恋空~春、夜空の下で~   作:雪音

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【第四訓】追憶 ~貴方と別れた日~

今まで、神様なんて存在は信じたことがない。

 

いつだって、私が信じていたものは…

 

己の剣と、兄と、仲間と、大切なあの人だけだった…。

 

 

 

「……私が鬼兵隊の一部を率いて離れる!!」

 

そう言って、紫苑は鬼兵隊の一部を率いて本隊から離れた。襲い来る天人を切り倒しながら、それでも紫苑を筆頭とした鬼兵隊は止まることなくひたすら走り続ける。

 

「副官!!向かう方角は?」

()(現在の南)の方角だ!!聞いた話によると、あの辺りに奴らの本拠地があるとの噂!!そこを潰すぞ!!」

「オォォォォォォッッッッ!!!!」

 

紫苑が刀を掲げて言えば、それに呼応するかのように鬼兵隊の隊士達もそれぞれの武器を掲げて声を上げた。

 

目的地に到着してからの戦いは、予想以上に苦戦を強いられるものだった。

 

(やはり、本拠地というのは強ち間違いでは無さそうだな…!!)

 

襲い来る天人をなぎ払いながら、返り血に染まった頬を拭う。気付けば、己の着ていた羽織は敵の血で変色してしまっていた。

 

(これ、気に入っていたのに…)

 

冷静にそんなことを考えていると、背後に気配を感じた。

 

「死ねェェェェ!!!!」

 

背後を取ったと言わんばかりに襲ってくる天人に、紫苑は振り向きざまに刀を横に振る。

 

「馬鹿が…気付いていないとでも思ったのか…」

 

その体は上下真っ二つに割れてドサリと崩れ落ち、大量の血が地面を赤く染める。

 

(やけに静かだな…)

 

相当な数を倒したが、もうすべて殲滅したのだろうか?いや、それにしても静か過ぎる。仲間の声すら聞こえない。不審に思い、紫苑が辺りを見渡すと…

 

そこには、大量の天人と、自分の率いてきた鬼兵隊(なかま)(むくろ)が転がっていた。

 

「…ッ……!!…クソッ…!!」

 

今、その場で生きているのは…紫苑ただ1人だけだった。率いてきた鬼兵隊の隊士達も恐らくは天人の攻撃にやられてしまったのだろう。その表情は、どれも恐怖と苦痛で歪んでいた。

 

「すまない…護って…やれなんだ…」

 

鬼兵隊副官として、部下を護ることができなかったという罪悪感。もし、自分が本隊から離れて来なければ…ここで命を落とすこともなかったのかもしれないと…そう思えば、何と軽率な行動だったのだろうかと、今更ながらに後悔した。

 

「やはり…兄さんを探し出して指示を仰ぐべきだった、か…」

 

 

空を見あがれば、ポツポツと雨が降り始める。

 

戦いの後は決まってそうだ。

 

まるで、死んでいった天人や人間達を弔うかのように。

 

そしてこの惨状を嘆くかのように。

 

 

空が泣く。

 

 

「…………」

 

それを、いつも紫苑は見上げていた。

 

冷たい雨に打たれ、恋人である銀時と手を繋ぎ…ひたすら空を見上げていた。

 

だが…今、紫苑の隣には誰もいない。

 

「独り、か…」

 

ポツリと呟いたその言葉は、雨の音にかき消され…誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

暫く雨に打たれ続けていると、雑木林の方からガサガサと音が聞こえた。バッと振り向くと、そこには数人の天人。それぞれ、手に武器を構えている。

 

「ヘヘッ、鬼兵隊の副官がたった1人で居るって言うから確認に来てみりゃ…ホントだぜ…!!」

「何だァ?総督さんから見捨てられたってかァ?」

「ぎゃはははは!!違ぇねぇ!!女は使い物にならないからなぁ!!」

「そもそも、女を副官にする総督ってのが馬鹿なんだよ!!」

「意外と鬼兵隊の総督さんも、頭悪ぃんだなぁ!!」

 

ゲラゲラと笑い飛ばす天人達。しかし次の瞬間、ヒュンという音が鳴る。と同時に、1人の天人の首が飛んだ。大地を濡らす雨と共に血の雨が降り注いだ。

 

「……私を侮辱するのは大いに結構。だが……」

 

ギラギラと怒りに揺れ、深い紫の瞳が天人達を睨み付ける。凄まじい殺気は、それだけで天人達の動きを完全に止めた。

 

天人の返り血を浴びた姿。紫苑の瞳と殺気、そして…

 

「総督を…我が兄を侮辱する奴は…許さねェ…」

 

腹の底から這い出てきたような低い声。とても女の声とは思えないソレに、さっきまで強がって笑っていた天人達から笑みが消え、代わりに恐怖が支配する。

 

「ギャァァァァァ!!!」

「ば、ば、化け者だぁぁぁぁ!!!」

 

紫苑の殺気に当てられた天人達はそれぞれ、思いのままの言葉を口にしながら逃げ出していく。雑木林に逃げ込んでいったが、それを紫苑はゆっくりと歩きながら後を追う。

 

「逃げられると思うなよ…。この鬼兵隊副官の私から…逃げられるなど…」

 

ギラリと輝く刀は返り血で真っ赤に染まり、そして紫苑自身も返り血に染まり。

 

「た、頼む見逃してくれ!!」

「黙れ、下衆が」

 

――ズシャッ…

 

何度も何度も刀を振るう。

 

「わ、悪かった!!だから、どうか命だけは…!!」

「助けると思うか?甘いな、ここは戦場だぞ?」

 

――ズブッ…

 

何度も何度も刀を突き刺す。

 

「く、来るな!!来るな!!化け物…化け物…!!」

「化け物?それはオメェ…お互い様だろうよ…」

 

――ザシュッ…

 

そして…

 

何度も何度も、殺し続ける。

 

 

 

「……随分、奥まで入り込んでしまったか…」

 

紫苑がハッと我に返ったときは、既に日も落ちており辺りは真っ暗になっていた。それに、理性が切れた状態で敵を追いつつ森に入ったため、帰る道も森の出口も分からない。

 

「完全にはぐれてしまったなぁ…」

 

本隊の陣地に、戻る事が出来ない…。

 

「……ははっ…本当に、独りになっちゃった…」

 

つまり、完全に紫苑は本陣から離れてしまったのだ。連絡手段も、帰る方法も無い。

 

「…ごめん、みんな…心配してるよね…」

 

怒りに狂い、敵を深追いしてしまった自分に今更ながら自己嫌悪する。しかし、今となってはもう後の祭りだ。ましてやここは広い戦場。たった1人の人間を探す事も、そして1つの軍を探す事も極めて困難。それに、たった1人のために、本陣がいつまでもその場に留まり続けることも危険極まりない。

 

恐らく…本陣は自分を置いて進軍する。

 

それは、考えずとも分かりきっていたことだった。

 

(あぁ、けど何でだろ…。兄さんと銀時が必死に、コタローと辰馬に食って掛かる様子が目に浮かぶよ…)

 

フフッと笑いながら、紫苑はクタクタの体を大きな木に預けてその場に座り込む。

 

(けど…大丈夫、私は…生きてる…)

 

スッと空を見上げれば、木々の間から見える空。うっすらと掛かった雲から見え隠れする三日月。

 

(だから、私のことは構わず…進軍して…)

 

ギュッと己の刀を握る。本当は軍に戻り、また皆で一緒に戦いたかった。兄や仲間、そして大切な人とこの国のために刀を振るいたかった。

 

しかし…この現状が、それを決して許してはくれない。

 

帰りたくても…紫苑には帰る道しるべがないのだ。

 

(大丈夫、生きていたら必ず会えるよ。だから…)

 

辛うじて返り血を浴びていなかった部分で自分の手をゴシゴシと拭き、懐にしまっていたあるものを取り出す。それは、戦争に身を委ねる前に銀時が紫苑に贈ったかんざし。

 

 

――この戦争が終わったらよ…、一緒に暮らそう。だからな、その……俺の嫁さんになって下さいッ!!!マジでお願いします!!紫苑以外の奴とか、俺には考えられねェ!!マジでお願い!!断られたら、俺泣いちゃう!!

 

 

銀時らしい言葉のプロポーズ。紅く優しいその瞳は、いつだって紫苑を見て優しく笑ってくれた。このかんざしを受け取り、答えを返したときもまた、その瞳はとても嬉しそうに紫苑を映していた。

 

「……銀時ッ…!!」

 

ずっと、ずっと一緒だよ…?

 

そう言って、紫苑は彼の言葉を受け入れ抱きついた。

 

まるで昨日の事のように思い出されるその映像は、紫苑にとってはかけがえのない思い出であり、そしてその約束を自ら(たが)えてしまったのだという自責に(さいな)まれるものでもあった。

 

「ごめん…ごめんね、銀時ッ……!!」

 

誰も居ない、森の中で。

 

紫苑は1人…

 

「ごめっ…ごめんなさいっ…!!銀時、銀時ッ…!!」

 

謝罪と、大切な人の名前を繰り返しながら…

 

 

泣いていた。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

それから後、紫苑は孤独な戦いを強いられる。本陣に戻れない以上は1人。襲い来る敵はもちろん、自分で倒さなければならない。しかも、紫苑が鬼兵隊の副官だという事は天人達にも知られている。襲い来る天人達は、1人しか居ない紫苑に容赦なく多勢で襲いかかった。

 

それでも…

 

「どけェェェェェェ!!!!!」

 

凄まじい気迫で刃を振るうその姿は、まさに“鬼兵隊の副官”という名に相応しい姿であった。

 

天人達の間で、ひそかに紫苑の噂が広がる。

 

 

元鬼兵隊の副官、あれは天人以上の化け物。

 

怨念を抱いたあの紫の目は天人を食らう鬼だと。

 

そしていつしか…

 

紫怨(しおん)の鬼”と…天人達の間では呼ばれるようになっていた。

 

皮肉なことに、自分の名と同じ呼び名で…。

 

 

紫苑を見る天人達の目が変わった。中には、紫苑の姿を見ただけで逃げ出す天人も居た。しかしそれでも、紫苑は容赦なく天人を切り捨て続けた。

 

これが…自分にできる唯一の事だと信じて。

 

ここで少しでも多くの天人を亡き者にすることで、本陣の仲間達の戦いが楽になるのであれば…。

 

それこそが、本陣から離れてしまった自分の役目だと言わんばかりに…

 

「ヒィィィィ!!紫怨(しおん)の鬼が来たぞォォォ!!」

「ククッ…言ってろ、化け物どもが…」

 

紫苑は己の刃を振るい続け、迷うことなくその手を赤く染めた。

 

 

 

一体いつまでこんな孤独な戦いが続くのだろうかと思わない日々は無かったが…終りは以外にもあっけないものだった。

 

国の裏切り。

 

天人の力に幕府が降伏し、国を明け渡したのだ。

 

それにより、攘夷戦争は何ともあっけない幕引きとなる。

 

と同時に、天人が国の中枢に入り込みある条例を絶対のものとした。それは、侍達の暴動を恐れての行動。

 

“廃刀令”

 

国は負けを認めただけではなく、侍から刀をも奪った。

 

しかし、紫苑はそれでも決して己の刀を手放さなかった。

 

「これは…私の魂。絶対に手放さない…!!」

 

共に攘夷戦争をくぐり抜けてきた刀。手放せるはずが無かった。

 

やがて天人の介入により、江戸の町はすっかりと変わってしまう。昔のどこか質素な町から、ゴチャゴチャとした街へと姿を変えた。

 

そして、廃刀令違反や攘夷志士達を取り締まる“武装警察・真選組”の存在を風の噂で聞く。

 

(…刀を持ったまま江戸の街に降りるのは捕まりに行くようなものね…)

 

もしかしたら、かつての同志がそこにいるかもしれない。大切な人がそこに住んでいるかもしれない。しかし…紫苑は江戸の街に降りることなく、そっとその場を後にした。

 

(生きているならきっと、いつかまた会える…だから、私は…)

 

 

昔と変わらない静かな場所で暫く時を過ごそう。

 

そして、少し落ち着いた時に江戸に出てみよう。

 

それから…それから…

 

 

紫苑が目指した場所、そこは…故郷の萩だった。田舎ということもあり、江戸の街のような華やかさは無く、幼いころとあまり変わらない。しかし、(いくさ)の爪痕がそこかしこに残されている。

 

そして…

 

「……ここも、このままだったのね…」

 

紫苑達が通っていた私塾で松楊の家だった場所。松楊が自分達に色々な事を教えてくれた思い出の場所であり、自分達が楽しい時間を過ごした場所…。

 

だがそこは、紫苑達にとって悲しい思い出の残る場所でもあった。

 

「…銀時が一番辛かったのよね…」

 

松楊は殺され、その躯は私塾ごと焼き払われてしまった。松楊が殺された瞬間を見たのも、松楊を殺した犯人を見たのも…全ては銀時だけだった。

 

紫苑達が駆け付けた時、銀時は轟々と燃える炎の前で茫然と立ち尽くし…無表情のまま涙を零していた。

 

それが…銀時、桂、晋助、そして紫苑達を戦争へと駆り立てるきっかけとなった。

 

そんな、いろんな思い出のある場所に…紫苑は1人戻ってきた。焼け落ちた私塾の前で、紫苑はそっと手を合わせる。躯が見つからなかった為、必然的に松楊の墓代わりとなっているのだ。もっとも、きちんとした墓は別にあるのだが…やはりここに松楊が眠っているのだと思うと、形だけの墓よりもこちらに足が自然と向く。

 

ゆっくりと目を開け、その場に紫苑は腰を下ろす。あの業火の中で、唯一残った1本の桜の木が花を咲かせている。満開だ…。

 

「もう、春なんだね…」

 

どおりで温かい筈だと…紫苑は微笑む。それは、暫くぶりの…穏やかな笑みだった。

 

「ごめんなさい、先生…。先生は、護るために剣を振るいなさいと私に教えて下さったのに、私は結局…何も護れませんでした…」

 

空を見上げながら、舞い散る桜の花びらを見つめ…1人呟く。

 

「貴方が愛していたこの国も、大切な仲間も…」

 

生きているのか、死んでしまったのか…それすらも分からない、幼馴染達。そして、唯一の家族。

 

「けれど…“きっと無事だ”と信じることは出来るんです。不思議ですよね…。本当に無事なのかどうかも分からないのに…」

 

もしかしたら、自分がただ信じたいだけなのかもしれない。それに縋って生きていたいだけなのかもしれない。

 

しかし…それだけではなかった。

 

きっと彼らならどこかで生きていると信じる事が出来たのだ。

 

「笑っちゃいますよね?根拠も何も無いのに。けれど…不思議とそう思うんです…」

 

けれど…刀を奪われた彼らが一体どのようにして生きていくというのだろうか…?江戸では攘夷を掲げて、刀を手放すことなく倒幕を狙っている者達もいる。

 

その中に、幼馴染や兄もいるのだろうか…。

 

もしそうだとしたら、やはり自分はその道を選ぶのだろうか…?

 

それは本当に正しい道なのだろうか…?

 

「先生、は……どう、思います…か……?」

 

陽気な春の日差しが眠気を誘う。普段ならばこんな開けた場所で眠ることなど決してないのに。

 

まるで…

 

 

――お疲れ様です。少し眠って疲れを取るといいですよ。私がそばに居ますから…。ね?紫苑……

 

 

松楊がその場で、紫苑に休むよう促しているかのように…。

 

「せ、んせぇ…」

 

そのまま、紫苑は夢の世界へと旅立った。

 

 

 

やっぱり神など居るわけがない。

 

もし居たなら…何故、こんなにも残酷な仕打ちをする?

 

何故、国の為に立ちあがった我々に微笑んでくれなかった?

 

だから…神などという曖昧な存在は嫌いなんだ…。




(2011年6月19日 にじファン初投稿)
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