「いーやーじゃー! 僕はここでカレーを作るんだいっ、だから校舎にはいーかーなーいー!」
どうも皆さん、夜分遅くにすいません。武蔵アリアダスト教導院橋の上からお送りしています、湊です。
何故かつい先ほどまでの記憶がスコーンと抜け落ちちゃってるのが不可解ではありますが、本日の主役がやってきた事ですしいよいよ幽霊退治という名目の肝試しの始まりです。
そんな訳で、怪異大の苦手な私といたしましてはそれはもう是が非でも参加をしたくない所存でありますれば、そこらへんでカレーを作ってるハッサン君と一緒にせっせとカレーを用意して皆を待っていたいのです。大丈夫です、私はそれでも十分楽しめます。
そうっ! 全ては学友皆の笑顔のために! そして何より私のために! 私は! ここで! カレーを作らなければならないのですっ! 故に、
「何で僕がいの一番に乗り込まなきゃなんないのさやだあ――――――!」
「おいおい湊、俺が嫌がらせをするためだけにお前を真っ先に送り込むと思ってんのか?」
「ぐずっ、とーり……?」
「そうさ――――――お前の悲鳴とか泣き声ってリアルだからよ、先遣隊としてこれ以上無い適役」
「うわあああああああん! 分かっていたけど、分かっていたけどお前という奴はあああああああ!」
……うん、そろそろ正気に戻ろうか僕よ。
へらへらと笑顔で外道なことをのたまいやがる馬鹿を『土星の輪』+神道式スープレックスでぶん投げ一頻り落ち着いたところで、現状を説明しよう。
僕が意識を取り戻した時には既にトーリがやってきており、人も集まった事でいざ肝試し―――! の、その段階で彼から待ったがかかった。
曰く、『折角の肝試しなんだからよ、くじ引きでペアを決めてから回るのって面白くね? テンプレじゃね?』とのこと。
ちなみにそれを実行に移す際、女子と組みたがった一部必死な男子生徒にドン引きした女子により却下されたため、戦力的な割り振りでそれぞれチームが組まれる事になった。まぁ名目は“怪異退治”なので、『遊び気分も良いけど仕事もね』といったところなのだろう。
で、上手い事組み分けがなされた訳だがそこに僕は当然のように入っていない。
当然である。僕は皆に既に公言している通り、怪異だとかお化けだとか幽霊だとか、存在自体が不確かで不気味なものは全くと言って良いほど受け付けない。
異族ならイトケン君やネンジ君で慣れてるし、鬼人族や種族的パワーフェイスな連中も別に怖くは無い。だって生きているのだから怖がる必要は無いし、怖がる事はむしろ失礼に値するというのが僕の持論だ。
だが、駄菓子菓子である。
そこで言うところの幽霊とはすなわち存在自体あっちゃいけないものであり、そんなものを受け入れろとか言われてもまず無理。存在を全否定するつもりじゃないけど、ただ単純に、僕の前に現れる可能性をゼロにしたいだけなのだ。
『Jud.それってつまり、ガチでビビってるという事なのでは?』
『あ゛ァン!? 悪い!? 女装してる上にビビり属性まで付加されてて悪いの!? あぁどうせ悪いんだろうねどうもすいませんでした点蔵様今すぐ犬臭いその靴でも舐めてやろうかあぁん!?』
『湊殿お気を確かに! 乱心アッパーしてるせいで言動が今すごく拙い感じで御座るよ!?』
『湊君は僕達は平気なのに怪異はどうしても無理なのかい!?』
『あっ、うん。何と言うか、既存の生き物の枠に囚われない感じがもう嫌で嫌で。きっと前世でそんな不定形かつウルトラ気色悪い生物と因縁があったんじゃねぇかってぐらい無理』
『例えがまた具体的であるな!』
『………自分とのこの扱いの差は何で御座ろうか』
別に夜中に暗い道を歩いていたら背中にひんやり冷たいネンジ君が落ちてきたところで、僕は別に驚きはしない。それが知り合いなのだから当然の反応だし、見知った気配なら対応も難しく無い。
でも、怪異は無理。これは聖譜記述以上に僕の中で絶対の理なのだ。だというのに、トーリはグループを形成していない僕の下に近づいて一言。
『オメエ一人か? なら俺らと一緒に回ろうぜ! ちなみにトップバッターな』
……ここで冒頭に戻るという訳だ。人がどんだけこういうのが苦手かを知ってるくせに誘うのだから、トーリは吹っ飛ばされても僕に文句は言えないと思う。てか、言わせない。
ボケ術式の恩恵で特に怪我らしい怪我もなく復帰してきた馬鹿は笑顔のまま催促してくるし、自分だって怖いもの苦手なクセに弟に混じって挑発してくる姉がマジでウザい。
「クククアンタさっきからなんて悲鳴あげてんの。そういうのは同人誌の中だけにしときなさい! ひぎぃ! あひぃ! らめぇ! ほらさん、はいっ!」
「それで本当に言うと思ってんのか!? そしてそのジャンルの悲鳴をあげた記憶は終ぞないからな!」
「えー、マジで?」
「そうね。ネタとしてはよく言わせてるけど、本人の口から言わせた事がないからイマイチリアルさが欠けてるのよねー。総長ー、どうせ音声データ記録するなら後で私にも送ってくれる?」
「おい
「おいおい、今のすげえ力技じゃねえか湊。あと口調も変わってんぞー! 代演どうしたー!?」
「お前はお願いだからあと五分黙って!? 五分が無理なら二分でいいからさぁ!」
この同人魔女が一番性質が悪い。僕にとって、おそらく生涯の天敵であろう黒翼の匪堕天の少女に全力でツッコむもあの野郎は当たり前のようにそれを流した。何時か絶対、ぎゃふんと言わせてやる……!
「まっ、それはいいからよ。とにかく行こうぜ!」
「だ、だから僕は行かないとあれほど……あぁ引っ張らないでちょっ、そこ引っ張られると制服破けっ、お前は分かってて引っ張ってんだろコラー!? あ、あぁその話聞いてません的な態度! そういうのいけないんだかんな! お、お願いだからもう本当勘弁して下さい無理なんです怖いんです入りたくないんです何でもするからそれだけはあ―――――――!?」
「ったく、手間を取らせるな。金と時間の無駄だ」
「シロ君も総長もこんなに嫌がってるのにみなちゃんを連れてく方向なのは変わんないんだね」
……結果だけを言えば、抵抗空しく僕はトーリに連れられて校舎の中へ皆より先んじて入る羽目になってしまった。
ちなみにこの際、助けを求めようと視線を彷徨わせてみたが誰ひとりとして視線を合わせてくれるどころか、皆して視線を逸らしてくれやがった恨みを僕は忘れない。………一週間ぐらいは。
●
――――中に入ってそろそろ十数分が経過しただろうか?
「何もいない何もいない何もいない何もいない何もいない何もいない何も」
「あー! あそこに半透明なシーツがっ!」
「~~~~~~~~~っ!?」
「総長ー、今みなちゃんいっぱいいっぱいだからその手のネタは止めといた方がいいよ? 後で正気に戻ったらガチ復讐されちゃうよ?」
「商機だと!? 何、それはどの分野だハイディ!」
「いやん、シロ君今のは私でも流石に見直しちゃうレベルの反応だったかなー?」
正直、一番チームワークという面から言えば、むしろチームワークに喧嘩を売ってるようなこのグループは今現在、とりあえずは順調に進んでいた。
ちなみに僕の言うところの“順調”とは、一度も怪異に遭遇していない事を指す。度々トーリが冗談を言ってくるが、例え冗談だとしても暗がりの校舎。いつもと違う雰囲気。そして既に神社関係者が自らその存在を肯定して警告までしたこの場所において、僕は一瞬たりとも気が抜けない。
だからこそ反応をおちょくられている訳だが、この中で比較的常識を持っているハイディのフォローが無ければ多分、色々とぶっ飛んでたと思う。理性とか、本性だとか。
後側棟の側、一年クラスの多い一階右舷側の廊下に差し掛かったその時、やや遠くと思しき場所から音が。
正確には、南側の前側棟の方から爆発にしか聞こえない音が響いてきた。
そこで僕達はふと足を止め、まず口を開いたのはシロジロだった。
「――――トーリ、正直に言え。何を仕込んだ? それは金に繋がるか? それとも、死ぬか?」
「シロジロ!? それは二者択一どころか魔女裁判もビックリな理不尽さだと思うよ!?」
「あっ、ツッコミで復活したねみなちゃん」
「ハイディが基本的にシロジロ全肯定するから、僕がトーリにもシロジロにもツッコミ入れないとボケが飽和しちゃうから……」
どうでもいいが、僕の存在価値がそのまま女装とツッコミに限定されてきている気がしなくもない。武蔵では隙あらば味方でも刺しに行くのが普通とはいえ、この状況は些か厳しい。主に僕のメンタルとか喉とか。
僕とハイディの会話を余所に、シロジロは僕のツッコミを無視してトーリはトーリで何処からか取り出した教科書を丸めて床に叩きつけていた。読みもしないくせに、小物として教科書を使うのはどうかと思……わなくていっか。トーリだし。
「おめえはいっつも俺を疑ってばかりだな! 俺は悲しいぞ!? 前に俺がエロゲ購入する時に小銭が足りなくてお前の手持ちからチョバった時だって真っ先に俺を疑って! お前はもう少し他の人間を疑えよ!」
「おーい、トーリー。その発言自体が色々と敗北宣言になってる事に気がつこうねー。あと、それについて後で番屋に突き出すからなー」
「みなちゃんだいぶ投げやりになってきてない?」
「……じゃあツッコミハイディが代わってくれんの?」
「――――ほらっ、あっちに東君がいるから早く合流しよっ」
ははは、こやつめ。思わず半目でハイディを睨むも、流石はシロジロの彼女と言うべきか。僕の視線を当然のようにスルーして話題を戻した。といっても今回の件についての金の動向なんか、トーリが把握してるとは思えないんだけどなぁ……。
「貴様何を仕込んだ? それは金で解決できることなんだろうな? 出来なければ貴様を教導院前の滝に吊るして見物料を回収せざるを得んぞ!?」
「オマエ本当にお金大好な。あと、俺は今日一日忙しかったんだからな! エロゲの表示枠の文章早送りアイコンをどんだけ連打したと思ってやがる! 半日以上だぞ!?」
「半日も無駄にしてこの馬鹿は一体何をやってるんだろうね?」
「エロゲじゃないかな? あと、真面目に考えない方がいいよ。ああやって自分のペースに引き込むのが総長の常套手段だから」
「でもトーリが“常套手段”なんて言葉を知ってると思えないんだけど」
「あ、コラせめて湊はこっちに寄越せよ! 三対一なんて卑怯だろ!」
「なら聞くが、貴様は本当に、何もしていないんだな?」
「たりめぇだろ!? 俺は何もしてなんかいないさ!――――――――頼んだだけだよ!」
直後シロジロの咆哮がトーリを真上から襲った。どうやらこっちは怪異探しよりもこの二人のやり取りで終始しそうな勢いだ。
「(助かった……)」
素直にそう思い、一つ息を置いた。これだけ騒いでいれば怪異も近づいてこないだろうし、何だか他の階層からもトーリに頼まれたであろう人達のハッスルしている音や、ガラスの割れるような音とともに同人屋の恋人のナイトの悲鳴だか歓声だか分からない声が聞こえてくるし。
そういえばと、前置きを一つ置いて僕は今更ながらにその思考に辿りついた。
――――――そもそも梅組の面子が集まって、碌な肝試しなんて出来る訳ねーじゃん。主催者トーリなのに。
こう考えるとビビる必要が無くなるのだから不思議なものだ。うん、怪異はやっぱり怖いけど、どうせ今頃浅間とかネイト辺りがストレス発散で遠慮なくぶっ飛ばしてる事だろうしこっちはこっちで気楽に行くとしよう。
「あ、あの、トーリ君が首ごと引き摺られてるけどアレ……いいのかなぁ?」
「東、一つ言っておくと、ああいうのはもう気にしたら負けだよ」
「み、湊君がツッコミを放棄する程に……?」
「Jud.まぁ、相手が相手だしね。僕も常に全力投球してたら喉いくつあっても足りないし、流す時は流さないと」
「そういうものなんだ……」
途中で合流した東を加え、少し先でシロジロとハイディ両名の肘に首をひっかけられたトーリを追って少しだけ歩を速めた。
その際シロジロの愚痴が零れていたけど、御気の毒としか言えないわな。“身内の恥が一番高くつく”ことなんて、そんなの当たり前としか思えないし。残念なことに。