと、高天原(たかまのはら)七七七(ななみ)。全人類の思考を脳内でシミュレートしているという彼女が校長として君臨した学園こそ僕が中退した母校、高天原(たかまがはら)学園。偏差値だけなら東大以上、学者どころか賢者が集まるような学校だったが、入学条件は二つ。彼女に認められること、好かれることだった。初等部であれ中等部であれ、大学であれ、高天原七七七の見る目に間違いは無かった。

 アレと同等かそれ以上の知識を持って僕を選んだなら。

 

「間違いであるはずがないでしょう?」

 

 いや。生憎と、僕は唯一の例外だった。高天原七七七に、人類最賢直々に、見る目が無かったと言わしめた唯一無二の生徒だぞ。

 

「奇遇ですね。私も唯一無二、オンリーワンの超能力者なんですよ。逸れもの同士、仲良くやっていこうではありませんか」

 

 僕はコーラを、一息に飲み込んだ。

 

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