「さて、ここに集まってる者には既に分かっている事だろうが、あの馬鹿がいない。どうせまた無駄金をかけているのだろうが―――――その意を汲んでこちらも怪談を話してやろう。
日も暮れ切った夜中。
今日の舞台となる武蔵アリアダスト教導院は校庭と街路樹の灯篭の明かりだけが照らしていて、なまじ顔の造りが精巧なためシロジロのそんな台詞は常の無表情と相まって中々の迫力を醸し出していた。
言いだしっぺのトーリは先にも言われた通りこの場にはいない。おそらくは既に校舎の中で仕込みを行っているんだろうけど、何を仕出かすか予想が出来ない分より怖い。色んな意味で、怖い。
「…でもそもそもどーして肝試しなの? トーリの発案にしては何と言うか……アクロバティックさが足りないというか」
「湊さんって割とまともなのに皆の事結構理解してますよね」
「アデーレアデーレ。さり気に僕馬鹿にしてない?」
というか“割と”ってなんだコラ。多分そのマイナス要素に女装とかあるんだろうけど、いい加減見慣れて欲しい。こちらとて術式のために代演で仕方なくやってるのだ。最近、だいぶ凝り性になってきたのは否定できないが。
だがその余計な一言を置いて、アデーレが僕の質問に応えてくれた。
元々の目的は僕も知ってる通り、トーリの告白前祝い。
だけど発案者の馬鹿曰く、最近校舎に出ると言われている怪異や幽霊騒ぎを調べる形でなら校則法にも縛られず夜中騒ぐ事が出来るとの事。妙なところで頭の回るところは相変わらずだ。
「でもセージュンとかはやっぱりいないんだ。まぁ三河の方は花火とかやるって話みたいだけど」
「Jud.副会長は三河出身ですからねー、それにまだちょっと距離感感じてるっぽいところとかありますから」
「んー、どうにかしたいんだけど、何と言うか今のところまだお固いところがあるからなぁ。解せたらいいんだけど」
「そういうのは総長とかの方が向いてそうですけどねー」
「言えてる。コミュ障だった僕も、トーリのお陰で皆と馴染めるようになったから」
今でこそツッコミを担える?までに馴染む事が出来たけど、武蔵に来た当時の僕は本当に暗い人間だった。
人を寄せ付けないというか、人と関わりたくなかった。武蔵に来る前に全てを奪われた僕は半ば自棄を起こしかけていたのだが、その時馬鹿が、
『なぁオイ! お前の女装ってレベル高ぇーよな! 俺にもコツとか教えてくんね?』
………そう言って、家に閉じこもっていた僕の前に現れたのだ。
―――――全裸で。
「そーいえば自分湊さんの過去バナとかってあまり聞かないですよ? 総長とかは知ってるんで?」
「うんにゃ。僕の事は多分、武蔵で知ってるのは学長ぐらいじゃないかな。ここに来る時にお世話になったし、話しても面白い話題じゃないしね」
それにもう終わった事だ。僕を育ててくれた家族全員が、僕を残して皆死んだ話なんて。
正確には大罪武装の雛型とも言える神格武装の製造、その前段階におけるプロトタイプに関わる話なので公に話せないというのが実情なのだが、ここにいる人で無暗に人の過去に触れようとする人はいない。
今のアデーレの問いだって本気で尋ねようとしている訳ではなく、あくまで話題の流れで零した言葉といったところだろう。武蔵には僕のように訳アリの過去を持った人間が多くいて、そんな人達だからこそどんな態度が一番いいのかを熟知している。
要するに、人が嫌がる事をしないという母親のお説教で思い出すような事を、やっぱり今もそれが正しいと思っているのだ。こういう風に言うと何人かの捻くれ者が否定するので、あくまで僕がそう思ってるだけだけど。
●
湊達が会話しているうちに先に発言していたシロジロの周辺、ハイディや浅間、喜美などが何やら慌しくいつも通りで大変結構だけど、浅間が真面目な話をしようとしていた。
曰く、ここ最近怪異で“公主隠し”の神隠しが起こっていて、神社の上の方が注意を呼び掛けているという事。
“公主隠し”というのは一種の都市伝説で、その昔「公主様」という人影が子供を攫ったり落書きを残したりするというのが一般的に知られている“公主隠し”。
それがここ数年で再び起こり始めていており、実際に去年極東では一人、“公主隠し”の被害に遭っている。
「(……今この場にいなくてよかったかも)」
気にし過ぎかもしれないけど、この場にセージュンがいなくて良かったと思う。内心で湊は一人ゴチた。
その去年起きた事例の被害者こそ、他ならぬセージュンの母親だと彼女自身が言っていたのだから。
以上の話をネシンバラが言い終えると、一つ頷いて浅間が表示枠を浮かべて言葉を作ろうと口を開いた。ちなみにその背後であーだのうーだの耳を塞ぎながら騒いでいる狂人は、誰もが放置していた。
「“公主隠し”は普通の神隠しとは違います。従来の神隠しは空間を創る流体が乱れて、裏側に入ってしまうだけだから消えた人間の存在が消えてしまう訳では無いんです」
術式を使えば御霊や身体、装飾品の存在から位置を確認する事が出来ると浅間は続けた。
それは裏を返せば、従来の神隠しでは無い公主隠しにおいて、存在の追跡も出来なければ何処にいるかも分からない相手だ、助ける事すら出来ないという事になる。
これを昔は殺人などと思われていたそうだが、真偽は今のところ分かっていない。ただ分かっているのは、“公主隠し”で消えた人間が消えたままだという事ぐらい。
それが殺人を隠蔽するためのものなら余程大きな組織が絡んでいると考えるのが妥当だろうし、怪異関係であれば無差別なので手の打ちようが無い。となればそこでやけを起こしたように騒ぎ立てる馬鹿の姉やそれを諫める巫女の言い争いも、ある意味真っ当なものといえた。
「フフそうよ! どうせ何をやっても無駄なものは無駄! モテない男が何をやっても無駄なのと同じでね! お前! そこのお前に、お前も!」
「こら喜美! そうやってテンゾーやウルキアガを指差すのは止めなさいっ! 誰もが分かっていながら触れなかった傷を!」
お前も十分酷ぇよという皆の呟きをアデーレは確かに聞いた。
………そしていつの間にか一人称によるモノローグが途切れている訳だが、何人がお気付きになられている事だろう。
ふと隣にいた人物の気配が無くなっていた事に気が付き、アデーレが視線を投げれば離れた街灯の下、目的の人物はいた。
「お化けなんていないお化けなんていないお化けなんていないお化けなんていないお化けなんてお化けなんてお化けなんてお化けお化けお化けお化けおばおばおばおばけけけけけけけ」
――――あちゃぁ、そう言えば湊さんって怖い話駄目でしたっけー………。
あそこで馬鹿の姉が普段とも違うテンションで騒いでいるのはそういった話題を避けるためだ。だがそういった能力の無い湊にとって、いきなり公主隠しだの怪異だの殺人だの、難易度が高すぎた。
今日の肝試しにも勿論この場にはいるが中に入る気など毛頭なく、常にカレーを所持しているハッサンを手伝い今日の食事係を申し出ると既に聞いている。なのに唐突に公主隠しの話題は、湊にとっては何の覚悟も無いままズドン巫女射撃される庭に放り込まれたようなものなのだろう。
それを思えば可哀想に思えるものだが、そこは武蔵住人。既にアデーレ以外の数名も湊の壊れた様子を捉えていたが、反応はそれぞれだった。
●画:『ちょっと、今の湊イイ感じに病んでるから良いネタが書けそうね。ここは寝取られ物のヒロインとして次に慰めるために適当に男放り込んで………』
金マル:『ガっちゃんガっちゃん! 今のミナちんにも容赦ないね!』
守銭奴:『ルートは任せてもらおう。アイツの凌辱系は国内外に幅広く人気があるからな、良い金の種になる……!』
○べ屋:『この際だから新規ルート開拓も視野に入れてみるっていうのはどう?』
貧従士:『いやあの、分かっていましたけど誰もフォロー無しですか!?』
約全員:『お前が言うな!』
失敬です―――――そう思い、アデーレがとりあえず湊に声をかけようとした矢先、
「おーい! 準備遅れて悪い悪い! ――――――でも暗くて面白いぜ!」
空気を読まずに馬鹿が校舎からやってきた。当然、湊は壊れたまま放置されていた。