突然だが、ここで極東と聖連が使用する加速術について少しだけレクチャーしよう。
極東は神奏術による、聖連は聖符を用いた加速を要するのだがここで聖連の話をしてもしょーがないので極東の方だけ触れる事とする。
極東の術式の基本は禊祓。余分な物を禊祓うことで本来のスペックを引き出すことをコンセプトとしており、他国と比べるとどうしても出力的には劣ってしまう側面を持っている。
何故かというと、加速という一分野においてその方向性の違いがよく現れている。
他国の物は形態の違いこそあれ、基本的には言葉通り“速度”を“加える”ものであるのに対し、極東の物は術者本来の速度を引きだす為に不要な物を排していく形態であるのが殆どだ。
分かり易く例えるなら、あちらには即効性のブーストがあるがこちらはエンジン周りを整備する事で100%のパフォーマンスを常に行えるようにすることしか出来ないといったところだろうか?
まぁこれには無論一長一短もあって、極東の加速は出力が術者の実力ありきな物になってしまうが最終的には加速には不要な体重や空気抵抗といった物さえ禊祓うため、術をより長く行使する事を可能とし疲労をも軽減するため長期戦向けの術と言える。
対し他国の加速術は、術を使用する程純粋な速度を得られる代わりに増大した速度からの負担が大きく、それを軽減するためには身体強化や治療用の符を併用しなければならない。短期決戦向けの術として考えるならば、効率の面で極東には勝っていると言える。
――――つまりどちらかが優れているという話といった単純なものではなく、どの術式でも使われたら傍迷惑という話。え? 質問なんて受付ねーよ? 所詮脳内回想だし。
「のわわわっ!?」
「くっ、ちょこまかとちょこざいな……!」
「そら危ないもの! まさか大人しく喰らってくれとか言わないですよね!?」
「…………………うむ、当然で御座ろう」
「その間がすっごく不安だなぁ!」
今度からは速度重視の魔導具開発も念頭に置くべきだろうか。そんな事を考えながら僕は『閻水』と『土星の輪』を併用させつつ、さらに意識下にて二つの魔導具を同時に起動させる。計四個の発動は初めてだけど、これ体動かす以上に頭がヤバい。
ぐつぐつと煮え滾ったお湯が頭の中に注がれているとでもいうか、大体そんな感じの痛み。よーするにいくら槍を捌けても、どの道僕はダメージを受け続ける訳で。やっぱりこの相対無茶があったなぁと今更ながら後悔が湧きあがる。
「それにしても先ほどから縮んだり伸びたりと……貴殿本当に人類で御座るか?」
「…………多分」
いや親いないから実際どうなのかって尋ねられると困る。いるのは家族だけど、血縁者って意味の家族には生憎記憶に無いからなぁ。
本多の純粋な問いに僕は曖昧な返答しか出来なかったが、様子を見ていたクラスメイト達が何やら円陣を組んでひそひそと話していた。気になるけどぉっと?! 今思考フェイズなんだから攻撃どうかと思うな僕!
「……そーいや湊って親の顔知らないって言ってたな。会ったら死後発ぐらい殴るって言ってたけど」
「…恐ろしいことに今の誤字が正しく思えてしまったで御座るよ。しかし、考えてみれば湊殿の過去を知っておるのはトーリ殿ぐらいで御座るか?」
「湊君が後輩の悩み相談とかをやってるのは聞いた事がありますけど、湊君ってあまり自分の事話したりしませんし。そういう意味ではトーリ君が一番湊君のことを知っている事になりますけど」
「フフフ謎ね、つまりこれは謎なのね!?」
「いかんぞ諸君! 誰にも語りたくない過去の一つや二つはあるもの! それを詮索するなど級友として恥ずべき行為である!」
「そうさ! 何時か湊君が打ち明けてくれるまで待つ、それがあるべきクラスメイトの姿ってものだよ!」
『スライムとインキュバスが一番まともなこと言った……』
――――うん、あっちは無視だね、無視無視。
思考の一切を目の前の女侍に傾ける。ツッコミを入れてる余裕はそもそも無いんだし、意識を割いてる暇は無かったのだ。思わずツッコミとしての性が出てしまいそうにはなったけども。
だがこちらの戦況は基本的にそれまでの相対のように派手さは無い。何せ数合打ち合わせるとこちらから土星の輪でブーストをかけた膂力を以って無理矢理相手と強く距離を置くように動き、そのため一瞬膠着する間があってもそこから戦況自体は傾かない。
……まぁ、狙ってやってるんだけどさ。作戦“その二”ってやつである。
先の回想で言った通り、極東の加速術とは神奏術を用いた禊祓が基本であり加速に不要な物を排していくのが基本であり、それは目の前の相手が使っている術式にも言える事だ。
そして神奏術という事は、内燃拝気とは別に何かしらの代演を行っているという事。予め
芸能の神様であれば自身の芸を、豊穣や富を司る神様には自身が得た財の一部をといったように、どの術を使うかで代演の内容は大体想像出来る。
戦闘系の術式であれば、主に代演として奉じられるのは術者の武。動作であったり常に装備をしていたり、僕が女装をして封印術を持続させているのと似たような感じだろうか。いや一緒にしちゃ相手に悪いか。
それに既に相手の使う術式には心当たりがついている。そも極東において使える戦闘系の術式なんてたかが知れてるし、それが既存の術式であれば尚更。魔導具製作につき神奏術や魔術方面の勉強をしてきた甲斐もあって、今起動させている魔導具の精査の結果からも大体把握出来た。
魔導具『心眼』。
主に動体視力の強化と流体を視認する為、というかそれだけにしか使えない魔導具であれが流体の動きから術式の区別は出来る上、現れる鳥居型の
「(動き続ける限り加速する術か……代演はあの青い鎧と動作で生じる風を奉納すること。喜美じゃあるまいし、戦闘中の動作だけで代演が済む戦闘系の術式とかチートじゃないかちくせう)」
特にアイツはアイツでいるだけで術を使えるし、まぁ僕も結構な封印術をたかだか女装という変装だけで済ませているから人の事は言えないんだけど。対象が“自分”じゃなかったらもっと奉納しないといけないだろうし。
それはともかくとして、術式の性質が分かれば対処は出来る。
連続した動作を封じれば加速は否応なく止まるのだから、打ち合いの数を極力減らすなり強引に動作の流れを絶ち切れば術の効力は止まるし、十分な加速を得られていない状態ならば『心眼』で強化した視覚で何とか動きにはついてこれる。だから一番危ないのは加速に乗り始めた打ち合いだったりするけど、だからこそ膂力で上回っている分強制的な膠着を作り上げ未だ倒れずに済んでいるという訳だ。
「くぅ……聞けば貴殿は男で御座ろう、ならば正々堂々と正面から迎え撃つべきだはないで御座ろうか!?」
「正々堂々戦って勝てるんならそれもいいんだけどさ、普通にやったら僕一発KOじゃないか」
相手も僕が加速させない動きを続けている事に苛立ちを感じているのだろう。言葉に出始めたということはそれなりに効果が出始めているという事だし、このまま本多さんにはいら立ってもらわないと。
「どう頑張ったって地力じゃ負けてるんだよ? なら、使える物は何でも使うし何でもやらなきゃ」
「……うむ、それもそうで御座るな。要するに、拙者が勝てばいいだけの話で御座るし」
「ははっ、勝つ前提の言葉って何かムカつくね?」
……イカン、こっちが怒らせようとしているのに僕が怒ってどうする。
しかし加速術を封じたところで地力で負けているには違いない。純粋に武術でもそうだし、武装もまだあちらは神格武装としての本来の使用法を封じたまま。こちらが既に四つも魔導具を発動させている全開状態なのに、軽口を叩けるだけの余裕があちらにはあるのだ………いかんますますイライラしてきた。
蜻蛉切の能力を使われるまでに、こっちも
●
―――誰もが一合で終わると思っていた相対。
片や東国最強の娘、片やひ弱そうにしか見えない女装少年。これでどちらが勝つかなどまず賭けにすらなりはすまい。が、彼を知る者達以外からしてみればあり得ない程、少年は少女に迫っていた。
否、正確には彼女の足を引っ張っているといったところか。決して相手の得意な土俵には上がらせず、その知識と勇気を以ってして少女の攻勢を一定以上の物へとさせない。行為そのものは地味なれど、少年を初見での印象でしか見られなかった者達にとっては驚くべき光景の連続だったと言えよう。
「……ほぅ? 狡いながら、あの立ちまわりは間違いなく“連中”と一緒だなぁ?」
「幼くとも見聞し心に刻んだ物は忘れ得ぬ物と変わる。あの少女はそれだけ家族を愛していたのであるな」
「良い事言ってるような気分に水を差すが、あれは少年だ、ガリレオよ」
「………はて、私の目は何時から曇ったのであるかな?」
「最初からだろうが馬鹿者」
冗談を交えながら映像を見ていた聖譜連盟教皇総長と副長との会話。
先の討論の干渉の際、積年の恨みつらみが込められた少年の罵詈雑言を軽くいなしていたがこの総長、年齢の割に実に短気かつ子供っぽい、元教師であるガリレオから言わせれば『元少年』という表現が如何に彼を皮肉っているのかが窺えるというものであろう。
だからという訳ではないが、インノケンティウスの見る湊への視線は先の問答とは違い、険の入ったものであった。
「君はあの少女が使っている物をどう思うかね? 今見た限り、あの水を固めている柄と身長を操っている何か。“武装”扱いでは無いと報告には上がっているが」
「抜け道、とでも言いたいのか? しかしあの程度の物であれば警護隊の武器の方がまだ実用的だろ? たかだか水を刀身にする程度の物で刃向えると思っているとは……ハッ、所詮は小僧といったところか」
「……変態親父呼ばわりが相当腹に据えかねているようであるなぁ」
「そんな事は無いッ!」
―――気にしてるらしかった。
しかも見た目が少女にしか見えない相手からの罵倒だったせいか、同じく部屋にて給仕をしていた者達の自分を見る目の『まさか教皇様がいいやそんな事は無い筈でもなぁ』という疑念とそれを払拭しようとする葛藤の視線に晒されそれなりにストレスを感じていたようだ。
時折二代の攻撃に合わせて『そこだ』だの『もっと脇を締めんかァ!』と野次や叱責を飛ばしている姿に、隣に佇むガリレオがそっと溜息を零してしまう光景だったという。
―――一方、この相対を観戦しているもう一つの勢力
「だらだらとした戦闘はあまり好きではありませんが……この少年は、本多・二代の使用している術式を理解しているからこそ打ち合いに消極的にならざるを得ない。故にこの擬似的な膠着を作り上げているようですが」
「Tes.私も最初は驚きましたが、あの少年は良い“眼”を持っているようですね」
「“眼”…ですか?」
「Tes.最初の彼女の突きを受ける際、あの時が最も彼の表情が歪んでいるように見えました。つまり、彼は相手の初速を見極める為に不用意に立ち向かっている風に見せかけた。現に、彼は加速術式を潰しながらとはいえそれでも彼女の動きに追随することは出来ています」
こちらは少年に対しての事前知識が無いため、少年の作戦とそれを実行する腕前に一定の評価を下しつつ手をせっせと料理に伸ばしながら、さらに批評を続ける。
「今見ている限りですと、彼が使っている術式ないし道具は二つ。一つはあの半透明な剣ですが、あれはおそらく水神の加護を得た何らかの術式にて刀身を形成する水を固定しているのでしょう。二つ目は大きさを自在に変えている何か。ハードポイント辺りに何か光る玉のような物が見えましたし、恐らくあれも何らかの術式でしょうね」
「……ふむ、武芸者としてはあまり面白味に欠ける相対だと思うのですが、宗茂様はよくご覧になられているのですね?」
「誾さん。私が貴女に勝つ以前は、私だってあの少年と似たようなものでしたよ? あらゆる手段を尽くし、自分に合った戦法を見つけたのが私ですが彼の場合、そういった特出した物が無かったのでしょう。それでも手を尽くし頭脳を用いる姿には少し共感するものがありまして……」
「ほぅ? それはつまり、宗茂様があの美少女に見紛う少年に見惚れていた訳ではないと、そういう訳ですね?」
「ぎ、誾さんっ!? 急に声色が平淡になっていますがどうしました!? それと、私には誾さんがいますのでそういった事はまずあり得ません」
あちーあちーと互いに手団扇で扇ぎ合う他の者達を華麗にスルーし、甘ったるいフィールドを形成していた。
だが実際に、少年の戦闘を見て常の戦法からあのような地味かつ嫌がらせのようなやり口を好まない誾とは違い、自分もまた一から鍛え上げてきた努力と苦労を知る宗茂にとっては少年の戦い方に異を唱えるつもりなど無く、その姿勢にはむしろ共感すら抱く程だった。
彼が現在の“西国最強”の座に着くまで、元々有名な士族の生まれでは無かった彼が歩んできた道のりは決して単純なものではない。
『神速』の異名を持つガルシア・デ・セヴァリョスを襲名し、彼の郵便で得た財を全て加速符に注ぎ込み完成させた速度重視の戦闘法を確立させるまで、幾度となく地を舐め辛酸を味わってきた。彼の力は圧倒的な才能や八大竜王としての大罪武装などではなく、研鑽の果てに得られたものだ。故に彼は努力を惜しまず自分の実力に慢心などせず、何処までも真摯に己を鍛える。
そんな彼だからこそ、映像の中で決して光る才能こそ無いものの、知恵と根性で食らいつく少年には好感を覚える。
自分も相対したからこそ分かるが、画面にいる東国最強の娘は未だ発展途上であれど、その才能は間違いなく、自身が終始劣勢を強いられていたあの本多・忠勝の娘の名に恥じない物と実感している。今は慢心や迷いのような物が見え動きに精彩を欠いているようだが、それでも半端な相手ではやはり一撃で沈められる程の実力を持っている。
そんな相手の不調をも利用し、油断を誘う言動や仕草、挙動。自分や二代のような武士・侍の戦い方とは違うがあれもまた戦いなのだと宗茂は思う。故に、これから敵対するかもしれない中で画面の少年の戦いを食い入るように見つめていた。
……しかしそれは、そんな彼を若干の不機嫌さを込めて見つめていた妻による、直接食べ物を口腔内にぶち込まれる制裁によって途中途中で遮られたりしているのだが―――――。
「それにしても、“封印”の方は大丈夫なのかね?」
三征西斑牙の方で砂を吐くような思いを強いられている空間とは無縁のムサさ全開な聖連の旗艦『
それはかつて、少年が望み自分達の利害とも合致していた望みだったために少年の“体内”を“鞘”とする事で直接ある物を封じ込めた際を示すもの。封印自体は彼に半永久的に張り付けられてある胸の符によって、彼の内燃拝気によって常時発動する物で、
―――――何より彼が“女装”をしている事が、今なお封印を続行している事を示している。
その言葉を受けインノケンティウスは特に思う風も装わず、鼻で息を吐くような気だるさで口を開いた。
「何、問題あるまい。あの封印は当時の聖連においてかなりの精度を誇る封印だぞ? それに何より、あの符を剥がすための条件を小僧が満たせる可能性は………皆無だ」
断言し、その視線は再び映像へと注がれる。
状況は二代に満足な加速を与えずに何とか同速度域にて渡りあえているように見えるも、常時発動の二代の加速術“翔翼”は僅かながらに疲労も禊祓いでいるため体力的な余裕は十分にあり、対する湊は渡り合う事に全力を注いでいるため体力に余裕などなく、既に息も上がりつつある。勝敗が決しようとしている事は誰の目にも明らかだった。
「仮にこの場で小僧が“アレ”を解放しても結果は見えている。この勝負………―――――」
『小僧の敗北だ』………そう言葉を紡ごうとした次の瞬間、彼の言葉は意味を成さなくなってしまった。何故なら………
『き、決まったーっ!? 先輩……じゃなくって、教導院側代表、湊選手ついに本多・二代選手を、破ったー! キャー先輩こっち見てえー!』
「ん、なぁぁ………!?」
「ふむ」
――――彼が言葉を言い切る前に、彼の予想を裏切る結果が既に示されてしまったのだから。