恋空~春、夜空の下で~   作:雪音

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【第七訓】追憶 ~鬼の目にも涙~

「どうしたでござるか?晋助…お主らしくも無い…」

「万斉か」

 

一方、闘技場が騒がしくなった頃。自室へと足を運んでいた晋助を呼び止めたのは河上だった。そう…晋助の乱れた感情(リズム)に違和感を覚えたのだ。

 

「拙者、終盤よりお主のリズムが乱れた事には気付いていたでござる」

「流石だな。んなもんに気付くのはオメェぐらいのもんだろうよ…」

 

ククッと喉を鳴らし笑う晋助に、なおも河上は続ける。

 

「お主であれば乱れたリズムから再び新たなリズムを作り出すことも、また乱れたリズムを立て直す事も可能であるはず。何故(なにゆえ)、あの状況で退(しりぞ)いたのか…それが気になったでござる」

 

遠回しな河上の言い方に、いつに無く晋助はイライラしていた。それは河上も感じ取っていたのか、いつ晋助が斬りかかってきてもいいように、一見は無防備に見えるがそれなりの構えはとっている。

 

「言いてェことがあるならはっきり言えや。俺ァ、回りくどく言われるのは好きじゃねェ…」

「ならば単刀直入に申そう。お主、わざと紫苑を逃がしたのでは…?」

 

河上が言い終えるか否かの間際。

 

 

――ガキィィィィン!!!

 

 

刀と刀のぶつかる音が通路に木霊する。凄まじい殺気と共に晋助が河上に向けて刃を振り翳すが、それを寸前で受け止めたのだ。

 

(…ッ、流石に今のはヤバかったでござるな…)

 

一瞬でも気を抜いていたら、間違いなく真っ二つになっていただろう。それ程までに凄まじい一太刀だったのだ。

 

「テメェが何を勘違いしてるかは知らねぇが、俺ァただ殺し合いに飽きたから引き上げただけだ。アレ(・・)をわざと逃がしただァ?んな得にもならねぇ事をして何になる?俺ァ、ただ…」

 

ぶつけていた刀を鞘に収め、いつもの冷たい笑みを浮かべながら…

 

「いっそ殺してくれと…こんな仕打ちを受けるぐらいならまた副官にしてくれと…、俺に懇願してくるアイツの顔が見てみたくなっただけだ」

 

そう言った。その目はいつもと同じ、ギラギラとした獲物を狩る()。河上が知る、鬼兵隊隊長・高杉 晋助の()だ。

 

「そうでござったか。それは失礼致した…」

 

叩き付けられていた殺気が無くなったことを確認し、河上も刀を三味線の中へとしまう。そして、(きびす)を返して晋助の元から去っていった。

 

「お主らの戦いを見ていたら、拙者も一手交えてみたくなったでござる。晋助よ、紫苑は残念ながら生きては戻らぬが…よいでござるな?」

「好きにしろ」

 

去り際に確認の意味を込めて聞くが、結局最後まで…晋助の思惑が河上に分かる事はなかった。

 

「やれやれ、どんなリズムを奏でてくれるかと期待していたら…とんだ茶番でござった。ここからは拙者の独奏(ソロ)となりそうでござるな…」

 

船内から聞こえてくる船員達の叫び声と怒号を聞きながら、河上はクッと口角を吊り上げる。

 

「これは楽しみでござる…」

 

怪しげな笑みを浮かべ、その姿は戦場と化した通路へと消えていった。

 

 

 

一方、晋助は自室に入るなり目に飛び込んでいたその姿を一瞥した。部屋の前で河上と話していたときから、誰かが自室に居る事は分かっていた。

 

「何をしている、来島ァ…。オメェも紫苑を追いかけねぇか。幹部は全員処刑者を追いかけるのが仕事だぜェ?」

 

そこにいたのは来島だった。本来であれば晋助の言う通り、幹部は全員参加となるこの処刑。しかし、来島はその処刑に参加することなく…晋助の前にいる。黙ったまま、俯いたまま何も言わない来島に痺れを切らし、晋助は小さく舌打ちをする。

 

「オメェも紫苑と一緒に鬼兵隊を抜けるってかァ?」

「ッ!?ち、違いますッ!!そ、そんなんじゃないッス!!私は…ッ…!!」

 

来島は後ろに隠していた救急箱をバッと前に差し出した。一瞬、撃たれるのではと思った晋助だったが予想外の事に呆ける。

 

「怪我…。特に首の怪我は放って置いたら致命傷になるッス。なので、その…私なんかで宜しければ手当てを…」

 

モゴモゴと口篭る来島。いつもであれば、そんなことはいいから仕事を全うしろと追い出すところだ。来島も当然、そうなるだろうと思っていた。

 

だが…

 

「アァ、流石にこのままじゃアイツの言った通り失血死しちまいそうだ。来島ァ、頼む…」

「は、はいッ!!」

 

予想に反して、晋助は来島の言葉をすんなりと受け入れた。

 

(よかった…!!私が紫苑を討ちたくないからここに来たってことはバレてない…!!)

 

手当てももちろん理由の1つではあったが、やはりどうしても…来島に紫苑を討つことなど出来なかった。しかし幹部は強制的に処刑に加わらなくてはならない。それを承知の上で尚且つ上手くそれに参加しなくてもいい正当な理由。それを考えた時に思いついたのが、“傷付いた晋助の手当て”だったのだ。晋助の手当てができ、そして紫苑と戦わなくて済む。来島にとってはある意味、一石二鳥だったのだ。

 

だが…

 

(うまく言い逃れたつもりでいやがるな、コイツは…)

 

そんな来島の思惑も、晋助はもちろん気付いていた。

 

「手間ァ掛けさせてワリィな」

「とんでもないッス!!」

 

しかしそれを追求する事も、咎める事もしなかった。

 

(来島は唯一、紫苑が慕っていた幹部であり、来島もそんな紫苑を慕っていた。そりゃ辛ェだろうよ。自分(テメェ)が慕っていた奴を手に掛けるのは…。どっちもなァ…)

 

晋助が紫苑と戦っていた時に垣間見た紫苑の表情。確かに、“殺す”と口では強く言ってはいたが……その表情はどこか辛そうにも見えた。自分も…そんな表情(かお)をしていたのだろうか…?

 

当然だ。家族(きょうだい)同士で斬り合っているのだから。

 

そんな思いをもう、紫苑にはさせたくない。

 

少なくとも、唯一今の鬼兵隊で心を許す事の出来た来島くらいは、最後まで紫苑の味方でもいいのでは?

 

それが…晋助の下した判断だった。

 

(俺も…まだまだ甘ェな…)

 

自嘲に歪む口元は、来島の位置からは見えなかったらしく来島も気付いていない。

 

騒がしい船内。

 

あちこちから隊員達の声や銃声、はたまた砲撃音にも近い音が聞こえてくる。

 

「ククッ…派手にやってやがる…」

「えっと、武市先輩と河上先輩は…?」

 

控えめな来島の問いに、晋助は口を開く。

 

「武市は知らねェ。だが、万斉は動いた。野郎が動いたってこたァ…紫苑もしめぇだな…」

 

晋助の言葉に思わず来島の手が止まる。

 

しかし晋助はそれに気付かないフリをした。

 

そして…

 

「しかし、紫苑も強ェ。手負いだが、奴はそれでも己の道を切り拓くと決めたらどんな状態でも己の意志を貫く女だ。ククッ、結果が楽しみだなァ、おい…」

 

そう言いながら、窓の外の月を眺める。今宵は綺麗な満月だった。

 

「……かぐや姫は満月の夜に月に帰る、か…。もっとも、奴に帰る場所なんざありゃしねぇが…」

「……晋助様?」

「いや、なんでもねェ…」

 

煙管(キセル)に火を点け吹かしながら…満月を眺め、小さく微笑(わら)う。

 

それは、来島が今まで見てきた中で一番優しく、そして一番綺麗な姿だった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「こんな…満月の夜だったなァ、あの夜も…」

 

ふと漏らした晋助の言葉に、目の前でバクバクと白米に食らい付いていた青年は手を止め、コテンと首を傾げる。

 

「んん?何が?」

「…いやァ?数年前…俺の手元から妹が逃げて行った日も、こんな満月の夜だったなと…そう思っただけだ」

「へェ、タカスギにも妹がいるんだねぇ。その子、強いの?」

 

白米から晋助の話に興味が移った青年…春雨第七師団団長であり夜兎族の神威はズイッと晋助に顔を近づけて問う。夜兎の本能からか、強い者に目が無い神威は純粋に興味を抱いたのだ。晋助の強さは知っている。その妹となればやはり強いだろう。

 

問われて、晋助はクッと口角を吊り上げる。

 

「あァ、強い女だった…」

 

自信に満ちたその目からは、自分の妹の強さを自慢しているようにも見えた。それに思わず神威は声を殺して笑う。

 

「なんだかそういうの、嫌がる人かと思ってたけど…アンタも人間だね。やっぱり血の繋がった妹は可愛いってわけだ?」

「さぁ、どうだろうなァ?」

 

クイッと酒を流し込みながら、月を(さかな)に晩酌をする。あの夜と比べれば、今日は何と静かな夜だろうかと…そう思ってしまうくらいだ。

 

「けど、当然…鬼兵隊(ここ)にはいないんだよね?逃げたって言ってたし?それらしい()も居ないし。まさか、あの金髪の()が妹さんとか言わないよね?」

「んなわけねぇだろ。アイツは…紫苑は鬼兵隊から抜けた。生きてるのか、死んじまったのか…それすら分かりゃしねェ」

「へぇ?自分の妹なのに気にならないんだ?流石は血も涙もない“鬼のタカスギ”だね♪春雨の天人達はみーんなそう言ってタカスギの事を恐れているよ?」

「ククッ、そうかい…」

 

再び白米に手をつけ始めた神威を呆れたように眺めていたが、ふと晋助はあることを思い出す。それは、万事屋を営む銀時の傍に居た従業員の姿。紅桜の時に単身、晋助の乗り込んできたチャイナ服を着た少女…。その少女と神威の繋がりを、晋助は知っている。

 

「神威、オメェにも妹がいるだろうよ。しかも地球にいて居場所も分かってんだ。兄妹(きょうだい)なんだろォ?オメェこそ会いてぇとは思わねぇのか?」

 

素朴な疑問、だが真面目な質問ではない事は晋助の表情を見てすぐに分かった。その表情は、いつもの怪しい笑みだ。

 

「んー?俺は興味ないよ。だってアイツ…あ、タカスギは知ってるんだっけ…妹のこと。…神楽は弱いからね。俺は強い奴にしか興味がないから。まぁ、神楽もちょっとは強くなったみたいだけど……俺の血の渇きを満たしてくれるような強さではないね」

「そーかい。そりゃまた、血に忠実なこった…」

 

ククッと笑いながら煙管(キセル)を吹かし、再び月を眺める。

 

 

例え強くても弱くても…晋助にとって、紫苑が妹であることに変わりは無い。

 

見事、“鬼兵隊から脱退”を果たした紫苑のその後は、分からぬまま。

 

一部情報では、真選組に囚われたという情報も入ったが…晋助が動く事はなかった。

 

事実かどうか分からなかったということも理由の1つにあったが…もう彼女を“鬼兵隊”という鎖で縛りたくはないと、そう思ったからだ。

 

ただ自由に生きて欲しいと、そう思ったからだ。

 

生きていれば、どこかで銀時と再会することもあるだろう。何せ銀時は、ここ最近騒ぎばかり起こしている。目立たないはずがないのだ。銀時と再会し、共に時間を過ごす。それが紫苑の幸せならば、それでいいと…そう晋助は結論付けた。

 

あの事件の後…全くといっていいほど紫苑の情報は入らなくなり…いつしか、誰も紫苑の名を口にすることはなくなった。

 

もう、誰の中にも紫苑という人物は存在していないのかもしれない。

 

ただ、晋助のみが…いまだ忘れられず、満月を見るたびに思い出しているのかもしれない。

 

 

「ねぇ、タカスギ?もし、タカスギの妹さんに会ったら…戦ってもいいかな?タカスギの妹ってことは“侍”なんだよね?」

「あァ?……好きにすりゃあいい。ただ…」

 

クッと口角を吊り上げ、猪口の酒をクイッと喉に流し込みながら呟く。

 

「アイツは…紫苑は強いぜェ?オメェでも手が付けられねぇかもしれねぇ程になァ…」

「アハッ!!そでこそ()りがいがあるってもんじゃないの♪へぇ~、女の子なのにそんなに強いなんて…!!ホント、神楽とは大違いだ…!!」

 

楽しげに笑う神威を一瞥し、小さく溜息を吐いて空になった猪口に酒を注ぐ。

 

「本当に、強い女だったよ…最後の最後まで…」

 

ボソリと呟いた晋助の言葉は神威の耳に届く事は無く、ドタドタという騒がしい足音にかき消された。

 

「団長ォォォォ…!!こんな所にいたのか、探したぜ!!」

「あれぇ? 阿伏兎じゃないか。どうしたの?」

「どうしたの?じゃねぇよ、このすっとこどっこいが!!ったく…!!あー、うちの団長が失礼しました…」

「ククッ、なぁに気にしちゃいねェ。オメェもどうだ?」

 

スッと猪口を差し出すが、阿伏兎と呼ばれた神威の補佐官はそれをやんわりと断る。

 

「いや、そりゃありがたいんだが、また別の機会にってことでいいですかい?ちょいとこちらも、春雨関係の仕事がありましてね。おら、団長!!行くぜ!!」

「えー、俺も居なきゃ駄目なの?仕方ないなぁ。じゃあ…ご飯ご馳走さま、おいしかったよ!!またね、タカスギ♪」

「あァ…」

 

グチグチと文句を言う阿伏兎と、それを聞いているのか聞いていないのか分からない笑顔で隣を歩く神威。

 

そんな2人の姿をぼんやりと眺めていたが、部屋から居なくなると再び晋助は外に視線を向ける。

 

「今ならオメェの気持ちが痛ェほど分からァ…」

 

 

――兄さん、銀時…ッ、銀時は…生きているの?

 

 

あの時、必死になって銀時の安否を確認してきた紫苑の姿が脳裏を掠める。

 

「紫苑……、オメェは……」

 

生きているのか?

 

そう、問おうとした言葉は…

 

 

――PPP…PPP…

 

 

「何だァ?」

 

けたたましくなる携帯の呼び出し音によって遮られた。

 

やれやれと溜息を吐きながら携帯を開く。

 

電話の相手は…

 

「おいおい、何の冗談だこりゃァ…」

 

(たもと)(わか)った筈のかつての同志であり、妹が心の底から愛していた男の名前だった。

 

「銀時に番号を教えた覚えは…」

 

そこまで考え、チッと小さく舌打ちをする。攘夷戦争で共に戦った仲間全員の番号を知る人物が唯一1人だけ居た。

 

「辰馬の野郎か…。俺の携帯にまで細工しやがって…」

 

暫く、その電話に出るか否か悩んだが…

 

何故か…

 

「よぉ、銀時ィ…。(たもと)(わか)ったはずのテメェが、俺に何の用だ…?」

 

その電話には、出なければならないと晋助の本能が…そう警鐘を鳴らしていた。

 

そして、電話口の向こうから聞こえてきたその声と言葉に驚愕する。

 

 

アァ…本当にどうして、こんな方法でしか俺達は会えねぇんだろうなァ…

 

 

それから…暫く通話は続き、「じゃあ、考えといてくれ…」という銀時の言葉で電話は切れた。

 

通話を終え、頭を抱えて肩を震わせる。

 

「クククッ…」

 

口元は笑っていたが…

 

「……ッ、本当に…俺もただの、人の子ってか…ッ…」

 

右目からはパタパタと、雫が零れ落ちていた。

 

 

銀時からの電話は…

 

 

妹である紫苑が生きていたという知らせであり、その命の灯火が消えつつあるという事実だった。

 

 

「今更、どんな(ツラ)して会いに行けってんだ…ッ…」

 

 

悲しげな問いに対する返事は、誰からも返って来ることはなく…

 

 

「…けど…“約束”だったからなァ…」

 

 

晋助は猪口に残っていた酒を流し込むと、そのまま横になって天を仰いだ。

 

相変わらず窓から見えるのは大きな満月。

 

 

「桜の木の下で月見酒…。頃合じゃねェか…」

 

流れ落ちる涙を隠すように目元を腕で覆いながら笑う。

 

しかしその笑みはいつもの冷たい笑みとは違う…

 

とても、優しいものだった。




(2011年6月25日 にじファン初投稿)
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