「
「ありがとう、総ちゃん」
ここは武装警察・真選組の屯所である。そして、紫苑と呼ばれた女は…
「今日はお仕事?」
「そうなんでィ。はー、かったりぃったらありゃしねぇぜ…」
「フフッ、そんなこと言ってるとトシにまた怒られるよ?」
「怒られたら返り討ちにしてやらァ」
クスクスと笑う紫苑に、つられるように沖田も笑う。しかしそんな穏やかな時間も…
「総悟ォォォォ!!!!テメェ、やっぱりここに居やがったかァァァ!!!」
スパーンと開けられた障子と、大きな声で終了となる。紫苑は大して驚いた様子も無く、例の如く笑っている。一方の沖田は小さく舌打ちしていた。この怒鳴り込んできた男こそ、さっき紫苑が“トシ”と呼んでいた真選組副長の土方 十四郎である。泣く子も黙る鬼の副長と名高いが…
「土方さん、そんなに怒鳴ってたら血管が切れますぜィ?そのままくたばれコノヤロー」
「アァ!?誰のせいだ、誰の!!テメェがくたばれ、コノヤロー」
まぁ、いつもこんな感じである。紫苑も最初こそ驚きはしたが、毎日この光景が続けばなれるというものだ。
「おはよう、トシ。今日も朝から大変ね」
微笑みながら言えば、「そう思うなら総悟を甘やかすな」としかめっ面で言われる。しかし、決して怒っているわけではない。
「総悟、近藤さんが呼んでたからさっさと行って来い」
「分かりやした。じゃあ土方コノヤローは後で殺すという事で…」
「テンメェ…!!」
「じゃあ紫苑、また後で」
「うん、またね」
手を振って見送る紫苑の前に、今度は土方がやれやれと零しながら腰を下ろす。
「あれ?今度はトシがサボる時間?」
「んなわけあるか!!ったく…」
とは言うものの、ばっちりと勤務時間中だ。サボりではない息抜きだと言ってはいるが、言葉が違うだけで立派にサボりだと思う紫苑である。
「最近はどうだ、体の調子は?」
「ん…良かったり悪かったり。けど今日は調子いいから、ちょっと外に出てみようと思うの」
「そうか。無理はすんなよ」
「ん、ありがとう」
フッと微笑みながら紫苑の頭を土方がなでれば、紫苑も嬉しそうに微笑んだ。土方と紫苑の仲も、恋仲というわけではない。やはり、姉と弟…そんな感じなのだ。
いや、真選組にいる誰もが…この紫苑という存在を大事な家族の一員として接している。
元々、紫苑は真選組の人間ではなかった。
それは…数年前まで遡る…。
見回りを追え、屯所に戻ってきた土方と沖田は屯所の前に大怪我をして倒れている女を発見した。慌てて連れ帰り、介抱したのだが…目覚めた彼女から聞いた名前と生い立ちを聞いて認識が変わった。
高杉 紫苑。彼女は、超過激派の攘夷志士である高杉 晋助の妹だった。当然ながら元攘夷志士であり、攘夷戦争にも参加していた。真選組に発見されるまでは高杉の率いる鬼兵隊の副官として動いていた。
しかし…昔の優しい兄から、復讐に駆り立てられどんどん変わっていく兄を見ていることが出来ず、力ずくで止めようと試みたのだ。紫苑もそれなりに剣の腕前は強かった。しかし、晋助に敵うはずも無く返り討ちに遭い…命からがら逃げ出してきたのだ。
逃げる時に、何度も何度も幹部の者達に捕まりかけた。そのたびに刀を振るい、何とか追っ手から逃れてきた。
しかし、このままでは殺される。ただ、普通の暮らしをしているだけでは殺される。
それを恐れた紫苑は、一か八かの賭けで…天敵である真選組の屯所まで逃げたのだ。全てのことを包み隠すことなく話した紫苑は、当然ながら罪人として屯所の牢へと閉じ込められた。しかし、紫苑は悲観しなかった。怪我の手当てをしてもらったうえに、粗末とはいえ食べ物を与えてもらえる。そして何より、真選組という絶対的な安全圏内にいることが、紫苑を安心させていた。もちろん、この先に待ち受けている懲罰を考えると恐ろしい。死刑だって有り得る。しかし…変わっていく晋助を止めることも出来ない自分など生きていても無意味だと、牢屋の中で全てを捨てた。
ただ…一つだけ心残りがあった。
それは攘夷戦争で、彼女が愛していたただ1人の男の事。晋助と同じ紫色の髪を、綺麗だと言ってくれた人。大きな背中で自分のことをいつも護ってくれた人。自分の事を愛してくれた人。大切な幼馴染であり、大切な恋人。
しかしその恋人とはもう…ずっと、会っていない。
正しくは、生死すら分かっていないのだ。戦いの最中はぐれてしまい、紫苑は1人戦場に取り残された。晋助達と完全にはぐれてしまい、紫苑は攘夷戦争で孤独な戦いを強いられたのだ。そんな彼女が晋助と再会したのは攘夷戦争が終わってすぐの事だった。だが…再会した兄の姿は、自分の知る兄の姿からかけ離れてしまっていた。
左目の包帯。そして…ギラギラと輝く、復讐に囚われた獣のような瞳。
初めて紫苑は、兄が怖いと思った。
それでも、たった1人の家族。彼女は傍にいることを望み、晋助もそれを拒む事はしなかった。だがどんなに問うても、自分の愛した人の生死だけは教えてくれなかった。
牢の中で1人…愛する人から貰った最初で最後かもしれない贈り物のかんざしを見つめながら、紫苑は願い続けた。
生きていて欲しいと…。
牢に閉じ込められて1ヶ月程が経ったころ、近藤と土方が紫苑の牢にやって来た。いよいよ、自分の運命も終わるのかと…2人を見上げて、微笑んだ。
「何故…笑う?」
「さぁ、何故でしょう…。私にも分かりません。しかしこれが報いだと…そう思っております」
「報い?」
「…兄を…晋助を変えられなかった…止めることのできなかった、出来の悪い妹の受けるべき報いだと…」
心残りはある。しかし、自分の想っていた人はとても優しく、とても素敵な人だった。例え生きていたとしても、もう離れ離れになって随分と時間が経ってしまっている。自分以外のいい人が出来て、結婚しているかもしれない。幸せを掴んでいるかもしれない。いや…生きているかどうかも分からない。
恋人も救えず、兄も救えなかった自分に、のうのうと生きている価値など…無い。
「だから、どんな所業にも私は耐えます。死を宣告するのであれば…それをも、私は受け入れましょう」
それが、紫苑の覚悟だった。髪と同じ深い紫色の瞳は強く2人を見つめていた。だが予想に反して、近藤はニコリと笑い、土方もフッと表情を崩した。
「大したお嬢さんだ。流石は侍といったところかな?」
「だがな、ワリィが…アンタの望む所業とやらを告げにきたわけじゃねぇよ、俺達は」
釈放。それが…2人の口から告げられた。
1ヶ月、紫苑を真選組の屯所に閉じ込めたのには理由があった。紫苑がスパイである可能性を考えて一定期間閉じ込めておく事を土方が提案したのだ。優れた監察方ならば、自ら己の身体に大きな傷を付け、同情を誘い潜り込む。そうだったら、仲間を取り返そうと敵が屯所に攻め入ってくるはずだ。紫苑の兄が晋助であるならば尚更だ。しかし、この1ヶ月…そのような事は全く無かったのだ。
そう説明する近藤に、紫苑は悲しげに微笑んだ。
「そうでしたか…。やはり、私は兄に見捨てられたのですね…。当然です、一番大きなわき腹の傷は…兄である晋助に斬られたものですから…」
もうあんな兄の姿を見なくていいのだという安堵と同時に…
「けれど、どこかで…兄が私を助けてくれる事を望んでおりました…」
本当に捨てられてしまったのだという悲しみに涙が溢れた。
「兄さんは…優しい人…だったから…ッ…、どこかで…望んでいた…ッ…」
もう、あの頃の兄は死んでしまったのだと。今、鬼兵隊を率いている兄は…確かに兄ではあるが、紫苑の知る兄ではないのだと。
めでたく釈放となったが、紫苑のことを考えるとおそらく頼るところも無いだろうと近藤は話を持ちかける。紫苑の剣の腕は攘夷戦争で生き残ったという時点で保証されている。それに、そのまま釈放してどこかに住むことが出来たとしても、また命を狙われる可能性だってある。それを危惧した近藤・土方の両名は紫苑の真選組入隊を勧めた。最初はどうするか悩んだが…その申し出を甘んじて受ける事にした。
最初こそ隊士達との間には溝があった。晋助の妹という肩書きが、深い溝を作っていたのだ。しかし、刀を片手に攘夷志士達に立ち向かっていく彼女の姿と、仲間を助ける為に命を張って護る姿に…その溝もすぐに埋まった。
そして紫苑は“真選組”という大きな家族を得ることが出来たのだ。
充実した日々が続いていたが…そんな紫苑を病魔が襲った。突然、巡回中に咳き込み吐血したのだ。そのまま病院へ運ばれ、下された診断は…余命1年、治療は不可という宣告だった。
真選組隊士の誰もが絶望した。何より、本当の家族同然に可愛がっていた近藤がその宣告に涙を流した。医者につかみかかり、何とかしろと怒鳴り散らした。ベッドで静かに眠る紫苑を目の当たりにして、彼女をどこか姉のように慕っていた土方はきつく拳を握って壁に叩き付けた。
けれど…紫苑は、決して己の人生に悲観はしなかった。残された人生を全うしたいと…そう、望んだのだ。医者からは入院を勧められたがそれを断り、無理はしないという絶対条件の元、紫苑は屯所へと戻ってきた。
「ねぇ、トシ?トシは今日…巡回に行くの?」
「あぁ、パトカーで出るぜ。一緒に行くか?」
「うん、そうしたいな…。歩くのもいいけど、途中できつくなったら困るから…」
ニコリと笑う紫苑に、「準備をしてくるからちょっと待ってろ」と言い残して土方は部屋を後にする。その間に、紫苑も髪を整えたり隊服を整えたりした。腰には…自分が屯所に逃げてくる時まで手放さなかった刀。攘夷戦争を共に切り抜けてきた大事な刀。しかし…もう、紫苑に以前と同じように刀を振るう力は残っていなかった。だが、真選組を名乗る以上、丸腰では話にならないと形だけ…帯刀しているのだ。
「おら、準備出来たぞ。総悟も一緒だ」
「うん、今行く…!!」
そっと障子を開けると、フワリと優しい風が部屋に入ってくる。
「もう春だね…」
攘夷戦争が終わったのも、兄と再会したのも春だった。
そして…
「紫苑、行くぜィ」
「総ちゃん、待って…歩くの早い…!!」
「おっと、すまねぇ」
今年の春…
それが、彼女の受けた余命のタイムリミットだった。
(2011年6月13日 にじファン初投稿)