寒くもなく、暑くもなく過ごしやすい春。何か文句をつけるとするならば花粉と毎年恒例の出費の多さ。
「よーし、今年も春限定のパンを食べ尽くすぞ~」
彼女、青葉モカはそう言って僕の先を歩いて行く。他にも幼馴染みがいるだろうに、毎年僕を誘って隣町や商店街にと連れ回す。正直迷惑してるし、勘違いしかけている。
僕の心の内を知らず、電車のホームでスマホの画面に指を滑らせる。最初は隣町の駅近に出来たばかりのパン屋。可愛らしい見た目がバズるということで学生に人気らしい。そういうのはモカよりひまりの方が専門と思っていたけれど、今回は忘れよう。
「次の駅で降りるでしょ~、そしたら改札出て左で~」
人混みではぐれてもということで先に場所について教えてくれた。本当ならここは僕が教えた方がいいんだろうけど、生憎土地勘もなければ気遣いも出来ないから謝りたい。
電車から降りて、改札に向かう。予想通り人は多いし、エスカレーターなんて昇れたもんじゃない。しかもモカとはぐれてしまった。改札に出てから彼女に連絡したが、人混みに流されて今僕がいるのとは反対側の出口にいるらしい。パン屋があるのは僕の出口側。とりあえず今の場所を動かず待つことにした。
数分後、彼女の声がする。離れていたのは少ない時間なのに久しく会っていないような変な感覚を覚えた。
売り切れないようにと目的地を目指す。着いたパン屋は大盛況。部活帰りであろうジャージを着た学生、少し年上に見えるオシャレな男女のペア。できるならば早くここを立ち去りたい。
「よし、並ぼっか」
列の最後尾に二人で並ぶ。銀髪パンパーカーの美少女と、片や隣には全身寒色の服に身を包んだ眼鏡。彼女はともかく、僕はこの場にはふさわしくない。ほんの少し、回りからの視線に敏感になってしまう。
落ち着くことなく、いつの間にか店内に。彼女はトレーを取るやいなや春限定と書いてあるパンを全て取り、他にも有名な猫パンや映えるらしい2色のハート型パンも取ってかなりの多さ。僕はと言うと、パン屋で見かけたら必ず食べるクロワッサンとメロンパン。あとは限定のを数個取ってレジに並んだ。
「そうだ、会計一緒にしよ。後ろのお客さんも並んでるしね」
彼女の提案にのり、会計を一緒に。僕が財布を出そうとしているといつのまにか彼女は支払いを済ませて僕の分の袋を手渡してきた。
「はい、これで全部だね」
「あ、お金……」
「じゃ~、近くの公園で食べよっか」
ペースをつかまれ近くの公園に。桜が咲き誇り、子連れが多い中、二人で木陰のベンチに腰を掛けた。
「それじゃあいっただっきまーす」
「ん、いただきます」
話を切り出すタイミングを見つけることが出来ず、彼女はパンを食べ始めてしまった。倣って僕も食べてみる。パンは普通に美味しい。普通にって言うか、限定という付加効果もあってすごく美味しく感じる。
「あ、お金はいいよ。連れ出したのはモカちゃんだし、バイト変わってくれたのもあるからそのお返しってことで」
「そっか、ありがとうね」
彼女の一言で今日一番落ち着けた。
静かに揃ってパンを頬張る。風に吹かれて飛んでくる桜の花弁。隣に座る彼女の顔に強く吹き付けたから思わず視線を移した。そこには風などいざしらず、好物のパンを満面の笑みで頬張る彼女がいた。整った顔立ちに少しおどけた雰囲気。それはそれとして、ほっぺたにクリームが付いているのが気になる。
「なになに、可愛いモカちゃんの食事シーンに見蕩れちゃった?」
「まぁ、うん。あとは……ほら、クリームついてたよ」
それらしいことをしてみる。もちろん僕には似合わない。
「……そういうことされたら流石のモカちゃんでも勘違いしちゃうかもしれないんだけどなぁ」
「僕だって勘違いしてるよ。その……いろんな意味で」
いつだか夢に見た漫画のような展開。この初々しい感情も春限定なのかもしれない。
勘違いで終わるなよ