恋空~春、夜空の下で~   作:雪音

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【第五訓】追憶 ~再会、そして決意~

穏やかな春の日の(もと)、大切な恩師が眠るその場所ですっかり寝入っていた紫苑をたたき起こしたのは…

 

「起きるッス!!」

 

聞きなれない女の声。明らかに自分に向けられたものだと把握した時には、反射的に己の刀に手を掛けていた。腰を落とし、いつでも抜刀できるように構える。そんな紫苑を見て、目の前の女も同様に二丁の銃を抜いて攻撃態勢を取る。

 

(何者だ、この女…!?)

 

長い金髪を右側に留めており、服装は和服ではなく…かなり露出が高い。

 

(天人…ではなさそう。けど……こんな武器を持ってるんですもの。“一般人”でない事は確かね…)

 

互いに何も言わない…武器を構えた状態の沈黙が続いたが、やがて女が口を開く。

 

「アンタ“紫怨(しおん)の鬼”で間違いないッスね?」

 

それは…天人達が自分を呼ぶ時に使っていた二つ名だった。銀時が“白夜叉”と呼ばれたように、紫苑もまた高杉 紫苑という本名よりも、二つ名の方が先走りしたのだ。

 

(なるほど、銀時が白夜叉って呼ばれるのを嫌う理由がよく分かるわ…)

 

戦いの時はさほど気にならなかったが、しかしこうして面と向かって言われるとあまりいい気分ではない。思いっきり紫苑は顔をしかめる。

 

「確かに…間違いではないが、そう呼ばれる事はあまり好きではない。貴様…何者だ?」

 

ギロリと睨めば、それに怯むことなく女も紫苑を睨み返す。そこで、ほぅ…と紫苑は少し感心してしまう。

 

(私が睨んでも怯まないとは、大した女だ…)

 

しかし、相変わらず…ピリピリとした空気は変わらない。いい加減、この空気を何とかしたいと、今度は紫苑が口を開いた。

 

「どこの手先だ?何処(いずこ)かの攘夷志士か?それとも真選組か?生憎私は、攘夷に参加するつもりも、真選組に捕まるつもりもない。力づくでというのであれば…斬る」

 

決して脅しては無い、本気だと殺気を込めてそういえば僅かに…女が息を呑んだのが分かった。

 

「…ッ、そ…それでもっ!!私にとって、あの方の言葉は絶対ッス!!というかっ!!何で、私があの方の為に女なんかを連れ帰らなきゃいけないんスか!!こういうのは武市先輩の仕事じゃないんスか!!あーもうっ!!とにかく、この来島 また子と一緒に来てもらうッス!!」

 

どうやら、女の名前は来島 また子というらしい。そして、彼女自身不本意で紫苑の元に訪れたのだろう。それは、彼女の口ぶりからしてすぐに分かった。というか……この口ぶりからして、“惚れている男の元に何故、別の女を連れて行かなければならないのか”と言っているようなものだ。

 

「……本当に何者だ?その様子からして…真選組、ではないな…?」

 

もしこの女が真選組だとしたら、国も終りだな…などと頭の片隅で考えていると、女…来島の表情が曇る。

 

「あんな幕府の犬と一緒にされたとあっちゃ、胸糞悪いッス!!こっちは国をぶっ壊す鬼兵隊ッスよ!!何であんな奴らと一緒にされなきゃいけないんスか!!おい、女!!あのお方が生かして捕えよと言ってるから生かしているが、今度同じ事を言ったらただじゃおかないッス!!」

 

ギャンギャンと来島は吠えるが…そんな彼女の言葉も、最後の方は全く頭に入っていなかった。

 

今…彼女は何と言っただろうか?

 

“鬼兵隊”と…そう言わなかっただろうか?

 

「鬼、兵隊……?」

「そう!!アンタも攘夷戦争で戦った女なら分かるはず!!あのお方は、お前なら絶対に分かると言ってたッス!!」

 

先ほどから来島が“あのお方”と言っている人物。恐らくは彼女の上に立つ者の事だろうということは紫苑にもすぐに分かった。

 

鬼兵隊の隊長は自分の兄である晋助だった。

 

いや、もしかしたらその名前を拝借している攘夷志士かもしれない。

 

しかし……こんな偶然が果たして、あるのだろうか?

 

「教えて欲しい事が…あるの…っ…」

「へ…?な、なんスか急に大人しくなって…!?」

 

刀から手を離し紫苑はただ来島の瞳を真っすぐと見つめた。その時ふと、来島はある違和感を覚える。

 

(あれ?何だ…?この女……誰かに似てるような気が…)

 

一体誰だろうかと考えている間に、目の前の女は口を開いた。

 

「何故、貴方の言う“あの方”は私を鬼兵隊に勧誘しているの…?」

 

紫苑の鼓動がバクバクと高鳴る。相手にも聞こえているのではないかと思うほどに。紫苑の問いに、来島は一瞬呆けたがすぐに我に返ってその問いに答える。

 

「あの方がどうしてもその力を欲しているからッス!!どこの馬の骨かも分からないアンタを、副官にするとまで言ってる…!!なんなんスか…!!」

 

鬼兵隊の副官というポジション。それは攘夷戦争で紫苑が身を置いていたポジションだ。

 

少し…紫苑の呼吸が荒くなる。

 

「もう、一つだけ…教えて…」

 

声が震えてしまう。

 

もし、もし本当に来島の言う鬼兵隊が自分の知っている…自分が身を置いていた鬼兵隊だというのであれば…

 

「貴方の言う“あの方”とは……っ、鬼兵隊の総督の……名前は…ッ…!?」

 

まるで縋るような、懇願するかのようなその問いにさすがの来島も一瞬戸惑った。さっきまでは気丈に振るっていたのに、突然このような事を聞いてくる。しかも酷く…取り乱している。

 

「……あ、あの方の名前は…鬼兵隊の総督の名前は――……」

 

その名を聞き、紫苑の瞳からは涙が零れ落ちた。ボロボロと留まることなく瞳からは雫が落ちる。

 

「なっなっ!?ちょ、何いきなり泣いてるんスか!?訳分かららないッス!!アンタ…!!」

「兄さん……ッ…!!」

「は…?」

「…私の…私の名前は…高杉 紫苑と言います。高杉 晋助は……私の実の兄ですッ…!!」

「え………?」

 

突然の告白に、さすがの来島も何も言えず…目の前で泣き崩れる紫苑をただ見ている事しか出来なかった。と同時に、あぁ…と来島は納得する。

 

(誰かに似てると思ったけど…そういう事ッスか…)

 

紫苑を見た時にふと“誰かに似ている”と思った。それは…

 

「よかっ…よかった…!!兄さんは…生きて…た…!!」

 

彼女の兄である、晋助に似ているのだと。

 

その紫の髪も、自分を鋭く睨んでいた時の瞳も。言われてみれば確かに、どれも晋助にそっくりだ。

 

「…えっと…、その…」

 

さすがに、晋助の実の妹とあっては先ほどのように強気に出る事も出来ず。かと言って、泣き崩れている紫苑にどう声を掛けたらいいのかも分からず。来島は戸惑ったが…とりあえず頭を下げた。

 

「あのっ…その、さっきは失礼したッス…。まさか、晋助様の妹様とは知らずに無礼な事を…」

 

バツが悪そうに謝る来島を見上げて、紫苑は涙に濡れた瞳でフフッと笑う。

 

「な、何スか?」

「いいえ、何だか似合わないなぁと思って…」

「何が…ッスか?」

「晋助様、だなんて……」

 

まさか、兄がそのように呼ばれていようとは思いもしなかったと…紫苑は穏やかに笑った。

 

「兄さんは攘夷戦争の時、みんなから“総督”って呼ばれていたから…」

「そうなんスか?」

「えぇ…。あと、幼馴染は名前で呼んでいたけれど……」

 

そこまで話して、ハッと紫苑は我に返る。

 

晋助がいまだに鬼兵隊を率いているという事はすなわち、攘夷活動を行っているという事。ということは…桂や坂本、銀時も……同じ場所にいるのだろうか?

 

いっそ、来島に全て聞いてしまえば楽になるのかもしれないと思ったが…

 

何故か、聞くのが怖かった。

 

そんな奴は知らないと言われるのではないかと……

 

その3人は死んでしまったと…そう言われたらと思うと…

 

怖くて聞けなかった。

 

「うわっ!!ヤ、ヤバいッス!!もうこんな時間…!!」

「え…!?あ、なんかごめんなさい…!!兄さんが呼んでいるというのであれば、私は拒むつもりはありません。えっと、来島さん…」

「そんな堅苦しい敬語も堅苦しい呼び方もしなくていいッスよ!!普通に話してください!!そんでもって、普通にまた子でいいッス!!」

「うん、じゃあ…また子ちゃん」

 

紫苑は来島の瞳を真っすぐと見つめる。それは先ほどの殺気の混じったそれとは違い、真の通ったとても強い瞳。

 

「私を兄の元へ連れて行って。私を鬼兵隊の一員に…」

 

そして、その言葉もまた真っすぐと…己の魂を貫き通すという決意のように思えた。

 

「もちろんッス!!というか、さっきも言ったけど…紫苑様のポジションは既に副官で決定ッスよ!!」

「あ、いや、その…紫苑様っての無しにしない?呼ばれ慣れてないのよ…」

「け、けど晋助様の妹様を気安く呼び捨てにするなんて(おそ)れ多くて…!!」

「うーん、じゃあ…まだちょっと早いかもしれないけど、“副官”でいいわ。私は鬼兵隊に所属していた時、みんなからそう呼ばれていたの」

「…副官…!!了解ッス!!」

 

こうして、紫苑は来島に案内され兄の元へと舞い戻った。

 

(兄さんに会える…やっと…やっと会えるんだ…!!)

 

どんなにこの日を待ち望んでいただろうか?どんなに再会の日を待ち続けただろうか?

 

その瞬間が、今…訪れようとしている。

 

案内されたそこは、屋形船。来島に聞けば、本拠地は別にあるがとりあえずはここで話を、との事だった。来島は用があると言って先に戻って行ったが、紫苑は分かっていた。

 

(気を利かせてくれたのね…)

 

恐らくは兄妹(きょうだい)水入らずでと思ってくれたのだろう。その気持ちに感謝しつつ、逸る気持ちを抑えながら…そっと屋形船の暖簾をくぐる。

 

だだっ広い座敷の窓際で煙管(キセル)を吹かしている…

 

兄の姿があった。

 

「にい…さん…」

 

見間違いなどではない、確かに自分がずっと求め続けた兄がそこにいる。

 

呼ばれて…兄…晋助は紫苑の方へ視線を向ける。

 

その瞬間、紫苑は驚愕と戸惑いが生まれた。

 

「兄さん……ッ…?」

「アァ…久しぶりじゃねぇか、紫苑…。無事で何よりだぜェ…」

 

以前の晋助(あに)と…身に纏う空気が何か違うような気がする。晋助は確かに、鬼兵隊の総督として時に隊員達から恐れられることがあった。しかし、不器用ながらも優しい人だった。

 

だが…目の前にいる晋助は…本当に同一人物なのかと疑ってしまうほど…変わってしまっていた。

 

紫苑ですら近づく事を躊躇ってしまいそうな空気。常に晋助に纏わりついている殺気。そして何より…

 

「兄さん、その…目は…っ…」

 

左目に巻かれた包帯…。一瞬、近づく事を躊躇ったが、我に返った紫苑は慌てて近づきそっとその頬に触れる。

 

「…アァ、オメェとはぐれた後にやられた…」

「そんなっ……!!」

 

ギュと晋助の身にまとっている着流しに縋りつき必死に涙をこらえた。

 

まさかあんなにも強かった晋助がこんな大きな負傷を負うなど、誰が予想しただろうか?無事であったという安堵。しかしその左目に巻かれた痛々しい包帯が…攘夷戦争という過酷さを改めて知らしめる。

 

「それより、紫苑。俺ァ…オメェが無事だった事が何よりだぜェ…」

 

ギュッと抱きしめられたその温もり。久しぶりに見た晋助はあまりにも変わりすぎてしまって、一瞬戸惑ってしまったが…この温もりは、間違いなく兄である晋助の温もりだ。

 

「兄さん…ッ、兄…さんッ…!!ごめっ…ごめん、なさいっ…!!私が、はぐれて…ッ…!!ごめ…っ…!!」

 

流れ落ちる涙と零れる謝罪。それは攘夷戦争で離れ離れになってしまった事であろう事は、もちろん晋助にも分かった。そっとその頭を撫でながら、晋助は続ける。

 

「オメェはオメェの思ったままに動いた。俺の言葉に忠実に従った。ただそれだけだろうよ…。謝ることはあるめぇ…」

 

晋助の言葉に、紫苑は顔を上げる。自分を見下ろす晋助の表情は…

 

 

『紫苑、お前マジで銀時と一緒になるつもりかァ?まぁ……銀時ならいっか…』

 

 

過去の優しいそれとは程遠かったが…

 

ギラギラと輝くその瞳の奥に、僅かに温かい色が見えた。

 

それだけでも、紫苑にとっては十分だった。

 

「ただいま、兄さんっ…!!」

「アァ、お帰り…紫苑…」

 

幸せそうに微笑みながら抱きつく紫苑。

 

しかし、晋助の表情は…

 

野望に満ちた、怪しげな笑み。

 

もちろん、可愛い妹との再会も喜ばしかった。

 

しかしそれと同時に…

 

(これでようやく、鬼兵隊の復活だァ…)

 

己の理想とする鬼兵隊が元のあるべき姿へ戻ることへの喜びの妖笑でもあった。

 

 

 

それからすぐに、鬼兵隊の本陣へと案内される。案内された先は…巨大な船だった。

 

「兄、さん…?これ…」

「あァ、天人どもの技術を拝借した賜物(たまもの)ってやつだ…」

「…………」

「気に食わねぇか?」

「ううん、そんなことないわ…」

 

とは言ったものの、やはり釈然としないというのが紫苑の本音だった。怨むべき天人の技術を当たり前のように使う時代…。今はそれが普通なのだろう。無理矢理そう納得させ、晋助の後ろに付いて歩いていく。

 

そして突き当たりの部屋にたどり着いた。いうなれば、晋助の為の個室だろう。「入れ」と促され紫苑が入ると、そこには自分を晋助の元まで案内してくれた来島と、見知らぬ男が2人…。どこかで、幼馴染がいるかもしれないと期待した。しかし、そこにいたのは…全く知らない人だった。

 

(やっぱり、世の中そんなに上手くはいかないか…)

 

小さく嘆息し、気持ちを切り替えてそれぞれに視線を向ける。来島とは既に面識があるため、目が合った時に微笑みかけた。すると少し恥ずかしそうに、来島も微笑み返してくれた。

 

「えっと…兄さん?この方々は…?また子ちゃんは名前も聞いてるから知ってるけど…」

「あァ…今の鬼兵隊の幹部達だ」

 

“今の鬼兵隊”という響きに、違和感を覚える。それについて口を開こうとしたが、それより先に晋助が口を開いた。

 

「来島は既に知っているたァ思うが、俺達の新たな仲間だ。俺の妹…高杉 紫苑。コイツにゃ鬼兵隊の副官をやってもらう。異論はあるめぇ?」

 

そう問われ、来島は「もちろんッス!!」と元気よく頷く。他2人の男については、イマイチ納得しきれていないようではあったが、元鬼兵隊の副官であり“紫怨の鬼”と呼ばれていた事はもちろん知っている。そして何より、晋助の妹だ。その腕はなかなかのものであろうことは明白だった。

 

「私は異存ありませんよ」

「他ならぬ晋助の決定であれば、拙者も異存はござらん」

 

こうして、紫苑は再び鬼兵隊の副官として迎え入れられた。

 

「申し遅れました。私の名前は武市 変平太と言います。好物はかわいらしい娘さんです」

「先輩、変態丸出しじゃ副官が気持ち悪がりますって…。ロリコンも大概にして欲しいッス」

「ロリコンじゃありません、フェミニストですよ」

「拙者は河上 万斉でござる。……お主、晋助と同じリズムを持っているでござるな…」

「え、リズム…ですか?」

「ふむ…。普段はクラシックのように静かなメロディ。しかし、ひとたび刀を抜けば……激しいロックを奏でる…。いや、ロックなんて生易しいものではごらんな。例えるなら、そう…」

「えぇっと…?」

「河上先輩!!副官が困ってるッスよ!!」

「これは失礼した、副官殿…」

「あ、いえっ…!!」

 

頭を下げて謝る河上に、紫苑も慌てて手を振る。しかし…と紫苑は心の中で盛大な溜息を吐いた。

 

(何と言うか……個性派揃いって感じね。いや、あの時の仲間も個性派揃いだったけどさぁ…。この人達、…剣の腕はどうなのかしら?また子ちゃんは銃を構えていたから多分それ相応の使い手。武市さんは腰に帯刀…ということは、得物は刀ね。河上さんが背負ってるのは…三味線かしら?……なんで三味線?)

 

本当にこれが、今の鬼兵隊の幹部なのだろうかと思わず疑ってしまうが、晋助が言うのだ。間違いないだろう。

 

「紫苑、最初は慣れねぇたァ思うが暫くすりゃあ慣れるだろうよ。…そんじゃ、オメェの部屋に案内する。ついて来い…」

「待って兄さん!!」

 

すぐにその場を後にしようとした晋助を紫苑が止める。幹部達は驚いて紫苑を見たが…その紫苑の瞳は真剣そのものだ。

 

「何だァ?」

「…聞きたいことがあるの。どうしても、聞きたいことが…」

 

確認しなければならない。鬼兵隊の幹部がここに居る3人だという事は分かった。しかし、幼馴染達は……恋人である銀時は……同じ船にいるのだろか?この、今の鬼兵隊に彼らはいるのだろうか?意を決して、紫苑は口を開く。

 

「…他の3人は…?コタローは?辰馬は?……銀時は…?一緒ではないの?」

 

紫苑の問いに、ピクリと晋助の肩が跳ねる。と同時に、僅かに殺気を感じた。それに今度は紫苑が顔をしかめる。

 

「……何で、んな事を聞くんだァ?」

「何でって…仲間じゃない!!兄さんの安否は分かった…けどっ!!他の3人の事は私、何も知らない…!!ねぇ、無事なの!?兄さん!!」

 

懇願するようなその声に、晋助はハァと溜息を吐きながら紫苑に向き直る。晋助の瞳には…感情の欠片もない。その瞳が酷く、恐ろしく感じた。暫くの沈黙の後、晋助が口を開く。

 

「生きてるぜェ…?」

 

生きている。

 

その言葉に安堵し、紫苑の胸が熱くなった。

 

しかし…晋助はそんな紫苑に構うことなく続ける。

 

「だがなァ、アイツらは好き勝手進みやがった。俺達ァ、最初こそ同じもんを目指していたと思ってた。だがよォ、結局は全員違う場所を見ていたってこったァ。辰馬は天人を相手に(あきな)いをする“快援隊”の社長となって宇宙を飛び回ってやがる。ヅラは…まぁ、俺とは違うやり方で倒幕を考えてらァ…」

 

坂本も桂も、形は違えど自分達の出来ることを考えているのだろう。坂本に至っては、攘夷戦争の時から宇宙に思いを馳せていた。そしていつか、宇宙を飛び回りたいと言っていたことを紫苑は覚えている。その夢を叶えたのだろう。

 

しかし、何故桂は…同じ倒幕を目指していながら、晋助と違う道を歩んでしまったのだろうか?そこに紫苑は疑問を感じずにはいられなかった。

 

そして、何より…肝心な人の名前が…紫苑がもっとも知りたい人の名前が、晋助の口から出てこない。

 

「兄さん、銀時…ッ、銀時は…生きているの?」

 

必死に、縋りつくように紫苑が尋ねる。

 

だが…

 

「知るか」

 

そんな懇願も、恐ろしい殺気とたった一言の言葉で切り捨てられた。

 

「知るか、って……なんで?だって、一緒に攘夷戦争を乗り切ったんでしょ?何で辰馬とコタローのことは知ってるのに、銀時のことだけ知らないの?何で…教えてくれないの!?兄さん!!」

 

必死に叫びながら恋人の生死を意地でも聞き出そうと詰め寄るが、その刹那…紫苑は目を見開く。

 

「ちょ、晋助様!?な…何をしてるッスか…!!」

 

来島が…いや、その場に居た武市、そして河上も驚いたように晋助を見つめる。

 

しかしそれ以上に、紫苑が誰よりも驚愕していた。

 

否、信じたくなかった。

 

「同じことを何度も言わせるな、紫苑。俺ァ、銀時(ヤロウ)のことァ知らねェ。今度同じことを聞いたら…例えオメェでも、容赦なく叩っ斬る」

 

紫苑に向けて刀を突き付けたのだ。紫苑の目の前に、晋助が向けた刀の切っ先がある。

 

何の冗談だろうか?

これは夢だろうか?

優しかった兄が、自分に刃を突きつけるなど…何かの間違いではないだろうか?

 

「兄…さん…?」

 

驚きと悲しみの入り混じった声で兄を呼ぶが…

 

「…来島、オメェが紫苑を部屋まで案内してやれ。気が変わった」

「えっ!?あ、はいっ!!」

 

その声は、届かなかった。

 

晋助が部屋から出て行き、部屋を支配していた緊張が一気に解ける。と同時に、紫苑はその場に崩れ落ちた。

 

「大丈夫でござるか?」

 

その身を案じた河上が紫苑に声を掛けるが…

 

「な、んで…っ…、兄さんッ…」

 

河上の声は紫苑には届いておらず、その瞳からはパタパタと涙が零れ落ちていた。

 

そして…

 

「ねぇ…生きてるよね…?無事よね…?」

 

唯一、安否の分からない…

 

「銀時ッ…、銀、時ッ……!!」

 

恋人の名前を、何度も何度も呼び続けた。

 

 

 

再び兄の元に戻り、そして鬼兵隊の副官というポジションに戻った。しかし、紫苑の心はいつも晴れず…。宛がわれた自室に居る時は、いつも窓の外を眺めてボーッと考え事をしている。時々、来島が来てはワイワイと女同士の話に花を咲かせるが、それ以外で紫苑が感情を表に出す事は無かった。

 

兄である晋助の前ですら…もう、以前のように笑う事は出来なくなっていた。

 

日課と言えば、新聞に目を通す事と、テレビのニュースに目を通す事。それは、仲間だった桂の安否を確認すると同時に、銀時の情報を得るためだった。直接晋助から聞けないのであれば、自分で探す。そう意気込んだものの、鬼兵隊は今や超過激派の攘夷志士であり、真選組が常に目を光らせている。何処から流れたのか、紫苑が鬼兵隊の副官となったことも世に知れ渡り、迂闊に外には出られない状態となってしまった。

 

紫苑にとって、唯一の情報源はもはやテレビと新聞だけなのだ。

 

一度、幹部の誰かに聞いてみようかと思ったこともあったが…そこから晋助の耳に入ることは明白だった為、やめた。

 

(私は…今の鬼兵隊の幹部を、心の底から信じることは…出来ない)

 

来島は純粋に自分を慕ってくれている。それは有り難かったし、唯一紫苑も来島にだけは本来の自分を見せることができた。しかし、武市と河上…否、この鬼兵隊に所属する誰もが自分の敵であるかのようにすら感じたのだ。

 

「……最初は、嬉しかったんだけどね……」

 

晋助と再会した時は心の底から安堵したし、とてつもなく嬉しかった。

 

しかしそこから、奈落へと叩き落されたのだ。

 

鬼兵隊副官と呼ばれてはいるが、実質…紫苑はただ船の中に居るだけで何もしない。もちろん、攘夷戦争の時とは違うから毎日が(いくさ)というわけではないことは百も承知だ。紫苑自身、戦う事はあまり好きではないため戦わないのならばそれにこした事は無いと思ってはいるが、(いくさ)だと言って江戸の町に下りる時も…他の幹部は従えるのに、晋助はいつも紫苑だけを船に残して行く。まるで…混乱に乗じて逃げ出してしまうことを危惧しているかのように。いつも「本陣はオメェに任せる」と言ってはいるが…どこまでが本心なのか、分からない。

 

“鬼兵隊の副官”という名の鎖でつながれている気分にすら陥る。

 

「私は…何の為に呼び戻されたのかしら…?何の為の、“副官”なのかしら?」

 

鬼兵隊の隊士達と剣の手合わせをすることもあるが、それも最近では数が減ってきた。武器が剣ではなく、もっと優れた銃などに様変わりしたからだ。剣の相手をしている時が、唯一自分の存在を認められているかのようにすら思えたのに……今ではもう、それすら感じない。

 

「…ただ、ここに居るだけ。私は“鬼兵隊の副官”という人形(かざり)…」

 

鬼兵隊の作戦会議には当然副官として出席する。しかし、そこでなされる話は…どうやって敵を制するかという話ではない。

 

“どうやって、敵を陥れるか”、そして“誰を駒として利用(つか)うか”という話ばかりだ。

 

一体…何処で、晋助の人生は狂ってしまったのだろうかと…何度も何度も思った。しかし、考えれば考えるほど…

 

自分が攘夷戦争の時に、本軍から離れてしまったせいなのではないかと…そう、思ってしまう。

 

だから、言いたくても言えなかった。

 

“もう、こんなことはやめましょう?先生はこんなこと、望んでなどいないわ…”

 

昔の晋助ならば、この言葉も容易に届いただろう。しかし、今の晋助は遠すぎる。

 

もはや…今の鬼兵隊を率いる兄は、紫苑が誇りに思い、目標としていた兄ではなかった。

 

ただの“復讐の鬼”と化した、鬼兵隊の総督でしかなかった。

 

もう、あの頃の優しい兄はいない。しかしそう思っていても、分かっていても…どうしても、晋助の姿を見るたびに“もしかしたら”という淡い期待を抱いてしまうのだ。

 

「何で…兄さん、私の着物を着ているのよ…。信じたいって思っちゃうじゃない…ッ…」

 

それは、晋助の身に纏っている着物。あれは元々、紫苑の着物だった。蝶柄の着物で、その模様が気に入った紫苑は攘夷戦争の最中(さなか)、物資調達で店に立ち寄った時に2着の着物を買ったのだ。柄は同じで色違い。片方は紫、そしてもう片方は桜色。本陣から離れてしまった為、結局どちらも紫苑が袖を通す事はなかったのだが、その片方を晋助が身に纏っている。どうせ答えてはくれないだろうと思いながらも理由を聞けば、その時だけ酷く穏やかな表情で…

 

『紫苑という存在を忘れたく無かったからだ』

 

そう、言ったのだ。生憎、もう片方の桜色の着物の行方は分からないままだが…自分が欲して買ったそれを、晋助が好んで着ている。他の誰でもない、紫苑という存在を忘れない為に…。

 

まだ、晋助の中に紫苑という存在は確かに存在しているのだ。鬼兵隊の副官としてではなく、1人の大事な妹として。

 

「もう…ワケが分からない…」

 

晋助が今、何を考えているのか。倒幕とは言っているが、本当にそれだけを目論んでいるのか。常に晋助は“この国をぶっ壊すだけだ”と言っているが、その言葉の真意が分からない。来島と話した事もあったが、やはり来島も同じらしく2人で首を傾げたくらいだ。

 

国を壊すというのは、幕府を討つという意味なのか。それとも本当にこの国諸共破壊するという意味なのか。

 

晋助の真意が…分からない。

 

「こんな時…銀時だったらパパッと言い当ててくれるのにね…」

 

彼から貰ったかんざしを見つめながら、紫苑は思いをはせる。誰かが間違った道に進みそうになったら、必ずそれを誰かが止めていた。時には晋助が、時には紫苑が、時には桂が、時には坂本が、そして…時には銀時が。そうやって支え合って進んできた道も……今となっては先の見えない迷宮だ。

 

今の鬼兵隊に、晋助を止める者は居ない。紫苑がどんなに止めても、その声は届かない。だったら止めても無駄だと…いつしか紫苑も諦め、口を挟むことをやめた。

 

何もかもが無駄だと…そう、諦めた。

 

「……けど、本当にこれで…いいの…?」

 

諦めたつもりでいた。けれど、諦めようとすればするほど…

 

 

『よっしゃ、次の戦いは俺最前線で行くわ!!』

『おー、銀時は気合が入っちょるのぉ!!』

『先に突っ走るのはいいが、くれぐれも迷子になるなよ』

『そん時ァ、お前を放って行くだけだ』

『うわーっ、兄さんってば容赦ないねぇ~!!大丈夫、私が大声で天パーッって叫んであげるから!!』

『何、その探し方!?限りなく嫌がらせに近くね!?』

 

――アハハハハハッ!!!

 

 

他愛ない事で、皆で笑い合っていた昔の事を思い出す。

 

まるで、諦めるなと…そう言うかのように…。

 

しかしどうすれば晋助が自分の言葉に耳を傾けてくれるのかも、どうしたら以前の優しい兄に戻ってくれるのかも…今の紫苑には分からない。あるいは、晋助の望みを…討幕を成し遂げれば以前のような優しい兄に戻ってくれるのかもしれない。しかしそれでは何の解決にもならないのではと…紫苑は悩む。

 

本当の意味での解決は、晋助の望みを叶える事ではない

 

本当の意味での解決は……

 

「…できるかしら…今の私に…」

 

晋助の目を覚まさせること。

 

これ以外に無いのだ。

 

晋助にとって、まだ自分の事を大事な妹と思ってくれてるのであれば…。

 

何度も何度も言い続ければ…届くかもしれない…。

 

「……だって、(いくさ)に行く前にみんなで約束、したじゃない…」

 

 

――戦争が終って、全員が無事に生きて戻れたらその時は………

 

 

「まだ、あの時の約束…果たせていないわよ…?」

 

 

だから、こんな事はもうやめましょう…兄さん…?

 

 

瞳を閉じ心を落ち着け、そしてゆっくりと目を開ける。

 

その深い紫色の瞳は、強く真っすぐと先を見据えていた。

 

(覚悟を決めよう。……鬼兵隊から抜ける覚悟を。兄と妹という縁を切るという覚悟を。……最悪、兄さんに殺されるという覚悟を…)

 

ギュッと刀を握る手に力が籠る。

 

何度も感じていた事だ。

 

自分と“鬼兵隊”の温度差。

そこに紫苑の居場所などない。

 

復讐鬼と化した兄の姿。

それを止めるのは妹である自分の役目であり使命。

 

紫苑が求める居場所は、殺伐としてはいたがそんな中でも互いを思いやる優しさに溢れていた鬼兵隊。

紫苑が求める晋助(あに)は、厳しく不器用ではあったがとても優しく自分と仲間を大事にしていた人。

 

決して、今の鬼兵隊ではない。

決して、今の晋助(あに)ではない。

 

“今”に、紫苑の求めるものは何も無いのだ。

 

「……初めてね、兄さんに反抗するなんて…」

 

下らない事で喧嘩をする事は何度かあったが、それでも次の日には互いに謝って笑い合って許し合った。

 

しかし、刀を片手に喧嘩というのも物騒なものだと…紫苑は悲しみの微笑みを浮かべる。

 

だが、思い残すことは…この鬼兵隊には何も無い。

 

ただ、最後に…いつも良くしてくれた来島にだけは会っておきたかった。

 

(もう、二度と会えないだろうから…さよならを言わなきゃ…)

 

唯一、鬼兵隊の中で心を許せた存在。晋助以上に心を許せた存在…。一方的な思いだったかもしれないが、“友達”だと思えた存在。

 

そんな彼女にだけは…別れを言わなくては。

 

きっと引きとめられる事だろう。

 

けれど、誰に引きとめられようとも…もう紫苑の決意は揺らがない。

 

刀を持ち、紫苑は自室だった場所を後にする。持ち物は2つ。

 

 

刀と、大切なかんざし。

 

 

(元より私は、これしか持ち物が無かったのだから…)

 

 

極力人に見つからないようにそっと移動し、来島の部屋へと向かう。扉をノックすれば元気のよい返事が聞こえてきた。

 

「誰ッスか?」

「私、紫苑よ。また子……ちょっといいかな?」

「紫苑ッスか?もちろん!!」

 

共に時間を過ごすことで、堅苦しい呼び方は無くなった。普通に話すようになって笑いあって…。思えば、女友達は彼女が初めてだったなぁと…そんな事を考える。開かれた扉からは、いつもの露出度の高いそれとは違う着流し姿。もう寝る準備をしていたのだろう。しかし、紫苑の姿は…初めて来島と対面した時の姿。つまりは、戦装束だ。

 

「…どうしたッスか?そんな格好して…?晋助様から何か…」

「また子、話があるの。あまり人に知られたくないから…」

「だったら中に入るッス!!」

 

迎え入れられた来島の部屋で、紫苑は椅子に座るよう促されるが…それを断り真っすぐと来島を見つめる。

 

「また子、私の話を何も言わずに聞いて。そして出来れば…何も言わずに、見送って…」

「紫苑…?」

 

不安そうな来島の声に微苦笑を浮かべながら、そして…

 

「私は……これより、兄・晋助の元に行き…鬼兵隊の脱退を申し出る」

「なっ…!?何を言ってるッスか!!そんなことしたら…!!」

 

来島の言わんとしている事は分かっていた。鬼兵隊の脱退は直結して裏切りとなり、その場で処刑となる。晋助の機嫌が良ければ、その場で即処刑ではなく…逃げ出すターゲットを幹部達や鬼兵隊の隊員達に追わせてじわじわと追い詰めるという処刑(ゲーム)になることもある。また、晋助が手放したくない存在である場合も然り。そうすることで「こんな仕打ちを受けるぐらいなら戻った方がマシだ」と言って戻ってきた者も少なくは無い。

 

「分かってる、処刑…されるわ」

「だったら、何で…!?」

 

何故、と問われればいろんな思いが交差する。

 

理由は沢山あった。

 

けど、確かな理由があるとすれば、それは…

 

「今の兄は…私の尊敬した兄ではない。攘夷戦争で共に動いていた時の兄は……」

 

 

『いいか、副官の紫苑の命令は俺の命令だと思え。紫苑に付き従う者は、紫苑に命を預けろ。我ら鬼兵隊は、俺と紫苑、そしてお前達の力があってこその鬼兵隊だ!!(いくさ)に出る時は覚悟を決めろ!!死ぬ覚悟じゃねェ!!戦い抜いて、生き抜く覚悟だ!!』

 

 

「仲間を思い、常に先陣を切って走り、傷付いた仲間の為に怒って敵を制する…そんな人だった」

「……紫苑……」

「今の兄さんからはね、“復讐”という感情しか感じられない。昔の兄さんは優しくて仲間をとても大切にしていたの。……私の話を聞いても信じられないでしょ?正直に言っていいわ。誰にも言わないから…」

「……正直、信じられないッス。優しい晋助様というのが…。い、いや!!今も十分優しいッスけど…!!」

「うん、そうね…また子の言う通り、今も優しいとは思う。けれど……」

 

今の晋助の瞳は、昔のそれとは随分と変わってしまった。

 

あんなにもギラギラとした…獲物を狙うハンターのような瞳では無かった。

 

「昔はね…あんなに鋭い()じゃなかったの。もっと…温かい、優しい()だった…」

「そう…なの…?」

「うん、そうなの。多分、あの時の仲間が見たら…今の兄さんからは離れてしまうわね…。コタローが何故、鬼兵隊に入らなかったのか…分かったような気がする…」

 

そして、もし銀時が今の晋助を見たら…間違いなく、殴り飛ばすだろう。「なんっつー目をしてんだ、コノヤロー!!」と言いながら…。

 

「そんな事を色々考えてたらね、私の居場所は今の鬼兵隊には無いって…そう思った。それと同時に…兄さんの目を覚まさせなければならないとも思った」

 

来島は小さく「まさか…」と漏らす。それに紫苑は小さく頷いた。

 

「喧嘩、してくる。久々の兄妹(きょうだい)喧嘩を…ね?」

「喧嘩って…!!駄目ッス!!そんなことしたら、紫苑が…!!」

「本当に馬鹿よね。刀をぶつけ合う兄妹(きょうだい)喧嘩なんて…。命がいくつあっても足りないわ」

 

けど、と…来島の目を真っすぐと見据え、微笑んでいた口を横一文字に正して…

 

「今、兄さんが行っている行為は…間違っている。確かに国が…幕府が憎いという気持ちは私も同じ。けれどこんなやり方は……誰も、望んでいないの。攘夷戦争で共に戦い散って逝った元鬼兵隊の仲間達も、今もどこかで己の信念を貫こうとしている幼馴染達も、そして……」

 

目を閉じれば鮮明に浮かぶ…恩師の笑顔。

 

「私達がとても大切に思っていた、今は亡きあの人も…」

 

そして、何より紫苑自身が…望んでいないのだ。

 

復讐にしか興味を持たない晋助の姿など…。それによって関係のない一般人が巻き込まれて犠牲になることなど…。

 

「けど、今の兄さんを止める事は誰にもできない。だから…」

 

今の幹部達は晋助に従うだけで自分の意見は決して言わない。

 

晋助を止める、なんてことは絶対にしないだろう。

 

だったら、その役目は…

 

「せめて、妹である私が命を掛けてでも目を覚まさせなきゃね…」

 

妹である紫苑の役目だ。

 

ふわりと笑う紫苑に、困惑する来島。

 

来島は幹部の立場だ。もし、紫苑の処刑が決まれば…その場に同席しなければならなくなる。それが直接、晋助が手を下すにしても、ゲームと称した処刑をするにしても…結果的に、紫苑の処刑には必ず居合わせなければならない。

 

止められるものなら是が非でも止めたい。

 

しかし…

 

「止めても駄目よ?私、兄さんと一緒で頑固だから…一度決めた事は何があっても曲げないの」

 

それを見越して、紫苑が言った。

 

「そんな事言われたら…止められないじゃないッスかっ…」

「うん、また子は優しいから…きっと止めると思って。だから、自分が止められなかったせいでって…そんな風に苦しんで欲しくなかったから…その言葉を言わせなかった。ごめんね?私、卑怯よね…?」

 

そっとその頭を撫でれば、来島は俯く。泣くまいと我慢しているのだろう。そんな来島を抱きしめ、そして…

 

「ごめんね、ありがとう。この鬼兵隊…私にとっては居心地が悪かったけれど、また子との時間はとても楽しかったわ。私にとって貴方は、唯一の友達だった…。また子が私の事をどう思っていたかは分からないけれど…私にとって、貴方は唯一無二の女友達だった…」

 

紫苑の言葉を受け、来島も紫苑に抱きつく。紫苑の胸に顔を埋め、肩を震わせる。ポンポンとあやすようにその背中を撫でていると、小さな声が聞こえてきた。

 

「私にとって…紫苑は姉上のような存在だったッス…!!凄く優しくて、頼りになって、話してて楽しくて…ッ!!姉上がいたらきっと、こんな感じなんだろうなって…!!紫苑みたいな姉上だったら欲しかったなって…そう、思ったッス…!!」

 

震える声から紡がれた言葉は、来島の心からの言葉。それを受け、紫苑は驚いたように目を見開いたが…フワリと笑い、ギュッとその身体を抱きしめる。

 

「うんうん、そうだね…。また子みたいに可愛くて、おてんばで…けれど優しくて素直な子が妹だったら、私も幸せだったなぁ…」

 

けれど、これから紫苑がしようとしている事は鬼兵隊を…来島を裏切る行為。

 

「こんな、駄目なお姉ちゃんでごめんね、また子…」

「そんなこと、無い…!!私は凄く楽しかったし、幸せだったッス…!!」

「それが聞けてうれしいよ。あぁ、もう悔いはないや…!!」

 

互いに離れると、来島の頬にはいく筋もの涙の痕が。紫苑の表情は…悲しげな笑み。

 

 

あぁ、できる事ならば…

本当の兄の姿を知って欲しかった。

 

出来る事ならば…

今の鬼兵隊ではなく、あの頃の鬼兵隊で出会いたかった…。

 

 

そんな思いを紫苑は一瞬にして払拭し、スッと来島に背中を向ける。

 

「じゃあ…さようなら、また子。次に会う時は…」

 

処刑場で…

 

悲しい響きに、また…来島の頬を涙が伝う。

 

パタン、と扉を閉め…紫苑は扉に背中を預けて天井を仰ぐ。

 

「別れも告げた…もう、思い残す事はない…。いや、1つだけ…」

 

結局、最後の最後まで銀時の生存は…分からないまま。何度も来島に聞いてみようかと思ったが、それにより来島に迷惑が掛かってはいけないと自重していた。

 

「銀時…どこかで、生きてるよね…?銀時は強いから…。けど、ごめん…私はもしかしたら、これが最後になるかもしれない。折角プロポーズ…してくれたのにね…。ごめん…ごめんねっ…!!……愛してる…ッ、大好き…!!今も、この気持ちは…変わらないッ…!!」

 

貴方が幸せならば、私も幸せ。だから、貴方は貴方らしく…いつものように、笑っていて下さい…。

 

自然と零れる涙を拭い、紫苑は深呼吸を繰り返す。目を閉じ精神を落ちつかせ…カッと目を見開いた。

 

「……さぁて、喧嘩といきますか……」

 

ニィッと口角を吊りあげて、紫苑はその場を後にする。

 

 

向かう先は……

 

兄である晋助の部屋…。

 

 

その気配が去るまで、ずっと扉の前に居たまた子は…紫苑の言葉に驚愕した。

 

「プロポーズ…って、何ッスか…?それって……結婚が決まってたって事ッスか…?」

 

その時、来島は今までの人生で初めて深く後悔した。

 

まさか、銀時と紫苑の関係がこんなにも大切なものだとは思いもしなかったのだ。晋助からは“坂田 銀時の生存については紫苑には言うな”という緘口令(かんこうれい)が布かれていた。故に、伝えたくても伝える事ができなかったのだ。

 

しかし、こんなことになるならば……そっと教えてあげるくらいしてもよかったのではないかと、今更ながらに悔やんでしまう。

 

そうすれば、目を盗んで会うことぐらいは出来ただろう。何せ、高杉一派と銀時は機械(からくり)技師を巻き込んだ(いくさ)の時に出くわしていたのだから…。

 

「……ッ、できの悪い妹で…ごめんッス…ッ…」

 

愛する者の生存も分からず、愛する者との再会も叶わず、処刑されるなど…何と悲しい結末だろうか…?

 

 

しかし、どんなに後悔しても…もう紫苑の歩みは止まらない。

 

例え全力で来島が止めたとしても、恐らく紫苑は来島を気絶させてでも晋助の元へと向かうだろう。

 

 

もはや、この先の運命は…

 

紫苑と晋助にしか分からないのだ…。




(2011年6月21日 にじファン初投稿)
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