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その建物内は朝特有の清浄な空気に沈んでいた。木々に囲まれた六階建ての大手ゼネコンが所有するこの建物は、普段は予備の倉庫として使われている。
年に上期と下期に分けて行われる「タクティカル祓魔師能力検定」が行える場所は少なく、またこの個人のタクティカル戦力を測定する検定制度がその性格上変動する戦力を主眼とするために、法整備は滞っており国家資格ではなく「公的資格」に留まっているという事情もあった。
法務省の役人と一緒に歩んでいくと、射撃場の反対側は広めの区画が並ぶ。区画は分厚い隔壁で遮断されており、出入口の傍は一面の硬化テクタイトで覆われており、結界の重ね掛けにより安全に外から測定できるようになっていた。区画内で測定しているのは、前衛系タクティカル祓魔師達だった。
内部では、装甲を着せた人型や結界を纏わせた異形の的が立たせてあった。静止状態の的に打ちかかるのはタクティカル祓魔師の新人たち。終わったものから査問官に査定してもらう。あちこちで上がる歓声を見るに、今期の新人たちは順調に力を付けていると言えそうだ。
他の区画に行くと床や中空、物陰に様々な陣が浮かんでいた。見ていると、的である低級な界異が飛び出てきては祓魔師たちが対処していた。まるでゲームのようだが、攻撃の破壊力だけでなく正確性……特に乱戦状態での対処能力や判断能力を測れる仕組みの様だ。
更に奥に向かうと、的の材質が特殊呪術合金や高硬度結界が敷かれており、最高祓魔師向けの区画になっていて、実質的にクラシカル祓魔師のための区画だった。
突如視界が蒼白い光に閉ざされ、一拍遅れて轟音共に振動。最高硬度銀灰色の魔術隔壁が結界事十二枚全て貫通していた。室温からして冷たいはずの金属の砦は赤熱し、灼熱の滝をふきこぼして大穴が穿たれている。隔壁の設置床面のコンクリートの上に、融解した合金の滴が広がり赤熱した金属の泡が弾けていた。融点どころか沸点に達している高温が発生した証拠である。
壁にあいた大穴も内部が赤く発行している。輝く内部が暗い隔壁内を照らして見せていた。その穴を不思議そうにのぞき込んでいるのは民間タクティカル祓魔師の古参、御巳苗蘭おみなえ 蘭らんだった。透明な硬化テクタイトの仕切りの向こう側のベンチで、計器で測定していた査問官たちも目を見開いて固まっていた。恐らくこれ程の攻撃力を持った祓魔師を見た事が無いか、彼女と完全な形の屠龍槍“オロト”の力を知らなかったのだろう。周囲のタクティカル祓魔師たちも余りにも理不尽な火力にどよめいている。これがクラシカル祓魔師の中でも“覚醒”に至った怪物の力なのだ。
ややあり査問官たちから結果が告げられた結果は、例外的タクティカル祓魔師であるとされる『特級』であった。逆にそうでなければ、幾ら近年タクティカル祓魔師という技術で能力を補う祓魔師が揃ってきたとはいえ、少々困ってしまうだろう。こういった強大化し過ぎた祓魔師の存在が、タクティカル検定の難しさを助長している。関連法案が整う日は来ないかもしれない。
「本人の資質と武器がかみ合い過ぎている。神話の世界ならば英雄の器だったかもしれないな」
「法務省としましては、街中で“オロト”を完全な形で使用する、という状況が発生しないことを祈りたいですね」
「境対課第六班が健在な内は大丈夫だ。しかし、御巳苗がこっちに来てくれれば頼もしい事は確かだ」
「法務省としましても同意見ですが、こればかりは押し付けるわけにもいきませんからね」
「しかし……また随分と腕を上げたな」
「ええ、まぁ……場所が場所ですからね、あそこは。零落した闘神と呼ばれた界異との戦闘報告もあるようです」
「後ろ盾のない民間は、強くなくては生き残れない……か」
「あ、丁度次が貴方が目をかけている第六班長さんの検定区画の様ですよ」
目をやると区画の一つに境対課第六班長が立っていた。その手には太刀型の長大な黒不浄が握られている。このクラスの黒不浄は扱う方に霊力だけでなく相応の筋力と体力を要求するが、その切っ先は小動もしていない。
開始を告げるブザー音も無しに、彼女の正面右側の陣から装甲と結界に覆われた蜘蛛型の人形が、空間を押しのけるように侵入してくる。黒不浄を振るって防御結界事両断、切り捨てた人形を確認することなく振り返りざまに左後方から迫っていた蛇型人形を切り捨てる。更に全方位から同時に丸型の低級異界が出現。裂帛の気合の声と共に黒不浄が一閃され、納刀。遅れて低級異界がコンクリートの上に転がり浄化されて消えた。
境対課で最も犠牲者が少ない第六班を束ねるに相応しい力量を感じた。周囲で測定していた十人ほどの査問官たちが機器で測定していて、計器をのぞき込んでいた。各種数値を用紙に書き写しつつ査問官が告げる。
「一級です」
周囲で第六班のメンバーであろう者たちを中心に歓声が上がる。近年、増大するタクティカル祓魔師の力に合わせるように、年々基準のハードルが上がるタクティカル祓魔師能力検定で一級を堅持できる班は少ない。第六班長も歓声に対して笑顔で応えていたが、こちらに気が付いて外に出てきた。
「法務部の方と公安の方がご一緒とは珍しい」
そういいながら笑っているが、こちらの用事に気が付いている彼女の目は笑っていない。そもそも、我々が来なくてもそういう予定だったのかもしれない――第六班長と“アラサカ”副長との関係が些か複雑なのは有名な話だ(そもそも対境課のどの班長もそうかもしれないが)。
全員が適当な雑談だと理解している会話を続けながら、最終目的地に到達。厳重に他の区画から区切られた場所の中心に、その女は“アラサカ”の弐番の数値を背負うタクティカルアーマーを着て立っていた。背中に背負っていた長大な黒不浄は既に抜き身で右手に握られている。両手持ちの武器に見えるが、アラサカ副長は第六班長と同じく主に片手でこれを運用する。
やはり開始音も無く、突然周囲の陣と穴から無数のドローンと低級界異が出現。ドローンや界異は火炎や呪術毒を含む毒霧を噴射しながら、嵐の様に周囲を飛び回る。刃を搭載したものは斜めや、垂直の軌道で時折交差を行い、攻撃の予測も回避軌道の予測も困難だ。その背中に爆薬を積んでいるものもあるのが確認できた。流石に顔色を変えた第六班長が口を挟む。
「あれ、流石に爆薬は抜いているよな?」
法務官は懸念の声で答えた。
「いいえ、本人の希望で爆薬は搭載したままです。いくら彼女たちの武装が正規タクティカル祓魔師と同等以上とはいえ、危険すぎると止めたのですが実戦を想定しないと意味がないと」
室内の中央で副長は立っている。周囲は通常ならば致死的な呪毒濃度の空間となっているだろうが“アラサカ”はガスマスクや対呪毒装備無しでも顔色を変えても居なかった。高位界異との白兵戦を行える程に本質的な呪いに対する強度が高いのだ。
周囲では反転を挟みつつ、立体的で複雑な軌道で動く刃の群れが踊っている。その背には爆薬があり、全てが高速で動き装甲を切り裂いて爆殺するハープーンミサイルと言える。そして、瞬きをした瞬間。ドローンと界異の群れが中央に向かって攻撃を開始。直線だけではないあらゆる方向からの一斉高速攻撃。通常の人間には反応出来ないであろう速度だった。
空中に降りぬかれた黒不浄が静止、遅れてドローンが慣性に従ってあらぬ方向に墜落していき、界異は浄化され爆薬と信管は分離していた。副長の空いていた手には壊れかけたドローンが二機円盤を握られて止まっている。
「三回か」
第六班長のその呟きで、アラサカ副長が今の一瞬で何をしたのかが理解できた。恐らく彼女は今の攻防中に刃を三周させて両断し、余ったドローンを空の左手で掴んで止めて見せたのだ。怖いもの見たさ半分、やっかみ半分の見物祓魔師達が周囲にもいたが神業過ぎて誰も言葉を発する事が出来ていない。
「手ぬるいな」
副長が丁寧に霊気を通し、信管を無効化してからドローンを投げ捨てて、ついでに言葉も吐き捨てた。
「呪毒散布からの火炎放射装備機体を含む音速に満たないドローン十六機に、低級異界二十四体の全方位攻撃……この程度の飽和攻撃では、私でなくとも一級のタクティカル祓魔師なら目をつぶっていても対処できるだろう」
副長の声は退屈そうですらあった。