コズミック変態と哀れな最悪の精霊さん。   作:冬月雪乃

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バレンタインデー

バレンタイン。

日本においては女性から男性にその秘めたる思いや友愛を込めて菓子類を渡すイベントとなっている。

菓子類でもっともポピュラーなものはチョコレート、というのは日本に住むものであれば誰しもが知る情報である。

 

「……女神よ。これは……」

「チョコレートですわよ。ちょっと気合入れてみましたけれど、どうでしょうか」

 

さぁ、ここでこの記念すべき、いや、記念する日において私こと水銀の蛇、或いはサンジェルマン、或いはカリオストロ、或いはメルクリウス(以下略)が女神から賜ったものを見てみよう。

おそらく大地をイメージしたのであろうチョコレートをたっぷりと吸ったスポンジケーキ。

上から見ると鉤十字が描かれており、その中心には私らしき人型のチョコレートが立っている。

さらにその人型の背後からは飴細工で出来た双頭の蛇が力強く、そして繊細緻密に円を描いて互いに絡み合い、これ以上無く私の存在を示している。

その姿は籠にも見えるわけだが、その理由は簡単である。

その双頭蛇が交差した中心には懐中時計にも見える飾りが添えられており、言わずともわかるが、これは間違いなく女神・時崎狂三のことを指しているのであろう。

 

「ああ……なんと……」

 

思わず感嘆の声が漏れ出る。

その声は感動のあまり打ち震えているのが自分でも理解出来る。

 

「本当は昨年渡す予定でしたの。けれど、中々上手くいかなくて」

「……」

 

声が出ない。

あぁきっと、この気持ちを、感動を、情動を言葉にするなど無粋であると。

そういうことなのだろう。

 

「あの……やっぱりお気に召しませんの……」

「あぁ違う、そのような事はありえませんな女神よ。愚かな私を許して欲しい」

 

きっと何度も練習したのであろう。

その白魚のような指を見ながらそう思う。

あまり包丁などの刃物を使わないからか、怪我などは見られないが、時折夜中に甘い匂いがしていたのは知っている。

 

「女神よ、食しても良いだろうか」

「えぇ。もちろん。あ、わたくしが切り分けますわ」

「では、頼むよ」

 

#

 

甘い。

しかし、その中にも苦味がある。

飴細工も見事なものだ。

 

「あぁ、なんという……素晴らしいよ女神」

「うぅ、そんな全身で喜びを表さなくても……っていうかどこから出したんですのそのスポットライト……」

 

思わずポージング付きでその素晴らしさを表現してしまうほどだ。

しかし悲しいかな、私のそれでは表現がしきれない。

仕方なくこんなこともあろうかと設置していたスポットライトを使ってより『らしく』表現したが、それでも足りているとは言い難い。

なんとも惜しいことだが、もしこの女神のプレゼントを全力で表現するならば世界中の美句麗句を用い、さらに世界中の紙を全て使ったとしても表現し切ったと言い切ることはできないだろう。

惜しむらくはこのあらゆる芸術を凌駕した芸術を永劫保存することが出来ないことだ。

食物である以上、これは朽ちる。

いや、私が術式を刻めば朽ちることはないのだが、それはしたくない。

これは女神の作品で、この中には女神の想いが詰まっていると言っても過言ではない。

そのようなものに私の手が加わるなど、無粋にも程があるというものだ。

 

「女神よ」

「はい。なんですの? カリオストロさん」

「ありがとうと、感謝を捧げよう」

「いえいえ……あの、そんな泣かなくても……」

 

私、感涙。

今日は素晴らしい日となった。

 

あぁ、諸君。

Eine gluckliche Valentinstag!!


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