ヘスティア・ファミリアのエセシスター   作:カラスガラス

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今回は長めです。

一部、主人公の前世の話があります。



過去編(7年前) 大抗争:後編

 

 

 夜が明ける、その少し前。

 リオンたちアリーゼ以外の【アストレア・ファミリア】の面々は装備の整備を【ゴブニュ・ファミリア】に任せていた。今はその装備を受け取りに行っている。アリーゼも一緒に。

 私はそちらにはついて行かず、ギルド本部にてフィンさんと相対していた。

 

「どう見る? 君の考えを聞いておきたい」

「『静寂』は恐らくダンジョンに現れるでしょう。直感という他に根拠はありませんが」

「いや、僕もそう思う。敵の布陣と、僕も勘頼りにはなるが、アルフィアが現れるとすれば、ダンジョンの可能性が高い」

 

 最後の打ち合わせだ。

『静寂』と戦うと言っておきながら、遭遇しませんでした、では話にならない。

 

「ダンジョン側の編成を変更しよう。ユイと【アストレア・ファミリア】、リヴェリアに加えてガレスとアイズも入ってくれ」

「それは了解したが……お主もフィンのような直感持ちだったのか」

「はい、随分助けられてます。多分なかったら何回か死んでたかも」

 

 ガレスさんに軽く返しつつ、四次元ポーチに手を入れる。

 

「音対策の魔道具(マジックアイテム)です。耳に着ける形なので試しに着けてみてください」

「この短期間で形にしたのか。鍛冶から何まで、もはや流石の一言しか出てこないな」

「ありがとうございます。まぁ、これに関してはアスフィが元々作っていた魔道具(マジックアイテム)を参考にしたので1から作ったわけではないですが」

 

 と、リヴェリアさんにも耳飾り型の魔道具(マジックアイテム)を渡しておく。ガレスさんにも、『剣姫』にも渡す。

 ちなみに【アストレア・ファミリア】のみんなにはもう渡してある。

 

「それと、別途物資は【ヘファイストス・ファミリア】の皆さんに運んでもらっています。細かいところまでは手を回せませんので、必ず必要になるであろう万能薬(エリクサー)10万と上級精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)5万」

「ああ……本当に助かるよ。ここ数日も君が用意してくれた回復薬(ポーション)のおかげで助かった命がいくつもある」

「これまで通りアリーゼたち以外に出どころはぼかしておいてくださいね」

「心得ているよ」

 

 と、フィンさんと話しているとフィンさんの後ろにライラと同じぐらいの背丈の少女が立った。

 

「どうして……内緒にするの? みんな、喜んでた」

「こら、アイズ」

 

『剣姫』。改めて考えて10歳ぐらいの少女が戦いに投入されるのは異常事態だ。それほどまでに逼迫している状況とも言える。

 しかし、これでLv.3というのだから、この少女自体もなかなかである。

 

「薬が不足している中でこんなにいっぱい作れるのが私だって知られたら、そっちに集中しろって言われるでしょ? そうしたら戦えなくなるからだよ」

「ん……なるほど」

 

 まぁ、どちらかというと魔法について知られたくないという理由が大きいが。私の魔法【ルクレエ】は悪用しようとすればいくらでもその方法が思い付く。

 

「すまないな」

「いえ、分からない事は放置するよりも調べようとする姿勢は素晴らしいと思います」

 

 こちらが真実を全て語るわけでもないが。

 内心に大人の悪い部分を出しつつ、リヴェリアさんに答えた。

 

 そうしているうちに、夜が明ける。

 開戦の時だ。

 

 

 

 ダンジョンを駆け下りる。

大最悪(モンスター)』は超大型。決着をつけるならば広大なルーム。私たちはその決戦の場を18階層に定めた。

 

「大丈夫なのか? さっきからデカいのを連発しておるが」

「問題ありません。精神力(マインド)は自給自足出来ますし、疲労も有り余る回復薬(ポーション)でごまかせます。本当の戦いまで、私が対処出来るものは全て私が対処します。今は無駄な体力を消費しない事に集中していてください」

 

 少数精鋭の討伐隊の先頭を走るのは私だ。荒ぶるモンスターを蹴散らす役目も私が担っている。

 今、ダンジョンにいる味方は私たちだけだ。他に人がいたとすれば、それは全て敵となる。ゆえに、今は何の憂いもなく連発出来る。黒聖剣による魔力ビームを。

 

 黒いエクスカリバーも、黒いドレスアーマーも、モチーフは前世のアニメに出てくるキャラクター。劇中ではデタラメに魔力ビームを振り回していた。

 私の作製者(スキル)は、心象強度に応じて武具に付与する特殊効果を増幅させる。つまり、イメージが強ければ強いほど、効果が強力になる。あの姿を目に焼き付けた私であれば、それが再現出来る。

 

 ダンジョンを破壊するのも気にしない。どうせ『大最悪(モンスター)』が全階層ごと破壊しながら上がってきているのだ。この程度、微々たる差だ。

 私の後ろについてきているみんなには『大最悪(モンスター)』及び『静寂』のために諸々を温存してもらっている。

 

「おーおー、景気良くぶっ飛ばしてくれるじゃねぇか。あの女よりお前の方が敵に回したら厄介なんじゃないかと思えてくるぜ」

「『勇者(ブレイバー)』から攻略法を聞けた分、こいつの方が対処法がない。囲んでボコるぐらいか」

「私をボコる作戦考えるのやめてくれる? ていうか、囲んでボコるのは『静寂』も一緒でしょ!」

 

 ライラと輝夜も軽口を叩く余裕があるほどだ。

 多少通常よりもモンスターの動きが活発になっているとはいえ、中層程度に苦戦する面子ではない。

 

 

 ほどなくして、18階層へ到着する。

 18階層は普段の面影などなく、赤い地獄と化していた。いたるところから炎が上がり、下から上がってきたのであろうモンスターが燃えながら突進してきた。

 魔力斬撃を薙ぎ払いながら、高台を確保するなど予め決めていた陣形を展開しようとしたところへ、私たちとは違う第三者の声が掛かった。

 

「余計な事はするな」

 

 確かめるまでもない。『静寂』のアルフィアだ。

 

「やっぱりいた」

 

 私の、倒すべき相手。

 まだ『大最悪(モンスター)』は姿を現していない。

 

「ひとまず全員で『静寂』にかかりましょう。『大最悪(モンスター)』がここまで上がってきたら部隊を分けます」

「了解じゃ」

「ああ、分かった。アイズ、準備しろ」

「……うん!」

 

 私はフィンさんからこの討伐隊の指揮を任されていた。

 私なんかより色んな経験をしているガレスさんやリヴェリアさんの方が良いと思ったし、実際そう言ったのだが、『静寂』戦を私を軸にして行う事や魔道具(マジックアイテム)、装備を逐次供給出来るということ、何より直感がある事から押し切られてしまった。

 まぁ、地上戦とは違って頭を使うような場面もそうないだろうからと最終的には納得したが。もし私が地上の指揮なんて任された日には冒険者全滅の未来が待っている。

 

「さあ、行くわよみんな!」

「みんなはいつも通りお願い。ライラは隙を見てソレ使って。なる早で」

「おう」

 

『静寂』は何もしなければ手を下さないでやる、なんて口にしたが、従うわけもない。

 

「うおおおおっ!!」

 

 先陣を切ったのはガレスさんだ。

 

「【福音(ゴスペル)】」

「ぐうぅぅっ!?」

 

 超短文詠唱の音の暴力によって吹き飛ばされたが、予想出来た結果だ。アリーゼとリオン、『剣姫』が入れ替わるように突撃する。

 

「そこにはまだ残響が生じているぞ?」

「3人とも、全力で上に跳んで!」

「【炸響(ルギオ)】」

 

 先ほど魔法が通過した場所で音の爆発が発生した。爆散鍵(スペルキー)だろう。そんな情報はなかったが、3人は跳躍した事で巻き込まれなかった。

 

約束された(エクス)──」

 

 そして、私は3人の下に空いたスペースへ振りかぶる。

 

勝利の剣(カリバー)──!!」

 

 全力で聖剣の能力の解放。黒い高密度の魔力ビームが『静寂』へ向かった。

 

「【魂の平静(アタラクシア)】」

 

 しかし、魔力は『静寂』に触れる寸前に霧散した。やっぱり魔力ビームも魔法と同じように無効化されるらしい。これも予想通りだ。

 直後、3人が『静寂』に斬りかかる。

 

「後衛は攻撃魔法準備。リヴェリアさんもお願いします。魔法を放つのはほんのちょっとずつタイミングをズラす感じで」

「「オッケー!」」

「ああ、了解した」

 

 3人の剣は掠る事もなく避けられている。

 魔導師といえどもLv.7だ。その程度はやってくるだろう。

 

 私も突貫する。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

『静寂』が詠唱する。今度は音魔法。

 空気の振動がアリーゼ、リオン、『剣姫』を殴りつける。

 間をおかず、私にも向かってくるが。

 

「はあッ!!」

 

 全身から魔力放出。

 耳飾りの加護と魔力放出によって音の威力は大幅に減衰した。ダメージゼロではないが、勢いを落とさずに突っ込める程度には抑えられた。

 

「なに?」

「せえぃッ!!」

 

 鎧と剣による魔力放出で威力を増幅させた斬撃を振り下ろす。

 しかし、柄に手を添えられ、剣は途中で止まった。

 

 無理矢理振り下ろそうとするが、動かない。

 

「馬鹿力……!」

「お前たちが非力なだけだ」

 

 だが、同時に気付く。

 柄近くの魔力放出が機能していない? いや、機能はしている。している上で、魔力が消されている。

 もしかして。

 

 1度引き、今度は横薙ぎに聖剣を振る。

 

「【魂の平静(アタラクシア)】」

 

『静寂』は1歩下がって剣の間合いを外れ、それでも射程圏内である魔力斬撃は霧散した。

 

「儂を忘れるでないわ!」

 

 ガレスさんも仕掛ける。

 私は一瞬の隙にライラへアイコンタクトし、『静寂』へ追撃をかける。さらに上がってきていた輝夜も刀を抜く。

 

「【福音(ゴスペル)】」

「ぐおぉぉ!!」

「くうぅぅ!!」

 

 ガレスさんと輝夜が音魔法の餌食になる。

 

「今!」

「おらあぁぁぁ!!」

 

 音魔法は私の方へも飛んできたが、魔力放出で防いだ私。それと、私を盾のように瞬時に後に隠れていたライラが飛び出す。

 

 斬撃とシールドバッシュ。

 私の斬撃は避けられたが、ライラのシールドバッシュは軽く腕で受け止められていた。

 

「あのドワーフならともかく、小人族(パルゥム)のお前が何の真似だ?」

「別にぶっ飛ばしてやろうってわけじゃねぇよ。こちとら頭で戦う小人族(パルゥム)なんでな。そういうのは他の奴らに任せてる」

 

 確かにライラがこうして前線に上がる事は少ない。大抵は少し下がったところからブーメランでチクチクやっている。

 しかし、だからこそこうして虚を突いて攻撃を当てる事も出来る。避けるまでもないと考えたのかもしれないが、どちらでも結果的に当てられたなら何でも良い。

 

「で、どうだった?」

 

 反撃を受ける前にさっさと退避したライラへ問い掛ける。

 

「ああ。今の感覚、直前に詠唱してたわけでもねぇ。あいつ、付与魔法(エンチャント)を纏ってやがる。無効化の魔法だろうな」

「やっぱり付与魔法(エンチャント)か」

 

 先ほど詠唱もしていないのに柄近くの魔力放出が掻き消されたのも付与魔法(エンチャント)を既に発動していたからと考えれば辻褄が合う。

 

「……やはり冒険者か。ついこの前は手も足も出なかった相手に食い下がる。それに、私の魔法を食らって全員原型を留めている」

「ユイの魔道具(マジックアイテム)のおかげね! 本当なら出血ドバドバで致命傷なところをガレスのおじ様に殴られる程度の威力に抑えているもの!」

「いや、儂がお主を殴った事はないと思うが」

 

 音の衝撃から復活してきたアリーゼへ、同じく復活してきたガレスさんが冷静にツッコミを入れた。

 戦闘中だが、逆に考えればこうして話す程度の余裕はあるという事だ。相手はまだ全然本気を出していないというのもあるだろうが。

 まぁ、油断してくれる分にはいくらしてくれても構わないし、ナメてくれるならそれに越した事はない。少なくとも戦闘時間を稼いでいる今は。

 

 そして、ライラが盾で『静寂』の【静寂の園(シレンティウム・エデン)】の効果をぶん取った。

 なら、警戒される事を避けるために使っていなかった黒鍵も解禁だ。

 

「こっちにはユイがついてるのよ! 例えLv.7が相手だって負けないわ!」

「小娘1人におんぶに抱っこで情けないがな。相応の対策はしてきておる。そう簡単にやられるとは思わない事だ」

「そうか。煩わしいが、懐かしくもあるな。冒険者ども」

 

 そろそろ後衛の詠唱も完了している頃だろう。【ルクレエ】で空いている方の手に黒鍵を生成する。

 

「全員、退避!」

 

 アリーゼとガレスさんも、攻撃を仕掛けようとしていたリオンも輝夜も『剣姫』も、『静寂』の近くにいた者が全員離れた。ライラは既に離れている。

 こうして突発的な指示を聞いてくれる分には指揮の権限を貰っていて良かったと思う。

 

強化(シュターク)雷光(ブリッツ)

 

 タイミングを見計らって黒鍵を投擲する。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 前回、音魔法を前に黒鍵は粉々にされ、相手に届く事はなかった。だが、今回は違う。

 ライラに渡した盾。あれは元々【ゼウス・ファミリア】が所持していたという魔除けの大盾(アイギス)を原型として作ったものだ。その効果は魔法の効果を奪い取り、自分のものにするというもの。

 先ほどライラはその盾で『静寂』の無効化の魔法の効果を奪い取った。『静寂』の第3の魔法への万が一の際の予備対抗策だ。

 

 そして、そんなすごいものがあるのに盾だけで終わらせるのは勿体ない。

 

 黒鍵と音魔法が衝突する。

 前回はその振動で粉々に砕かれた。しかし今回は。

 

 黒鍵が、荒れ狂う音の波を素通りした。

 

『静寂』の顔が少し揺れる。

 

爆破(バン)

 

 そのまま受け入れてくれたら良かったが、避けられたので爆破した。これも魔力によるものであるため、無効化に引っかかるだろうが、目くらましぐらいにはなるだろう。

 

 黒鍵が音魔法を素通りしたからくりは簡単だ。

 ライラの盾にある魔法を奪い取る特殊効果を、黒鍵にも付与したのだ。雷光(ブリッツ)爆破(バン)のような毎回追加付与するタイプではなく、デフォルトの特殊効果として付与している。

 その効果が、黒鍵本体が干渉を受ける前に魔法の効果を奪い取った。そのために黒鍵は何もなかったかのように音を通り抜けたのだ。

 その効果が及ぶ範囲は黒鍵が触れる部分だけであるため盾として使うのは難しいが、こうして攻撃する分には魔法の防御を貫くという点でかなり強い。

 

「詠唱完了! いくよ!」

 

 私も下がり、『静寂』との距離が開いたところで魔導師による砲撃が放たれた。ちゃんと指示通りの時間差で。

 呆気なく防がれたが、これは無効化が逐次発動型の魔法だと思っていたときの指示だから仕方ない。

 

「しかし、付与魔法(エンチャント)か。流石はフィンが指揮を任せるだけはある。分析が早いな」

「偶然みたいなものですけどね。そうと分かれば対策も変わってきます」

「魔法の無効化などという馬鹿げた能力だ。それを常に発動するとなると尋常ではない精神力(マインド)を消費する事になるだろう」

「ええ。常に纏えるならこっちは雑に撃ってむしろ解除させないようにすれば良い。どの道消耗戦です。魔法で圧力掛けてバンバン消耗させていきましょう。リヴェリアさんは防護魔法をお願いします」

「分かった」

 

 という事だから、と後衛陣にも魔法を雑に撃っていくように伝える。

 

「長くオラリオを離れていれば、新たな芽も育つか。眩しくもある。だが、世界は希望に溢れてなどいない。待っているのは絶望だけだ」

 

『静寂』が口を開いた。

 

「1つ教えてやる。確かにお前たちの言う通り私の【静寂の園(シレンティウム・エデン)】は付与魔法(エンチャント)。身に纏っている間、外部のあらゆる魔法を無効化する」

 

 語られた内容は私の認識と相違なかった。

 

「同時にこれは内部の魔法にも作用する。つまり」

 

 しかし、続いたのは信じ難い事実だった。

 全て言わなくても、そこまで言われれば分かる。

 

「リヴェリアさん! 防護魔法じゃなくて結界を!」

「……!」

「無効化とまでは言わないが、私の魔法まで著しく威力を削ぐという事だ。私の『静寂』は鎧などではない。煩わしき音を抑え込むための封印だ」

 

 著しく、というのがどの程度かは分からない。だが、もし本来の威力を取り戻したとき、音魔法の威力はどれほどになるか。2倍か3倍か、あるいはそれ以上か。

 

「聞かせてやる。私が忌み嫌う、真の『雑音』を」

 

 魔力の奔流が吹き荒れる。その出どころは『静寂』自身。

『静寂』が付与魔法(エンチャント)の鎧を解いた。

 

「【我等を囲え、大いなる森光の障壁となって我等を守れ】──【ヴィア・シルヘイム】!」

「ッ! 【ルクレエ】──熾天覆う七つの円環(ローアイアス)!!」

「【福音(ゴスペル)】──【サタナス・ヴェーリオン】」

 

 それはもはや音などという範疇に留まらなかった。

 破壊。その2文字が具象化したような、純然たる暴力が襲い掛かってきた。

 

 リヴェリアさんの結界は容易く破られた。アイアスの盾も破られた。

 いくらか威力は減衰させられたはずだが、それでも先ほどまでの何倍もの衝撃に襲われた。

 

 ダメージが身体の中まで通る。変なところから出血している気がする。平衡感覚にも少し異常が出た。

 これが炎の魔法とかなら身体の表面がダメージを受けるだけで済んだかもしれない。ここにきて音の振動の脅威を思い出した。

 

 全身の鎧の魔力放出でさらに威力を弱めた上でこれだ。他のみんなはどうなったか。

 膝をついたまま、振り返る。

 みんな例外なく地面に倒れていた。

 

「はぁ……はぁ……【ルクレエ】」

 

 バケツをひっくり返したように万能薬(エリクサー)をかぶった。

 

「【ルクレエ】……」

 

 再び万能薬(エリクサー)を複製し、今度はみんなにぶっ掛けた。

 

 考える。

 

 想定外だった。

 確かにLv.7の魔法にしては威力が弱いのではないかと感じていた。しかし、超短文詠唱だ。魔法の威力は詠唱の長さに比例すると言っても過言ではない。超短文詠唱だからこそ、その程度なのだと思っていた。

 違った。

 超短文詠唱であろうとLv.7だ。Lv.7の魔法があの程度の威力なわけがなかった。

 

「アリーゼ──」

 

 何を言うかも決めずにアリーゼの名を口にした瞬時、さらなる頭痛の種が乗り込んできた。

 

 まるで火山の噴火のように、地面から業火が吹き上がる。続けて放たれる咆哮。

大最悪(モンスター)』だろう。タイミングが悪い。

 

「終焉を連れてきてやったぞ」

 

 そして悠々と歩いてくるのは、最初の大侵攻の数日前に絡んできた男神エレン。いや、邪神エレボス。

 エレンと名乗っていた神が首謀者だったとは聞いたが、まさかダンジョンに現れるなんて。

 

「また会ったな、レグリース。おっと、リオンたちは全滅か? これは出遅れたな」

 

 どうする。

 エレボスの身体能力は他の神と同様一般人レベル。放っておいたところで何も出来ないだろう。もしかするとモンスターに襲われて送還なんて事になるかもしれない。

 

 問題は『静寂』と『大最悪(モンスター)』だ。

 

 考えているうちに『大最悪(モンスター)』が全貌を現した。

 角や翼、大きな顎を持った巨体。人に近い形状の部位や蛇のような部位もある。キメラという言葉が似合いそうな、知っているどんなモンスターとも違ったそれは、漆黒の竜だった。

 

「うああぁぁっ!!」

 

 いつの間にか復活していた『剣姫』が『大最悪(モンスター)』へと突っ込んでいった。

 

「待てアイズ! 行くな!」

 

 リヴェリアさんの制止も全く届いていない。

 

 仕方ない。

 

「部隊を分けます。私が『静寂』を、それ以外で『大最悪(モンスター)』を倒します」

「待て、1人でアレの相手をするだと? 無茶だ」

「無茶でもやるしかありません」

「せめて何人か──」

「はっきり言います。邪魔です。庇い切れません」

 

 失礼な物言いにはなるが、リヴェリアさんにははっきり言った。

 先ほどの状況を考えるに、真の威力を出した音魔法を耐えられるのは私だけだ。少なくとも今は。

 

「しかし……」

「大丈夫! ユイは無理な事はハッキリ無理と言うもの! きっと大丈夫よ! なんたってユイなんだもの!」

 

 それでも渋るリヴェリアさんに、アリーゼから援護射撃が入った。

 

「ね? ユイ」

「うん。大丈夫」

 

 アリーゼは信じてくれている。裏切る事は出来ない。

 

「はははっ! 1人でアルフィアを倒すか! ああ、頼んだぞ!」

「ガレス!」

「なに、儂らが手早くあのデカブツを倒して駆け付ければ良い! どの道アイズも放っておけん!」

 

【アストレア・ファミリア】はアリーゼが言えばみんなそれに従う。そしてガレスさんも託してくれた。

 1人孤立したリヴェリアさんは時間を置かず折れてくれた。

 

「【集え、大地の息吹。我が名はアールヴ】──【ヴェール・ブレス】」

 

 私の身体が緑の光に包まれた。

 

「分かった。奴は任せる。頼む、死ぬな!」

「死にません。絶対に」

 

 そしてみんなが『大最悪(モンスター)』へ向かう。

 

「この盾はどうする? お前が持っとくか?」

「いや、ライラが持っていて。私の切り札とは同時に使えないから。もしものときはお願い」

「……ああ。しくじるなよ」

「分かってる」

 

 最後にライラが離れて、この場には私だけが残った。

 エレボスの事は意識から排除した。私が見据えるべきは『静寂』ただ1人。

 

「茶番は終わったか?」

「終わったよ。あとは貴女を倒すだけ」

「出来もしない事を口にするな」

「出来るか出来ないかは私が決める」

「そうか。ならばやってみせろ」

「言われなくても!」

 

 黒鍵を複製し、『静寂』へ向かって走る。

 片手に聖剣、片手に黒鍵を持つ。

 魔力斬撃を放つが、『静寂』は魔法では受けずに身体をズラして避けた。

 

強化(シュターク)雷光(ブリッツ)!」

 

 黒鍵を投擲。すかさず再び黒鍵を複製する。

 

 放った黒鍵は3本。そのうちの1本の柄を、『静寂』は掴んだ。

 

「お前は得物の扱いが雑だ。剣とはこのように振るう」

 

『静寂』が黒鍵を振るう。私はそれを、聖剣で打ち合うように受け止めた。

 

「ッ! 魔導師じゃないの!?」

 

 その太刀筋は、歴戦の剣士といっても信じられるほどに洗練されていた。

 

 押し負ける前に下がるが、『静寂』は黒鍵を剣のように持って追撃してきた。

 

「1度見た動きは再現出来る。形だけだがな」

 

 黒鍵の刃と聖剣の刃が鍔迫り合う。

 鎧と剣の魔力放出を総動員しても押し負けそうだ。

 

「【ルクレエ】、告げる(セット)!」

 

 刃を生やした状態の黒鍵10本を身体の周囲空中に複製、そのまま『静寂』へ向かわせる。

 

 10本の黒鍵と入れ替わるように下がる。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 黒鍵は魔法の干渉を受けない。『静寂』は10本の黒鍵を手に持った黒鍵で弾き落とした後、魔法を発動した。

『鎧』によって威力が減衰していない音魔法だ。

 発動される直前に真横に跳んだ。

 

 足元に掠った。だが、致命傷じゃない。

 体勢を立て直そうとした瞬間、目の前に『静寂』の膝が迫っていた。

 

「づッッ!?」

 

 一瞬意識が飛びかけた。

 嫌な音が身体に響く。絶対鼻以外にも色々折れた。

 

「目ではないな。音でもない。一体何に頼っている?」

 

 地面に横たわり、天井を見上げる。

 ポーチから取り出した万能薬(エリクサー)を顔面に掛けた。

 

「直感」

 

 起き上がり、同時に魔力斬撃を放つ。

 

「【魂の平静(アタラクシア)】」

 

『静寂』はそれを魔法で受け止めた。

 

「あの小人族(パルゥム)も昔同じような事を言っていたな」

 

 大丈夫。ちょっと油断したが、まだ戦える。

 精神力回復薬(マインド・ポーション)を飲んだ。

 

 研ぎ澄ませ。

 まだ無駄がある。余白を残した状態じゃ、『静寂』には勝てない。

 

『静寂』へ向かって駆ける。

 まだ剣も鎧も使いこなせていない。まだ振り回されている。

 

「【福音(ゴスペル)】」

「はぁッ!」

 

 無効化の魔法によって弱まった魔法だ。そのまま受けられる。

 

 聖剣を振るう。

 黒鍵で受け止められる。

 

「いつまで持ってるつもり……!」

「さてな。お前が私に渡してきたのだろう」

 

 黒鍵が振るわれる。

 黒鍵は重心が手元に寄っているため、取り回しだけは良い。元々の身体能力の差もあって、手数素早さでは勝てない。

 篭手で受ける。骨が砕けた。

 

「っ……ああッ!」

 

 無事な方の手で聖剣を振り下ろす。

『静寂』は何度か繰り返したように黒鍵で受けようとする。

 

 だが、黒鍵を作ったのは誰だと思ってる。

 私の手を離れても、魔力的なパスは繋がっているままだ。

 

 聖剣が黒鍵に触れる寸前。

 黒鍵の刃が光の粒子となって消えた。刃を生成するのも逆に消すのも私の自由自在。

 

 やっと隙を見せた。

『静寂』の胸を、浅くではあるが切り裂いた。

 

「……やはり、私には向いていないな」

 

 どの口が、という言葉は飲み込んだ。口よりも先に身体を動かした。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 今度は真の威力を解放した音魔法。

 ダメージを与えたと少し油断した。回避が間に合わない。

 吹き飛ばされる。

 

「ったぁ……【ルクレエ】」

 

 万能薬(エリクサー)をかぶる。これで全回復だ。

 

 すぐに走る。

 たった今私がいた空間が削られた。

 

 急旋回。目と鼻の先が削られる。

 

 本格的に魔法を連射してき始めた。

 音は目に見えない。放たれてからこちらに到達するまでのスピードもかなり速い。大抵の人間だとこれをされるとなす術がなくなる。

 だが、私には直感がある。

 私へ向かう攻撃のタイミングや範囲が大体分かる。

 

 また、音魔法の性質も大体分かってきた。

 あの魔法は確かに受ければ普通の音と同じような現象を引き起こすが、軌道自体は普通の音とは違う。普通の音は音源を中心にあらゆる方向へ広がるが、あの魔法の音は範囲の大きさはあれど相手へ向けて一直線にしか進まない。かなりの指向性を持っている。

 だからこそ、相応の盾であれば防ぐ事も出来るし、動けば攻撃範囲から外れる事も出来る。普通の音なら盾があろうとも余裕で聞こえるし、多少動いたところで聞こえ方は変わらない。

 

 そして、実際に受けてみて分かった。

 少しずつ、しかし確実に威力が落ちてきている。

 

 音を避けつつ、魔力斬撃を放つ。

 私と『静寂』との間は数十M。魔力斬撃は動きが単調であり、かつこの距離だ。あれほどの身体能力であれば避ける事は容易いのだろう。さっきから無効化で受けるのではなく全て避けられている。

 だが、それで良い。今は。

 

 ちらりと『大最悪(モンスター)』の方を見る。

 劇的に押してもいないが、押されてもいない。心配する必要はない。

 私は私が出来る事を果たす。

 

『静寂』が魔法を使う。

 私が魔力斬撃を放つ。

『静寂』が魔法を使う。

 魔法の穴をかいくぐって接近する。

『静寂』が魔法を使う。

 避けきれずに吹き飛ばされる。

 

 万能薬(エリクサー)で回復する。

 

『静寂』が魔法を使う。

 魔法の穴をかいくぐって接近する。

『静寂』が魔法を使う。

 黒鍵を投擲する。

『静寂』が回避する。

 聖剣で斬りかかる。

『静寂』が魔法を使う。

 避けきれずに吹き飛ばされる。

 

 万能薬(エリクサー)で回復する。精神力回復薬(マジック・ポーション)精神力(マインド)を回復する。

 

『静寂』が魔法を使う。

 魔法の穴をかいくぐって接近する。

『静寂』が魔法を使う。

 魔法の穴をかいくぐって接近する。

 

「【福音(ゴスペル)】──」

「せえぇぇいッッ!!」

 

『静寂』の眼前。

 全力で聖剣を振り下ろした。

 

 魔力斬撃との衝突。

 全身からの魔力放出による分散。

 耳飾りによる軽減。

 リヴェリアさんの防護魔法。

 

 三半規管を揺さぶられる。

 平衡感覚にもダメージを受ける。

 もちろん単純な身体のダメージも大きい。

 

 でも。

 突破した。

 

 聖剣が『静寂』の身体を切り裂く。

『静寂』もただで受け入れるわけではない。狙いは中心から動き、肩を切り裂いた。

 

「【(ゴス)】────」

 

 追撃を加えようと剣を引く。

『静寂』も再び魔法を発動しようとするが、途中で動きを止めた。

 

「────ッッ!」

 

 口元へ肩を切り裂いた方とは逆の手を寄せたかと思えば、『静寂』は咳き込み、その手には赤い血が流れていた。

 

『静寂』の病気。

 話は聞いていた。少しずつ弱ってきていたのは感じていた。

 不治の病。スキルとして発現してしまったために、治し方が分からないのではなく本当の意味で治せないのだと聞いた。

 

「がはっ……かはっ……!」

 

 吐き出す血が止まらない。

 

『静寂』の弱点として聞いていたし、実際私はこれを勝機として考えていた。しかし、明らかに異常な吐血に剣を振り下ろす手が止まった。

 

「……ああ、恨めしい……同じ腹から生まれた妹さえ殺した病め」

 

『静寂』は敵だ。隙を見せたのだから、追撃すべきはずだった。

 だが、私は動けなかった。

 

「これさえなければ、お前から憐憫の眼差しを向けられる事も、なかっただろうに」

「……貴女の話は聞いた。リヴァイアサンにとどめを刺した、三大クエストの1つを達成した立役者。【ヘラ・ファミリア】も【ゼウス・ファミリア】もたくさんの偉業を達成した。ベヒーモス討伐だってそう。一線を引いて平穏に暮らしても誰も文句なんて言わない。なのに、なんで闇派閥(イヴィルス)なんかに」

 

 私は剣ではなく、口を動かしていた。

 

「そうだ。私たちはベヒーモス、リヴァイアサンを討伐し、そして黒竜に敗れた」

 

 その話も知っている。ゼウス・ヘラの両ファミリアは最後の三大クエスト黒竜の討伐に失敗し、そしてオラリオを去った。それと入れ替わるように現在のロキ・フレイヤのファミリアがオラリオのトップとなった。

 

「千年。千年だ。神々が降臨してからこれまで、それだけの時間をかけて準備を進めてきた。彼の怪物を討つ準備を。そして、その結果。私たちは蹂躙に遭った」

 

 咳が落ち着き、口元を拭った『静寂』は語る。

 

「神時代が築き上げてきた千年は無駄になった。あの黒竜には何も通用しなかった。周囲には血の海だけが残り、生き残った者も逃げ出した。私は失望した。私自身にも、神時代そのものにも」

「…………」

「絶望だった。だが、希望はあった」

「……それは?」

「英雄神話。古代の人類は神の恩恵(ファルナ)など持たず、その身一つでモンスターの侵攻を押し返した。始まりの英雄から繋がれた意志は、最後には黒竜から片目を奪い、このオラリオの地から追い払った」

 

 私も知っている。

 始まりの英雄アルゴノゥトから始まる数々の冒険譚。この世界の最も有名な話の1つだ。いくつもの書物となっていて、私も読んだ事がある。

 

「今の我々では届かなかった偉業を、かつての英雄たちは成し遂げた」

「それで、何が言いたいの」

「神工の英雄では駄目だった。ならば、純然たる英雄を生むしかない。そのために、もう一度英雄の時代を取り戻す」

 

 英雄の時代。神の恩恵(ファルナ)を持たずにモンスターと戦う人々がいた時代。

 それを取り戻すと『静寂』は言った。

 

「じゃあ、オラリオを滅ぼそうとするのは」

「この下界を救うためだ」

 

 少なくない衝撃に襲われた。

 かつての英雄が、どんな理由で闇派閥(イヴィルス)に堕ちたのか。それはずっと疑問だった。

 その答えが、下界の救済。

 

「それは、オラリオを滅ぼさないと出来ない事? 貴女が言った通り、新しい芽は育つ。貴女たちが出来なかった黒竜討伐も、成し遂げられるかもしれない。それに貴女たちが協力してくれたら、もっと可能性は……」

「それは無理だ。お前はアレを見ていない。知っている私と知らないお前では分かり合う事も出来ない」

「だから、オラリオを滅ぼして、モンスターを溢れさせて、かつての英雄が現れるのを待つ?」

「そうだ」

 

 きっと私たちが手を取り合う事は出来ないのだろう。

 少しのやり取りで分かる。例え最終的な目的地が同じだったとしても、そこまでの道のりが違いすぎる。もしも協力出来るとすれば、どちらかの主義を捨てるしかなく、私はオラリオを滅ぼすという『静寂』の主張には賛同出来ないし、『静寂』もオラリオに協力する事は出来ない。

 

 私たちは戦う運命にあるのだ。私だって覚悟を決めて来たのだ。それを避けるつもりもない。

 ただ。

 

「……私と貴女が分かり合えないのは分かった。私が貴女を止めるのも変わらない。でも、どうやったら止まってくれる? このままだとどっちかが死ぬまで終わらない」

「戦いとは、そういうものだ。死にたくないか? それとも殺したくないか? どちらにせよ、失望させてくれるなよ」

「私は貴女を殺したくない。Lv.7の貴重な存在をむざむざと死なせるなんて勿体ないから」

「……はっ、勿体ないか。どこまでもふざけた小娘だ」

 

『静寂』の衣服は私がつけた傷以上に自ら吐き出した血液で染まっていた。普通なら、もう戦える状態ではない。

 勿体ない、というのは冗談にしても死なせずに済むならそうしたい。最初は殺す気でこの戦いに挑んだが、事情を聞いた今、最初と同じ意気で戦う事は出来なかった。

 

「だが、嫌いではない」

 

 そうして『静寂』は笑った。

 

「──英雄となれ」

 

 開かれた双眸は、とても最初と同じ人物だとは思えなかった。

 

「この世界には英雄が必要だ。私を止めたければ、お前が英雄となれ。英雄としての器を示し、そして私を納得させてみせろ」

 

 その姿は、紛れもなく英雄だった。

 

「分かった。今、オラリオで戦っている誰もが、きっと英雄だから。私もその1人として恥ずかしくないように、戦う」

「ああ。来い。英雄の作法を教えてやろう」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 遡ること少し。

 地上。オラリオでは闇派閥(イヴィルス)による大侵攻が始まった。

 オラリオに存在する安全な場所はフィン・ディムナによって設置された冒険者が守る5つの砦のみ。一般市民は全てそのどこかに収容された。神々も同様だ。主神を送還されるとステイタスは封印される。文字通り冒険者にとっては生命線だからである。

 

 しかし、少数ながら例外はいた。

 そのうちの1柱は正義の女神アストレア。彼女はヘルメスの眷族の協力を取り付け、ダンジョンへ向かおうとしていた。

 

 そしてもう1柱。

 

「ボクも連れていけ」

 

 特徴的なツインテールはそのままだが、1番の個性とも言える白い短丈のワンピースと青い紐は見えない。普段ユイが着ているような修道服に、首には聖火をモチーフとしたペンダントが3つ。肩には白いポーチを提げていた。

 

「ヘスティア……」

「ボクのたった1人の眷族が戦っているんだ。ボクのたった1人の眷族がとんでもない偉業を為そうとしているんだ。震えて閉じ籠もっている事なんて出来ない」

 

 身に纏うのは、開戦の少し前にユイに渡された専用の装備。万が一闇派閥(イヴィルス)と遭遇しても生き残れるようにとユイが作ったものだが、中層程度のモンスターからの攻撃は通さないとお墨付きがある。

 

「だから、ボクも連れていけ」

 

 アストレアのマブダチを自称するヘスティアは真っ直ぐとその目を見据えた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「ぐうぅぅっ!」

 

 魔法に押し飛ばされる。

 満身創痍のはずなのに、何故か魔法の威力が上がっている。身のこなしも、病に侵されているとは思えないほどに俊敏だった。

 本気を出していなかったのか、何らかのスキルか、あるいは気合か。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 万能薬(エリクサー)で身体の傷は治せても、精神は疲弊する。

 

「かはっ……ハァ……」

 

 そして『静寂』もまた、血を吐きながら戦っていた。

 

 肩で息をしながら、相手を視界に収めた。

 そんな私へ『静寂』が語り掛ける。

 

「お前は、何のために戦っている……」

「私が、何のために……?」

「ああ、認めよう……お前は強い。しかもその若さだ。このままいけば、私たちに並ぶのもそう遠くない未来かもしれない……あるいはそれ以上にもな」

 

『静寂』の攻撃は止まっていた。

 

「だが……自分の意志を持たず、他者に戦う理由を委ねる者は英雄たり得ない。力を持つだけの人形は、私たちの求める英雄ではない。お前は……何のために戦っている」

「私、は……」

 

 エレボスから聞いたのだろうか。

 私がこの世界で前を向くきっかけをくれたのはアリーゼだ。ダンジョンでモンスターと戦えるようになったのはアリーゼのおかげだ。闇派閥(イヴィルス)と戦うのも、アリーゼが戦っていたから。それがきっかけだった。

 私の行動の大部分はアリーゼに影響されている。アリーゼがいなければ戦う事もなかった。

 

 エレボスにも私が戦う理由をアリーゼだと言った。もちろんそれは嘘ではない。

 けれど、それだけでもなかった。

 

 

 昔。転生する前の話。前世の話だ。

 私は不幸な体質だった。両親が亡くなった事に始まり、どこからか花瓶が落ちてくる事もあったし、公園の近くを通りかかれば野球のボールが飛んでくる事もあった。

 信号無視の車にぶつかられた事だってあった。サイドミラーにぶつかっただけだったから片腕の骨折で済んだが、ほんの少しでもズレていれば死んでいた。

 そんな事が数え切れないほどあった。

 

 ある日。私がシスターのお遣いで近所のスーパーに買い物に行ったときだ。

 教会とスーパーの間、人通りがないわけではないがそれほど多くもない道で、私はそれを見つけた。手にナイフのようなものを持っている人間。私には背を向けている形でフードも被っていたため、かろうじて男かという程度しか分からなかった。通り魔、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 いつもの不幸だと思った。何かに巻き込まれる事なんて日常茶飯事だった。走ってこちらに向かってきているわけでもない。まだ距離もあった。逃げればそれで済んだ話だっただろう。しかし、出来なかった。

 私の目線の先、ナイフを持っている人間のさらに前方には子供がいた。恐らく小学校低学年ほどの女の子が2人。見捨てる事は出来なかった。きっとシスターなら見捨てなかったから。

 大声で逃げるように言っても状況が飲み込めないようで、逃げてはくれなかった。私の大声に驚いた様子の通り魔の横を走って通り抜け、女の子2人の手を取って走った。1人ならまだしも、2人も抱えて走る事は出来なかった。

 しかし、まさか引きずるわけにもいかず、小さい子供が出せる速度ではすぐに追いつかれてしまった。

 何かの勘違いであったりはしないかとほんの少しだけ期待したが、それを嘲笑うかのように男はナイフを振り上げた。

 

 結果として、私は背中を何度か刺され、その後に女の子2人も刺されてしまった。通り魔がいなくなった後、誰かが呼んでくれた救急車によって私たちは病院に搬送されたが、落ち着いた後であの2人は助からなかったと聞かされた。

 守れなかった。むしろ、私が余計な事をしたせいで死なせてしまったかもしれない。どうすれば良かったのか。そんな考えがぐるぐると回っていた。

 

 そして、入院中のある日。お腹の調子を崩してトイレに籠もっていた私の耳に非常ベルの音が聞こえてきた。頑張って声を出してみたが、誰の反応もなく、何とかお腹の調子が落ち着いてからトイレを出た。すると、私の目に飛び込んできたのは黒い煙だった。火事だとすぐに分かった。

 体勢を低くして1階を目指したがその途中で、かくれんぼをしていて逃げ遅れたという男の子を見つけ、手を引いて避難しようとした。しかし、下へ向かう階段や通路は全て炎に塞がれていた。

 その病院は屋上があったため、そちらへ向かおうとしたが、あらゆる場所に火の手が回って、逃げられなかった。また、助けられなかった。

 

 分かってはいる。通り魔のときの女の子も、火事で逃げ遅れた男の子も、私がどうにか出来るものではなかった。でも、私の手が届くところで死なせてしまった事実は変わらない。

 

 例えば冒険者として神の恩恵(ファルナ)を授かった状態の私だったら。きっとどちらも助けられた。

 アリーゼと出会ってから、私は前を向いた。前世の事をいつまでも引きずるのはやめた。しかし、忘れたわけではない。

 アリーゼと一緒に人を助けるとき、あの子たちの顔が浮かんだ。

 代わりに、と言ったらあの子たちは怒るかもしれない。でも、私は。助けられなかったあの子たちの分まで、今度こそ助けたいとそう思ったのだ。

 

 それが、最初の誓い。

 

 アリーゼはこの世界で一番大切な存在だ。ただ、同時にこの誓いも大切だから。

 

 アリーゼが戦っているから、だけじゃない。

 私は私の意志で、繰り返させない。

 守れなかった弱い自分を繰り返さない。

 

「そうだ。決めんたんだ。私は、今度こそ守るんだって」

 

 聖剣を杖に立ち上がる。

 戦う理由はあった。ずっと前から。この世界に生まれたそのときから。

 

「だから、戦う。誰かのためじゃなくて。私が、私の、自分の意志で!」

 

 守れなかった人は多い。数え切れないほどに。

 でも、だからこそ、この戦いにだけは負けられない。

 

「そうだ。それで良い」

 

 戦いが再開する。

 

 もはやこの戦いは正義と悪の戦いではなかった。

 ここにあるのは、超えるべき壁。かつての英雄が、立ち塞がっている。

 

 もう一振りの黒聖剣を複製し、二振りの剣を手に駆ける。

 積み重ねたステイタスも、培った技術も、作り上げた鎧も剣も、宙に複製する黒鍵も、全てをもって挑む。

 そうして超えなければならない。

 

 もう何度ぶつかったか分からないほどに音の魔力と黒い魔力が吹き荒れる。

 

 何度も、何度もぶつかる。

 

 そして。

 

「終わりにするんだね」

「ああ。これで最後だ」

 

 3つ目の魔法。その使用を私の直感が感じ取った。

 

「お前が死ねば、当初の目的通りに。私が死んでも、新たな英雄の誕生、その礎となるなら……それで良い」

 

 1度使ってしまえば、勝敗がどちらに傾くにせよ、決着がつく。

 

「──超えてみせろ」

 

 そうして詠唱が始まる。

 

「【祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪】」

 

 初めて聞く詠唱。紛れもなく、『静寂』第3の魔法。

 

「 【禊はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】 」

 

 超長文詠唱。

 超短文詠唱ですら、あの威力だ。この呪文が完成してしまえば、どれほどのものになるか、想像もつかない。

 

「【神々の喇叭(らっぱ)、精霊の竪琴(たてごと)、光の旋律、すなわち罪禍の烙印】 」

 

 距離を取る。

 正真正銘最後の一撃だ。どんなに妨害しようとしても、文字通り死ぬ気で完成させるだろう。

 

 両手の剣を地面に突き立てた。

 

「【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ砕け散れ。私は貴様(おまえ)を憎んでいる】 」

「【ルクレエ】」

 

 複製する。

 それは球体だった。拳大の球体が、バチバチと魔力を散らしながら、私の身体の周囲を浮かぶ。

 私が敵の切り札へのカウンターのために用意した、私の切り札。

 

 拳を引く。

 引いた拳の上に球体が停止した。

 

「【代償はここに。罪の証をもって万物(すべて)を滅す】 」

後より出でて先に断つもの(アンサラー)────」

 

 球体が変形する。より高密度の魔力を散らしながら、短剣の刃へと。

 

「【哭け、聖鐘楼】!」

 

 同時に、『静寂』のアルフィアの頭上に現れる。

 魔力によって形作られた、大きな鐘。

 凄まじい魔力。発動する前から、階層を覆うような、身体の芯を揺らすような圧。

 けれどそれは、アルフィアの、最後の輝きだった。

 

「ありがとう……さようなら」

 

 闇派閥(イヴィルス)として、決して許されない事をした。

 それでも、今だけは、先達の冒険者として。かつての英雄として。なにより救世を願う、希望を紡ぐこの世界の柱として。

 

「【ジェノス・アンジェラス】」

 

 魔力の臨界。

 世界そのものを破壊するような、滅界の咆哮が放たれる。

 大地も、木々も、炎も、あらゆるものを破壊しながら広がっていく。まるで破壊という概念そのものが迫ってくるような。

 最後の輝きは、何よりも強く、眩しい。

 

 対するは。

 

 それは現代まで伝わる神代の魔剣。

 かつて人の身でありながら英霊を打ち倒した現存の宝具。

 因果を歪め、運命を書き換える最強の迎撃礼装。

 其は──

 

「──斬り抉る戦神の剣(フラガラック)ッッ!!」

 

 逆光剣の異名を持つそれの能力は順序の入れ替え。

 相手の切り札に反応し、後出しのこちらの攻撃と先出しの敵の攻撃の順序を入れ替える。すなわち、相手よりも先にこちらが攻撃した事にしてしまう。

 

 放たれる光弾となった刃が時間を逆行し、アルフィアの心臓を貫いた。

 

 先に倒れた者に反撃の機会はない。

 運命を歪ませる概念の呪い。

 

 膨大な魔力による破壊の波は消失した。

 周囲は、嘘のように静まり返っていた。

 

「……そう、か……」

 

 アルフィアの胸には、赤い点。

 

「ああ……それで、良い……」

 

 その言葉を最後に、私たちの戦いは決着した。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 その戦いには、その場にいた誰もが注目していた。

大最悪(モンスター)』と戦っている冒険者たちも、闇派閥(イヴィルス)の人間も、エレボスも、そしてヘルメスの眷族とそれに護衛されて来たアストレアとヘスティアも。

 

「本当にやりおったわ、ユイ・レグリース!」

「ああ! 信じてたぜ、ユイ!」

「言ったでしょう? ユイならやってくれるって!」

 

 敵側の最高戦力の1つが沈んだ事により、冒険者側の士気が上がる。

 

「そ、そんな……」

「馬鹿な……」

 

 隠れて生き残っていた闇派閥(イヴィルス)の人間は絶望する。

 

「逝ったか、アルフィア……」

 

 絶対悪を標榜するエレボスは、その最期を見届けた。

 

「やったんだね。ユイ君」

 

 そしてヘスティアは、眷族の偉業を見届けた。

 

 拳を突き出した状態で停止し、やがて地面に座り込んだユイへ、ヘスティアは駆け寄った。

 

「すごいじゃないか、ユイ君」

「ヘスティア様……? なんでここに?」

「もちろん君が心配だったからさ」

「いや、ここまでのこのこやって来るヘスティア様の方が心配なんですけど……」

 

 決着と共に、すごく遠い場所へ行ってしまったように感じたユイがいつも通りである事に安心しつつ、ヘスティアはユイの背後に回った。

 

「さあ、鎧を脱ぐんだ」

「ていうかその服、ダンジョンに潜るために作ったわけじゃないんですけど」

「まあまあ、細かい事は良いじゃないか! ステイタスを更新しよう!」

 

 誤魔化すようにヘスティアはユイの鎧を無理矢理脱がせようとする。

 

「あ、ちょっ、分かりましたから!」

 

 適当にやっては脱げるものも脱げない。

 結局ユイは自分で鎧を脱ぎ、背中を露出させた。

 

 神血(イコル)を背中の肌に垂らし、ステイタスを更新する。

 ユイは既に『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』の5つのアビリティが全てS999のカンスト状態。この状態でステイタスを更新したところで何かが変わるわけではない。ごく稀に発展アビリティの等級が上がる程度だ。

 しかし、今はLv.7の『才禍の怪物』を打ち倒すという偉業を成し遂げた直後。

 

「おめでとう、ユイ君。ランクアップだ」

 

 器を昇華させるには十分だった。

 

「これで第一級冒険者の仲間入りだね。魔法も発現したよ」

「魔法ですか?」

「ああ、治癒の魔法さ。良いかい? 詠唱は──」

 

 そして、Lv.5へとランクアップしたユイの存在は、あと一押しが足りなかった『大最悪(モンスター)』との膠着を破る事となった。

 程なく『大最悪(モンスター)』は討伐され、ダンジョン側のミッションは達成された。

 

 地上では既にオッタルによる『暴食』の討伐が達成されており、ダンジョンから持ち帰られた『静寂』及び『大最悪(モンスター)』討伐完了の報告は闇派閥(イヴィルス)との勝敗をより決定的にした。

 

 夜になる頃には市民にも砦外への外出が許され、闇派閥(イヴィルス)の影も見えなくなった。

 戦いの幕引きとして、今回の大抗争の首謀者であるエレボスがバベルの最上階から送還され、本当の意味で戦いが終結した。

 

 冒険者を讃える声も、犠牲者を悼む声も、あらゆる声が止む事はなかった。

 未だ闇派閥(イヴィルス)という存在が完全に消え去ったわけではない。しかし、今日という日だけはそれを忘れ、誰もが騒ぎ回った。

 

 

 





斬り抉る戦神の剣(フラガラック)
・バゼット・フラガ・マクレミッツの宝具を再現したもの
・敵の切り札に反応する最強の迎撃礼装
後より出でて先に断つもの(アンサラー)と唱える事で発動待機状態となり、敵の切り札に合わせて真名開放する事で真価を発揮する
・敵の切り札に対して後出しで発動するが、自身と敵の攻撃の順序を入れ替える事で先に敵の心臓を貫いて殺し、死んだ者は攻撃出来ないために敵の攻撃をキャンセルする
・本家とは違い、一ヶ月に1つ程度しか作れないという制限はなく、その気になればいくらでも連発出来る。

○『静寂』のアルフィア
・誰よりも下界の事を考えた英雄の片割れ
・新たな英雄へ未来を託し、息を引き取った
・遺体は密かに主人公が地上へ運んだ

○【ラヴィ・ルミエール】
・全癒・蘇生魔法
・選択詠唱連結
・詠唱連結するほど効果上昇
第一詠唱式(体力損傷回復)
【私が願う。響き渡れ、癒しの旋律】
第二詠唱式(衰弱病症快復)
【私が祈る。病理を払え、快方の風】
第三詠唱式(解毒解呪)
【私が望む。邪法を滅せ、聖なる息吹】
第四詠唱式(蘇生)
【私が告げる。私が願う。私が祈り、私が望む。我が手が届かぬ者は一人もいない。我が目が届かぬ者は一人もいない。奇跡よ、顕現せよ。倒れた者、傷付いた者を私が癒やす。私を信じ、私に託し、私に委ねよ。安息を。声を忘れず、名を忘れず、理想を忘れず、私は背負う十字架を忘れない。諦める事なかれ。絶望には希望を、闇あるものには光を、死せるものには明るい生を。癒しは私の手に。穢れなき貴方の魂をその身に紡ごう。誓いはここに。古の我が真名を以って告げる――救われぬ者に救いの手を】

・過去に救えなかった人たちの分まで、傷付いた人々を救うための魔法
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