恋空~春、夜空の下で~   作:雪音

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【第三訓】追憶 ~君と別れた日~

――話は…攘夷戦争の頃まで遡る…

 

 

「そろそろこの(いくさ)も限界が近そうだな」

 

そう言ったのは晋助だった。仲間は次々と倒れ、それでも天人達の数は減らない。

 

しかし、攘夷戦争…それが、彼らにとっての唯一の居場所だった。

 

どういたもんでぇ(どうしたものか)…。このままじゃあ流石に、づつない(苦しい)ぜよ…」

 

坂本の言う事ももっともで、このままでは僅かに残っている仲間も全員死んでしまう。

 

「だが、ここで白旗を振るつもりはないぞ。俺は最後まで戦う…」

 

しかし、誰の瞳も決して諦めてはいなかった。桂の言葉に銀時が頷く。

 

「当たり前だ!!俺らの江戸を…俺らの大切な人を奪った奴らに、これ以上好き勝手されてたまるかよ!!」

 

バッと立ち上がった銀時の姿は、上から下まで真っ白。その姿で敵を倒す事から、彼は白夜叉と敵からも、そしてあろうことか味方からも恐れられた。だが、それ以上に彼を慕う者の方が多かった。

 

彼女も…そんな1人。

 

「うん、私達は絶対に諦めない!!私達から松陽先生を奪った天人を決して許したりはしない!!」

 

紫苑は刀を握り締め、銀時と同じように立ち上がる。それに呼応するかのように、晋助・坂本・桂も立ち上がる。

 

「では、今日の出陣だが…どうする、晋助?」

「俺の鬼兵隊と銀時、辰馬とヅラ…今日はこれでいく」

「りょーかい」

「分かった」

「おまんら、どんな状況でも無理はしちゃいかんぜよ!!」

「辰馬もね!!」

 

鬼兵隊は高杉が率いる軍であり、紫苑はその鬼兵隊の副官だった。だから、鬼兵隊が出動する時は必然的に晋助と共に出陣する事になる。

 

「今日は銀時と一緒だね!!」

「そーだな!!まっ、危なくなったらデケェ声で呼べよ?絶対に助けに行くからな」

「うん」

「銀時より先に俺が助けに行ってやらァ」

「晋ちゃーん?それだと、彼氏としての俺の面目丸つぶれなんですけどォー?」

「知るか」

 

紫苑と銀時の付き合いは誰もが知っており、晋助も公認の仲だった。他の誰でもない銀時ならば、自分の妹を預けられる。それほどまでに、晋助は銀時を信頼していたのだ。

 

 

そして…

 

 

「行くぜェ」

「「「「おうっ!!」」」」

 

 

運命の時が、訪れる。

 

 

「鬼兵隊は俺に続けェェェェ!!!!!」

「オォォォォォッッッッ!!!!」

 

晋助の声に、鬼兵隊の者達が武器を掲げて声を上げる。そして、天人達の集団に飛び込み、次々に天人達を倒していった。

 

「鬼兵隊に遅れを取るなァァッ!!突撃ィィィィ!!!!」

「オォォォォォォッッッッ!!!!」

 

そして少し離れたところでは晋助同様に、銀時が己の率いる軍勢の士気を高め敵へと進撃していく。

 

互いに激しい攻防が続いている中、もちろん紫苑も刀を片手に戦う者。後ろには仲間、そして当然ながら…

 

「ぐふふっ、女だ…女がいる…」

「お譲ちゃん?ここはお譲ちゃんのような子が遊びに来る場所じゃあないぜ…?」

 

目の前には敵がいる。2人の天人が下品な笑みを浮かべながら紫苑に近づいた。天人がそれぞれの武器を構えて紫苑に切りかかろうとするが、それを華麗にかわしてまずは1人の天人の首を刎ねる。ブシュゥゥゥという音と共に血飛沫が舞い、辺りに血の雨が降った。

 

「この(アマ)…!!」

 

ギロリと天人が紫苑を睨む。だが、その天人の動きがぴたりと止まった。紫苑から放たれる殺気。そして…

 

「ククッ…女だから何だというのだ?あまり女をなめるなよ、下衆が…」

 

返り血を浴びて不敵に笑う、女の姿にすっかり萎縮してしまったのだ。近づく紫苑、後ずさる天人。

 

「ヒィィィィ!!!」

 

ついに悲鳴を上げて天人は背を向けてしまうが、それを逃すほど紫苑とて優しくは無い。

 

「背中を見せた時点で、貴様の負けだ…」

 

躊躇(まよ)うことなく紫苑は天人の心臓に刃を突き立て命を奪う。刀を抜けば、勢いよく血が噴出し、再び紫苑の体を赤く染めた。

 

「あーあ、また汚してしまった…」

 

折角綺麗に洗ったばかりなのに、と死んだ天人を冷たい目で見下ろしながらそう呟き、刀をヒュンと振って付着していた血を振り払う。

 

「副官!!増援が来ました!!かなりの数です!!」

高杉(あに)の指示は?」

「そのまま迎撃せよとのこと!!」

「ならば遅れを取るな!!そのまま進めェェェェッッ!!」

 

戦場においての紫苑は、晋助とよく似ていた。敵に情けはかけず、口調もいつもの柔和なそれから冷徹なものへと変わる。笑い方もどこか、晋助に似ていた。しかし、鬼兵隊からの信頼はとても厚く、晋助同様、紫苑の命令もまた鬼兵隊員の間では暗黙のルールで絶対のものとなっていた。

 

「副官、白夜叉様が呼んでおられます!!」

「分かった、そっちへ行く!!ここは任せたぞ!!」

「了解です!!」

 

襲い来る敵を倒しながら、白夜叉…銀時の元へと急ぐ紫苑。駆けつければ、そこには白い羽織を真っ赤に染めながら戦っている銀時の姿があった。

 

「銀時!!」

「おう、紫苑!!ちょっくら手ェ貸せや!!流石にこの数はキツイわ~!!」

「これだけ()っといてよくそんなことが言えるな!!」

「これでも、こちとらギリギリよ!!ほぉら、来た来た!!」

「銀時、背中は任せた!!」

「紫苑、俺の背中もな!!」

 

フッと互いに笑みを零してダッと駆け抜ける。

 

 

斬って、斬って、斬って、斬って。

 

殺して、殺して、殺して、殺して。

 

 

「邪魔だぁぁぁ!!」

 

「死ねぇぇぇぇ!!」

 

 

ひたすら刀を振るう2人の周りには、沢山の天人の屍と、その屍から流れ出た赤で染まっていた。

 

しかし、銀時も紫苑も…刀を手にしながら思う事はいつだって同じなのだ。

 

 

一体、いつまでこんな戦いが続くのかと…。

 

 

「まぁ、ざっとこんな感じか?」

「ここら辺は落ち着いたな…」

 

それから暫くの攻防が続いたが、紫苑と銀時という圧倒的な力に天人達はなす統べなく次々と倒されついに2人の周りには立っている天人は居なくなった。だが、遠くからは砲撃音などが聞こえる。

 

「副官、白夜叉様!!更に増援です!!」

 

鬼兵隊の1人が2人の元にやって来て現状報告をする。それに、2人は同じタイミングで苦(にが)そうな顔をした。

 

「チッ…キリがねぇなぁ…」

 

銀時の呟きに全くだと紫苑が溜息を吐くが、悠長な事を言っている場合でもない。

 

高杉(あに)はどうした?」

「先陣を切って戦っております!!(そん)(現在の南東)を攻めていた桂軍・坂本軍もこちらに加勢に来ているとのこと!!」

「……銀時…!!」

「あぁ…流石に晋助と鬼兵隊だけじゃ、やばそうだ!!俺達も行くぞ!!」

 

ダッと駆け出し、すぐに鬼兵隊本隊の加勢へと向かう。

 

駆けつけたときは、すでに桂・坂本両軍の増援も到着しており、酷い混戦状態となっていた。

 

「晋助ェ、ヅラァ、辰馬ァ!!誰か近くにいるかァ!!居たら現状報告しやがれコノヤローッ!!」

「おぉ、銀時やかっ!!おんしも、こっちに来ちょったがかぁ!!」

「私も居る!!辰馬、現状報告宜しく!!」

 

どうやら近くに居たのは坂本らしく、銀時の言葉にいち早く反応した。坂本の報告によると、周りから攻めてきていた天人の集団はこちらの戦力を分散させるための陽動だったらしく、本隊は鬼兵隊と晋助の首を狙ってきていたことが分かった。それを知った坂本と桂は軍を率いていち早く鬼兵隊の元へと駆けつけたのだ。

 

「クソッ、こっちの力をそぎ落とそうってのが作戦かよ!!」

「けんど陽動とはいえ四方八方から、こじゃんち(たくさん)()ちゅう敵を野放しにも出来ん!!どうするがが一番えいが!?」

 

四方八方からやってくる敵を放置しておけば、いずれは本隊であるこちらに合流する。そうなれば、いくら最強の鬼兵隊と言えど、いくら最強の白夜叉と言えど分が悪くなるのは目に見えていた。

 

「……私が鬼兵隊の一部を率いて離れる!!」

「紫苑、本気か!?」

「本気だ!!幸い、今までの様子を見る限りだと陽動で送り込まれる敵の数は少ない!!十分だ!!」

「けどなぁ、紫苑!!一度、晋助にも報告をして…!!」

「その兄さんが何処にいるか分かんないんでしょ!!良かれと思った事は自分で判断して動け!!これこそ私達が絶対とする、鬼兵隊総督が言っていた言葉だ!!」

 

銀時が紫苑を見つめる瞳は、敵を射殺す冷たい瞳ではない。大切な人を心から想う優しい眼だ。とても、戦場に居るものが見せる瞳とは思えないソレ。そんな銀時に、紫苑はフワリと笑った。

 

「大丈夫…銀時、私を信じて?私は絶対に負けないから…!!」

「…分かった!!こっちが片付いたら絶対に応援に行く!!それまで、何が何でも持ちこたえろよ!!」

「了解!!」

 

パンッと互いにハイタッチをして、紫苑は銀時の横をすり抜ける。

 

「死ぬなよ、紫苑」

「銀時も、死んだら許さないからね」

 

互いにそう誓い合う。

 

それが…銀時と、紫苑の最後の会話だった。

 

「辰馬ァ!!私は鬼兵隊の一部を率いて本隊から離れる!!陽動でやってくる兵をこちらに近づけないようにする!!」

「了解ぜよ!!けんど無理は禁物じゃき!!」

「分かってる!!」

 

そして…

 

「鬼兵隊!!私に続けェェェェ!!!!」

「オォォォォォォッッッ!!!!」

 

紫苑と鬼兵隊の一部は、本隊から離れて陽動部隊の殲滅へと向かった。

 

 

 

その日の殲滅を終え…辺りは天人達の屍と、仲間達の屍の山となる。

 

いつも…戦いの後は同じ光景が広がっていた。

 

そして、決まって戦場には雨が降る。

 

まるで…世界が、この惨状を悲しんでいるかのように。

 

それを銀時はいつも見上げていた。

 

自ら殺した者、死んでいった仲間…

 

それらを弔うかのように、その場に残って。

 

いつもだったら、その隣には自分の大切な恋人…紫苑がいる。

 

しかし、その日…紫苑は居なかった。

 

 

 

「辰馬、ヅラ!!紫苑は何処だ!?鬼兵隊の一部を率いたまま、まだ戻って来ねェ!!説明しろ!!」

「ワシらも分からんちゃ…。陽動部隊を殲滅する()うて離れて行った後はさっぱりじゃ…」

「…ッ!!探してくる!!」

「待て、晋助!!迂闊に動いては危険だ!!」

「ヅラァ!!じゃあ、紫苑を見殺せってェのか!?」

「そうは言っておらん!!もしかしたら、銀時と一緒に居るかもしれんだろうが!!」

「それでも紫苑は必ず、一度こっちに顔を出す!!」

「とにかく落ち着くぜよ!!」

 

戻らない妹を心配して1人戦場に戻ろうとする晋助を、何とか止めようとする坂本と桂。そこに、ずぶ濡れになった銀時が戻ってきた。

 

「銀時…!!紫苑は…!?」

 

縋るような思いで、晋助は聞く。しかし、銀時の表情は驚愕のそれへと変わった。

 

「紫苑…居ねぇのか…!?」

 

絶望…という言葉がまさに似合うであろうその言葉と表情に、晋助の表情は歪む。もしかしたら銀時と一緒に、いつものように雨に打たれているのかもしれないと思っていた。しかし、戻ってきたのは銀時1人だけだった。

 

「…紫苑ッ!!」

 

刹那、銀時は再び雨の降る戦場へと駆け出す。

 

「待て、銀時!!」

「あっ、こら晋助!!ったく……ばぶれもん達(言う事を聞かない奴達)ぜよ…」

 

銀時に続くように晋助も雨の降る戦場へと駆け出していく。そんな2人の背中をただ、坂本と桂は見ていることしか出来なかった。

 

「分かっているさ、お前達がどんなに紫苑を大切に想っているかぐらい。“兄妹”と“恋仲”…。大切に想わん方がおかしいだろうて…」

 

しかし、ここは戦場だ。その想いが命取りになる事もあるのだ。

 

そんな桂達の心配をよそに、ひたすら晋助と銀時は戦場を走り続けた。降り続ける雨が鬱陶しくて仕方がなかったが、それにも負けずひたすら走る。

 

「銀時ィ!!紫苑はどの方角へ向かった!?」

()(現在の南)の方角だ!!鬼兵隊も一緒だった!!だが、四方八方から来る陽動隊を殲滅するっつってたから…離の方角に留まっているとは限らねぇ…!!」

「だが可能性はそこだ!!とにかく、離の方角へ急ぐぜェ!!」

「おう!!」

 

ひたすら2人は走り続ける。彼女が向かったであろう場所へ。

 

しかし…

 

とうとう、紫苑の姿を見つけることは出来なかった。

 

沢山の天人と鬼兵隊(なかま)(むくろ)が転がっている。そこに、生き残っている者は居なかった。それでも、銀時と晋助は諦めることなく探し続けた。

 

生きていても、躯と成り果てていても…必ず連れ帰ると、そう誓って。

 

しかし、どんなに探しても紫苑を見つけることは出来ず…

 

「…晋助、銀時…もう、これ以上は…」

 

中々戻らない2人を案じた桂が止めに来た。

 

「何言ってんだ、ヅラ。言っとくが、俺ァ諦めねぇぜ?」

「俺もだ。行きたきゃ1人で行けや…」

「ッ…!!銀時、晋助!!」

 

己の方を見ない銀時と晋助の肩を掴み、無理矢理その手を止めさせ桂の方へと体を向けさせる。すると、2人の瞳は「邪魔するな」と…そう物語っていた。しかしそれに臆することなく、桂は静かに言う。

 

「いいか、よく聞け。晋助…お前は仮にも鬼兵隊の総督だということを忘れるな。(かしら)が不在の兵隊は脆くなる。今、我々にとって鬼兵隊は唯一無二の戦力だ」

 

そして…と、今度は銀時に視線を向け桂は更に続ける。

 

「銀時、お前は我々の軍全体にとっての希望だ。お前は“白夜叉”なんぞという名で呼ばれて、あまりいい気はしないだろう。しかし、その名がどれだけ仲間を奮い立たせているか、そしてその名がどれだけ天人どもを恐れさせているか…。その名の通り、お前の力は強い。必要不可欠な力だ。だが、お前の力を今失えば…間違いなく、我々の軍は…消滅する。鬼兵隊も白夜叉も、今の俺達には絶対的に必要な存在なのだ!!」

 

そんな桂の言葉に、2人の鋭い視線が向けられる。

 

「おい、ヅラァ…だから何だってんだ?アァ?」

「まさか、オメェ…紫苑を見捨てろって言うんじゃあるめぇな?」

 

2人の視線が痛い。だが…言わねばならないこともある。

 

しかし…

 

「…とりあえず、今日はもう遅い…。それに、さっきの戦いで体力も消耗している。そんな中でこれ以上雨に打たれれば、身体を壊す。特に銀時、お前はずっと雨に打たれっぱなしだろう…。休むことも大事な勤めだ。紫苑は強い。今は…紫苑の強さを信じる事も大事ではないのか…?」

 

自身が思っていたこととは全く違う言葉が己の口から飛び出す。本来であれば「もう諦めろ」と言う筈だった。しかし…

 

(お前のそんな顔を見たら、言えるものも言えんわ…)

 

今にも泣き出しそうな…そんな銀時の表情を見て、言葉を飲み込んだのだ。

 

桂の言葉に納得したわけではなかったが、このままでは身体を壊すと言われては反論も出来ず、結局その日は陣地へ戻る事となった。

 

戻る際…銀時も晋助も、何度も何度も後ろを振り返る。

 

もしかしたら、そこに紫苑が居るかもしれないと…そう思って。

 

 

 

翌朝、昨夜の雨が嘘のように外は晴れる。

 

それと同時に…晋助と銀時にとって、残酷な宣告がなされた。

 

「我々は進軍するぞ。このままここに留まり続けては危険だ」

 

桂の言葉に、真っ先に反応したのは銀時だった。桂の胸倉を掴み、恐ろしい形相で睨み付ける。それはさながら、戦場にいるときの銀時…否、白夜叉そのものだった。鋭い殺気に、近くに居た兵士達は恐れをなしたのかどよめく。そんな彼らに坂本が「大丈夫ぜよ」と苦笑しながら呟いて落ち着かせた。

 

「おいおい、ヅラァ。お前、昨日と言ってることが違うじゃねぇか?アァ!?昨日のアレは、俺と晋助を騙して連れ帰る為の嘘だったのかよ!!」

 

怒気を隠すことなくありのままをぶつければ、桂はそれに動じた様子もなく真っ直ぐと銀時の目を睨み返す。その瞳もまた強い。

 

「昨日、ああでも言わなければお前達はずっとあの場に留まり続けただろう?違うか、銀時、そして晋助よ…」

「アァ、違わねェ。そりゃ、自分の妹を想って探してんだ。可能性のある限り探し続ける。それが当たり前だ。この気持ち、オメェには分かるめぇよ…」

「大切な人が1人で戦ってるかもしれねぇ、傷付いて動けずにいるかもしれねぇ…。そんな奴を見捨てろってのか!!仲間を…大事な人を見捨てろってのかよ!!もしこれが“あの人”だったら、お前はそれでも同じことが出来たのか!?アァッ!?」

 

ギリッと胸倉を掴む銀時の手に力が篭る。晋助はその場から動きはしなかったものの、殺気は銀時にも負けず劣らずのものだった。場の空気は明らかに悪い。兵士達の顔色も蒼白だ。幹部同士の喧嘩ともなればこうなるだろうと、どこかで坂本は諦めてはいた。だが思いの他、予想以上に雲行きが怪しくなってきている。しかし…今はまだ口が挟める状況ではないと悟り、何も言わずそれぞれを見守っている。坂本には両者の言い分…どちらが正しいのか、判断しかねているのだ。

 

大切な仲間を見捨てて行くのかと問われれば、それは出来ないと断言できる。

しかし、他の仲間を危険に晒してまでこの場に留まり続け、たった1人の仲間を探し続けるのが得策かと聞かれればその答えも否だ。

 

(げにまっこと、()ったぜよ…)

 

しかし…と坂本は考える。今後のことを考えると、晋助と銀時には残酷のようではあるかもしれないが…桂と同様の意見だった。

 

「では聞くが…晋助、銀時。貴様らは……1人のために、大勢の仲間の命を危険に晒すつもりか?」

「……ッ…!!」

 

まさに坂本が口を開こうとした時、言おうとしたことを桂が口にする。その言葉を受け、銀時が目を見開き息を呑んだのが分かった。そして、晋助は小さく舌打ちをする。

 

2人とも、本当は分かっていたのだ。桂が言っていることが正しいという事も、自分達の行いが軍の足を引っ張っているということも。

 

「けどオメェ…紫苑だって大事な仲間だろうよ。その仲間を見捨てるってぇのか?」

 

静かな晋助の声。明らかに怒りを露にしている。正論を言われたからと言って、晋助も銀時も引き下がるつもりはないらしい。ギラギラとした瞳で晋助が問えば、桂の表情は歪む。

 

「貴様…俺が…何も感じていないとでも思っているのか…?」

 

悔しそうに…しかし、仕方ないのだと自分に言い聞かせるように桂は2人に怒鳴る。

 

「俺が何も感じずに、紫苑を見放すと言っているとでも思っているのか!?そんなわけないだろう!!俺達は幼い頃から共に過ごしてきた幼馴染だぞ!?同じ時間を過ごし、共に笑い、共に泣き、共に戦に出ようと…先生の仇を討とうと誓い合った仲間だぞ!!何も思わないはずがないだろうが!!」

「だったら!!」

「だがな!!俺達は今、何の為にここに居る!?遊びに来てるわけではないのだぞ!!」

「……ッ…」

 

面と向かって怒鳴られ、銀時の手から力が抜ける。今まで胸倉を掴んでいた両手はだらりと下がり、ガクリと項垂れた。

 

「だったら…どうしろって…言うんだよっ…」

「…俺達は戦う為にここに来た。戦場に赴く前に立てた誓いを忘れたか…?」

 

その言葉に、銀時と晋助はハッとなる。

 

 

――もし、戦場で離れ離れになっても振り返らずに、前を見て進み続けよう…。

 

――見捨てるんじゃない…信じて待つんだ…!!

 

 

「…俺は紫苑を信じている。紫苑は強い。天人ごときにやられるとは思えん。もしかしたら、どこか別の軍勢に救われた可能性もある。お前達2人が散々探し回っても…紫苑の躯はなかったのだろう?」

「あぁ…」

 

答えない銀時の変わりに、晋助が頷く。沢山の天人、そして鬼兵隊(なかま)の躯はあったが、晋助(あに)と同じ…紫色の髪の仲間は、そこに横たわってはいなかった。

 

「……おまんらのことに、口を挟むつもりはなかったが…」

 

それまでずっと、3人のやり取りを見ていただけだった坂本が、少し落ち着いたのを見計らって口を開く。3人の視線が坂本に集中した。それぞれが、戸惑いや怒りなどを含んでいる。それに苦笑しつつ、坂本は続ける。

 

「ワシャ…ヅラの意見に賛成じゃ」

「辰馬、テメェ…!!」

「もし、おまんらの誰かがおらんようになっても…ワシャ同じ判断をするぜよ…」

 

それはつまり、紫苑だけが特別なのではない。ここに居る誰かが紫苑と同じ状況に陥っても、その仲間を探すのではなく前に進む事を考えるということ。

 

「それが、ワシの結論じゃ…」

「…辰馬の言う通りだ。もし俺が紫苑の立場であったら…俺は、自分を見捨ててでも先に進んで欲しいと…そう思う。自分のせいで軍1つが潰れ、大義が成せなくなったとあれば…一番悲しむのは誰だ?他の誰でもない…紫苑ではないのか?」

 

考えろ、もしお前達が戦場で軍とはぐれたその時…何を思うか。

 

そう、桂に問われ…晋助も銀時も黙り込む。

 

そして考えた。

 

もし、自分が1人取り残されたら?

皆に危険を冒してまで留まって探して欲しいと思うだろうか?

それで自分達の軍が潰れるようなことがあったらどう思うだろうか?

 

その時にもし仲間から、「お前を待っていた。だが軍は潰れてしまった」と言われたら…どう思うだろうか?

 

「………チッ…、何でこんな時に限ってヅラも辰馬もそんなクソ真面目な…逃げ道もねぇ様な話を出して来るんだ…」

「約束、か…。んな約束もしたなァ、そういや…」

 

銀時は悔しそうに拳を固く握り唇をかみ締める。晋助はどこか諦めたように、悲しげに笑いながら天を仰いだ。

 

「確認ぜよ。ワシらは今から進軍じゃ…」

「異論はないな?」

 

坂本・桂の問い。それは、確認であり異議は認めないという言葉であった。

 

「アァ…分かった…」

「俺達は…紫苑の生存を信じ、進軍する…!!」

 

苦渋の決断…。今までもそれ相応に選択を迫られる事はあった。しかし、こんなにも辛く思い選択を迫られる日が来ようとは思わなかった。

 

大切な妹を見捨てて行く選択など、

大切な想い人を置き去りにして行く選択など、

 

こんな選択…あって欲しくはなかった。

 

「…ワリ、迷惑掛けたな…」

 

銀時が力なく謝ると、その肩に桂が手を掛ける。

 

「いや…俺もすまなかった。本当に…すまない…」

 

銀時、そして晋助に向けて桂は頭を下げて謝る。

 

もうそれ以上、誰も何も言えなかった。

 

 

分かっていた。

 

誰が悪いわけでもないのだと。

 

ただこれが、(いくさ)に身を委ねる者の定めなのだ。

 

 

進軍までの時間、銀時は1人陣地から少し離れたところで天を仰いでいた。そこに、晋助が歩み寄ってくる。

 

「…晋助、ワリィ…。俺があの時、紫苑を止めてりゃ…こんなことにはならなかった…」

 

あの時…、陽動部隊と戦ってくると鬼兵隊を率いていく紫苑を止めていれば。いや、あるいは自分も共に行っていれば。

 

こんな事にはならなかったのかもしれない。

 

「銀時のせいじゃねぇ…」

 

そんな銀時の背中に己の背中を預け、晋助も同じように天を仰ぎながら言う。

 

「アイツは俺の言葉に…“良かれと思った事は自分で判断して動け”という鬼兵隊の道理に従っただけだ。銀時のせいじゃあるめぇよ。強いて言うなら、んな事を鬼兵隊に教え込んだ俺のせいだ…」

 

紫苑は鬼兵隊の副官として、自分のやるべき事を全うしようとしていた。

 

ただ…それだけなのだ。

 

「……ッ……!!」

「………………」

 

2人は何も言わない。だが、背を預けたまま…

 

「紫苑ッ…」

「…すまねぇ…ッ…」

 

「…晋助ッ…」

「…銀時ィ…」

「「……すまねぇ……」」

 

声を殺して、泣いていた。

 

 

 

そして…攘夷戦争は終結する。

 

 

 

幕府が降伏するという形で。

 

 

 

「……負けた…?それがどうしたってんだァ…?俺達鬼兵隊はまだ戦える…そうだろう、テメェら!!」

 

「俺も刀を手放すつもりはない。俺は先生の仇をとるまで歩みを止めんぞ」

 

「銀時ィ…」

「お前はどうする?」

 

それぞれが、それぞれの選択をする。

 

しかし、銀時は…

 

「もう…俺ァ疲れた…」

 

戦う事から退いた。

 

「国の為に戦ったのに国に裏切られ、仲間もたくさん死んで、そして…」

 

目を閉じれば鮮明に浮かぶ、プレゼントしたかんざしを嬉しそうに受け取ってくれた紫苑の笑顔。

 

「恋人すら護れなかった…」

 

自嘲に歪んだ銀時の口から零れたのは…

 

「もう、俺ァ何も護れる自信がねぇわ…」

 

事実上の、戦線離脱の言葉だった。

 

 

 

あれから…どれ程の年月が流れただろうか?

 

しかしどんなに時が流れようと、銀時の中から紫苑という存在が消える事は無かった。生きていると…きっとどこかで元気にやっているのだと…そう信じていた。

 

万事屋をやりながら、何か情報が入らないかと待ち続けた。

 

僅かな情報でも…可能性があればすぐに調査した。

 

何度も何度も空振りして、その度にやけ酒に溺れ、崩れそうになる自身を何とか保っていた。

 

 

そんな日々が続いて、やっと…やっと再会できたというのに……

 

 

「こんなに待ち続けて…探し続けて…」

 

その大切な人は、今…

 

「何で…ッ…!!」

 

大江戸病院の、集中治療室の中で眠っている。

 

ガラス窓一枚…それが隔たりとなり、触れたくても触れられない。

目の前に居るのに、話しかけたくても声が届かない。

 

「万事屋…」

 

銀時の後ろには紫苑を病院に運んだ土方と沖田、そして連絡を受けて駆け付けた近藤がいる。事情を聞いた近藤、そして状況を把握した土方と沖田は…何も声を掛ける事が出来ず、ただ銀時の背中を見つめる事しか出来ない。

 

 

――ダンッ…!!!!

 

 

銀時が壁を殴る。その音に驚き、沖田が「旦那?」と声を掛けるが…それすら銀時には届いていなかった。

 

そして…銀時は呟く。

 

「何が攘夷戦争の英雄だ…何が白夜叉だ…!!結局、俺ァ…」

 

その場に、ズルズルと崩れ落ち…

 

「最後の最後まで…何も護れなかったじゃねぇか…ッ…!!」

 

頭を抱え、口元を歪ませながら涙を零した。

 

 

今…万事屋は何かとてつもない事を口にしなかっただろうか…?

 

 

そんな事を、真選組の3人は思った。

 

 

しかし…

 

 

それを追求することなど、今の3人にはとても出来なかった。

 

 

否…

 

 

「ごめん…、ごめん…ッ…紫苑……ッ…!!」

 

 

今の銀時にかける言葉が、何も見つからなかった…。

 





(2011年6月15日 にじファン初投稿)
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