境界線上のホライゾン~火影を継ぐ少年   作:イイ日旅立ち

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臨時生徒総会と女装少年

 

 

 ―――――――わたしには すきな人が います。

 

 

 

 

 鈴さんの言葉が、思いが、浅間を通じて紡がれてゆく。

 

 

 それは彼女の願い。今、彼女が“してほしいこと”。

 

 

 紡がれた最初の言葉は回想。小等部の入学式の時のことだった。

 

 

 鈴さんの両親はどちらも共働きで、入学式を彼女は一人で迎えなければならなかった。

 

 

 彼女は両親の仕事の事も分かっていたし、たとえ寂しくても我慢しなければならないと、幼いながらに当時の彼女は思っていたのだ。

 

 

 ………ただ、ただそれでも一言、“おめでとう”を言ってほしくて、いけなくてすまないと謝る両親に何故か涙が出そうになって。けれどそこで泣いてはいけないと我慢して。

 

 

 そして彼女は一人の入学式に臨む。教導院のある表層部は武蔵の中でも高層に位置していて、そこに到達するためには長い階段をのぼらなければならない。階段は、目の見えない鈴さんにとっては鬼門と言える場所だ。

 

 

 階段の前にきて彼女は思った。お父さんもお母さんからも“おめでとう”をもらえないなら、頑張ってのぼらなくてもいいんじゃないか。

 

 

 自分に気付かず両親に手を引かれて先を行く人が、よりその思いを強くしていく。

 

 

 

 ―――――――だけど。

 

 

 

 そこにかかる声があった。それは俯いていた彼女への言葉。“ねぇ、どうしてあなたは ないているの?”。それは、

 

 

 

 ――――――――トーリくんと ホライゾン でした。

 

 

 

 その時の事を、鈴さんは今でも鮮明に覚えていた。

 

 

 その日の風の匂いも、桜の散る音。視覚が無い代わりに発達した鈴さんの聴覚は、その時の町の響きや空の唸りでさえも正確に記憶していた。いや、これはただ覚えていたというだけの現象じゃない。

 

 

 「覚えている」のではなく、「忘れられない」。

 

 

 その時確かに、鈴さんの中で世界は変わったのだ。だから、その瞬間を彼女が忘れる筈が無い。初めて、トーリとホライゾンに手を引かれたその日の事を。

 

 

 僕は編入生のため入学式には出ていないけど、周囲からはそんなこともあったよなと呟きが生まれていた。きっと、その当時からトーリはトーリのままで、ホライゾンもそうだったのだろう。ここにいる皆がそうであるように―――――階段をのぼってきた鈴さんを、当たり前のように応援していた時のように。

 

 

 中等部の時は階段が無くて、高等部の時にはもう鈴さんも一人で階段をのぼる事が出来るようになっていたけど、その時一度だけ、トーリが手を取ってくれたのだという。

 

 

 それは僕にも覚えがある。偶々一緒に登校していた時にトーリが鈴さんを見つけてはいつものように彼女の手を取ったのだ。

 

 

 ………いなくなったホライゾンがいつも握っていた、左の手を。

 

 

 その昔、小等部の時と同じように皆は階段の上で待っていて、トーリが手を握っていて、でも、そこにホライゾンはいなくて。

 

 

 

 ―――――――わたしには すきな人が います。

 

 言葉は続く。

 

 ―――――――わたしは トーリくんの ことが すき。

 

 重なるように。

 

 ―――――――ホライゾンの ことが すき。みなの ことが すき。

 

 ……言葉は重なって、一つの感情を成す。

 

 

 ―――――――ホライゾンと いっしょの トーリくんが 一ばんすき。

 

 

 だからお願い。

 

 

 ―――――――わたしは もう 一人でも だいじょうぶです。だから―――――。

 

 

 

 私の手を取ってくれたように………

 

 

 

「お願い! ホライゾンを、救けて……!」

 

 

 

 浅間の読みあげる声に押されるように立ち上がった鈴さんは、未だ机に沈んだままのトーリに言った。

 

 

 その時だった。不意に、装飾の鎖が音を鳴らした。誰もが、やれやれとでも言うように顔には苦笑を浮かべて、多分僕も似たような顔をしているに違いない。

 

 

 

「―――おいおいベルさん、ナメちゃあいけねぇ。俺はベルさんにそんな事を言わせちまうほど、期待値の低い男じゃねぇぜ?」

 

 

 それに、と置いて少年は言葉をつづけた。

 

 

「安心しろよ――――俺、葵・トーリはここにいるぜ? なのに、さ。どうしてベルさん、泣いてるんだよ」

 

 

 

 少年―――トーリはそういって涙を流す鈴さんの前に膝をつき、まるで騎士と姫のように言葉を交わしていた。無論それだけで終わるような奴ではなく、何故か鈴さんの方から自身の胸にトーリの手を触れさせたりトーリがロードがどうのこうのと叫んでいたりして皆からツッコミを受けたりしているが。

 

 

 

「(これで――――僕達の方向も決まった、かな)」

 

 

 

 一番の馬鹿が立った。そして今、彼は間違いなく、ホライゾンを救うという意志を見せた。

 

 

 ならきっともう大丈夫だ。だから僕は、トーリがホライゾンに告白出来る今日という日を取り戻す事に力を尽くそう。かつて誓ったように。

 

 

 

 

 ………その後、武蔵アリアダスト教導院は『生徒会副会長 本多・正純』の不信任決議を臨時生徒総会にて提案した。ホライゾンを救うための第一歩、武蔵国内の意見をまとめるために。

 

 

 ちなみに余談だが、その結論を出す前に馬鹿が数回ぶん殴られたのはどうでもいい話である。当然、その殴打にはこの話題と何ら関わりのない、お前マジいい加減にしとけとはクラス全員と殴られ壁を突き破られたお隣のクラスの総意であったのだろう。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 

 

 臨時生徒総会第一の相対は、三河からこちらに流れてきた警護隊副隊長と元・生徒会会計シロジロ・ベルトーニの対決となった。

 

 

 対決と言っても直接武力同士の相対ではなく、シロジロが現在武蔵唯一の武力集団である警護隊に対し、聖連と戦う事の正当性を認めさせる事だった。

 

 

 武蔵は聖連から武装を所持する事を認められておらず、数少ない武装許可を持っているのは外国から派遣されてきた形である騎士階級の者か目の前の警護隊ぐらいなものだ。しかも現在、その騎士階級もこの場にはおらず恐らくはこの相対戦における“敵側”として回る可能性が高い。

 

 

 だからここで確実に警護隊をこちらに引き込む必要があるのだ。これから僕達が行おうとしている事と、その後の事を考慮するのであれば確実に。

 

 

 現在松平の嫡子となっているホライゾンはいわば極東の代表と同格の身分を持っている。さらにはその身を大罪武装という元信公の言い分を信じるのならこの末世を左右出来る存在でもあるのだ。

 

 

 この言い分の真偽はどうであれ、各国が大罪武装を手に入れるために動く事は当然誰もが予想できる範囲であるし、そのための大義名分は歴史再現のための戦乱を掲げれば事欠く事は無い。

 

 

 しかしそこで各国が邪魔に思うのは極東の歴史再現だ。世界史の三十年戦争を再現しなければならない以上、余計な戦争で痛手を負う事はどの国も不本意。なので他国としては極東が聖連に吸収された方が自国の歴史再現に専念出来るし、大罪武装を集める上で最もネックとなる『大罪武装がホライゾンの感情を元に作られている』という懸念も、彼女がいなければ気にする必要も無くなる訳だ。

 

 

 

 討論の結果、警護隊はこの生徒総会を見届ける事を約束し、こちらは正純を引きこむ事で聖連とも互角に渡り合えると約束した。あの弁論能力と暫定議会側で見聞した聖連の事情にも精通した正純をこの総会で負かす事が出来れば、武蔵は聖連とも戦えるという事の証明にもなる。

 

 

 ただここまでは上手く運んだのだが、この後に控える相対戦が何よりも問題となった。

 

 

 

「えっと、ネイトは騎士階級の代表として、直政は機関部代表として議会側でこの総会に来るんだよね?」

 

「Jud.その通りで御座るが……テンション戻ったというのにまたもやブルーで御座るな湊殿」

 

「そりゃそうもなるってば。だって相手、うちの教導院で最強クラスのパワーキャラじゃん」

 

 

 

 そうなのだ。正純とはおそらく弁論を交わす討論になるだろうが、残り二人は権限が既に失われているとはいえ本来であれば総長連合の特務の任されている実力者だ。それが二人も向こうにいると思うとそら気も滅入るってものだ。

 

 

 こちらにも点蔵やウルキアガ、マルゴットにマルガがいるとはいえ特にネイトなんかは喜美の言葉を借りるなら重戦車系である。僕が『土星の輪』で馬力を上げてもさらにあっちには神格武装級の武器まであるとあっては、こちらもそこそこの被害を覚悟せねばならない相手だ。少なくとも、僕は“今”のままじゃ二人の誰にも勝てはしないだろう。

 

 

 そしてこちらがシリアスに思考してる真っ最中だというのに、僕の視界にはカーテンが丸まった白い物体が転がっている。

 

 

 無視したいところではあるんだけど、アレを残したまま正純達を迎え入れるのも大変空気を読めていない気がするので、溜息を一つ零してその物体に歩み寄った。

 

 

 

「ねぇトーリ、そろそろ正純達来るからさ、とりあえず退かない?」

 

「おいおい分かってねぇなぁ湊。今の俺は春巻きだぜ? あ違った巻き寿司だ巻き寿司。海苔が白く見えるからってつい春巻きと間違えちまったZE!」

 

「……うん。いっぺん頭冷やしてこいや」

 

 

 

 ついイラっときてつま先をぶち込んだ僕は悪く無い。そうは思うも手加減を加えたとしても流石に痛そうだと思い蹴った方向に視線を向けると、運悪く階段を転げ落ちながら角にぶつかって、

 

 

 

「ふぐ」

 

『お、おぉぉぉぅ』

 

 

 

 皆、特に男子が同情したかのような、痛みに耐えるかのような妙に低い声を漏らした。

 

 

 トーリの方はそのまま不意の衝撃にカーテンが解け、ころころと転がっていった先、こちらに到着し一部始終を渋い顔で見ていた正純達の足にぶつかって動きを止めた。あの格好を止めさせようとして、僕はより酷い状況を作ってしまった訳だ。うん。

 

 

 

乙女男:『さぁて正純達が来たから皆、気を引き締めていこー!』

 

貧従士:『結構強引にまとめに来ましたね……』

 

十ZO:『あっ、正純殿達にも蹴り入れられたで御座る』

 

ウキー:『流石うちのクラスのパワーキャラ二人分の威力もあってか、中々の飛距離だな』

 

乙女男:『……あれ拾いに行った方がいいかな?』

 

あさま:『大丈夫ですよ。ボケ術式でダメージも無いでしょうし、構うだけ調子づくから少しぐらい放置しておいた方が』

 

賢姉様:『―――――つまり放置プレイなのね!? うちの愚弟にアブノーマルなプレイかますエロ巫女がここにいるわよ! 皆、この総会中で浅間のやらかすエロイベントを見逃すんじゃないわよ!?』

 

男全員:『おおおお!』

 

 

 

 ……よし、これで僕以外が酷い流れを作った事になるよね、うん。隠蔽工作終了。という事にしておこうか。

 

 

 『身から出た錆』という諺を身にしみて理解しながら、実況通神(チャット)で会話している僕達を見て訝しげな視線を寄越してくる正純達にシロジロが割って入って話を進めてくれた。ありがとうと思わなくもないけど、言葉にすると金を取られそうなので思うだけにしておく。

 

 

 

「討議の内容は単純だ。聖連はこちらに“刃向う事の無意味さ”を知らせ、こちらは逆に“抗う方法がある”と知らせればいい。武蔵が勝てば―――――」

 

「Jud.ホライゾンを救けにいく、だろ? 話はもう分かってるんだ。だから一番手は私がもらうさね」

 

 

 

 この総会の意義を確認し、続くシロジロの言葉を直政が遮った。

 

 

 直政は今回議会側に回っているが、彼女が所属しているのは機関部であり彼女はその代表。つまり、武蔵が聖連に吸収されるような事があればまず真っ先に割を食うのが彼女達なのだ。

 

 

 だから本来の立場的には機関部は教導院側なのだが、それでも懸念事項は拭えない。

 

 

 戦うのはいいけど、その舞台となるのはここ武蔵だ。彼女達の職場であり資本でもあるこの“武蔵”を沈められれば困るのが機関部であり、だからこそ聖連に抗うとしてもそれだけの力を示さなければ納得がいかない。そういう事なのだろう。

 

 

 直政は表示枠(サインフレーム)を開いて機関部に呼び掛け、次に浮かび上がった鉄色の鳥居型表示枠を義腕ではない左腕で叩き割った。

 

 

 その直後。中央前艦後部底面側、武蔵野の機関区画から“何か”が空を飛んだ。

 

 

 その“何か”はあまりの速度に姿を完全に捉えさせる事は出来ないが、直政は口から紫煙を吐きながら口を開いた。

 

 

 

「何人か疑問に思ってる奴もいるだろうから、先に言っておこうか。私みたいな若いやつが、どうして機関部代表なんて一端の顔をしていられるのか。こんだけデカい“武蔵”の中で馬鹿みたいにデカい部品や機構をどうやって扱っているのか―――――まぁ、ちょっとした社会科見学と行こうか」

 

 

 

 言うなり、教導院上の雲が割れて激突の音が耳朶を打った。

 

 

 橋上には衝撃緩和用の鳥居型紋章が浮かび、その上に仁王立ちで足を開いているのは女性型の重武神。赤と黒の衣装を纏い、十メートルは下らない巨体。翼こそないが、それはこの場合においてデメリット足り得ない。

 

 

 

「―――――重武神“地摺朱雀”。半壊していたものを寄せ集めのパーツで組み上げたものだけど、出自は戦闘系だからね。ちょっとしたものだと思ってもらって構わないさね」

 

 

 

 派手な登場に皆が固唾を飲む中、精神的に引いたのは僕と近くにいた点蔵だった。

 

 

 

「うわぁぁ……それって要するに作業用武神よりも馬力あるって事でしょ? てか人間相手に重武神とか、直政ちょっと危なくないかなテンション的に」

 

「Jud.そうで御座るなぁ、今の直政殿であれば勢い全開で殺人気にしなさそうで御座るし、ここは誰が行くべきで御座ろうか……」

 

「んじゃ、―――――シロ、お前行けよ」

 

『ちょっ、トーリ/殿!?』

 

 

 

 いきなり近くに現れたトーリに驚くその前に、その台詞に思わず反応が被った。近くでネームを切っている音がしたがそれはともかく、

 

 

 

「ちょっとトーリ? あっちはバリバリ戦闘系なのに、商人根性全開のシロジロを差し向けるとか何考えてんのさ」

 

「んなもん、決まってんだろ湊? ――――――私怨だよ」

 

「さ、最悪で御座るなこの御仁!?」

 

「だってアイツ俺のボケ無視するし、毎度俺への態度鬼畜過ぎんじゃん? だからアイツも偶には酷い目に遭って俺への態度を改めて下さい」

 

「それはお前がまず色々と改めるべきところがあるだろうが!?」

 

 

 

 そおれはあまりに無謀というか無茶というか。正直本気でコイツはシロジロを殺すつもりなのだろうかと皆が思うも、それはそれでと何故かそのままシロジロを向かわせる流れが作られていく。皆どんだけシロジロに恨みあんの!?

 

 

 だがその流れの中、聖連からの字名(アーバンネーム)である『冷面(レーメン)』の名前の通りの無表情でシロジロが前に出た。

 

 

 

「ちょ、シロジロ。まさかと思うけど、結構マジになってる?」

 

「当然だ。この戦いに勝てば機関部の信頼を勝ち取れるし、合法的にそこの馬鹿を馬鹿にする権利が手に入る。これぐらいボロい買い物だ」

 

 

 

 存外やる気なシロジロは、やはり何を考えているか分からない無表情。ただしあの鉄仮面の下では金勘定が行われているのだろう。

 

 

 重武神対商人。異色過ぎる対決が今、橋上にて行われようとしていた。

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