――――――憑かれた。じゃなくて、疲れた。ただひたすらに疲れた。
「しかも絶対にコレ、肝試しの疲労感じゃないし……」
「あ、あはは……。大丈夫かな、湊君?」
「東も気にしなくていいよー。みなちゃんアレで平常運転だから」
その認識にツッコむのももう面倒だ。ハイディには言わせておくとして、漸く校舎を周り終わり中庭に戻る事が出来た。
終始騒いでいたお陰で怪異と出くわす事もせずに済んだし、ツッコミはしんどかったけど十分だ。これ以上あんな不気味極まる校舎の中に入りたくはない。
外から見るとよくよく校舎の震動が見てとれ、皆が騒いでるのが伺える。というか、
「なんか、皆機嫌が良い……?」
「あっ、東もそう思う? やっぱり、テンションあがってるのかなぁ」
理由は明日、トーリが告白する事だろうか。
東は少し不思議そうな顔をしていたが、僕たちの場合は小等部からの付き合いがあるのに対し東は中等部から。ノリが分かりにくい部分もあるのだろうが、どうせなら楽しんだ方がいいと思うのは僕だけじゃないだろう。
しかし東が言う通り、今日の皆はテンションが高い。
「あ、天井が」
「あれは加護を受けた流体じゃなさそうだし、
「今度は爆発が……」
「破砕術式っぽいし、あの威力だと浅間じゃないかなぁ」
「……あ、あの、湊君? さっきからツッコミ無いの?」
「申し訳なさそうなところ悪いんだけど、今さり気無く東の中の僕の認識が出てたよね? 泣くよ」
最早肝試しとかそれ以前に皆のテンションがおかしい気がするが、それにしても気になるのは浅間だ。
今しがた聞こえた爆音は間違いなく、浅間がよく使っている弓矢に術式の加護を籠めた爆砕術式だった。
基本的に沸点が低くは無いし、常識人を自称している上に巫女という立場上そもそも人を撃っちゃいけなかったりする立場だったりするのだが、そんなものは既に形骸化してると言っても過言じゃない。
トーリなんかはしょっちゅう
今回は普通に怪異退治だからストレス発散を兼ねられているんだろうが、それにしては爆砕とはいささかオーバーなような。
「(まぁ浅間がアッパー入ったってんならしょうがないけど、直政や鈴さんがいるのにそれは考えにくいし。何かいたのかな?)」
並みの怪異なら、少なくとも学校に出没する程度の規模なら浅間の加護付きの矢だけでも十分に威力は足りている。
でも校舎を震動させる程の威力となると、まさか予定外の化外が? い、いやいやいやそんなバカな。いやしかし……。
自分で考えた想像で冷や汗が流れる。嫌な思考を振り払おうと首を振った丁度その時だった。
「…ッ」
「? 急にどうかした?」
「………東、ちょっと僕用事あるから出てるね。皆によろしく言っといて」
「え? 急にどこに……ってもういない!?」
物音。それも中庭にいる僕たちから見つからぬように遠ざかる複数の足音を知覚し、僕は東の言伝をおいてその方向へと走った。
――――足音って事は化け物じゃない筈……なら、わざわざ隠れて僕たちから逃げる訳は?
ひょっとしたら泥棒かもしれない。うちの教導院に盗む程価値のあるものがあるかはともかく、放置しておく訳にもいかない。
足音はそこまで速くないようで、少しの疾走の間に前方に影を二つ視覚に捉えた。
「―――――『閻水』!」
取り出したのは水を司る魔導具。あまり危害を加えても話を聞けなくなる可能性もあるので、ここは手っ取り早く進行方向を……塞ぐ。
疾走の途中で予め閻水用に作ってある術式札を前方に放る。それをトリガーに札の術式が作動し鳥居型の表示枠が閻水の刀身上を潜り抜ける。
そして札の術式を纏った閻水を地面に突き刺す。内燃拝気から術に必要な分だけ流体を供給し、最後のトリガーを叫ぶ。
「氷紋剣………“汴舞”――――ッ!」
水操作の延長線。
禊祓を済ませた水を貯蔵してある位相空間に直接アクセスし、内臓された水を地表に流し込み指定した領域を凍結させる。
この『汴舞』とはつまり、凍結させた水を地面から氷の刃として発生させる閻水に組み込まれた術式群、『氷紋剣』の内の一つ。
攻撃の用途として使えるのは勿論だが、今回は相手の目前で氷柱を発生させる事で行く手を塞ぐ事が第一だ。
果たしてその目論見は当たり、突如として現れた障害物に相手が止まっている隙にこちらも速度を上げて不審者の姿を明確に捉えた。
「ちょっと待ってもらお……う…………か――――――」
丁度“後悔通り”の近くの林だったらしく、灯籠の明かりに照らされて僕が追っていた二つの影の姿が鮮明に浮かぶ。
それは何と表現すればいいのか………えっと、あれは何なんだ?
「こ、ノブタンノブタン! これはもしかしなくてもピンチなのでは!?」
「だ、大丈夫だ! コニタン! 追手の動きが止まっている今ならば……ッ」
強いて特徴を挙げるならば、――――布?
そう、丁度頭からシーツ程の大きさの布を被ったらあんな感じの外見になるんじゃないだろうか。
ただ布が足りない足からは黒い茂みが普通に見えている上、その布自体にも大きな問題がある。
白い塊の上にはただの白い布地ではなく、多分女の子だと思われる絵がプリントされている。『多分』を使っているのは、線の歪みっぷりにいまいちそうだと確信が持てないから。
―――――あれは確かトーリが勧めてきた武蔵放送で今人気だという“
ただそうだと仮定して進めないと思考が先へと進まないので細かい事は抜きとする。あれは確か魔女の存在への聖連の嫌がらせなのか、主人公であるバンゾックがやたら相手の頭の皮を剥ぎたがり生贄大好きとかいキャラ設定に人気を取る気が無さ過ぎるキャラだったと思う。それでも人気があるのはもう、武蔵住人が病気としか言えない。
それはさておき、二つある白い塊それぞれにバンゾックのイラストがプリントされている訳だが、それぞれ線の太さや大きさが違うし、デザインも若干異なる。絵師が違うとかそういう話だろうか? いやそーじゃねぇだろ僕。
順調に思考が視覚から送られてくるバグに浸食されていく。必死で頭を回して現状理解に努めるも、分かったのはただ一つ。
目の前の連中が、度し難い変態であるという事だけだ。
カサカサとまるで数日掃除をサボっただけでのさばる台所の悪魔を彷彿とさせる動きを見せる脛毛を擁するおみ足。
ヒソヒソと聞こえてくる声は聞き取れないが、被りものであろうバンゾックプリントが蠢きこちらの背筋をまるで這うような怖気を感じさせる。
そこまで冷静に思考して、限界がきた。
「―――――ぃ」
『い?』
「い、いやぁぁぁぁぁあああああああああああ! 変態やだあ―――――――!!」
……同時刻、中庭の方でもある少女の泣き声が響き渡った。嫌なところでのシンクロであった。
●
教導院の方に戻ってみると、何やら皆がさっきまでのお祭り気分とは趣の違う騒ぎ方をしていた。
僕は僕で色々と心に整理をしないといけなかったので少しばかり時間が経ったと思うのだが、何があったんだろう?
「
「おのれ下手人め! さしあたっては皆に処罰の方法を聞きたいが、何か良いアイディアがある者は挙手ー」
成程、どうやら鈴さんが泣かされたせいらしい。僕の場合は率先して泣かされようとされた訳だが、この辺はやはり人徳というか色々な差というものだろう。自覚はしているが、だからといって何も想わない訳じゃないが今はその感傷は置いといて。
「はいはーい。鈴さんを泣かせた奴なら吊るし上げてシバキ倒せばいいと思いまーす」
「おぉ! こちらは武蔵の男の娘枠からの推薦だ! 他意がある者は………いないな。ならば総意で死刑という事で」
「問題なーし」
「疑問なーし」
「あと容赦も要らないよね? だって鈴さん泣かせたんだもの、これはも国家反逆罪よりも重たい罰を与えないとダメでしょ」
いざ下手人と思い皆の視線の行き着く先、エリマキトカゲのようなよくわからないびらびらをつけた武蔵王がそこにはいた。だが、いくら王様と言えど僕達の鈴さんを泣かせた罪は万死に値する……!
皆が殺気立つ中王様はこの騒ぎを取り収めるべく、よりにもよってトーリに声をかけてしまった。咄嗟とはいえ、あんまりな判断に少しぐらいは同情してやらなくもない。
「おいおい皆! ここには確かに麻呂に姿を似せて俺達の正気をモリモリ下げてくる最悪の下衆がいるけど、コイツが麻呂な訳ないだろ? だって麻呂、友達いないからここに来るわけねぇし」
「コラ――――! 貴様言うに事欠いて何たる礼儀の無さ! 我は本物の武蔵王ヨシナオ公であるぞ!」
「はあ? 分かってねぇなぁお前。いいか? 本物の麻呂はな、友達いなくて、部屋で寂しく、今頃はマインスイーパーで遊んでるんだぜ? つまりだ、ここにいるオメエは似せモンだ!」
「貴様あ――――!」
「うわあ――――ん!」
事情は大体呑み込めた。トーリが王様と馬鹿やってくれたお陰で少し頭が冷めたけど、多分急に大声を出した王様に鈴さんがびっくりしちゃったとかそういうオチだろう。
一旦冷静になってしまえば荒ぶっていた心もすぐに収まり、事態を収拾させるべく歩み寄ろうとして……
――――――胸にある筈の“物”が一瞬、激しく何かに呼応するかのように脈を打った。
「(………ッ!?)」
異変は一瞬。しかもそのタイミングで、まるで泣き止まされたように鈴さんの声がピタリと止まった。
動悸はすぐに収まり、感じた激痛もすぐに引いた。がしかし、今はその異変の理由を知るよりも先に培った経験からその場にいた僕達は全員、鈴さんの邪魔をしないように一切の音を消した。
鈴さんは目が見えない。その代わりに他の感覚が研ぎ澄まされていて道具による補佐を差し引いても、数キロ離れた生物の生態を知覚できるというのは正直、才能以上の何かだ。
それを皆が知っているからこそ、その集中を邪魔しない。彼女が何かに気付いたのなら、それは決して無意味なものなのではないのだから。
「――――あ、あっち」
しばらく集中していた鈴さんが指差した方向。
ただの闇が広がっていただけの空に突如として奔ったのは発火の光。
炎が三河・各務原の山、その峰を焼いていた。
「―――っ、と、えっと、今聞こえたのは……」
「爆発、だろうね」
次いで聞こえた遠雷のような音に屈めていた身を上げながら呟いた声に反応したのは校舎の窓から顔を出したネシンバラ。
「あの辺りは確か、三河を監視する聖連の番屋があった筈だけど……
「事故って可能性は?」
「うーん、ここから見える情報だけじゃ断定は出来ないね。本当、どうしたんだろ」
さりとて言葉ほど気にしてはいないのか、言ったネシンバラはそのまま校舎に首を引っ込めてしまった。
にわかに騒ぎ立ちかけた他の皆も、トーリの解散宣言で一先ずの混乱は避けられた。が、それが話題転換である事ぐらい僕にだって分かる。
生徒会の面々が注意事項を
「(
「あっ! もう湊君何処に行ってたの? 急に出て行くって言ったっきり消えるから心配したよ」
「……んぁ? あ、あぁ東。ごめんごめん、ちょっと変態と出くわして思わず泣いたぐらいで問題無いから」
「そ、それは本当に問題ないの!?」
いま一つ飲み込めない事が多くて頭の方が追いつかないが、もう今日は考えるの止めよう。
東と合流し、今日はこのまま寮まで東を送って帰ろう。そう思い改めて東の方を見て―――――
「――――――きゅぅぅ」
「ちょあぁっ!? み、湊君!? いきなり倒れて……って気絶してるー!?」
――――東の後に半透明な少女を確認し、僕の意識は強制アウトされた。多分自己防衛機能の一種だろう。