恋空~春、夜空の下で~   作:雪音

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【第六訓】追憶 ~決別~

長い長い廊下は、まるで死刑台に向かっているかのようだ。

 

時々、すれ違う鬼兵隊の隊士達が紫苑の戦装束(いでたち)に驚いたような表情を見せるが、何より紫苑から零れ出ているただならない殺気に誰も、何も言う事が出来ずにいた。何か言えば、その場で斬り捨てられそうな…そんな雰囲気をかもし出していたのだ。

 

紫苑とすれ違った者達はそれぞれ、思った。

 

流石は、あの高杉 晋助の妹だと…。

 

 

 

晋助の部屋の扉の前まで辿り着くと、紫苑は小さく深呼吸をした。一応は話し合いのつもりだが…あの言葉を決して忘れたわけではない。

 

 

――例えオメェでも、容赦なく叩っ斬る

 

 

それは、銀時の生存について聞いたときに言われた言葉。その殺気からして、言葉に偽りはない。一応、“話し合い”のつもりで来たが、それと同時に“喧嘩(しょけい)”も覚悟の上で来ているのだ。

 

(私の言葉が届かないのならば…)

 

ギュッと己の刀を握り締める。もし、言葉が届かないのであれば…もう、力ずくで止める以外に方法はない。晋助に勝てるとは最初から紫苑も思ってはいないが、一矢報いるくらいは出来るだろうと思っていた。

 

(ホント、世界一不器用な兄妹(きょうだい)よね、私達…)

 

今となってはこんな方法でしか晋助を止める事ができない。刃を交えなければ話をすることも出来ない。

 

昔は…違っていたはずなのに。

 

小さく息を吐き、意を決したように扉をノックする。すると、中からは晋助とは違う男の声が聞こえた。

 

(……万斉がいるのか…)

 

これはまた面倒な、と内心で悪態を吐く。

 

「夜分に失礼、兄さん…大事な話があるわ」

「ほぉ…そんな大層な殺気を身に纏って“話”たァ…確かに大事な話らしいなァ…」

 

ククッと喉を鳴らして笑う兄の声が聞こえる。

 

やはり、気付いていたかと嘆息し…ゆっくりと扉を開けた。

 

部屋には最初に返事をした河上と、武市もその場に居た。何でよりにもよってこんな時に揃っているのかと、何度目か分からない悪態を内心で吐く。一方の河上らは、突然現れた紫苑にも驚いたが、その出で立ちにも驚いた。紫苑の出で立ち、それは戦装束…。

 

「よぉ、(あに)に会いに来るのに、随分とめかし込んでるじゃねぇか…」

 

まるで全てを見透かしていると言わんばかりのその瞳。

 

本当は、口で直接言いたかった。

 

貴方は間違っている、と…。昔の貴方に戻って、と…。

 

しかし、紫苑に向けられた視線が、紫苑に向けられた殺気が…全ての言葉を拒絶すると物語っている。

 

どこかで諦めてはいた。もう…言葉は届かないだろうと。

 

ならば自分はもう、今の鬼兵隊に用はない。紫苑は晋助の座る場所まで歩み寄り、そしてスッと頭を下げた。

 

「……紫苑さん?」

 

武市が不思議そうに紫苑を呼ぶ。河上は何も言わず、ただその様子を傍観していた。そして、当の晋助は…

 

「………」

 

冷徹な瞳で、頭を下げた紫苑を見下す。

 

(これは、予想以上にやばそうね…)

 

凄まじい殺気に、紫苑の額に冷や汗が伝う。しかし、もう後戻りは出来ないし、するつもりもない。

 

紫苑の口が…開く。

 

「本日限りで、鬼兵隊を脱退させてもらいたく参上仕りました」

 

武市・河上が驚く中、晋助だけはまるで予想していたと言わんばかりに口角を吊り上げる。

 

「だろうなァ…。いつそう言って来るかと楽しみにしてたぜェ…?」

 

楽しみにしていたとは果たしてどういう意味なのか…。やはり、今の晋助が考える事は分からない。そんな紫苑の困惑をよそに、クッと口角が吊り上ると同時に、鋭い視線が紫苑を睨み付ける。

 

「まァ、興味はねぇが…一応理由を聞いてやろうじゃねぇか…。鬼兵隊副官というポジションにいながら、何が不満なんだ?アァ?」

 

何が不満かと問われれば、色々とグチグチと言いたくなる。

 

しかし、シンプルに一言で片付く言葉を紫苑は持ち合わせていた。

 

何が不満なのか、その問いの答えは…

 

「全て」

 

晋助を含めた“今の鬼兵隊”を否定する言葉だった。晋助の予想と違っていたのか、一瞬…晋助の表情が変わったがすぐに余裕の笑みを浮かべる。それと同じように、紫苑もまた口角を吊り上げた。

 

「全てたァ、また随分と曖昧じゃねぇか…。なんだァ?攘夷戦争ん時みたいに、最前線で人殺しでもしたいってか…?」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、このクソ兄貴。私は……このイカレた鬼兵隊(・・・・・・・)の全てが気に食わねぇつってんだ…テメェも含めてなァ…」

 

突然豹変した紫苑の言葉。人生で初めて、紫苑は兄に向かって暴言を吐く。攘夷戦争ではいくらでも敵に対して吐いた暴言。しかし、仲間と兄にだけは決してこのようなことは言わなかった。

 

だが、紫苑はもう“話し合い”は諦めていた。

 

「面と向かって否定する。私はこの“鬼兵隊”を…“鬼兵隊”だとは認めない」

 

そして…と、続けざまに…

 

「今のアンタを、兄とも思わない」

 

言った。

 

出来れば、一番言いたくなかった言葉。どんなに変わってしまっても、晋助が自分の兄である事に変わりは無い。しかし、もうこんな復讐に囚われるだけの兄など見たくはなかったのだ。

 

 

昔…まだ子供の頃に私塾で桂に教えられた事…。

 

『いいか、紫苑?もし、晋助のことが気に食わないと思ったときには思いっきり晋助に向かって“嫌いだ”と言ってみろ。あ奴のことだ、必死になって許してくれと言ってくるぞ』

 

何気ない会話だった。悪戯っぽく笑いながら桂の言った言葉に、じゃあいつかそんなことがあったら試してみるねと紫苑は言った。

 

 

(まさか、それが今だなんて…ホント、笑っちゃう…)

 

ピリピリとした空気に、明らかに武市がオロオロし始めた。河上は成り行きを見守るようにただ見ているだけだ。

 

スッと…晋助が立ち上がる。

 

と同時に…

 

 

――キィィィィン!!!!

 

 

晋助が抜刀した。それに素早く反応し、紫苑も抜刀して晋助の太刀を己の刀で受け止める。

 

「ほぉ、随分言うようになったじゃねぇか、紫苑…」

「いつまでもアンタの後ろをチョロチョロついて回る私だと思うな」

「今の鬼兵隊が鬼兵隊じゃないだァ?今の俺が、俺じゃないだァ?」

 

晋助の押す力が増した事に気付いた紫苑は一度、離れて間合いを取る。刀を構えたまま晋助は床を見つめていた。紫苑は刀を構えたまま、いつ晋助が攻撃してきてもいいように体勢を整える。

 

「ククッ…」

「何が可笑しい?」

「そりゃ、可笑しいさ…」

 

その言葉と同時に、一瞬紫苑の目の前から晋助の姿が消えた。

 

だが僅かな気配で、俊敏に反応する。再び、刃の交わる音が部屋に響き渡った。

 

ガチガチという刀同士がぶつかり合う音。そして、ぶつかり合う鋭い視線。

 

真っ直ぐと、自分を見つめる晋助の瞳、そして自分に向けられたその言葉で…

 

「そりゃ、テメェが変わっちまったからだろうよ。俺ァ昔から何も変わっちゃいねェ。ただ、先生の仇を討つ、そしてこの世界をぶっ壊す。昔も今も、俺の思いは変わらねぇし、鬼兵隊もまた変わらねぇ。それを変わったと感じるってこたァ、単にテメェが腑抜けになっちまっただけだァ、紫苑…」

 

紫苑の中に僅かに残っていた希望も、音を立てて崩れ落ちた。その瞬間、紫苑も決意を改める。

 

話し合いは不可。

 

だったら…

 

「そう、私が変わったと…そう言いたいの…。だが残念だったな…」

 

もう、手を抜いた鍔迫り合いなど無用だ。紫苑はありったけの力を込めて、晋助を押し返した。予想していたのか、今度は晋助が後ろに飛び退き何事も無かったかのように着地する。

 

「…私とて今も昔も変わらない。ただ…」

 

 

――紫苑、お前は優しい子だから大切な者を護るためにこの剣を振るいなさい。そして、仲間が誤った道を歩もうとした時は…お前が止めてあげなさい。きっと、お前の優しい言葉ならばどんな者にでも届くでしょう…。

 

 

ごめんなさい、先生…。護るためじゃない刀を…他の誰でもない兄に向ける事になってしまいました。けれど…

 

「己の剣で、己の信じる道を切り拓く…それだけだっ!!」

 

もう、兄には私の言葉など届かないのです。剣の道しか知らない私達は…

 

「切り拓くだァ?テメェ、まさかこの鬼兵隊から無傷で逃げられると思っているわけではあるめぇな?」

「はっ、言ってろ!!私は、攘夷戦争終盤は独りで戦い続けた!!確かにアンタは強い。けど…」

 

こうすることでしか…

 

「簡単にやられるほど、やわじゃないっ!!」

 

もう、分かり合えないみたいです…。

 

ごめんなさい、先生…。

貴方は私達に、いつまでも仲の良い兄妹(きょうだい)でありなさいと仰っていましたが…

 

どうやら、それも今日で終わりのようです。

 

そちらでもし、お会いすることがありましたら…存分に私を叱ってくださいな。

 

私は貴方の説教を、甘んじて受けましょう。

 

 

 

互いの斬り合いを、ただオロオロと狼狽しながら「やめなさい、紫苑さん!!晋助様も落ち着いてください!!」と何とか鎮めようとしている武市とは打って変わって、河上はサングラスの奥から2人の様子を見つめるだけ。そしてクッと口角が釣り上がる。

 

(やはり兄妹(きょうだい)でござるな。静かなクラシックから…ロックへ…。いや、やはりロックなんて甘っちょろい曲調ではござらん。これを例えるならば、激しさの中に更に激しさを持つ…音楽の中でももっとも荒々しい…ヘビメタ…)

 

これは面白くなってきたと、河上はただただ2人の戦いを傍観していた。

 

「言うだけあって強くなったじゃねぇか、紫苑…。やっぱ、テメェは“紫怨(しおん)の鬼”だなァ…」

「その名を……呼ぶなァァァァッッ!!!!!」

 

二つ名を他の誰でもない兄に呼ばれ、完全に理性が切れた紫苑は腰から抜いた鞘で隙だらけだった晋助の脇腹に一太刀入れる。流石に反応仕切れなかった晋助は、それを受けて膝をついた。

 

「……ッ…!!ククッ、剣と鞘を使っての戦い…。久々に見たぜェ、テメェの本気をよォ…」

 

まさかあの晋助が膝をつくほどの攻撃を繰り出すとは思わなかった武市と河上は流石にこのままではまずいのではないかと思い始める。しかし、晋助からの指示が無いまま手を出せば、標的が自分に代わることは目に見えていた。

 

(とりあえずは様子を見ますか…)

(面白くなってきたでござる)

 

睨み合う2人、そんな2人をただ見ているだけの2人。だが…さすがに…と、河上は静かに手を上げた。

 

「何だァ?」

「邪魔すんな、万斉」

 

殺気と明らかな怒気の篭った2人の声に、武市が「何余計な事しちゃってるの!?」と頭を抱えていたが、それを綺麗に無視して河上が口を開く。

 

「このような狭い場所では、折角の殺し合いも楽しめまい。ここは一度、場所を移してはどうでござろうか?拙者も、主らの戦いのリズムに興味が湧いた。このような狭き場所で奏でるには、惜しいリズムでござる…」

 

その河上の言葉を最後に、部屋はシンと静まり返る。最初に沈黙を破ったのは紫苑だった。

 

「知るか、何処で殺し合おうが私の勝手。テメェに口出しをされる筋合いはねェ…」

 

叩きつけられた殺気を綺麗に流しながら、河上は晋助の方に視線を向ける。

 

「晋助、お主も同じ考えでござるか?」

 

問われて、晋助は…

 

「ククッ…何事もやるんだったら派手な方がいい…。もちろん、殺し合いもだ…」

 

ニイッと口角を吊り上げ、河上の提案に乗った。紫苑は何処で戦っても同じだと再び吐き捨てて晋助に切りかかったが、それを晋助はひらりとかわす。

 

「同じじゃねェだろうよ…。折角の殺し合いだ…。しかも、他の誰でもねぇ、テメェと()り合おうってんだぜェ?これを楽しまずに何を楽しむってんだ…」

「ふざけるな!!私は楽しんでなどいない!!ただこの決着を早く終わらせる、それだけだ!!」

「だったら……俺ァ場所を移さねぇ限り、剣は抜かねぇし、テメェとも()り合わねぇ…」

 

どうだ、それでもそんなことが言えるか?

 

晋助に問われ、チッと小さく舌打ちをする。そして、ギロリと河上を睨んだ。

 

「余計な事をしてくれたものだ…」

 

このまま晋助が動かないというのであれば意味が無い。それどころか、自分は一生この居たくも無い場所で飼い殺しにされてしまう。だったらここは素直に従うべきかと…不本意ながら、構えていた刀を下ろした。

 

「いいだろう、場所を移してやる。どこだ?」

「どこだ、だと?ククッ、テメェが一番分かってるだろうよ…場所は――…」

 

 

 

船内が慌しくなってきた。その理由が分かっている来島は、ベッドに潜り込み固く目を閉じていた。

 

いつ自分が呼ばれてもおかしくない。こんなにも船内が騒がしいと言う事は、もう紫苑が行動に出たということだ。外からは「副官が晋助様に斬りかかったらしいぞ!?」という声も聞こえた。

 

(紫苑ッ…!!)

 

果たして、紫苑は無事なのだろうか?以前話してくれたときは、「自分の剣は到底兄さんには及ばないわ」と苦笑していた。その言葉が何度も何度も、来島の脳内を掠める。

 

「あーっ、もう!!消えろ!!消えろォォッ!!」

 

嫌な言葉を払拭するように枕を殴り続け、そのままボスンと枕に顔を埋める。

 

(私は…どうなって欲しいんだ…?紫苑に勝って欲しい…?けどそしたら、晋助様が…。……ッ、どうしたらいいのか…分からない…)

 

紫苑を死なせたくはない。だが、紫苑が生き残るということは即ち晋助が斬られるということだ。来島は晋助を崇拝している。そして、勝手ながらに好いている。しかし、同じくらい紫苑のことも好きだ。

 

好きな人同士がこんなことになってしまうなんて…。

 

やはり、何をしてでも止めれば良かったと今更ながらに後悔しながら、慌しい通路の声に耳を傾けた。

 

「おい、闘技場の方に移動したらしいぜ?」

「闘技場?いやいや、この場合は処刑場って言った方が正しいだろう…」

「あぁ、確かになぁ…。しかしまぁ、副官も相当な手馴れと聞くが…お前、どっちが勝つと思う?」

「はぁ?…そりゃオメェ……いや、わからんなぁ…」

 

嫌だ、聞きたくない。

 

そんな話を、何で私の部屋の前でする?

 

「やっぱ晋助様じゃねぇのか?」

「バーカ、相手はその晋助様の妹だぜ?しかも、“紫怨(しおん)の鬼”だろ?こりゃ、久々に面白い戦いが見れそうだ…!!」

 

何が面白いものか。

 

兄妹(きょうだい)同士の殺し合いなど…悲しいだけではないか。

 

ぐるぐると渦巻く来島の思いは……

 

「テメェら!!ここが来島 また子の部屋の前と知っての騒ぎッスか!!煩くて眠れないじゃないッスか!!静かにしやがれ!!」

「ヒィィッ!?す、すみません!!」

 

扉の向こうに居る部下達への八つ当たりという形でひとまず、落ち着いた。

 

その時、来島の携帯が鳴る。着信は河上からだった。

 

(……ッ、つまり…闘技場(しょけいじょう)に来いって事ッスか…!!)

 

自分は幹部であり、そこに同席する必要がある。幹部として、裏切り者の結末を見るという使命がある。

 

いつもは馬鹿な奴だと鼻で笑っていたが…

 

「…冗談、きついッスよ…」

 

その表情は、悲しみに歪んでいた。

 

 

 

いつもは鬼兵隊の隊士達が互いの腕を磨き合う闘技場。しかし、そこは時と場合によって姿を変える。

 

罪人を裁く、処刑場へと…。

 

今まさに、闘技場はその姿を変えていた。周りにはこの戦いに興味を持った鬼兵隊の隊員達、そして河上・武市・来島といった幹部ら。

 

闘技場の中央には…

 

「じゃあ、仕切りなおしといこうや…」

「ふん…」

 

鬼兵隊の総督である晋助と、鬼兵隊の副官である紫苑の姿。

 

2匹の鬼(きょうだい)がまさに、殺し合いを始めようとしていた。

 

「精々、俺を楽しませてくれや…」

「楽しませる?残念だったな……私はそういう嗜好は…」

 

ダッと紫苑と晋助が地面を蹴る。

 

刀同士がぶつかり合う独特の金属音が響いた。

 

「…持ち合わせていないッ…」

「じゃあ、テメェは何の為に戦う?アァ?」

「最初はアンタの目を覚まさせる為だった。昔のアンタに戻って欲しいと思っていただけだった。だが…」

 

腰帯から鞘を抜き、ヒュンと振り翳すが今度はそれをギリギリでかわされる。

 

「それが叶わないなら、私は鬼兵隊を抜ける。そのために刃を振るう!!」

「鬼兵隊を抜けてその後はどうする?真選組はテメェを鬼兵隊副官として追っているぜェ?」

「だったら私は身の潔白を証明する為に、真選組に捕まろう。そこで…洗いざらい、鬼兵隊について…吐いてもいいんだぜェ…?」

 

ニヤリと口角を吊り上げる紫苑の姿に、その場にいた誰もがゾッとした。

 

今、晋助と対等に戦っているのは…本当にあの紫苑なのか?いつも自分達と手合わせをしてくれていた…厳しい中にも、優しさのあったあの女性なのだろうか?

 

そこに居るのは…

 

「ほら、かかって来い…。テメェの剣、叩っ斬ってやる…!!」

「ククッ、上等だ。やれるもんならやってみな。俺が、テメェを、叩っ斬る…!!」

 

“鬼”ではないのか…?

 

「やはり、こうでなくては面白くないでござる」

「しかしまさか、あの美しいお嬢さんがこんなにもお強いとは…。銃を撃つ以外脳のない猪女のまた子さんとは本当に大違いですね」

「武市変態、煩いッス。黙って死ねや」

「テメェが死ねや」

 

こんな軽口を叩いてはいるが、来島の内心は正直複雑であった。どちらかが勝てば、どちらかが必然的に重症を負う。下手をすれば、命を落とす。

 

(……晋助様…、紫苑……)

 

自分は…どっちに勝って欲しいのだろうか…?そんな葛藤の中、凄まじい斬り合いをただ呆然と見つめていた。

 

 

 

2人が剣を交えて…どれほどの時が経っただろうか?長いようであり、短いようであったが…

 

「ハッ…ハァ…ッ…!!」

「…ッ、どうした、紫苑?息が…上がってるぜェ…?」

「…その、言葉…そっくりそのまま送り返してやらァ…!!」

 

時間が経つに連れて、2人の息は上がっていく。それでも決定的な致命傷を互いに与える事が出来ず、双方の身体には各所に浅い刀傷が付いていた。紫苑の着ていた戦装束も所々ぱっくりと割れており、そこから鮮血が滲んでいる。

 

双方、力は互角。

 

一体…誰がこんな展開を予想しただろうか?否、誰もが予想してなどいなかった。まさか、こんなにも長く、こんなにも壮絶な戦いになるなどとは…。

 

「もうかれこれ1時間ですか…」

「…流石にどっちもきつそうッスね…」

 

肩で息をしている2人を、武市と来島が見つめる。しかし、河上だけがそんな2人を違う目で見ていた。

 

(いいや、アレはまだ牙を隠しているでござる。晋助も、紫苑も…どちらもまだ、ようやく前奏(イントロ)を奏で終わったに過ぎぬ。これからが…)

 

「よぉ、紫苑…ダラダラやっても仕方あるめぇ。そろそろ本気の殺し合いといこうや…」

「同感だ。さっさと終わらせて…」

 

鎮魂歌(レクイエム)という名のフィナーレでござるよ…)

 

クッと口角を吊り上げながら、河上はサングラスをクイッと上げる。双方をその瞳に捕らえ、それぞれのリズムを感じながら…この殺し合いを静かに見つめていた。

 

「私は鬼兵隊を抜けるッ!!」

 

先に仕掛けたのは紫苑だった。タンッと地面を蹴り、深く腰を落とす。

 

(足を切り落とすつもりか?いやァ、この目は…)

 

足目掛けて白刃が迫るが、しかし紫苑の瞳は違うところを捕らえている。そう…晋助の瞳だ。

 

(最初から、狙うは…)

(おもしれぇ、初っ端から…)

 

(貴様の首だ!!)

(俺の首を狙ってきやがった)

 

 

――ガキィィィン!!!!!

 

 

凄まじい金属音が、先程のそれとは比べ物にならない。そこでようやく、そこにいる全員が把握した。まだ2人とも、本気など微塵も出していなかったのだと…。

 

感じる殺気も、気迫も…数十秒前とは比べ物にならないほどがらりと変わった。場の空気が一変したのだ。

 

そうそれは例えるならば…

 

「あの頃を思い出すなァ…そうだろ、紫苑…?」

「攘夷戦争か?フン、思い出したくもない…あんな、無意味な負け(いくさ)などッ…!!」

 

攘夷戦争さながらの戦い。

 

2人が攘夷戦争で刃を振るっていたことはもちろん、この場に居る全員が知っている。だからこそ、思った。

 

攘夷戦争では、この程度の腕は当たり前なのだろうかと…。

 

「その負け(いくさ)を糧に俺ァ鬼兵隊を作り上げた。そして俺は、今度こそ…幕府をぶっ潰す…!!江戸の奴らが恐怖し逃げ惑う様は、大層見ものだろうよォ…!!」

「…貴様ッ!!無関係の人間まで巻き込むつもりか!?」

「この世界から天人を排除するためだ…仕方あるめぇよ…」

 

ニィッと笑う晋助、一気に頭に血が上る紫苑。バッと飛び退き、再び紫苑は刀を構える。同じように腰を落とし、狙いを定めた。

 

「同じ事を繰り返したところで無駄だぜェ…?」

 

また首を狙ってくる。それは紫苑の目を見れば分かった。再び刀で防ごうと構えたが…

 

 

――カンッ…!!

 

 

晋助の構えた刀に当たったのは、白を基調とした刀の鞘。

 

「…ッ!!…チィッ!!」

 

晋助の舌打ちに、ニヤリと紫苑が笑う。と同時に、紫苑の白刃がシュッと()ぐ。晋助の首元から血飛沫が舞った。

 

「…ククッ…どうだ?見下していた奴に斬られる気分は…?」

「アァ、悪くねぇ…。それでこそ、()りがいがあるってなもんだ…」

 

辛うじて体を捻ることで、白刃の軌道は逸れたが…晋助の首に赤い筋が出来る。深く傷付いたそこからは、ドクドクと鮮血が流れ落ちていた。

 

「さぁ、私が切り刻むが先か…貴様が失血死するのが先か…見ものだな…」

「いや、その前に…俺がテメェを…叩っ斬る…!!」

 

そう言うや否や、今度は晋助が低く身を屈める。それを察知した紫苑は、鞘で地面を突き高く飛翔する。

 

(よし、かわした…!!)

(チッ、飛翔()びやがった……!!)

 

晋助が薙いだ剣は空を切っている。今、晋助は隙だらけ。上から一突きにすればそれで終わりだ。紫苑が刀を構える。

 

これで、終わる。

 

殺せ、殺せ…!!

 

けど……

 

 

――本当ニ、ソレデイイノ?

 

 

(……ッ!!)

 

刀を構えた刹那、紫苑の脳裏を過ぎったのは…

 

 

『おい、紫苑…考え直せや。こんなチャランポランのどこがいいんだ?天パだぜェ?』

『こらァァァ!!晋助!!テメェ、天パは余計じゃぁぁぁぁ!!』

『あ、怒るところはそこなんだ…』

『アッハハハ!!げにまっこと、銀時は面白いのぅ!!』

『自分がチャランポランと言われて否定しないという事は、認めているということか…』

『おい、紫苑…今からでも遅くねェ。コイツにお前の将来を預けるのかと思うと……幸先不安すぎて眠れやしねェ…』

『そして晋助は心配性じゃき…!!人は見かけによらんっちゅーが…おまんら、これがよか例やとは思わんかえ?』

『確かに…』

『兄さん、遠回しにシスコンって言われてるよ?』

『テメェら、よっぽど死にてぇらしいなァ…!!』

『ギャァァァァ!!!!晋ちゃんタンマ!!何で怒りの矛先が俺ェェェェ!?』

『そこにテメェが居たからだ、この腐れ天パ!!』

『八つ当たりすんな、低杉ィィィ!!!!』

 

 

(な、んで…!!何で…何でっ…!!)

 

 

『ねぇ、攘夷戦争が終わったら…私達は何して暮らす?』

『そうさなァ…、全員で一緒に暮らすかァ?』

『はぁ?冗談!!俺は紫苑と2人で暮らす!!もう決めてるしぃ~?』

『ワシャ宇宙に行くぜよ!!』

『お前は相変わらずだな、辰馬。……そうだな俺は……まぁ、好きなように生きるさ』

『んだよ、結局全員バラバラになるんじゃねぇか…。まぁ、俺は絶対に紫苑と2人暮らし希望だけどなっ!!』

『フフッ…それも楽しそうだねぇ…!!あ、いいこと思いついた!!私達の故郷!!私塾は焼けちゃったけど…桜の木が1本残ってたでしょ? 戦争が終って、全員が無事に生きて戻れたらその時はその桜の木の下で、宴会しようよ!!』

『マジでか?いや、あんま騒ぐと先生にうるせぇって怒られるぜ?』

『他ならぬ先生だ、その時ぐらい大目に見てくれるだろうさ』

『桜の木の下で宴か…。確かに、悪かねェ…。それが夜の月見酒ならもっとオツだなァ…』

『ほりゃあ楽しみじゃ!!こら、簡単に死ぬわけにゃいかんぜよ!!』

 

――じゃあ、約束だよ…?死んだら仲間はずれだからね…!!

 

 

(今更ッ…!!)

 

楽しそうに騒ぐ仲間達と、優しく笑う晋助《あに》の姿。

 

(もう、あの頃の晋助(あに)と今の晋助(コイツ)は…違うのよッ…!!)

 

必死に否定しようと刀を振り下ろすが…

 

(何でっ…動かないのよっ…!!)

 

紫苑の腕はカタカタと振るえ、微動だにしなかった。

 

「……紫苑のリズムが狂ったでござる……」

 

ポツリと呟いた河上の言葉に、武市と来島が「え?」と一瞬視線を外す。河上の方に視線を向けたそのホンの数秒の間。

 

その数秒の間に…

 

「オイオイ…考え事たァ、余裕じゃねぇか……。なぁ、紫苑…?」

 

――ズシャッ…!!

 

「余所見してっと、はらわた…引き摺り出すぜェ…?」

 

僅かに乱れた紫苑の動きから隙を突いて、体勢を整えなおした晋助が紫苑の脇腹に刃を突き立てた。反射的に紫苑も体を捻らせたが完全にタイミングが遅れる。

 

「ガハッ……!!」

 

深く抉られた脇腹からは血飛沫が飛び、口内には鉄の味が広がった。そのまま、ドシャリと紫苑は地面に叩きつけられ、紫苑が蹲るそこにはじわじわと赤が広がり、血溜まりができる。少し離れたところに居た晋助は、ゆっくりゆっくり紫苑に近づく。刀を構え、ニヤリと笑いながら。

 

(このままじゃ…殺される…!!立たなきゃ…!!立って戦わなきゃ…!!)

 

しかし、さっきのことで紫苑ははっきりと分かった。

 

どんなに憎んでも、どんなに…今と昔では違うと言い聞かせても…

 

やはり、兄は兄であり…晋助を殺す事など…出来はしないのだと。

 

「悔しいか?テメェで仕掛けた(いくさ)に負けて…」

 

容赦なくドカッと足で体を蹴られ、強制的に仰向けにされる。目に映るは、闘技場の天井と自分を見下す晋助の姿。そして…

 

目の前に突き立てられる、晋助の刀の切っ先。

 

赤く染まったそれは、ライトに照らされ不気味な色をかもし出す。

 

 

あぁ…もう、死ぬんだ…

 

 

そう思ったとき、フワリと…紫苑の表情が緩み…微笑む。

 

「……何故笑う…?」

 

感情の欠片もない声で晋助が聞けば…

 

「分からない……、けど……やっぱり、これでよかったんだって…」

 

紫苑はそう答えた。

 

「……死ぬ事が出来て満足か?」

 

何故今更そんなことを、と…晋助の表情が訝しげに歪む。そんな晋助の表情を視界にとらえてゆっくりと首を横に振った。

 

「兄さんを殺すなんて…やっぱり、私には出来ない…」

 

例え昔と違ってしまっても。

 

もうあの時のように微笑んでくれなくても。

 

それでも…

 

「コタローにも、辰馬にも、銀時にも…もう会えないけど…」

 

その刃の切っ先を見つめながら…

 

「兄さんの手に掛って死ぬならば…いいかも、しれないなぁ…」

 

穏やかに微笑んだ。

 

そんな紫苑を見て、小さく晋助は舌打ちをする。

 

(…何だってんだ…、何で…テメェはそんなに…真っすぐであり続けられる?何で、俺の(やりかた)に染まらねェ?何で…ッ…!!)

 

 

『にーさん!!出陣するよー!!置いていくよー!!』

『バーカ、お前が先に行っても迷子になるだけだ』

『あーっ!!さりげなく方向音痴に仕立て上げたな!?』

『…ヅラと共に()(現在の南)の方角へ向かえと言ったのに、真逆に進軍していたのはどこの大将だったか…』

『わーっわーっ!!それまだ引きずる!?もうその話は忘れようよ!!』

『ヅラが大変だったってへばってたなァ…』

『うっわ…その笑い方ホントに、ムカつく…!!』

『お前も似たような笑い方だ』

『イヤーッ!!私、こんなドSスマイルしてたの!?イヤーッ!!』

『お前は俺をなんだと思ってやがるんだ…』

 

 

晋助の脳裏を過ぎったのは、攘夷戦争中に交わした他愛ない兄妹(きょうだい)の会話。当たり前のように笑っていた妹と、そんな妹のコロコロと変わる表情を面白可笑しく見つめていた自分。

 

 

そして思い出したのは…

 

紫苑と戦場で離れ離れになってしまったときの絶望。

銀時と背中合わせに涙を流したあの日の虚無感。

 

今…自分は何をしようとしている?

 

この刃を向けて、自分は今、何をしようとしている?

 

折角出会えた唯一の家族(いもうと)に刃を向けて何をしようとしている?

 

 

――自ラ、マタアノ虚無ヲ生ミ出ソウトシテイル……?

 

 

(……何やってんだ、俺ァ……)

 

自覚はあった。

 

最初に再会した時は素直に嬉しかったはずなのに、

次第に紫苑が、以前のように笑わなくなっていく姿を見て…苛立ちを覚えていた事くらい。

 

いつしか自分を見る紫苑の目が変わったことに、

気付いていながら気付かないフリをしていた事くらい。

 

そして……

 

いつか絶対に、紫苑がこんなこと(・・・・・)を起こす事ぐらい。

 

手に取るように分かっていた。

 

しかし、必死にあがき、そうではないと…違うのだと、晋助は己に言い聞かせてきた。

 

その結果が…

 

(…笑えねェ…)

 

ギリッと歯を食いしばる。

 

目の前に横たわる傷付いた妹は、“晋助に殺されるならそれでいい”と微笑(わら)った。

 

その笑顔がずっと…ずっと見たかった。

 

やっと取り戻したのに…

 

何故、自分が刃を向けた時にその笑顔を見せる?

何故、死の間際にその笑顔を見せる?

 

あるいは自分ではなく、他の誰かの前だったら…

 

紫苑はその笑顔を向けていたのだろうか?

 

例えば、同じ鬼兵隊の来島であったら?

例えば、共に攘夷戦争で戦った桂や坂本であったら?

 

例えば…恋人だった銀時であったら?

 

では何故、紫苑はその笑みを己に向けなくなった?

 

昔はあんなに笑ってくれていたはずなのに。久々に再会した時は戸惑いながらも笑ってくれていたはずなのに。

 

いつから、彼女は笑わなくなった?

 

(あぁ…そうか…)

 

紫苑が笑わなくなった理由。それをようやく…晋助は理解した。

 

(オメェから笑顔を奪ったのは…俺か…)

 

 

――私はこの“鬼兵隊”を…“鬼兵隊”だとは認めない。今のアンタを、兄とも思わない…

 

 

(オメェの居た鬼兵隊はあの頃の鬼兵隊であり、そしてオメェの(おれ)はあの頃の俺ってことか…)

 

紫苑から笑みが消えていったのは、思えば自分が銀時の情報を一切与えなかったあの日からだったような気がする。そして日に日に、“今の(・・)鬼兵隊から消えたい”と望むような目で自分を見つめるようになっていった。

 

もしあの時、何か少しでも銀時に関することを教えていれば?生存しているという事実だけでも知らせていれば?

 

あるいは、この状況も変わっていたのだろうか?

 

しかしそれももう、すべては過ぎてしまった事。

 

時間は巻き戻せないし、言葉を取り消す事も叶わない。

 

(結局、俺ァ…オメェを救ったつもりでいただけで、オメェを苦しめていただけだったって事か…)

 

鬼兵隊副官というポジションに紫苑を置き、鬼兵隊を完全復活させることで自分の野望を果たそうとしていた。それと同時に副官である紫苑は本陣に残ってもらい、本陣の守りを固めるという理由で紫苑自身をも護っていた。いや、護ったつもりでいた。

 

しかしそのどれもが…紫苑を苦しめていたに過ぎないのだ。

 

そしてその結果が、鬼兵隊の脱退。

 

そして、この現状。

 

晋助(あに)の刃により傷付き、倒れた紫苑(いもうと)の姿。

 

(……ククッ、本当に…変わっちまったのは俺の方だったってことか……)

 

微笑む紫苑の姿を捉えながら、晋助は口元に弧を描く。しかしそれは、いつものニヒルな笑みではなく…

 

「に…い、さん…?」

 

どこか…寂しげな笑み。

 

「……動きが止まりましたね…」

「ふむ、晋助のリズムも変わったでござる。まるで弦の切れたギターのようでござるな…」

「また分かりづらい例えッスね…」

 

急に静まり返った闘技場内に、見ていた者達が困惑するようにざわめく。と同時に、幹部達もまた何が起きたのかと中央の2人を凝視していた。幹部達がいる位置からだと、晋助は背中を向けている為…どんなやり取りがされているのか、それを知ることは出来ない。

 

ただ…

 

(らしくも無い…。今の晋助から感じるのは“戸惑い”と“悲しみ”でござる…。見事に先程のリズムから狂ってしまった。一度狂ったリズムを、さっきまで奏でていたリズムに戻すことも出来ずにさ迷っているでござる。さて、晋助よ…。この迷子になってしまったリズム、お主はどうやって奏でなおすか…見物でござるな…)

 

河上だけが冷静に見つめていた。

 

「………おい…」

「え…?」

 

晋助は静かに呟く。決して、誰にも聞こえないように…紫苑にのみ聞こえるように。紫苑は驚いたように晋助の瞳を見つめる。

 

その瞳は…どこか悲しげで、しかし紫苑の良く知るあの頃の(・・・・)兄の瞳。

 

「まだ…動けるか?」

「……何を、言って…?」

 

殺されると思っていた紫苑に、明らかな戸惑いが生まれる。何故急に、晋助はこんなことを問うてきたのだろうか?(いな)、何故このような…昔を思い出させるような瞳をしているのだろうか?

 

まだ何か…考えているのだろうか?

 

更に自分をどん底まで叩き落す打算でもしているのだろうか?

 

晋助を信じたいという気持ちと、もう優しかった兄は死んだのだという葛藤からか…紫苑はただ戸惑うだけだった。そんな紫苑に晋助は再度問う。

 

「まだ、動けるかって聞いてんだ…。答えろ」

 

静かな言葉ではあったが、先程までにじみ出ていた冷たさや殺気などは全く感じない。それは、攘夷戦争の時の…

 

 

『紫苑!!まだ動けるか!?答えろ!!』

『何とか動けるけどっ…!!』

『だったら、怪我した奴らを連れて一度ここから離れろ!!このままじゃ圧倒的に不利だ!!』

『了解!!』

 

 

傷付いた仲間を逃がすときの言葉の響きと酷似していた。

 

どう…答えればいいのか分からない。ついさっきまで、晋助は紫苑を殺す気で斬りかかってきていたのだ。それが突然、何でこんな状態になってしまったのか…。しかし晋助の瞳は真剣そのもので…絶対の答えを求めていた。

 

(……動けるかですって?無理に決まってるじゃない。こんなに斬られて、体力も限界で…。けど……)

 

ギュッと紫苑は自分の刀を握りなおし、フラつく足取りで、何とか立ち上がる。動くたびにビチャビチャと…斬られた横腹からどす黒い赤が零れ落ちたが、紫苑はそれに気付かぬフリをした。そして…

 

「言った、はず…だ…。私、は……鬼兵隊を、抜ける…!!それまで、この、歩みは…決して、止めない…!!」

 

強い瞳で、晋助のそれを見つめる。それを受け、フッと晋助は微笑(わら)った。いつものニヒルな笑みとは違う…優しい笑みに、一瞬紫苑は目を見開く。しかし次の瞬間には、さっきのそれは嘘のような…いつもの姿に戻っており、ククッと喉を鳴らして笑っていた。

 

(私の見間違い?違う…、確かに兄さんは…)

 

一体、晋助は何がしたいのだろうか?まだ動けるかと聞いてみたり、突然微笑んだり…。紫苑の思考が完全に乱れる。

 

殺した筈の思いが…“昔の兄に戻ってくれるかもしれない”という希望が…再び沸き起こりそうになる。

 

手を伸ばせば、届くのではないかとさえ思えてしまう。

 

しかし、そんな紫苑の思いは…

 

「興が削がれた。それに…そんな状態になってまで立ち上がるたァ、やっぱり手放すのは惜しいなァ…」

 

簡単に砕け散る。

 

いつもと同じ笑みで、同じ口調で、同じ声色でそう言っているのは紛れも無く晋助だ。

 

しかし…何か矛盾しているような気がした。

 

(だって…兄さんが、動けるかって…聞いて…っ…!!)

 

だからこそ、紫苑は立ち上がった。どこかで兄が逃がしてくれるのではないかと、そう思っていたのかもしれない。

 

それ程までに、さっきの響きはとても懐かしく紫苑の良く知るそれだったのだ。

 

だが、次の瞬間、晋助の口から零れた言葉は…

 

「後はテメェらが好きにしろや。俺はもう飽きちまったァ。あとはテメェらで遊んでやれ。こいつは“鬼兵隊から逃げる”つもりだ。俺の言いてぇこたァ分かるな?」

「……ッ!!き、さま…!!」

「何を勘違いしたかはしらねェが、俺がテメェを逃がすとでも思ったか?裏切り者には死あるのみ。逃げ切りたきゃ……テメェを襲ってくる奴らを片っ端から殺してから逃げ出しな」

 

鬼兵隊隊長として紫苑を突き放す言葉であり、例の気まぐれ(・・・・)による処刑(ゲーム)の幕開けとなる言葉だった。

 

信じたいと思っても…

 

そう思おうとした瞬間に裏切られる。

 

「……ッ…!!」

 

分かっていてもそれに縋ってしまいそうになる自分が…

 

「うわァァァァァァァッッッ!!!!!!!」

 

紫苑は許せなかった。紫苑の絶叫が闘技場に響くが、それを無視して晋助は闘技場を後にする。

 

ざわめく闘技場。

 

自分達はどうするべきなのか?

 

「おいおい、まさか俺達に副官を斬れってか?」

「……けど、そういうことなんだろうぜ?だってほら、晋助様はそう仰った…」

「だったら…」

 

周りの困惑が、殺気に変わる。それに気付かぬほど、紫苑も鈍くはない。刹那、四方から銃弾が飛んできた。それを最小限の動きでかわすが、そのたびに晋助に斬られた脇腹が傷む。

 

しかし…

 

「ククッ…アハハハハッ…!!!()れるものならやってみろ…!!死にたい奴からかかって来い!!相手をしてやらァ!!」

 

そんな殺気をねじ伏せるほどの凄まじい威圧と殺気を叩きつける。騒がしくなった闘技場が一瞬静かになったが、それもまた怒号にかき消され流れ込むように闘技場に鬼兵隊員達が迫ってくる。それぞれの武器を片手に紫苑を追い詰めようとしている事は明白だった。

 

(幹部はどう動く…?)

 

襲い来る隊員達を斬りながら、チラリと幹部達3人が座っていた場所に視線を向ける。しかし、既にそこには幹部達の姿は無かった。

 

(…万斉と武市は間違いなく私を止めに来るだろう。どっちかというと万斉が厄介だな。戦い方が分からん…。そもそも、奴の戦っている姿など見たことが無い。そして…)

 

脳裏を過ぎるのは、鬼兵隊脱退を申し出る前に別れの言葉を交わした来島の姿。

 

(…また子がどう出るか…それが分からない…)

 

退路を確保しつつ、闘技場を駆け出す紫苑。それに続くように追いかけてくる隊員達を振り向きざまに斬りつけながら、来島のことをぼんやりと考えていた。





(2011年6月23日 にじファン初投稿)
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