恋空~春、夜空の下で~   作:雪音

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更新が遅れてすみません^^;仕事が忙しくて、着手が遅れました(苦笑)

さて、今回の話はタイトルの通り…銀時と紫苑が持つ“恨み”についてです。松陽とのことを書こうと思っていますが、その辺りは公式の正式な情報がないので捏造です!!

※この話は一国傾城篇前に書いた小説です。なので、原作の話と滅茶苦茶内容が違いますが、予めご了承下さい(礼)


【第十三訓】追憶 ~夜叉と鬼の恨み~

立ち話では紫苑の身体に障るということで、紫苑も椅子に座る。もちろん、座った場所は銀時の隣だった。本当は新八がそこに座っていたのだが、気を利かせて譲ったのだ。「気を遣わなくてもいいのよ」と大慌てで言ったが、新八は嫌な顔ひとつせず…むしろ、自分がそうしたいのだと言って、席を移動したのだ。現在は神楽の右隣に座っている。

 

「えーっと改めて…。真選組の奴らはいいとして…そっちのババァは、俺が万事屋を営んでる下の階でスナックをやってる妖怪…アベシッ!!」

「お登勢だよ、よろしくね」

「宜しくお願いします、お登勢さん。銀時がご迷惑をお掛けしていると思いますが、本当にすみません」

「なぁに、気にしちゃいないさ。今に始まった事じゃないからねぇ…」

 

お登勢の一撃で伸びてしまった銀時に変わって、恐らく一番迷惑を掛けているであろう家主に頭を下げる紫苑である。

 

「そして、こっちは従業員のキャサリンさね」

「キャサリンデス。宜シクオ願シマス」

「僕は銀さんの営む万事屋の従業員の、志村 新八です」

「…志村…?もしかして、妙ちゃんの弟さん…?」

「姉上を知ってるんですか?」

「えぇ、まぁ…うちの近藤さんが…ほら…ねっ?」

「あはは…」

「私は神楽アル。そこの駄眼鏡と銀ちゃんと一緒に万事屋やってるネ!!」

「そっか…!!うん、宜しくね」

 

紫苑に抱き付いてきた神楽の頭をそっと撫でながら…ふと、紫苑は思う。

 

「キャサリンさんは…天人ですね?そして、神楽ちゃんも…夜兎族かな?」

「……?ソウデスガ、ソレガドウカシマシタカ?」

「凄いネ、何で分かったアルか?」

「神楽ちゃんの肌、真っ白だし、夜兎族は番傘を使って戦うから…」

 

攘夷戦争では夜兎族とも戦った。それはもう、苦戦を強いられる戦いだったが…夜兎族が日の光に弱いため番傘を使っていることも、その番傘を武器としている事も知っている。

 

しかし、重要なのはそこではない。紫苑にとって重要なのは、銀時が“天人と一緒に過ごしている”ということなのだ。

 

「あたた…、ババァ!!本気で殴るな、本気で!!一瞬、お花畑が見えたぞ!!」

「ねぇ、銀時?」

「お、どーした?」

「……銀時はいい意味で変わったのね…」

 

ニコリと笑う紫苑に、意味が分からないとその場にいる全員が首を傾げる。銀時自身も、何を指してそう言っているのか分かっていないらしい。

 

「…キャサリンさん、神楽ちゃん…気分を害されたらごめんなさいね。……どうせ銀時のことだから…貴方、何も自分の過去の事なんて話してないんでしょ?」

「あぁ?いや、話したよ?俺が攘夷戦争に参加してたことも、俺が白夜叉だったことも」

「…いいの、真選組の前でそんな事言って?御上(おかみ)からは勅命(ちょくめい)が下りてるのよ?」

 

近藤達を指差しながら紫苑は不安げに聞くが、銀時はクシャリと笑いながら頷いた。

 

「そいつらにもさっき話した。ほぉら、ちゃーんと過去は話してんだろ?」

「……けど、それ以前のことは?」

 

それ以前のこと…。つまりは、攘夷戦争に参戦するきっかけとなった理由だ。それは、真選組の面々は勿論の事、お登勢達もそして新八達も知らない。否、真選組のメンバーも紫苑が攘夷戦争に参戦した理由までは知らないのだ。

 

「もう…話すべきよ。私もそう思ってる…」

「……けどなァ……」

 

銀時が過去を話したがらない理由。それは、銀時が天人を憎んでいるからだ。この場には、キャサリン、そして夜兎族である神楽がいる。だから銀時は話すことを渋っていた。

 

しかし…

 

「……変われたなら、大丈夫よ…。きっと誰も傷付かない。だから話すべきよ…」

「…わーった、話すよ…」

 

やれやれと頭をかきながら、銀時はフゥと小さく息を吐く。そしてキャサリンと神楽に視線をやって…口を開いた。

 

「俺は……皆殺しにしたいほど……天人を憎んでいた。心の底から……」

「銀時に同じく、私もよ」

 

突然2人の口から出た言葉は、とても衝撃的で…その場に居た誰もが息を呑んだ。キャサリンは大して気にしていない様子だったが、やはり子供の神楽にはショックだったのだろう。動揺を隠せずにいる。

 

「…お前らがそこまで天人を憎む理由は何だ?」

 

土方が問えば、紫苑は口を開こうとして…俯いてしまった。その代わりに、銀時が話し始める。

 

「俺らが攘夷戦争に参戦するよりも前の話だ。俺は……戦孤児だった。(いくさ)で死んだ奴らから食いもんや金目の物を剥ぎ取って…そうやって生きていた。こんな派手な頭と()の色をしてっから…“屍を喰らう鬼”なんて言われて…人間以下の扱いを受けてきた…」

 

目を閉じれば、今でも鮮明に思い出すその光景。死体の山の中で、拾った刀を持ちながら金目の物や食料を漁る自分。向かってくる敵は、拾った刀を振り回して形振り構わず殺していった。

 

そんな…地獄のような場所で、人間以下の生き方をしていた銀時に…ある人物が手を差し伸べてくれたのだ。

 

「けど…そんな“屍を喰らう鬼”を拾ってくれた…物好きな人が居たんだわ…」

 

 

――屍を喰らう鬼が出ると聞いて来てみれば…君がそう?またずい分とカワイイ鬼 がいたものですね…

 

 

優しく微笑むその人。自分の刀を投げて寄越した、その人は…

 

 

――人に怯え、自分を護るためだけに振るう剣なんて、もう捨てちゃいなさい…

 

 

微笑みながら手を差し伸べ…

 

 

――くれてあげますよ、私の剣。そいつの本当の使い方を知りたきゃ付いて来るといい…

 

 

居場所を与えてくれた。

 

そして…

 

 

――敵を斬ためではない、弱き己を斬るために…

 

 

大切な事を…

 

 

――己を護るのではない、己の魂を護るために…

 

 

教えてくれた。

 

その人こそ、銀時が絶対の師と慕い、また桂や高杉兄妹(きょうだい)も同じように慕った男。

 

「吉田 松陽先生……、俺と紫苑、ヅラ、そして晋助…。4人が慕っていた、大切な人だ…」

「私達の中心だった人と言っても過言ではないわ。松陽先生は私達に、学問だけでなく、剣とはなんたるかを教えてくださった方。とても、優れたお方だった…」

 

銀時や紫苑から語られる、吉田 松陽なる人物の存在。しかしそれ以前に、新八と神楽は銀時の過去に胸を痛めていた。

 

「銀さんが…そんな風に呼ばれていたなんて…」

「何でヨ…、そんな…」

 

子供達の言葉に銀時は苦笑しながら「仕方あるめぇよ」と言う。

 

「あん時は、攘夷戦争真っ只中で…周りの人間達はピリピリしてたからな。髪の色、瞳の色…。何もかもが異端な俺は、どうあっても受け入れられない存在だったんだよ…」

「その旦那を受け入れてくれたってェ人が…」

「私達の恩師。先生は私塾を開いていて、子供達に色々なことを教えていたわ」

 

今でも鮮明に思い出すのは、剣の稽古で一本を取った紫苑に「よく頑張りましたね」と微笑みながら頭を撫でてくれるその姿。

 

「それで…その先生はどうなさったんだ?いや、それ以前に万事屋と紫苑が天人を恨む理由と、その先生と…何の関係が…?」

 

近藤が思案しながらそう聞けば、その場の空気が変わった。

 

ゾッとするほど、冷たいものに。

 

それにいち早く気付き反応をしたのは、真選組の3人と神楽だった。沖田は無意識に刀に手を掛けている。近藤、土方、そして神楽は…この言い様の無い空気に飲まれそうになるのを必死に堪えていた。

 

そう…この2人から感じるのは殺気だ。

 

銀時から感じる殺気は、先ほどの医者に向けていたそれ以上に凄まじく、紫苑から感じる殺気は…御用改めなんかでかもし出す殺気とはまるで違っている。

 

憎悪の篭った殺気だ。

 

「……、ごめんなさいね…。この話になると…歯止めが利かなくなるのよ。」

 

同僚達の変化に気付いた紫苑は、表情は決して変えず…それだけを口にする。

 

「特に…銀時にとっては…」

 

そこまで言うと、紫苑はチラリと銀時の様子を伺う。紅い瞳は死んだ魚のような目ではない。ギラギラと…それこそ、紫苑がよく知る、かつて“白夜叉”と恐れられていた時のソレと酷似していた。

 

「銀時、落ち着いて」

「分かってる」

「分かってないわ。子供達が怯えてる。気持ちは分かるけど、今は落ち着いて…」

「………」

 

紫苑に言われ、ハァと溜息を吐くとスッと立ち上がって窓際に足を進める。そこにはたまが立っていたが、気にすることなく…気分を紛らわせるように外を眺めていた。紫苑も自分の荒れている気持ちを静めようと、深呼吸をする。ようやく、場の空気がある程度落ち着いた頃…静かに紫苑が口を開いた。

 

「すべてを話すわ。私達が何故、天人を憎み、何故…攘夷戦争に出たのかを…」

「あァ…俺達の過去に何があったのかを…」

 

こうして、紫苑と銀時の口から…2人の…否、銀時・紫苑・桂・晋助の過去が語られた。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

それは…夏の蒸し暑い日のことだった。

 

「銀時ー、今日はうちに来るの?」

「ううん、今日は先生の手伝いをするから…ここに泊まる」

「そっか…じゃあ兄さんにもそう言っておくね!!」

「おう」

 

銀時は戦孤児故、自分の家が無い。最初の頃は松陽以外の人間に決して心を開かなかった銀時だったが、時間が経つにつれて…銀時の受けた心の傷も癒えていき、友と呼べる存在も出来た。そして…大切に想う人も。

 

晋助も紫苑も、銀時のことはとても大切にしていた。他の子供達が見ても分かるほど、この2人は特に銀時のことを大切にしていたのだ。だから、銀時を自分の家に招き泊めることは日常となっていた。時々、銀時はこの私塾兼松楊の家に泊まる事もあったが…それ以外は、大半が高杉家で世話になっている。高杉家の者達も銀時のことを快く迎え入れてくれる為、銀時も本当の家族のように慕っていた。

 

「おや、紫苑はもう帰るのですか?」

「はい!!コタローと途中まで一緒に帰ります!!」

「ふふっ、道中気を付けるのですよ?」

「はーい!!さようなら、先生!!また明日!!」

「はい、また明日」

「バイバイ、紫苑!!」

「うん、銀時もまた明日!!」

 

いつもと同じ光景。

 

松陽と銀時で紫苑を見送り、その背中が見えなくなるまで見送った後は私塾に戻って松陽の手伝いをする。

 

そう…松陽の家に泊まった時はそれが銀時の日課だった。

 

その日も、同じように過ごすのだと…そう、思っていた。

 

 

しかし…、日も暮れて寝る準備をし始めた頃。

 

 

1人の男がやってきた。

 

興味を持った銀時は影で、松陽と客の様子を見ていたが…ふと、銀時はあることに気付く。

 

(アイツ…人間じゃない。それに……血の臭いがする…)

 

それは、長い事戦地に居たからこそ分かる臭い。

 

そう、その男から漂ってきたのは…

 

 

あの、戦地で自分がいつも見に纏っていた臭いと…同じだ。

 

 

その瞬間、銀時の脳裏で“危険だ”と警鐘が鳴り始める。あの客は危険だと。招かざる客だと。

 

「せっ…!!」

 

銀時はすぐに松陽の元に駆け寄ろうとした。だが…

 

「銀時!!来てはなりません!!」

 

松陽がそれを止めたのだ。その表情は酷く焦っており、それこそが…緊急事態を告げているようなものだった。

 

銀時、と松陽が名を呼んだ瞬間…

 

「ほう、その子供が…“屍を喰らう鬼”か…」

 

傘を被り、真っ黒のマントに身を包んだ客は…口元に嫌な笑みを浮かべた。

 

“屍を喰らう鬼”

 

随分と聞かなかった、自分のもう一つの名に…銀時の動きがぴたりと止まる。

 

「銀時、逃げなさい!!」

 

松陽の声で我に返り、気付いた時には…

 

目の前に、男が立っていた。自分に向けて、刃が振り下ろされる。

 

もう駄目だと…そう思った、その刹那。特有の金属音が玄関に木霊した。

 

「先生!?」

「くっ…!!」

 

自分と男の間に割り込んだ松陽が、自分の刀で男の太刀を受け止めたのだ。

 

「銀時…早く、奥の部屋に…逃げなさい…!!」

「けど、先生が…!!」

「早くお行きなさい!!」

 

いつもの温和な松陽からは想像もつかない切羽詰った怒声。いつもと違う松陽に戸惑いながらも、銀時は少しずつ後ずさりする。

 

しかし、決して銀時は男から目を離さなかった。(いな)、離せなかった。

 

この男が、自分の事をずっと見つめていたから。まるで、銀時を射殺さんとするかのように。

 

ある程度離れたところで銀時は立ち上がり、すぐに奥の部屋へと走る。しかし、逃げる為ではない。

 

「俺は決めたんだ…!!護るために剣を振るうって…!!」

 

銀時の手には、あの日…自分を拾ってくれた時に、松陽が投げて寄越した彼自身の刀。銀時は、今こそこの刀を振るう時なのだと…そう思ったのだ。

 

(俺だって強くなったんだ…!!俺が、先生を護るんだ…!!)

 

あの時のように形振り構わず振り回していた太刀筋とは違う。銀時の剣は、思いのままに刀を振るっていた時期の方が長かった為、未だに我流に近い形だが、それでも以前に比べればただの我流ではない…それなりに形あるものになっていた。

 

だからこそ、護るべき人を護るために。

 

銀時は刀を片手に、再び松陽の元へと戻る。

 

「先生…ッ…!!」

 

しかしその時、既に松陽は男の凶刃に掛かりその場に倒れていた。

 

「あ…、あ、ぁ…!!」

 

カタカタと震える身体。

 

込み上げてくる何か。

 

「貴様ァァァァァァァ!!!!!!!」

 

 

それは、もうずっと感じていなかった…憎しみと怒り。

 

 

松陽に拾われてからは、自分の中に根付いた鬼はずっと眠ったままだった。

 

それが、大切な人を傷付けられたことにより覚醒したのだ。

 

鞘から刀を抜き、形振り構わず男に刃を向ける。刀同士のぶつかる特有の音が、玄関に木霊した。

 

「ほう、流石は鬼といわれるだけのことはある…。いや、鬼なんて生易しいものじゃぁない。その牙は…夜叉だなァ…」

 

ニィッと嗤う男。それがまた銀時の逆鱗に触れ、一度体を引いた銀時は別の体勢で男に斬りかかる。だが、それも容易く受け流された。

 

男と銀時の間では、圧倒的に力の差がありすぎるのだ。

 

「その程度では俺を殺す事は出来んよ。松陽があの有様だ…」

「テメェなんかが松陽先生の名を軽々しく口にするんじゃねぇッ!!」

 

また、銀時は体勢を変えて男に襲いかかった。

 

 

――グサッ…!!

 

 

初めてその刃が、男に届く。驚いたように男は目を見開くが、しかしそれと同時に楽しそうに口元を怪しく歪めた。

 

「なるほど、なるほど…。流石は、“屍を喰らう鬼”…。しかし、その程度でこの俺を倒す事は出来んよ」

 

確かに手ごたえはあった。

 

なのに、目の前の男はまるで痛みなど感じていないかのように…ただ嗤っているだけだ。

 

途端に、銀時の中に初めて“恐怖”が生まれる。

 

(何だ、コイツ…!?)

 

バッと刀を男の身体から抜き後退すると、刀を構えたまま男を睨む。一方の男も、同じように銀時を見つめていたが…明らかに、銀時のそれと違っている。

 

面白いおもちゃを見つけたとでも言わんばかりの…笑み。

 

ゾッとするようなその笑みと殺気に当てられ、一瞬意識が飛びそうになった銀時だったが必死に気力を振り絞って何とか耐える。

 

男が僅かに動いた。

 

咄嗟に、銀時も刀を構えなおす。

 

しかし、次の瞬間…

 

 

――ザシュッ…!!

 

 

銀時の脇腹に鋭い痛みが走った。

 

白い寝巻きが次第に赤く染まる。

 

「ガハッ…!!」

 

引き抜かれた刀は赤く染まっており、栓をなくした傷口からは留まることなく血が流れ落ちる。痛みにもがいていると、男はその様子を至極楽しそうに眺めていた。

 

「松陽も本当に面白い子供を拾ったものだ。だが…」

 

遊びは終わりだと言わんばかりに、男は銀時に向かって刀を振り上げる。

 

「子供とはいえ、私の姿を見られたとあっては…生かしておくわけにはいかん。死ね…“鬼”よ…」

 

振り下ろされる刀。咄嗟に、手にしていた刀で受け止めようとしたが…傷が痛み思うように身体が動かない。

 

(殺される…!!)

 

そう思って目を瞑った。

 

すべてを諦めた。

 

ここで自分の命は終わるのだと…そう思った。

 

しかし、いつまで経っても予想した痛みは訪れず。

 

そっと目を開いたその先にいたのは…

 

「しょう、よう…せん、せ…?」

 

“鬼”と呼ばれた自分を、本当の我が子のように大切にしてくれた恩師だった。

 

「銀時……、すみません。怖い思いを…させてしまいましたね…」

 

フワリと…いつもと同じ優しい笑みを浮かべる松陽。

 

しかし…

 

「あ…、あぁ…!!せんせ、ッ…!!松陽先生ェェェェェ!!!!!」

 

その脇腹は、男の振り翳した刃に貫かれていた。銀時の顔にパタパタと…松陽から流れ落ちる血が付着する。そんな様子を、ただ銀時は呆然と…涙を流しながら見ていることしか出来なかった。

 

「ほう、あれだけの傷を負わせてもなお、まだ動くか…。流石は松陽だな…。しかし、落ちたものよ。ガキ1人を守るために、自らの命を投げ捨てるなど…」

 

男は吐き捨てるようにそう言うと、松陽を貫いていた刃を抜く。「ガハッ」と松陽が小さく呻けば、男は至極楽しそうに嗤っていた。

 

銀時の瞳からは涙がボロボロと零れ落ちる。しかし、松陽はただ満足そうに笑っていた。

 

凶器に満ちた笑みと穏やかな笑み。

 

同じ空間でこの二つが交差する。

 

また、男が刀を振り上げた。

 

「せんせ、にげ…!!」

「銀時…私は逃げません…」

「だめだ、先生が…先生がッ…!!」

「銀時…私が逃げてしまったら…」

 

 

お前が死んでしまうではありませんか……

 

 

血の気の失せた白い顔で、弱々しくも、しかし確かに銀時をその瞳に捕えて松陽は笑った。

 

そして…

 

その刃は、容赦なく松陽の背中を切り裂いた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁあっっっ!!!!先生、先生ェェェェ!!!!!」

 

絶叫する銀時。そんな銀時の様子を、男は至極楽しそうに見つめていた。

 

「ククッ…その絶望の声…何度聞いても心地よい…。“屍を喰らう鬼”よ…覚えておけ。貴様のせいで、松陽は死ぬのだ。貴様なんぞを拾ったせいで松陽は死んだ。その罪を一生背負いながら生きていくがいい。もっとも、生き残れたの話だがな…」

 

ククッと喉を鳴らしながら男はその場から忽然と消えた。憎くて憎くてしかたがなくて、松陽から貰った刀を銀時は握り締めた。しかし、銀時の身体も満身創痍。

 

とても…男の後を追うような力は残っていない。

 

「く…ぅっ…!!」

 

早く誰かに伝えなければならないのに。

 

高杉家でも、桂家でもいい。

 

早く誰かにこの事を伝えなければならないのに。

 

身体が思うように動かないもどかしさ。

 

更に追い打ちをかけるように…

 

「な、んだ…この臭い…?」

 

やたら焦げ臭い、何とも言えない臭いが家中に充満した。働かない思考で何だろうかと必死に考えていると、必死に掴んでいた松陽の身体が僅かに動く。

 

「ッ、先生!!」

「ぎ、とき……、恐らくは…家に、火が…」

「……ぇ……」

 

あの男はこの家ごと、自分達を葬ろうとしている。

 

あの男は最初から、松陽も銀時も殺すつもりだったのだ。

 

「クソッ…、クソォォォォッッッ!!!」

 

銀時の絶叫。

 

それを、轟々と燃える家を見つめながら傘を被った男が聞いていた。

 

その口元は歪に弧を描き、まるでこの光景を楽しんでいるかのようにすら見えた。

 

「ククッ、それでいい…。その断末魔こそ、我の至極の楽しみ…」

「準備が整いました」

「あぁ、今()く」

 

男の部下と思われる別の天人が傍らに跪きそう言うと、男は音を立てて燃える家に背を向けその場を去った。

 

「しかし…よかったのですか、黒夜叉様?松陽の首を晒し、人間どもに知らしめる作戦は…?」

「なァに、構わん。それに…」

「それに…?」

 

先ほど見た、銀髪の小さな“鬼”を思い出しクッと口角を釣り上げる。

 

「面白いものが見れた。十分だ…」

「はぁ…」

「さて、次の目的地は…そうだな、江戸の町にでも行ってみるか、ククッ…」

「江戸と言いますと…戦場ですな?」

「あぁ、久々に血がたぎる。この剣が血を欲している…。人間どもを血祭に…」

 

そして、男達は萩から姿を消した。

 

後の話となるが、銀時と松陽以外に…男達の姿を見た者はいなかったという。

 

そんな会話が外でされていることなど当然ながら知るはずもない銀時は、必死に松陽の身体を引きずって外に出ようと試みた。しかし、火の手の回りが早く…とても大人1人を抱えて逃げられるような場所はどこにも無かった。

 

「銀、時…」

「絶対大丈夫だ、どこかにあるはずなんだ…、逃げられる場所が…ッ…!!」

 

薄れゆく意識の中で松陽の瞳に止まったのは、銀時のわき腹からドクドクと溢れるどす黒い赤。

 

(私の力が及ばないばかりに…)

 

何故、今日に限って銀時はこの家に泊ってしまったのか…。

 

これも運命だったのか…?

 

そんな事をぼんやりと考えながら、そっと松陽は銀時の手を握った。

 

「銀時…私の話を…聞いてくれますか?」

「…先生…?」

 

時間がないことは分かっている。だが、松陽とて自分の命の灯が消えかけている事など十分理解していた。

 

だからこそ、言いたかった。

 

「私は…銀時に出会えて幸せでした…」

「……!!な、に…言って…!?」

 

ふわりと笑う松陽の言葉に、銀時は頭を振る。まるでこれでは、お別れの言葉みたいではないか。しかし、松陽は構わず続けた。

 

「私は…戦場でお前を拾ったあの日からずっと…思う事がありました…。本当に、これでよかったのか、と…。私は天人から命を狙われる身…。いつ何時(なんどき)、このような事態になっても…おかしくはなかった…。けれどね、銀時…」

 

松陽が伸ばした手を、銀時がしっかりと握る。

 

「お前と過ごした日々は…本当に…本当に幸せでしたよ。お前が…変わっていく姿を…成長していく姿を…この目で見ていて…私は、本当に…楽しくて…しかたがなかった…」

「先生、先生…!!」

「本当は…銀時が元服して…立派に成長するその時まで…見届けたかったのですが…それは…無理のようですねぇ…」

 

そんな事は無いと銀時は何度も首を横に振る。

 

「駄目だ、先生!!一緒に逃げるんだ!!俺は…俺は…!!」

「銀時…私はもう、駄目です…。だから、せめて…お前だけでも…いき、な、さい…」

「先生!!嫌だ、先生!!」

 

次第に、松陽の声は小さくなる。必死に銀時は松陽の名を呼ぶが、それが松陽に届いているのかすらわからない。

 

だが、その優しい瞳は銀時の紅い瞳をしっかりと捕え…

 

「私の(たましい)を……お前に託しました。お前は………、生きなさい…。どんなに…辛い、ことがあっても……、苦しい事があっても……」

 

最後の最期まで、松陽は微笑みながら…

 

「その剣と、ともに……私は、いつでも…ぎん、ときの……そばに…、だ、から…」

 

 

私のその(かたな)で、大切なものを護りなさい。

 

 

笑顔の松陽が残した言葉。それは…

 

最後の最期まで…

 

銀時の将来を、銀時の生を望むものだった。

 

銀時の手を握っていた松陽の手が、力なくスルリと落ちる。

 

「せ、んせ…?」

 

銀時が恐る恐る呼びかけたが…

 

「先生…、松陽、先生ェ…!!」

 

松陽からいつものように優しい返事がくることは、永劫なかった。

 

「んで…なんで…ッ…!!」

 

ポタポタと銀時の瞳から涙が零れ落ちる。

 

松陽の最期の顔があまりにも…

 

微笑(わら)ってんだよォ…!!先生、先生ェェェェェェ!!!!」

 

死とは無縁の微笑み。まるで眠っているかのように、最期の顔は綺麗だった。

 

暫くその場を動けなかった銀時だったが、やがて近所に住んでいた大人達が無理矢理銀時を炎の中から連れ出した。

 

「逃げるんだ!!銀坊も死んじまうぞ!!」

「るせぇ!!先生を、あんなところに…置いて、行けるかよォ…!!」

 

それに、どうしても銀時には心残りがあったのだ。

 

それは…

 

(先生の教えてくれた…本…、俺の…大切な…本……!!)

 

松陽の塾で様々な事を教わり、大切なことを事細かに書いてくれた教本。

 

しかし、銀時達が松陽と共に過ごした思い出の場所は…

 

 

「ウワァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!!!」

 

 

業火に呑まれ、全て灰へとなってしまった。

 

自分達に常に武士とは何たるかを教えてくれた、吉田 松陽その人の身体と共に。

 

連絡を受け、駆け付けた私塾の生徒やその親達が集まる中…

 

「銀時!!」

「よかった、無事だったか!!」

 

最初に高杉兄妹(きょうだい)がやってきた。そのすぐ後に…

 

「なんてことだ、俺達の…大切な場所が…」

 

桂が息を切らしてやってきた。

 

大人達は必死に消火作業を行っているが、その火は中々消えない。

 

茫然と見つめる子供達だったが…銀時の怪我があまりにも酷かったため、紫苑は隣でずっと泣いている。しかし、ふと…晋助は思った。

 

銀時はここにいる。

 

では…この私塾の先生であり、家主である…その張本人は…?

 

「おい、銀時……先生は…どこだ…?」

 

晋助の声が震える。その言葉に反応するかのように紫苑も銀時に縋りついた。

 

「銀時!!ねぇ、銀時!!」

 

紫苑の必死な声。

 

「おいっ!!松陽先生は…松陽先生はどこだ!?」

 

桂の切羽詰まった声。

 

「お前、一緒に居たんだろ!?松陽先生はどこに居んだよ!!」

 

晋助の今にも泣き出しそうな震えた声。

 

それらの声に、銀時はスッと…今もなお衰えることなく轟々と燃える私塾“だった”場所を指差した。

 

「あそこ…」

 

恐怖からか、怒りからか、それとも怪我の酷さからか。

 

銀時のその手は震えている。

 

「……え…っ…?」

 

紫苑は恐る恐る、銀時の指差した方向を見た。

 

銀時の指差した方向にあるものは……

 

燃えている自分達の学び舎だ。

 

「……ッ……!!」

 

桂が息を呑む。

 

(あの、炎の中だと!?先生は…先生はご無事…なのか……!?)

 

夏の汗とは違う、嫌な汗が桂の額を伝う。

 

「先生ッ!!松陽先生ェッ!!」

 

最初に動いたのは晋助だった。しかし我に返った桂が必死に晋助を止める。

 

「晋助、危険だ!!」

 

それでも桂を振り切って行こうとする晋助を、今度は紫苑の手が止めた。それも振り払おうとしたが…

 

「兄さん、嫌だよぅ…!!うえっ…ヒクッ…!!」

 

泣きながら行かないで欲しいと懇願する紫苑の()に、負けた。

 

ただ見てることしか出来ない、非力な己を…この子供達がこんなにも呪った事が未だかつてあっただろうか?

 

1人は泣きながら師の名を呼び、1人は己の無力さに悔しげに歯を食いしばり、1人はもうそこには居ない犯人を思い憎悪の眼差しを向け、そして…

 

「…………た…」

 

1人は…

 

「銀時?」

 

ただ、虚ろな瞳からボロボロと大粒の涙を零しながら…

 

「俺…松陽先生に…護られた。俺…松陽先生を…護れなかった…。俺の…目の前で、先生……殺された……」

 

護られた自分と、護れなかった自分を思い出し…

 

最期の松陽の姿を思い出し…

 

私塾に来てすぐの頃と同じ、感情の欠片もないその()で…

 

現実を見つめ続けていた。

 

「違う、銀時が悪いんじゃない!!」

「そうだぜ、悪いのは…悪いのは…ッ…!!」

「こんなことをした、その張本人だ…!!」

 

そんな彼を抱きしめ、そして互いに抱きしめ合いながら…

 

「先生…、松陽、先生ェ…!!」

「やだよ、やだ…」

「……ッ、なんで…ッ、こんなことに…!!」

「………ごめん…なさい…」

 

ただ、泣いていた。

 

 

 

それが、高杉 晋助・高杉 紫苑・桂 小太郎・坂田 銀時の人生を大きく狂わせた出来事だった。

 

 

 

「……それから暫くして、攘夷戦争で戦っていた攘夷志士達が私達の住む村を通ったの」

「そいつらを見て、俺達は決めた」

「攘夷戦争に出ることを」

「それからあとは…まぁ、大体知ってるだろ?」

「そうね、真選組のみんなには私から色々話しているし…」

「新八達には俺が話したからな…」

 

シンとした空気が部屋を支配する。何とも言えない空気だった。

 

長かったようで短かったような過去の話。

 

しかし…その話は。

 

「…銀時、大丈夫?」

「…………」

「…銀時…」

 

思い出し、話すには…あまりにも辛すぎた。

 

ぼんやりと窓の外を見つめている銀時の目には…何も映っていない。

 

紫苑はそっと、銀時の手を握る。

 

「…銀時のせいじゃない、銀時が悪いんじゃないの。誰も悪くないの。悪いのは……」

 

その名前が口から出そうになって、グッと紫苑は呑みこんだ。

 

今ここで、宿敵であるその名前を言ってしまえば……色々と面倒なことになってしまう。

 

紫苑とて憎いわけではない。できることなら、自分の手で殺したいほど憎んでいる。だが…紫苑の立場が、決してそれを許してはくれないのだ。

 

「銀さん…?」

「銀ちゃん…」

 

子供達が不安そうに銀時の名前を呼ぶ。

 

だが、やはり銀時はただ空虚な瞳で外を見つめるだけだった。

 

「……黒夜叉……」

 

ポツリ。

 

そう、銀時は呟く。

 

「…おい、万事屋。今、何て…?」

 

土方が怪訝そうに聞く。

 

その問いに、感情が欠落した……ゾッとするような声で銀時が再びその名を口にした。

 

「俺達の大切な人を奪った奴の名だ…。黒夜叉…それが…俺達が殺したいほど憎んだ…天人の名前…」

 

ドクンと紫苑の鼓動が高鳴る。

 

何故…銀時はその名を知っているのか…?

 

「ま、待て万事屋!!それは……その情報は…事実なのか!?」

 

焦った様子で聞く近藤に、感情の掛けた瞳が向けられる。それがあまりにも冷たくて、恐ろしくて…数々の修羅場をくぐり抜けてきた近藤でさえ思わず肩が跳ねる。

 

「あぁ、間違いない。奴は…攘夷戦争の時…俺と晋助の前に現れた」

「え、兄さんと銀時の前に…!?」

 

困惑する紫苑に、決して視線は向けず…

 

「お前とはぐれた後に…俺達は奴と会った。その時、ヅラは辰馬と、晋助は俺と組んで戦いを仕掛けていた。奴は“白夜叉(おれ)”の噂を聞いて…わざわざ俺の前に現れやがった。あの時、この手で…殺そうと思ったんだがなァ…」

 

フゥ…と小さく息を吐き静かに目を閉じる。

 

ドクドクと鼓動が早鐘を打っているのが分かる。

 

紫苑以外の者が、自分達を困惑や恐怖の混じった目で見ていることも分かった。

 

だから、銀時は自身に何度も言い聞かせる。

 

(落ちつけ…落ちつけ…。俺が壊れるわけにはいかねぇ…。俺が壊れちまったら、誰が晋助を止めるんだ…)

 

何度か深呼吸を繰り返した後、静かに目を開ける。横に視線を向ければ、紫苑が心配そうに銀時を見上げていた。それに苦笑しながらクシャリとその髪を撫でる。

 

「ワリィな…、俺がもっとしっかり晋助の事を見てたら…アイツの左目、無事だったのかもしれねェ…」

「……兄さんの左目は…奴が…黒夜叉が…!!」

 

ギリッと歯のきしむ音がした。と同時に、これまでにないほどの殺気を感じた。他の誰でもない、紫苑が…殺気をむき出しにして怒っている。

 

「……ッ、旦那…その黒夜叉ってェのは…?」

 

いつもだったら殺気に当てられ抜刀してもおかしくない沖田ですら、紫苑の殺気は恐怖の対象でしかないのだ。どんな争いの渦中で会っても、これほどの殺気を感じたことは今まで一度もない。怒りに震える紫苑の手を、今度は銀時がしっかりと握り銀時が答える。

 

「先生を殺し、俺を殺そうとし、晋助の左目をバッサリ斬りやがった憎き仇の名だ。噂じゃ、幕府の中にいるらしいが…」

 

それは紫苑を探していた時に偶然知った事だった。その時ほど、怒りに震え幕府を潰しに行こうと考えた日は無かった。

 

だがその時既に、銀時には大切にしている家族が出来ていた。

 

「……黒夜叉は……」

 

その時、紫苑がポツリと呟く。「ん?」と銀時は紫苑の顔を覗きこんだ。

 

「……、近藤さん…ごめんなさい、私…ずっと内に秘めていたことがあったの。」

「それは…“黒夜叉”についてだな?」

「えぇ…」

 

話が分からないと首を傾げる銀時。そんな銀時を、真っすぐと見上げる紫苑。その瞳はユラユラと揺れていた。

 

憎しみの瞳では無い。悲しみの色だ。

 

「銀時、奴は…黒夜叉は……天導衆なのッ…」

 

紫苑の言葉に、近藤は項垂れ「やはりそうか」と呟き、土方や沖田も複雑な表情をしている。子供達は煉獄閑(れんごくかん)の事を思い出しているのか、「あの天導衆?」と難しい顔で必死に考え中だ。唯一、スナック・お登勢の面々だけがイマイチ内容が掴めないらしく困惑していた。

 

「何だい、その天導衆ってのは?」

 

お登勢が聞けば、土方が苦々しく吐き捨てる。

 

「今の幕府のトップに立ってる天人集団だ」

 

そう、あろうことか……銀時と紫苑の仇は幕府のトップに立つ天人なのだ。

 

「紫苑さん、そのこと…ずっと知ってて…?」

 

新八はそう聞く事しか出来なかった。

 

そして自分だったらどうだろうかと…そう考えた。

 

銀時と出会った時に、姉である妙が天人に連れ去られた。

もしあの時、姉が自分の元に戻って来ず…その天人に自分がこき使われたら?

自分の姉を自分の手の届かないところに追いやった張本人に仕えなければならないと言われたら?

 

果たして…自分だったら耐えられるだろうか?

 

「知ったのは…つい最近…」

 

そんな新八の問いに、先ほどまでの殺気を綺麗に消した紫苑は力なく笑いながら答える。

 

「トシの書類整理の手伝いをしていた時に…天導衆に関する資料が出てきて。何気なく開いたら…黒夜叉という天人について書かれてあった。その男は、過去に…大量の人間狩りをした天人で、攘夷思想を持っている人間を殺しては、見せしめにその首を市井(しせい)の人々に晒していたと……」

 

その言葉に全員がハッとした。

 

つまり、紫苑はそこから知ったのだ。松陽の仇が黒夜叉だと。

 

「ごめんなさいね、トシ。悪気があったわけではないの…」

 

バツが悪そうに謝れば、複雑な表情はしていたもののそれを咎める事はしなかった。

 

「辛かったろ…」

 

代わりに漏れた言葉は、紫苑を思っての言葉だった。

 

「…そうね…辛かった。幕府のトップに立つのが天導衆で、その天導衆に黒夜叉(かたき)が居て、その黒夜叉(かたき)の言いなりにならなければならない。いいえ、なっていた…というべきかしら…?」

 

けれど、と紫苑は更に続けた。

 

「もっと早くに知ってたら、私は真選組を抜けてでも…鬼兵隊に戻ってでも黒夜叉を殺そうとしたかもしれない。けど……全ての真実を知ったのがあまりにも遅すぎた…」

 

全ての真実を知った時、既に紫苑の身体は病に蝕まれ、刀が握れない身体となっていたのだ。

 

「しーちゃんは強いアルな…」

 

神楽の言葉に「何故?」と首を傾げる。すると、神楽は紫苑に抱きつき…声を震わせながら言った。

 

「私だったら…無理ヨ…。絶対、すぐにソイツぶっ飛ばしに行ってるネ。なのに、しーちゃん…今までずっと誰にも言わないで…ずっと独りで戦ってきたんでショ?」

 

神楽は考えた。

 

もし銀時が誰かにやられて、その犯人を知っていたら…自分は冷静に居られるだろうかと。

 

誰にも言わず、己の胸にだけ秘めて毎日を過ごす事が出来ただろうかと。

 

答えはどんなに考えてもNOという答えしか出ない。

 

しかし、紫苑はずっと…誰にも言わず…(いな)、誰にも言えず真選組の屯所で過ごしてきたのだ。それを思うと、神楽は悲しくてしかたがなかった。

 

「ごめんネ、私達が銀ちゃんと過ごしてたから、しーちゃん…ずっと独りだったアル…」

「神楽ちゃん…」

 

そんな神楽の頭をそっと撫でる。

 

「ごめんね、しーちゃん…私達天人が…しーちゃんと片目と銀ちゃんとヅラの大事な人を奪ったアル…」

 

その言葉に、銀時も紫苑も形容しがたい表情を見せた。

 

そしてそこにいた神楽以外の全員が思った。

 

 

攘夷戦争とは無関係であるはずのこの少女は、天人というだけで謝っているのだと。

 

 

思わず紫苑は神楽を抱きしめる。

 

「しーちゃん?」

「悪くない…神楽ちゃんは悪くないの…。決して…悪くない…」

 

確かに、あの時…松陽を殺されてすぐの頃は天人を憎み続けていた。天人というだけで斬り掛った事も多々あった。

 

しかし、真選組の隊士になって

万事屋を営むようになって

 

天人を助けて感謝されて

天人である神楽と共に過ごして

 

自分達のやってきた事は本当に正しかったのかと…今更ながらに考えさせられたのだ。

 

「私達は確かに天人を憎んでいたわ、けれど…」

「全員じゃねぇよ。少なくとも…誰彼構わず怨んでたあの時とはもう違うってこった」

 

紫苑の胸の中で泣いている神楽の頭を、ポンポンと銀時が撫でる。

 

「紫苑さんも銀さんも…強いんですね」

 

苦笑しながら新八が言えば、いやと2人は首を横に振る。

 

「強かねぇよ」

「本当に強かったら…私達は攘夷戦争という選択をしなかった。もっと別の…松陽先生が望んでいたであろう道を…私達は歩んでいたと思うわ」

 

けれど、松陽の教え子達の大半は、松陽を殺されたことに怒り狂い…銀時達同様に攘夷戦争に出た。それほどまでに、吉田 松陽という人物は慕われていたのだ。その後、彼の教え子達がどうなったのかは分からない。今もどこかで平穏に暮らしているかもしれないし、あるいは…あの戦争の犠牲者になってしまったかもしれない。

 

「その松陽って人は、お前達にとっちゃ本当に大事な人だったんだねぇ…」

 

お登勢がそう呟けば、紫苑はクシャリと笑う。

 

それは…泣き顔にも等しい…笑顔。

 

「あの方は、私達…松陽塾に通っていた者にとっては、本当に…大切な人でした。私や兄やコタローが絶対の師と尊敬し、そして銀時が…“父”と…そう思っていた人ですから…」

 

思えば、松陽が怒った姿など見たことがない。

 

いつだって優しく微笑んでおり、そっと自分達に道を示してくれた。

 

「そりゃ辛ェだろうよ…。晋助もヅラも、先生の事を大事にしてた。あいつらが…攘夷志士になってまで世界を壊そうとするには十分すぎる理由だ…」

 

銀時の言葉を聞き、ここに居る誰もが思った。

 

本当に…一番辛いのは、今銀時が口にした2人ではない。

 

(旦那…そいつァ違いまさァ…)

(本当に一番辛ェのは…テメェだろうが…)

 

そう…本当に辛いのは、他の誰でもない…銀時なのだ。

 

しかし銀時は、攘夷戦争後…攘夷活動をすることなく、しがない万事屋のオーナーとなった。その理由は恐らく紫苑を探すためだったのだろう。

 

「銀時様は…攘夷志士になろうと思ったことはないのですか?」

 

その場にいた誰もが抱いた疑問。しかし、口にできなかった疑問。それを、たまがストレートに聞く。お登勢は小さく「たま…、およしな」と言っていたが…機械(からくり)のたまには分かるはずもなく。ただ思ったままのことを銀時に聞いたのだ。

 

たまに問われ、銀時は静かに目を閉じる。

 

何度…揺らいだだろうか?

 

桂の言葉に、晋助の言葉に。

 

けれど…

 

護るべき者と約束をして、護るべき家族が出来て。

 

ただ、紫苑を探すためだけではなく…純粋に万事屋という仕事が好きになった。

 

「…ない、といったら嘘になる。けど…」

 

攘夷戦争が終わった時、死んでいった仲間達の墓を見て、晒し首にされた戦友達の首を見て。

 

何も護れなかった自分に失望した。

 

紫苑とはぐれてしまったあの日から…自分に誰かを護ることなどできないのだと…そう思った。

 

だからせめて、愛した女がどうなったのか…。

 

生きているのか、それとも死んでしまったのか。

 

どちらにしても、しっかりと結末を見届けなければ。

 

それが、護れなかった銀時がしなければならないことだと思った。

 

生きているのであれば、あの時置いていった事を謝らなければ。

死んでいるのであれば、墓前で土下座して謝らなければ。

 

そう思っていた。

 

「俺は攘夷だ何だと騒ぐより…ただ、残された人生を面白おかしく生きたかった…」

「ドウシテ、ソウ思ッタンデスカ?」

 

キャサリンの問いに、そうさなァ…と頭を掻きながら、いつもの…死んだ魚のような目とは違う強い瞳で…

 

「先生がそれを望んでいたからさ。口癖のようにあの人は言ってた。『お前が元服して、立派に成長して、たくさんの人たちと笑いながら過ごす日々が来るのかと思うと楽しみです』ってな。まぁ…胸張って生きれる人生を送ってるかと聞かれたら絶対にYESとは言えねェが…けど…」

 

泣きやんだ神楽、銀時のことを心配そうに見つめる新八。

 

真選組の3人、スナックお登勢の従業員達。

 

かぶき町に住む…騒がしい住人達。

 

そして…隣にいる紫苑。

 

「少なくとも…この木刀が届く範囲に居る奴らが、バカみたいに笑って過ごせるなら…俺ァただまっすぐ突っ走るだけよ。先生に笑われようと、晋助やヅラに裏切り者と思われようと…俺ァかまわねェ。これが、俺の人生(ルール)だ」

 

自分の国(かぶき町)でみんなが笑って過ごせるのならばと願い…

 

そう言った。

 

「私はそれが一番、銀時らしいと思う。きっと先生も喜んで下さるわ」

 

銀時の言葉を聞き、紫苑は泣きそうになった。そして嬉しかった。

 

ずっと会えなかった銀時は…自分の愛した人は…

 

攘夷戦争の時となんら変わらないまま、現在(いま)を生きている。

 

否、あの頃に比べると強くなったとすら思える。

 

もう、辛い思いはしていない。

 

“屍を喰らう鬼”

“白夜叉”

 

こんな心ない言葉を浴びせられて悲しんでいた銀時はもういない。

 

「銀ちゃんは今のままでヨロシ!!」

「そうですよ!!攘夷なんて、銀さんには似合いません!!」

 

ほら…慕われてるではないか。

 

「銀時様は…かぶき町にいて貰わなければ困ります」

「そうさね、家賃も滞納されたままじゃ、たまったもんじゃないよ」

「感謝シロヨ、天パ」

 

何だかんだと悪態を吐いているが…

 

「まぁ、テメェを逮捕する理由がなくなっちまうのは残念でしょうがねぇがな」

「俺ァ旦那だけは敵に回したくはありませんからねィ。いつか一緒に、土方を暗殺しようじゃないですかィ」

「おいこら、それどういう意味だ!?」

「ガハハハハハッ!!やっぱりお前には万事屋という肩書が一番似合っとるよ!!攘夷なんぞ、万事屋には似合わんな!!」

 

みんな、笑っている。

 

「くっそー、テメェら好き勝手言いやがって…」

 

そんな彼らに、銀時もまた悪態を吐くが…

 

「いいぜ?テメェらが、出ていけつっても、しつこくかぶき町に居座ってやらァ…!!」

 

楽しそうに笑っている。

 

「だったら私は…この命続く限り…銀時の隣にいる。ね、銀時…?今度こそ約束よ?」

 

紫苑は笑いながら、小指を出した。

 

「ずっと…ずっと一緒よ?」

「……、あぁ…ずっと一緒だ…」

 

その小指に、銀時も己の小指を絡める。

 

その約束が…永久(とわ)ではないことは、紫苑も…そして銀時も分かっていた。

 

だが…

 

 

せめて、()が生きているその間だけは…

 

 

「指切った!!」

 

憎しみも悲しみも忘れて…

 

ただ、笑っていよう。




捏造しすぎですね(=∀=;)最近、WJの方が白夜叉バレ&幕府に喧嘩というとんでもない展開になっているので、この小説は違和感を感じるかもしれませんが…どうぞご了承ください^^;

そしてやっぱり…無駄に長いorz

(2012年3月6日 にじファン初投稿)
※タイトルを変更しました
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